homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


ラ・バスティード・ドゥ・ムスティエ(La Bastide de Moustiers)

東北東に進路をとって、リュベロンの山越え。国立公園の名に恥じない、人為的なものが極端に少ない、緑うっそうと生い茂る山中を走る。すれ違う車とてほとんどないような妙に眠気を誘うルート、思い出したかのように山の頂に突如出現するごく小さな、でも活気のある可愛らしい村、はしりのまたはしり、まだ薄紫のラヴェンダーやまっ赤なコクリコ。3時間あまりのあいだ、こんな景色を何度か繰り返すにつれて、標高はますます高くなり、谷はますます深くなる。碓氷峠をもっとダイナミックにしたような深い森林の中、最後の急カーヴを受けてハンドルを思いきりきると、目の前には、ムスティエ・サント−マリの村が顔をだす。

アラン・デュカスが、モナコの「ルイ・カンズ」しか手がけていなかったのは、ほんの5年前ばかりの話だ。モナコからパリ、ロンドン、大きな海を渡ってニューヨークに東京そしてモーリシャス、と、今や世界中にその影響力を強く放つ業界の帝王が、まだ、たった一つのレストランの、しかも雇われシェフをしていた時に、初めて自分自身の小さな城を築いたのは、95年?それとも96年の春だったか?読んでいた雑誌に載っていた、『ムスティエにアラン・デュカスのホテル・レストランが出来た』という小さな記事が目に止まり、その年の手帳に、“La Bastide de Moustiers、デュカスのセカンド”、とメモをとり、赤丸で2重に囲ったのを覚えている。あれからずっと、一度行ってみたいな、と思いつづけていた「ラ・バスティード・ドゥ・ムスティエ」。何度か行く計画を立ててはみたけれど、アクセスの悪さにへきえいして、どうしても実現できなかった。

ローヌからプロヴァンスを経てコート・ダジュールに抜ける今回の旅のアイチネラリーに、ここを入れたい、と希望したのはMちゃんだった。
「訪ねたことある、ぴゅすちゃん?私、行ってみたいな」もとより異存のあるはずがない。5年も前から行きたかったホテル・レストランだ。二つ返事で同意して、さっそく予約作業に取り掛かった。

さすがは人気のデュカスもの。散々苦労して、どうにか予約をもぎ取った。こんなところにまで、どうしてみんなやってくるんだろう?ちょっとびっくりしてしまうくらい、にぎやかに観光地しているムスティエの村外れのそのまた外れ。見逃しそうなごく小さな看板に導かれ、厳重な門のチェックをクリアして、プジョーが辿り着いた先は、見渡す限り山に囲まれ、蜂のはばたきと鳥のさえずり、オリーヴの葉音の他には音とて一つない、ひっそりと静まり返った広大な敷地。

terrasse−フランボワーズ−。今夜、私たちが泊まる部屋の名前。トルネソル、オリーヴ、ラヴァンドなど、全部で10あまりの部屋が、あるものはホテルらしく、あるものはコテージ風に、ぽつぽつ立ち並んでいる。プロヴァンスらしいソレイヤードのドレスに身を包んだ女性が、部屋に案内してくれたあと、ウエルカムドリンクに母屋のサロンへ招いてくれる。その名のとおり、あらゆるものがフランボワーズ(木いちご)、もしくはその色で統一された部屋で荷物を解き、裏ドアを開け放して、前方に望むムスティエの村を眺めたあと、ひんやり石の涼しさが残るサロンで、ハーブ入りの冷たい紅茶を飲みながら、火照った体をいやす。

