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グルマン・ピュスのレストランつれづれ


シャトー歳時記 −春−

眠りに就いていた土がようやく活動を始め、葡萄の枝にまだ葉の緑も目立たないこの時期、ワインシャトーの人の出入りが激しくなる。

4月。
とりわけボルドー地区のシャトー歳時記におけるこの季節、経営者にとってはとても重要な時期だ。前年度の秋に収穫した葡萄が一応ワインに仕上がり、いよいよアサンブラージュを行う時期を迎えるのだ。

アサンブラージュ、すなわち配合。数品種の葡萄をブレンドするボルドーワインにおける、アサンブラージュはとてもとても重要な要素だ。
単に、ソーヴィニオンを80%にフラン10%、メルロ10%、これでよし!では済まされない。ちょっとした斜面の傾き、土壌の違いが味に影響する葡萄畑は、細かく細かく細分化されているのが普通だ。同じカヴェルネでも、クリマ(細分化された区画)が違えば特徴が微妙に異なってくる。こうなるともう、アサンブラージュは複雑怪奇。カヴェルネのクリマのAから10%、Cから15%、メルロが植えてあるうちEから5%、Fから11%、、、、、。葡萄の品種は3種ほどでも、トータルで数十にも分かれるクリマから、どれをどのくらいの配合でブレンドするか。そのシャトーの味を決定するアサンブラージュは、経営側とって、非常に困難でデリケートな仕事なのだ。
シャトーのオーナーやメートル・ドゥ・シエ(酒倉の責任者)それにミシェル・ロランなど権威ある醸造家が一堂に会し、経験と知識、戦略を元にアサンブラージュを行う。

そして、この大仕事が終わった後、ほっとする間もなくシャトーを訪れるのが、新酒の買付け人達だ。

アサンブラージュも終わり、ようやく完成したその年のワインは次に、その価値を評価される。
これからいよいよ、瓶の中で長い眠りに就くはずのワインは、まだ生まれて間もないこの時期に、その金銭的価値を判断されるのだ。各国から集まる輸入業者が、飲むべき時期からは程遠いこの時点で、ワインを吟味し、利益に繋がる将来性を判断し、赤ん坊のワインを買ってゆく。

ワインはビジネスだ。
相続税の問題などで、ファミリー経営が難しくなったボルドーのシャトーは、次々と大企業の管理下に置かれてゆく。
ワインは投資の対象だ。オークションの状況を見るまでもなく、町の酒屋を覗いただけで、ワインの値上がりの速さはすぐに目がつく。
生まれた時には50フランでも、10年後に500フランになるワインを、どうして企業がほおっておかれよう。
こうして値が吊り上げられたワインは、手に入りづらくなり、貴重なものになってゆく。

「高いものはいい」。一般的には正当な理論だ。もちろんワインにも当てはまるケースは多い。タイユヴァン・ロビュションで飲む25000円のコンテス・ドゥ・ラランド85年は心踊る美味しさだ。でもこれは、25000円するから美味しいのではない。コンテスのシャトーが心を込めて作り上げたワインを、輸入業者が丁寧に日本に運び、レストランのカーヴでのきちんとした管理下の元、上手くデキャンタージュをして食べる料理に合わせたから美味しいのだ。

高価だから美味しい、のではない。そのお酒に携わった全ての人の努力によって、ワインは美味しくなる。値段はビジネスが決めたものだ。
心に残るようなワインに巡り合えた時、えてしてそれは高価なワインを飲んだ時が多いかもしれないが、値段にではなく、そのワインが自分の口に運ばれるまでに過ごした時に思いを馳せたい。

金銭的価値のある商品ではなく、自然と人間の愛情が生み出した希有な奇跡。そういう思いを込めて、ワインと交歓したい。


dim.4 avril 1999



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