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「ノートル−ダム・ドゥ・パリ」の巻

水曜日に始まったばかりの今シーズンのパリ国立オペラ座のバレエは、金曜日からグレーヴ(ストライキ)に突入した。フランス人がこよなく愛するグレーヴにかかっては、打つ手がない。シーズン開始早々、よしてよほんとに、、、と、がっくり肩を落としはするものの、思ったよりもショックを受けていないのは、もうすっかりこのシチュエーションに慣れきってしまっているからだろうね。慣れっていうのは、怖い怖い、、、。

そんな訳で、マリ−アニエス、エレオノーラ、ゲランの公演がそれぞれ1回ずつ潰れてしまった「ノートル−ダム・ドゥ・パリ」。月曜日からもやるかやらないか分からない、というので、もうオペラ座はほっておいて、他のバレエを楽しみに行きましょ。

で、日曜日は、ひっさしぶりのシャトレ座詣で。「アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアター」の、熱いダンスを楽しむ。あくまでもエレガントで高貴なパリのバレエに慣れている目には、そもそも黒人の体の美しさが眩しい。強烈なバネと、パリの誰もが敵わないような速さ。スローなダンスは、どうしてもテクニックの欠点やシンクロのずれが気になってしまうけれど、アップテンポなダンスは絶品。影の動きを大切にする、シンプルでありながらドラマティックな照明の使い方から、会場を総立ちにさせる熱い熱いダンスまで、黒人ダンサーのパワーとアメリカのおおらかさを堪能。

マダム・ジャック・シラクをはじめとする政界の方々がチラホラ顔を見せる中、テンポのいい音楽にノリノリのオーレリーちゃんがいたり、オペラ座のディレクトリス、ブリジット・ルフルーヴさんがいたり。「お願い、ブリジットさん。早く公演再開してね」と、すれ違いざまに心の中で呟いてみる。その効果があったのかどうかは知らないけれど、夕方遅くまでの交渉の後、どうにか30分遅れで上演にこぎつけた月曜日。

notredame de paris今宵、イザベル・ゲランがパリにアデューを告げる。早くからそのたぐいまれな才能を開花させ、ヌレエフの時代に育ったゲランは、シルヴィー・ギエムとマリ−クロード・ピエトラガラがオペラ座を去ってしまった以降、まごうことなきオペラ座の至宝だった。40歳の定年を迎え、本当ならば先シーズンのラスト、「ロミオとジュリエット」でアデューを飾る予定だったが、怪我のため出演はキャンセルとなった。公式には、すでにオペラ座のダンサーではない彼女は今回、ゲスト・エトワールとしてディストリビューションに名前を載せてはいるが、ゲランとオペラ座を愛するファンにとっては、今夜が彼女を見送る夜だ。

そんな彼女の最後の舞台を見に、舞台関係者が次々とパレ・ガルニエに集まってくる。パリ国立オペラ座の総ディレクター、「ノートルダム〜」を振り付けたロラン・プティのミューズであるジジ。ブリジットさんはもちろんのこと、オーレリーちゃんやバンジャマン・ペッシュ、エマニュエル・チボー、プラテル様に、高名なダンス批評家まで、3歩あるくと誰かにぶつかる、って感じの、それはそれはそうそうたる客を迎えたガルニエ宮だ。

なーんと今夜は、カデールも見に来ていたらしい。らしい、というのは、あろうことか、私は彼を見られなかったから。「来てるよ!私のすぐ前の席にすわってる!」と知り合いが教えてくれたのに、アントラクトの間は裏に行っちゃってたみたいだし、私の席はカデールの席のちょうど上の方だから、真下にいるだろう彼の姿は見えないし、、、。生顔は舞台よりもさらに美しいカデールは、なかなか気をそそられる香りをまとっていたらしい。なに使ってるんだろうなあ。私だったら、アリュールかミラクルをカデールに贈りたい。まったくもう、どうでもいいダンサーたちばかりに気を取られ、本命のカデールを見逃すなんて、我ながらなんて情けない、、、、。深く反省。

