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1.ロラン・プティ作品集の巻

atomo

大きくひとつ息を吸って、薄いブロシャーをそっと開く。

Le Jeune homme et la Mort
Nicolas Le Riche

小さな溜息ひとつ吐いて、薄いブロシャーをぎゅっと、嬉しさでいっぱいになった胸に抱く。

ロラン・プティ作品集の最終日。
1940年代の彼の賞品3つを組み込んだプログラムは、のろのろと、でも確実に改装が行われているパレ・ガルニエで行われる。

すっかり春めいて日も長くなってきたパリ。オペラのメトロの入り口には、シーズン初めて目にするナルシス売りが立っている。中は薄いワンピースとはいえ、オーヴァーなんか着てるの、私くらいじゃないかしら?それでも、一番上のボタンを留めずに首を出して歩き、早春の風を嗅いでみる。いいなあパリって。空気汚いけど、花粉はないし。日本滞在の最後の最後にひいてしまった風邪。飛行機乗ったら案の定悪化して、もう大変。ゲホゲホ風邪の咳の上に花粉まで飛んでたら、たまったものじゃないわ。

camionガルニエへの階段を駆け上がる。チケット取れて、ホントよかった。最終日の今日、当日券の列は果てしなく伸びている上に、発券はいつものごとく遅々として進まないし、これじゃあ開演時にはパニックになっちゃうよ。大理石の階段をちょっとだけ上がり、チケット切ってもらって、更に階段を上がる。今夜の席は2階バルコン正面。とてもいい席ですね、でも欲を言えば、少しくらい舞台が見えなくてもいいから、もっとダンサーに近い席が好みだ。

愛しのニコラが怪我をしてから、もう2ヶ月が経つ。2000年に観るバレエの中で絶対に一番!と、心躍らせて行った「眠れる森の美女」で、シルヴィ・ギエムと躍ったのはロラン・イエールだった。ま、ね、眠れる森のニコラはサルみたいだった、って言う人もいたし、いいんだいいんだ。モダンだったら、麗しいニコラ本来の顔が見られるわ!と、ワクワクしながら行った「カザノヴァ」で、オーレリー・デュポンが叫んだ名前はヤン・ブリダールのものだった。

いいのよ、別にね。ロランもヤンも好きよ。ヤンなんか、ニコラの次くらいに好きなダンサーよ。でもね、でもね。ニコラは特別なの。バレエダンサーの体型を無視したような大きく重そうな体が、高く長く宙に浮かぶ時の、あの圧倒的な迫力を一度感じてしまうと、風に乗るようにヤンが舞っても、空気を切るようにロランが跳んでも、どうしても感動の深さが違うの。何年も前に、「ノートル・ダム・ドゥ・パリ」でカジモトを演じたニコラを観てから、私のバレエの神様はニコラだ。

ロラン・プティの公演は後半数回をニコラが躍る、と月間プログラムに出てはいたけれど、さすがに2回も期待を裏切られると、かなり懐疑的にもなってくる。怪我、もう治ったのかしら?きっと治ってないよ。どうせまた、違う人が踊るんだ、、、なんていじけながら、それでも、もしかしたら、という希望にすがって、どきどきしながら、ブロシャーを開く。

レ・フォラン、、、あ、ヤン・サイズが奇術師役だ。わーい、ヤンだヤンだ!

carmenカルメン、、、キャロル・アルボとロラン・イレール?ふーん、ロランがドン・ホセねえ。これで3回連続のロランだなあ。もう飽きるよ。ホセ・マルティネスとかカデール・ブラルビ辺りをそろそろ見たい今日このごろなのだけれど。まあいいや、彼らの踊りは「サンドリオン」で満喫しましょう。あ、エスカミーロにヤン・ブリダールだ。ヤホー!大好きな二人のヤンが両方見られるんだ、嬉しいな。

ル・ジュノム・エ・ラ・モール、、、。薄いブロシャーをぎゅっと胸に抱く。ニコラだ。本当にニコラが躍るんだ。どうしよう、すごくドキドキしてきちゃった。

何度も何度も、ブロシャーに印刷されたニコラの名前を確かめる。半年ぶりに目にするニコラの名前にうっとりしてると、大きなシャンデリアの光が弱まり、会場が暗くなる。さあ、大好きな二人のヤンと愛しのニコラと一緒に、バレエの世界に入り込もう。

「レ・フォラン」。旅役者、興行師、とでも訳そうか。縁日にやってきた流れの旅芸人達の物語。戦後のパリはこんな感じだったのだろうか、穏やかでゆったりした空間と音楽の中で繰り広げられる、一連の興行。ほのぼのと、でもちょっぴりせつないワルツの旋律に乗って、優しく美しくダンサーが舞う。素顔に近いヤンを観るの、久しぶりね。立て続けに2回、眠れる森の外国の王子様をやったヤンしか観ていなかったから、こんな風に存在感ある役を演じるヤンを目にして嬉しいなあ。

