今週はガルニエの週。
オペラ・バスティーユでの「ロミオとジュリエット」と平行して、こちらパレ・ガルニエでは、ノイマイヤーの「真夏の夜の夢」。カデールが踊る「ロミオ〜」も終わっちゃったことだし、「ロミオ〜」はひとまず置いておいて、ゆっくり「真夏〜」三昧しましょうか。
2日、月曜日。
2年前に引退したとはいえ、いまだ客演でたまにオペラ座に踊りにくる、エリザベス・プラテルと、かわいくキュートなヤン・サイズを主役にすえての今夜の「真夏〜」。オペラ座のエトワールだった偉大なプラテルは、なぜかよく分からないけれど、引退後の彼女のパートナーに、かわいいいヤンちゃんを指名した。スジェ(オペラ座のダンサー階級の上から3番目)歴が長いヤンちゃんでは、はっきりいって女王様のお相手をするには役不足。そう皆が感じているなか、今夜もアハハハ的な踊りを見せてくれる主役のお2人。
大体、ヤンちゃんってば、運がいい。確かにスジェの中では上手いほうだけれど、言ってみればたかがスジェ。なのにこうやって、プラテルのパートナーに抜擢されたり、コンテンポラリーを中心に、主役を躍らせてもらう機会が多いダンサー。すらりと背の高い体格、小さな頭にチャーミングな顔。おまけに、上層部からの受けもいいらしい。
これだけ恵まれた環境にいて、いまだスジェにとどまっているのは、本人の努力が足りないからじゃなあい?なんて思ってしまう。牧神を踊る彼を初めて目にして息を呑んだ5年前から、上達してるかしら?あの時は彼は絶対にエトワール、と思ってしまったけれど、それくらい確かに上手いんだ、特にソロは。パ・ドゥ・ドゥーなんだよね、彼の問題点は。5年前のあの夜から、あまり成長のあとがみられないような気もするヤンちゃんだけれど、そのお顔のかわいらしさ、それなりに上手い踊りとで、愛しいカデールを別にすれば、実は一番のお気に入りだったりする。
で、「真夏の夜の夢」。透明感溢れる幻想的な世界と、華やかで幸福感溢れる現実の世界とを行き来する、ピュアできれいなおとぎばなし。現実の世界ではきちっとしたクラッシック・バレエが、幻想の世界では、非常に難しいテクニックを随所にあしらったコンテンポラリーな動きが楽しめる、なんだかとってもお得な作品。マイナー音でもどうしてもメジャー音に聞こえてしまう、メンデルスゾーンらしいつややかでキラキラ光り輝くような音の流れと、シンセサイザーを駆使したリゲティの耳をつらぬく音の固まりを背景に、非常に構成がよく出来た作品。現実と幻想のバランスのみごとさ。あくまでも美しく清楚に、そしてシュールな動きの中に適度にちりばめられたユニークなシーン。1時間16分という一幕目の長さを微塵も感じさせない、すばらしい演出。
ノイマイヤーがこの作品を手がけたのは、1977年。当時、幻想世界のシーンでのあの妖精の動きは、一体どう評価されたんだろう。あれから20年以上が過ぎた今でも、飛び切り新鮮で強烈な印象を残す、たぐいまれな振付けだ。本人もインタヴューで語っていたけれど、ヤンちゃんにはテーゼとオベロン役は重過ぎる。特に、スローな動きの中にあらゆる感情と迫力、緊張感を紡ぎ出さなくてはいけないオベロンは、キュートでナイーヴで陽気なイメージのヤンちゃんには、かなり無理がある。必死に頑張ってはいるけれど、どうも威厳に欠ける、インパクトの弱いオベロンだ。ま、それでも、スジェでここまでやれるのは、偉いよね。
プラテルは相変わらず。優雅で上品、そしてお上手。でも、こちらもやっぱりイポリットとティタニア、というイメージじゃあない。さすがにちょっと年取りすぎていない?
ジェレミーのパックは完璧にすばらしい!妖精というよりは、悪魔っぽく見えるのはあの濃い顔のせいだから仕方ない。こういう役を躍らせると、ホントに見事だ。よく跳び、よく跳ね、よく魅せる。ジェレミーの魅力を満喫!