午後のけだるいひとときに存在する音はほとんどない。時折レセプションの奥で低く鳴る電話の音が奇妙に聞こえる。ジャッキーとアントワネットちゃんのところと同じで、ここには人工の音が似合わない。

jardinブンブンと蜜集めに精を出す小さな蜂がたくさん飛び交う、なぜかここだけはしっかり紫色に咲いたラヴァンドやアーチになったバラ、横に作られたポタジェ(菜園)、奥に広がる芝生を飾るデュカスの友達のアーティストの作品やハンモック、反対側の奥の方に群がる鹿やポニーのいる馬場など、ぶらぶら見てまわる。時折、フレーズ・デ・ボワ(森イチゴ)などつまみながら。あーあ、こんなにつまみ食いしちゃったら、今夜の夕食用が足りなくなるじゃない。とは言いながらも、フレーズ・デ・ボワに心をささげているMちゃんと私の手と口の動きは止まらない。とっぷりと陽を浴びて育ったフレーズ・デ・ボワには、太陽の甘みと香りが閉じ込められている。

ムスティエの村とムスティエ焼の工房を見てくる、と出かけたMちゃんとTくんを見送り、私はバスローブはおって、とぼとぼと、プールへ続く石段を上がっていく。黒い鉄の格子を押してプールサイドに入ると、4〜5人の宿泊客が、ひっそりと身動きもせずにデッキチェアに寝そべって陽を浴びている。時間が止まってしまったような、とろりとぼんやりした、まるで蜃気楼みたいな空間が現実につながるのは、太陽に飽きた誰かがプールに浸かって跳ねさせるピシャンというすずしげな音がする時くらい。そっとデッキチェアにタオルを引き、パラソルの位置をちょっと直してから、私もとろとろな午睡を楽しむ人々の仲間入り。頬を撫でるラヴァンドの香りを含む風、水に惹かれて周りを飛び交う蜂、少しずつその位置を変えていく影の動き。うつうつとした意識でそんなものをボーッと感じては、時々思い出したように水に浸かって真っ青な空を仰ぎ、キラキラと輝く水面に目を細める。限りなく音のない、自然に囲まれた、でもひどく快適な空間が、私は大好きだ。ここや、ジャッキーのホテルのように。

8時も近くになると、陽はようやく西日になり、風も気持ちひんやりしてくる。バスローブに濡れた体を包んで、またとぼとぼと石段をおり、裏庭からまわってそっと部屋に入り込む。開け放した窓から入り込む風を頬に感じながら、ゆっくりお風呂に浸り、ベッドで一休み。頬にふれるサラリとなめらかなシーツの感触が気持ちいい。いいなあ、リネン、どこの使ってるんだろう。

夕食のために母屋へ赴く。夏とはいえ、ここは山の上なので夜風は冷たい。テラスご飯は残念ながらお預けで、プロヴァンスらしい石造りのかっちりとしたサロンに案内される。飾り皿はもちろんムスティエ焼き。白地に、鳥や花の絵などが、赤や青、緑の色で描かれている。可愛いねえ。Mちゃんたちがさっき行ってきた工房、ここにも品物をおろしているらしく、とてもすてきだったらしい。明日また、行って見ようね。アーモンドのリキュールを垂らしたシャンパーニュで乾杯し、暑かった日中の疲れを癒す。

atomo畑から収獲したてのラディ(ラディッシュ)、背の低いグリッシーニ、アンショワ(アンチョビ)やフォア(レヴァー)のペーストをぬったカナッペをつまんでいるところに、塩胡椒、そしていかにもデュカスらしく瓶入りのオリーヴオイル、そして、半分に切ったバゲットとこぶりのナイフ。パンはどうぞ、ご自分でお切りください、と言う訳だ。いいわね、なんだか楽しくて。さっそくパンを切り、パン皿にオリーヴオイルと塩を垂らし、バター代わりにパンにつけて口にほうり込む。口中にパッと南の味が広がる。やっぱりこうでなくっちゃあ。

レストランにはカルトがない。料理3皿にフロマージュ、デセールで構成される日替わりの1コースのみ。もっとも、2皿目と3皿目は2つの中のチョイスになるが。

saladeさっそく、最初のサラダが運ばれる。「菜園からのサラダ」。庭のポタジェで収獲された野菜をたっぷり使った一品。そう言えば、午後ブラブラ散歩をしている時に、厨房の横の植え込みのところで、男の人が1人、せっせとサラダ菜を洗っていた。
「ポタジェで収獲したの?」と聞くと、
「そうだよ。今夜の君たちの夕食だ」と答えていたっけ。デュカスらしい魅せ方。“うちの野菜は、全てあそこのポタジェで無農薬で完璧に育てられているものを使っています”というのを、お客様の目につく場所で野菜の処理をさせることによって、アッピールしているんだ。いかにもデュカスが得意そうな手法だね。