ジェローム・ロバンか何かのプログラムで、牧神パンを躍った、細く高い、空気に同化するような跳躍を観て以来、ファンになっているヤン・サイズは、まだスジェ(エトワール、プルミエに続く3つめのランク)。この間の昇進試験に出たのだけれど、残念ながらプルミエになれなかった。準主役を躍ることも多いし、こんなに素晴らしいヤンなのに、やっぱり道は厳しいんだね。最近応援しているエマニュエル・チボーもコンクールに出ていた。こちらもヤンと一緒に落ちちゃったけれど。

でもさあ、眠れる森で、ジャン−ギヨーム・バールをエトワールに上げるくらいなら、こっちのヤンだって、せめてプルミエにしてくれたっていいじゃないのよねえ!?なんでも、ジェレミー・ベランガールというスジェが、プルミエに上がる本命候補だったらしいのだけれど、コンクール数日前に、怪我してしまったそうだ。で、プルミエの空席は、ジェレミーのために来年まで取ってあるんだとかなんとか、、、。ジェレミー・ベランガールねえ。観たことない、っていうか、多分観てるのだけれど、チェックしていない。今度、きちんと観てみたいな。でもね、来年のコンクールでは、ジェレミーと戦った上で、ヤンがプルミエに昇格だからね!

我が愛するクドウミテキちゃんも、プルミエールになれなかった。あんなに上手いし、存在感もあるのにね。3人受けて、昇格したのは、ラエティティア・ピュジョル。この子もあんまりよく知らない。今度躍る時は、ちゃんと観てみましょうね。

東山魁夷が描いた、椅子の置かれたパリの公園を思い出させるような、そんな透明感のあって穏やかなイメージの中、スジェでありながら主役を躍るヤン・サイズの体が、美しく潔く宙を舞っていた。一回目のアントラクト後、舞台の雰囲気は一転して、静から動へ。ビゼーのお馴染みの熱い音楽に乗って、キャロルとロランのカルメンが始まる。

舞台がきれいだね、とっても。椅子と照明の使い方が素敵だ。キャロルが演じるカルメン、おっきいなあ。存在感あり過ぎるよ。ロランが演じるドン・ホセの足の細さが目立ってしまう。それにしても、ロランはやっぱり上手い。ソツなく上手いんだよね、この人は。胸にグワーッとくる感動は受けたことないのだけれど、安心して、いつまでも観ていられる。マニュエルとともに、私にとっては安心系のダンサー。

ニコラの奥さん、クレル−マリや、例のコンクールにヤンと一緒に出たエルヴェ・クルタンの動きはやはり目立って素晴らしい。ヤンも、群舞の一員の中でまた躍ってる。更に素顔に近くなっていて、いい感じ。あーあ、オペラグラスが欲しいなあ。ちゃんと顔を見たいよ。こっちのヤンレベルだと、プログラム買っても、ちゃんと顔写真が出てないんだもの。オペラ座ダンサーの写真集なんて、ないのかしら?マニュエルの写真集じゃなくって。

楽しみにしていた、もう1人のヤンについては、堪能する間もなく出番が終わってしまった。な、なにこれ?もう少し躍らせてあげてよ!エスカミーロって準主役だよ、オペラの「カルメン」だったら。クスンクスン、こっちのヤンは、誰も文句を付けないくらいに本当に美しい体と顔をしていて(ニコラの場合はさ、足が太すぎる!顔が長い!サル顔だ!など、文句が出てくるんだ、、、)、とてもとても観ていて楽しいダンサーなのに。ま、いいか。贅沢言っちゃいけないよ。それにこの間、ニコラの代わりに躍った「カザノヴァ」で、美しいヤンを堪能したしね。

優等生コンビのカルメン、非常にいい出来でした。カルメンにしては、ちょっと優等生過ぎたきらいもあるけれど。ミラノから来たアレッサンドラ・フェリの舞台は、どんなだったんだろう。さぞかし、情熱的なカルメンだったんだろうな。誰と躍ったの、浩子さん?

nicolas2回目のアントラクトが終わり、いよいよ「若者と死」。コクトーの手も加えられているこの舞台に立つのは、愛しのニコラと、大好きなプルミエール・ダンスーズのデルフィヌ・ムサン。二人のヤンとロランを観た後だけに一層際立つ、人一倍大きな体が舞台に立つ。ニコラだ。半年ぶりに目にするニコラだ。顔なんか見なくても、すぐに分かる。この圧倒的な存在感とオーラで。

淡々と流れるバッハの旋律に乗って、情緒豊かに感情をむき出しにして、ニコラが跳ぶ。この人の跳躍は、どうしてこうも、人を感動させるんだろう。あの重そうな体が、信じられないくらい高く、重力に逆らって舞い上がる。あの高さ、滞空時間の長さ、そして迫力。微動だにしない着地の正確さ。半年分の鬱憤が、すーっと体から抜けていくのが分かる。申し訳ないけれど、デルフィヌに目をむける余裕はない。ニコラに視線と全神経を奪われたまま、20分という時間がすぎてゆく。

バレエを好きになってよかった。ニコラのいるパリにいられてよかった。鳴り止まない拍手とブラヴォーを浴びてにっこり舞台に立つニコラを観ながら、今夜の感動を記憶に刻み込む。ニコラ・ル−リシュはやっぱり、私のバレエの神様だ。

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