誰もが納得したこの3月の、ジェレミーのプルミエ・ダンスーへの昇進と対照的に、誰もが「ちょっと早すぎる、、」と眉をしかめた、カール・パケット君の同時昇進から4ヶ月。3月のコンクール以降、はじめてちゃんとした役を踊るカール君を、デメトリウス役で観るけれど、ふーん、まあまあかな、という程度。悪くない、決して。ただ、プルミエのレヴェルではない、ということ。スジェとして観れば、「うん、すばらしい!来年はプルミエだね!」と評価できたのだけれどね。そうは言っても、コケティッシュなキャラクターも踊れるカール君を発見した意味では、収獲だったかな。
相手役のエレナを踊ったクレル−マリ・オスタについては、ため息をつくだけ。分かったよ、分かった。あなたが舞台にいるのはもうよーく分かったから、お願い、みんなと“一緒に”踊ってちょうだい!相変わらず、自分勝手に1人飛び出て踊ってしまうクレル−マリ。ユーモラスな役なので笑いや拍手は起りやすいが、いくらなんでも一人よがりすぎる。観ていて、うんざりしてしまう。先週までは、モランがエレナを踊って、すばらしかったらしい。観られなくて残念。この先は、ほとんどすべてクレル−マリ。ラスト2回だけファニー・フィアちゃんが踊るのかな、たしか。
ロバがあまりにも似合いすぎのヤン・ブリダール率いる音楽隊のマイムは最高に楽しい笑いを誘ってくれるし、随所にちりばめられた、ユーモアと美のバランスが素晴らしく、興奮と夢見ごこちの間に、2時間を越えるバレエが終わってしまう。
「ロミオ〜」もいいけど、「真夏〜」素晴らしいなあ。明日はどんなバレエを見せてくれるだろう。期待に胸膨らませながら、いまだ陽の名残に包まれたパリを歩くのでした。
3日、火曜日。
美しきオーレリーちゃんと、体の線はすばらしいジャン−ギヨーム・バール、2人のエトワールを据えたプルミエール・ディストリビュの「真夏の夜の夢」。客席には、夕べのヒロイン、プラテルの姿も見える。私ってば、プラテルと相性がいいのか、劇場や街中で結構見かけることが多い。どうせならさあ、カデールと遭遇したいんだけど。そうだよ、やっぱりこうでなくっちゃ!音もなく幕が上がり、フルートと弦の短い前奏曲が終わるか終わらないうちに、大きく頷く。あでやかに美しいオーレリーちゃん演じるイポリットの魅力に、物語の始まりから包まれてしまう。
そうだよなあ、イポリットはこうでなくては。品があってピュアに美しい。お姫様とはまさに彼女のことを言うのだろう、あまりに魅力的なイポリットにため息。なんて甲が強いんだろう。サポートなしでよくもまああれだけ、バランス取れるものだ。彼女のテクニックの高さに舌を巻く。でも、オーレリーちゃんの本領は、クラシックではなくコンテンポラリーな動きの中でこそ発揮される。幻想の中でティタニアを踊るオーレリーちゃんの、なんと威厳と迫力に包まれていること。やっぱりオーレリーちゃんのコンテンポラリーはいい。3月の「マノン」でがっかりしていただけに、久しぶりに極上のオーレリーちゃんを満喫できてホクホク。
なんちゃってエトワール氏のバールも、このくらい踊らない主役を演じてくれるなら、我慢が出来る。どうもね、彼にジークフリートとかデ・グリューとか踊られちゃうと、なんだか絶望的な気分になってきてしまう。華がないというかカリスマ性がないというか、とにかく”エトワール”にふさわしいオーラがないような気がするんだよね。
「女性のサポートをやらせれば彼が一番」と知り合いは言うけれど、まさにそのとおりで、女性を引き立てはするものの、本人自体に光るものがない、どうしても私にとっては、間違ってエトワールになってしまったとしか思えない、なんちゃってエトワール氏。まあでも、このくらい、主役とは言えども控えめな役は彼によくお似合だし、オベロンの場面では、飛び切り上手にオーレリーちゃんをサポートしていて、昨日がヤンちゃんのグラグラオベロンだっただけに、心から安心して観ていられる。