さて、このサラダ。件のサラダ菜をはじめ、数種類のサラダ菜類に、南仏産の小さなアーティショー、それに生アンショワとオリーヴ、ピニョン(松の実)クルトンが混ぜられている。見た目は普通。お皿にデザインされたBMのロゴの位置が斜め上というのが珍しくて可愛いな、と思いながら、フォークを口に入れた瞬間、思わず、視線を上げて、TくんとMちゃんを見やる。

案の定、ふたりとも同じ顔。びっくりした目に嬉しそうにほころびかけた口元。口の中を慌ててからにして言葉を発する。
「おーいしくないっ!?」
「うっわー、上手だー」
「うっまいねぇ!」感動的。こんなにおいしいサラダを、おいしく感じさせるサラダを、今までに食べたことある?ないよねえ、多分。たかがサラダ菜、たかがアンショワ、たかがアーティショー、たかがオリーヴ、、、なのになんで!?なんでこんなにおいしいの?

そもそもの素材のよさ、素材同士の相性のよさ、手の加え方の正確さ、それに加え、使っているバルサミコがめっちゃ美味なんだ。甘く柔らかなアーティショー、同じ甘みでも歯ごたえが心地よいピニョン。にんにくの効いたカリカリクルトンが全体にアクセントを添えるかと思えば、それぞれに味も食感も違うサラダ菜たちが優しい香りを残す。開いたままのと中に詰め物をした風味の異なるアンショワに、またしてもデュカスのオチャメさを感じる。

これはすごい。レストラン巡りや美味しいものに関しては、ある程度の経験と知識を持った3人が、一様にうなってしまう。
「信じられない、、、。なんでこんなに美味しくまとまるの?このバルサミコ、欲しい。絶対に欲しいわ」
「すっごいよ、これ。ほんっとにうまい。うますぎ!」
「ふわぁ、、。これだけでこんなところにまで来た価値あるね。最高!こんなにアーティショーをおいしいと思ったの、生まれて初めてだわ」デュカス・マジックにかけられてしまったような3人である。

続いて、「フォアグラと白トリュフのパット(パスタ)」が出てくる。ラザニアのパットをそのまま使ったような大きなパットの上に、ザクザクと白トリュフ。フォア・グラから出たのだろう、肉汁がいい匂いだ。「ルイ・カンズ」もそうだけど、ここでもデュカスは、イタリアのアクセントを大切にしている。パンに添えられたオリーヴオイルやアミューズのグリッシーニ、そしてここでもイタリアで名声高い白トリュフを使っているし(夏はフランスでも、白を使うところが多いのだけれど。黒の旬は冬なので)、そもそもムニュ自体、ファーストのあとにパスタを続けてからメインに持ってくる、という体制を取っているし。いっただっきまーす!と、張り切って、カトラリーを手にする。さっきのサラダの感動が大きかっただけに、このパットへの期待も高まる。

柔らかくも歯ごたえを残したパットとトリュフを口に入れ、満足のため息。んー、いいですねー。チラリと、パットをめくってみると、底に敷かれたもう一枚のパットの上に、薄めにスライスしたフォア・グラと太いアスペルジュが鎮座している。おやまあ、アスペルジュちゃん。君たちがいるなんて知らなかったわ。嬉しいな。

フォア・グラ自体は、これ、フォア・グラというより、ただのフォア(レヴァー)って感じだったのがちょっと残念だけれど、フォアだと思えばかなり上出来。甘目で柔らか。全体的にかなり私の好みにマッチする、こちらもまた素晴らしい一皿だ。