さて舞台。

どのディストリビューションを比べても、明らかに期待できないカジモドとフォエビュスは、もうひとまず横においておいて、今回見るべきなのは、間違いなくマニュエル・ルグリのフロロだ。初日に見せた、冴えと切れに満ち溢れたすばらしい踊りは、どうやら回を重ねるごとにより一層磨きがかかっているらしく、今夜のマニュエルも、それはもう、息を呑むようなすばらしい踊りを見せてくれる。会場中が興奮しているのがよく分かる。鋭く冷ややか、そして熱い。まるで、凍れる炎のようなフロロに、観衆は完全に魅了される。

notredame de parisゲランのエスメラルダ、これはもう彼女の十八番といえる役なので、文句のつけようがない。エスメラルダの細かく揺れる感情を見事に描き出した、役にピッタリの踊り。でもでもそれでも、白状すると、私はマリ−アニエスのエスメラルダの方が気に入ったかもしれない。テクニックは一歩劣っても、やはりマリ−アニエスの“魅せる”踊りに、私はいつも心熱くさせられる。これでしばらくは見納めになるイザベル・ゲラン。ジュリエットを見られなかったのはしみじみ残念だったけれど、エスメラルダを最後に目に出来たのは、僥倖と言えるのだろう。

notredame de parisミラノスカラ座から連れてこられたカジモドは、まーまーかなあ。初めて目にするマッシモ・ミュルというダンサーは、カジモドみたいな役よりも、王子様の方が合ってるんじゃない?あの化粧の下からも感じられる整ったちいさなお顔に、すらりとした体。カジモドやるには、あまりにノーブルな雰囲気がたちこめている。それでもやはり、表現力はロモリより全然いいし、ソロは見る価値大。ただ、しょせんはよそ者。ゲランとの息はともかく、コール・ド・バレエとの息がイマイチ合っていないかな。

notredame de parisまったく、今回のカジモドは困ったものだ。まだヤン・ブリダールのを見ていないけれど、押して知るべし。カジモドって、本当に難しい。ニコラにしか出来ないのはよく分かる。カデール、見に来る暇あるなら、踊ってよ、、、。その美しすぎるお顔がカジモドにはちょっとミスマッチだろうけれど、あの雰囲気はカデールには出せるはずだ。

ロランとニコラが怪我、バールは理由不明のままディストリビューから名前を消され、マニュエル、ジョゼの二人のエトワールが一生懸命ガタガタの配役を支えていると言うのに、カデールったらのんびりしてるわ、、、。ま、その分、「ジゼル」と「牧神〜」を心から楽しみにしています。

notredame de parisガタガタ・ディストリビューのなかでも、バールの降板に伴ってもっともガタガタになってしまったフォエビュスを、今夜はかわいいヤンちゃんが踊る。きれいな栗色の髪を、べったりと金髪に変えてしまって、登場した時は「え、まさかカールくんに代わった!?」と、一瞬びびらせてくれた。相変わらずミスも多いし不安定な要素はたくさんあるけれど、頑張って踊ってます!っていうその愛くるしい姿勢と、彼の素質の中でも一番すばらしいと私が思っている、チャーミングな雰囲気は、観客の心を掴むには有効だ。「なんだかあんまり上手くないけど、でも、なんか素敵よね?好感持てる踊りだわ〜」って言わせてしまうんだ、ヤンちゃんて。テクニックだけ見れば、やっぱりカールくんの方が上なのだけれど、ロボットみたいな、感情のかけらもないカールくんの踊りより、愛くるしさに溺れそうになってしまうヤンちゃんの踊りの方が、それはやっぱりみんな好きでしょう。

かわいそうなカールくん、テクニックはまあまあなのになあ。熱くないんだよね、彼の踊り。ワクワクできないと言うか、体操部って感じ?前はもう少しリラックスして踊っていたのに、最近は大役のプレッシャーなのか、なんとなくギクシャクした動きが多いんだよね。ま、これから表現力をどんどん身につけて、立派なダンサーになって下さい。一応、応援してるんです、はい。

そんなこんなな「ノートル−ダム・ドゥ・パリ」。見所はもう、エスメラルダとフォエビュスのみ。この2人だけ追っていれば、それなりにすばらしい舞台に見えるかもね(笑)。いよいよ明日か明後日、マリ−アニエスちゃんがエトワールにノミネされるか、こうご期待。それよりなにより、グレーヴが再発しないよう、祈りましょう。

果てのないカーテン・コールに答え、イザベル・ゲランが何度も何度も舞台に現れる。ゲランのファンだけが残った会場には、熱い熱いブラヴォ!が拍手と共にいつまでも鳴り響き、オペラ座の至宝がいなくなる夜をいつまでも惜しんでいた。

lun.8 oct 2001(01年10月)
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