で、そのヤンちゃんといえば、今日はリザンドルという、まさに彼に打ってつけの役を、気持ちよさそうに踊っている。そうだよねえ、ヤンちゃんはやっぱり、こういう踊りがよく似合う。テンポよくクルクルと、楽しく陽気に踊るヤンちゃん。ま、途中で一度回転しながら転んじゃったけれど、ミスと感じさせないくらいにフォローもよかったし、よしとしましょう。
相手のマリ−アニエス・ジロは、本当に日増しに上手くなっていくけれど、ハーミアみたいな役はちょっと違うのかな。彼女らしいダイナミックで妖艶な魅力があまり出てこない。今年は、彼女とクレル−マリのエトワール争奪戦。まあ、最終的には2人ともエトワールになってしまうのだろうけれど(なんてったって、人材不足、、、)、マリ−アニエス好きの私としては、彼女に先になってほしいなあ。
今夜も元気なジェレミーのパックは相変わらず絶好調。彼がエトワールになる日が楽しみですね。(といっても、あと4年後に控えたカデールノ引退後になるのだろうけれど)
今夜は我らが小泉首相がバレエ鑑賞、と聞いている。ぐるりと回りを探すけれど、それらしき一群はなし。きっと「ロミオ〜」を観ているのだろう。
4日、水曜日。
今日の目的は、エマニュエル・チボー。とてもとても上手なのに、背が低いのがいけないのか、上層部との仲の悪さがいけないのか、どうしてもプルミエに上がることの出来ない、とびっきりのスジェ。彼が踊る、「眠れる森の美女」の青い鳥とか、「ラ・バヤデール」のイドル・ドーなんかを観た日には、感動の嵐に包まれること間違いない。去年も落とされたコンクール。今年のコンクールでは、誰もが「今年こそは、誰も文句を言えまい」と彼のプルミエ昇進を確信していた中での、第3位という悪意としか思えない結果だった。ものすごいスキャンダルを巻き起こした、コンクール以降、久しぶりに観るエマニュエル。しかも、パックなんて、この作品の事実上の主役!とーっても楽しみにしながら、パックの登場を待つ。
結論から言えば、エマニュエルのパックは、まあまあだった。技術はさすがにものすごくいい。文句のつけようがない。問題は、パックというキャラクターになりきれていないところだろう。オチャメでいたずら好きなパックと、ひたむきなエマニュエルはどうしても一体化できないみたいだ。すごく可愛らしくて、まさに妖精的で、チャーミングなパックなのだけれど、演技力がイマイチというかユーモアが少し足りないのかな。それなりにいいパックなのだけれど、ジェレミーと比べると、どうしても彼の方がはまり役に見える。
デルフィーヌとロモリのカップルは、淡々ときれいに踊るけれど、やっぱりこの2人じゃ迫力に欠ける。ロモリはしょせん、昨日みたいにロバやっているほうが似合っているし、デルフィーヌも、もうオーラが出てこない。彼女の絶頂期は、やっぱり2年くらい前だったのかなあ。ミスもミスだと分かってしまうし。ミスをそつなく隠してこそ、上手なダンサーだと思う。
情緒的なテーマがラストに流れ、幕が下りた後は会場中、果てない拍手。観光客が主流を占める7月の観客は、拍手にとても寛容だ。普通のシーズンならば、とっくに明かりが点いて皆が席を立つ時間になっても、いつまでもいつまでも拍手を送っている。お隣のアメリカ人たちも、大きな拍手を惜しみなく送る。昨日はバスティーユで「ロミオ〜」を観たというカップル。すぐ前に小泉首相がたくさんのセキュリティーに囲まれて座っていたのだそうだ。大きな拍手の隙間を縫ってそんな会話を交わしながら、めずらしく1人で挨拶をする機会を得たエマニュエルに、私も手が痛くなるまで拍手を送る。
5日、木曜日。
今回の「真夏の夜の夢」のディストリビューションは4パターン。今夜は、その4組目、エレオノーラちゃんとヤン・ブリダールの舞台を観に行く。おっと、そこにいるのはアレッシオくんだ。かーいーねー、相変わらず。そっか、今夜は「ロミオ〜」がないから、見に来てるんだ。13日のメルキュッシオ、楽しみにしてるよ!