続く、「アニョーの夏野菜添え」は、シンプルでおいしい作品だけれど、いかんせん、もうお腹いっぱいだし、最初の2皿の印象が強すぎた。おいしいけれど、感動はあまりしないかな。最初のサラダのように、嬉しい驚きを与えてくれる料理が好きだ。しかも、一昨日の夜「トロワグロ」でTくんが食べたアニョーの、禁じ手的なおいしさがまだ意識に残っているだけに、ちょっと分が悪いよね。あっさりと上出来ではあるのだけれど。

地元のアペラシオン、コート・ドゥ・プロヴァンスは、クロ・ディエールの、逞しくもさっぱりとした、なんともいい感じの赤いお酒を楽しみながら、ゆるやかに楽しく夜は更けていく。

夏ならではのシェーヴルを中心に、こちらもまたポタジェから取れたサラダ菜を和えたものを一緒に味わい、続いてデセール。

macaronフレーズ(イチゴ)のタルトが少し出たあとに、「スリーズ(サクランボ)のスープ、ピスタッシュ(ピスタチオ)のグラスとマカロン添え」がやってくる。ははは、夕方、私たちがあまりにたくさんフレーズ・デ・ボワを収獲しちゃったので、今夜は出てこないのかしら。丁寧に種を抜かれたフレーズの上に、あんまり好きではないピスタッシュ風味のアイスクリーム。マカロンもそんなに好きなものではないし、スリーズは、この二日で今年一年分は食べた!って感じだったので、自分で選ぶなら絶対にチョイスしないデセール。料理が決まっちゃっているのって、いやよねえ、なんて恐る恐る、ピスタッシュのグラスを口に運ぶと、なんとまあおいしいんだ、これが!そもそも、ピスタッシュ自体は私、好き。その香りだけ残して、緑色になってしまいったグラスやクリーム、マカロンなんかがキライなのだけれど、ここのグラスは、砕いたピスタッシュがそのままヴァニーユ風味のグラスに混ぜ込んであるだけ。初めて見たわ、こういうグラス・ピスタッシュ。こういうのならおいしく食べられて嬉しいな。ねっとりサックリのマカロンも美味だし、なんやかんや言いながらも、嬉々としてデセールを終える。

サロンに場所を移し、相変わらずのマントのアンフュージョンに、プティ・フール代わりのマドレーヌやカヌレをほおばる。きれいな水晶玉のボードゲームに興じながら、なにげない、でも見事なまでに細部まで計算されたデュカスならではのポイントを数え上げては、彼が他のレストランでも見せてくれる、思わず可愛い!と叫んでしまうようなセンスのよさに改めて舌を巻く。かゆいところに手が届くようなきめの細かいサーヴィス、というよりは、足の裏をくすぐられて思わずうひゃうひゃ笑っちゃうようなチャーミングなサーヴィスだ。

すっかり夜も更け、冷たい空気に囲まれながら部屋に戻る。メイキングされたベッドの上には、明日の天気予報がカードに挟まれておいてある。カードに印刷された写真をよく見ると、私たちの部屋フランボワーズの写真。なんとまあ、各部屋ごとにカードの写真を変えているんだ。ほんのちょっとした、気をつけて見ていないと気がつかないような細部に、こんなデュカスのおちゃめ心がちりばめられているホテル・レストラン。イースターエッグを探し回る子供のように、ついつい夢中になってデュカスが仕掛けた遊びを探してしまう、なんだか本当にデュカスの魔法の城のような「バスティード・ドゥ・ムスティエ」。

楽しさと満足に満たされた気持ちで眠りに就き、また一日、暑い快晴を約束してくれそうな強い朝日の中を散歩し、テラスからの絶景を楽しみながらたっぷりとした朝食を取って、感動をたくさんくれた、このすてきなホテル・レストランに別れを告げて、東南東へとプジョーの進路を取るのでした。近いうちにまた、どうぞこられますように。


lun.11 juin 2001



back to listレストランリストに戻る
back to listフランスの地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeA la フランス ホーム
Copyright (C) 1999-2001 Yukino Kano All Rights Reserved.