彼女こそは未来のシルヴィー・ギエム、と、パリ国立オペラ座が大きな期待を寄せているエレオノーラ・アバニャートは、去年のコンクールでスジェに、今年はプルミーエルにと、着々とオペラ座のヒエラルキーを昇っている。私生活のお相手は、ジェレミー・ベランガール。ジョゼとアニエスのエトワールカップルに続いて、数年後には彼らが若きエトワールカップルとして脚光を浴びるようになるだろう。もっとも、どちらかというと地味で朴訥なジョゼたちに比べ、あく濃い顔でその踊りもダイナミックなジェレミーたちとでは、そのイメージにずいぶん差はあるけれど。
プルミエールになってから初めてのエレオノーラちゃん主役の舞台は、彼女の才能をありありと感じるものとなる。確かにシルヴィー系なんだ、彼女。その風格、足を上げた時の筋の強さ、威厳のある動き、どれを取っても、シルヴィーっぽい。今幾つだっけ、エレオノーラちゃん。まだ20代前半だよね?この年にして、既にこれだけの威厳をもったダンサーって、一体どういうことだろう?情緒面では、まだまだ勉強の余地があるけれど、もう今から、エトワールの風格を備えてしまっている。彼女がエトワールにノミネされる夜が、今から本当に楽しみだ。
お相手のヤン・ブリダールは、やっぱりロバやっているほうが似合ってるよー(笑)。いや、確かにうまいし、好きなダンサーなのだけれど、どうもキャラクター的に、王様よりもロバが似合う。金髪美しくあでやかに微笑むエレノアーラちゃんの横で、妙にとぼけたヤンは、どうも似合わない。でも、この2人は一緒に踊ることが多いから、受け入れなくっちゃね。一度、ジョゼ辺りと踊るエレオノーラちゃんを観たいなあ。さぞかし美しいカップルでしょう。
パックはエルヴェ・クルタン。跳躍がみごとな、応援しているダンサー。ヤンちゃんやエマニュエル同様、万年スジェ組のクルタンは、高度な技術をもっているのに、いい役をやらせてもらえることが少ない。しかたないよね、他にもっと踊れるダンサーが男性陣にはひしめいているのだもの。で、とても残念なことに、もっと踊れる場所を求めて、クルタンは今シーズン限りでパリ国立オペラ座を去るらしい。行き先は多分ボストンのバレエ団。こうやってまた、質の高いスジェが1人、パリから姿を消してしまう。3人の中では一番人間らしくパックを演じるクルタンの踊りを忘れないように、珍しく与えられた彼の晴れ舞台をしっかりと記憶にとどめる。
相変わらずのクレル−マリーが演じるエレナのお相手に、今夜のデメトリウスは、リオネル・ドゥラノエ。カール君も上手いと思ったけれど、やっぱりこうやって見ると、ドゥラノエ、本当に上手だ。奥様のデルフィーヌ同様、エトワールになる機会を逸してしまって、今後はずっとプルミエ・ダンスゥーでありつづけるのだろうけれど、よくこなれた、細部まで丁寧ないい動きをする。ユーモラスなキャラクターを演じさせれば、彼が一番だろう。掛け持ちでやっている「ロミオ〜」のメルキュッシオとか、ロビンスの「コンサート」の夫役とか、ドゥラノエでなくて誰が出来る?って感じだもんね。とんだりはねたり、好き勝手している相手役に手を焼きながらも、チャーミングで安定感のある、好もしい踊りだ。
今夜のロバはカール君。金髪に青い目、どこか北欧的な美しさを持った端正なカール君が演じるロバは、なんだかちょっと可愛すぎる。外見的には、王子様役が誰よりも似合うだろうカール君、ばかっぽい笑いを誘う役をやっても、どうしても端正に見えちゃうんだね。
それにしても、思っていたよりもずっと素晴らしい「真夏の夜の夢」。これといった理由はないのだけれど、この10年間舞台にのせられる機会がなかったこの作品、もっともっと堪能したい。有名な結婚行進曲を含めたメンデルスゾーンの音楽のつややかさにも、もっと包まれたいな。
翌日の金曜日から、「ロミオとジュリエット」に戻る予定だった。でもでも、すっかり「真夏の夜の夢」の妖しい魅力に取りつかれてしまった私、やっぱり明日も「真夏〜」が観たーい!オーレリーちゃんが踊るのを観られるのも、明日が最後だし。「ロミオ〜」は来週に持ち越しでいいや。どうせ、たいしたキャステイングじゃないんだし。すっかり「真夏〜」にはまってしまった今週。5夜に渡って、真夏のパリの暮れない夜に降りた夢に包まれに、パレ・ガルニエへ日参するのでした。
lun.2 juillet 2001(01年6月)