さて、「ジゼル」のはじまりです。十幾つある今シーズンのバレエのラインナップの中で、ある意味一番楽しみしていた公演。スゥエーデンの鬼才マッツ・エク振付けの、なんともまあシュールシュールな「ジゼル」。
5年ほど前、モニク・ルドゥレールの引退公演でこの作品を観た時は、理解不能で拒絶してしまった。「やっぱりクラシックな振付けの方が好きだなあ」と。テレビでしか観たことないけど、「眠れる森の美女」もしかり。頭の中に直接ビビビッと突き刺さる、エクの世界が余りに強烈で、以後、なんとなく離れていたコレグラフ。一昨年のシーズンで、パリ国立オペラ座のために振り付けた新作に熱く興奮して以来、ようやくエクとの距離が縮まり、今回はとてもとても楽しみに、このシュールな「ジゼル」の初日を迎える。
なにがそんなに楽しみかだって?作品自体にかける期待は、まあそれなりなのだけれど、なんてったってこの「ジゼル」は、カデールが王子様系主役を踊ってくれる数少ない作品なんだ。レスコー、チバルト、アブドラム、、、、。どちらかというと、味のある悪役を踊りたがる、私の愛しいダンサーは、「デジレやジークフリートなんて問題外。ロミオ?ッケッ!」とばかりに、王子様役を片っ端から蹴飛ばしているのだけれど、アルベリッヒだけはなぜか踊ってくれるんだ。あれは特別なんだってさ。去年の7月、クラシックな「ジゼル」で見せてくれたアルベリッヒには胸が張り裂けそうだった。死んでもかまわないからジゼルになりたかったなあ。
カデールが初日の主役をやる、ってだけでも、作品のいかんに関わらず観に行く価値大なのだけれど、エクの「ジゼル」にはもう一つ強烈なおまけがあって、そのおまけのためにもぜひぜひ、オペラグラスを持ってガルニエに赴かなくてはならない。
華やかにあでやかに、そして気品に満ちたパレ・ガルニエは、今夜も、世界に名を誇るバレエ団の公演を楽しみに来た人たちで賑わっている。平土間の6列目。普段は学生券か悪い席しか買わない私が、めずらしくもきちんと一番高いチケットを買っている。だって、エクの「ジゼル」のカデールだもの。抜かれない。本当はね、1列目が絶対に欲しかったのに、取れなかったのよね、、、。かぶりつきでラストのカデールを観たかったのになあ。ま、仕方ないか。こちらもめずらしく買ってみたパンフレットをめくっているうちに照明が落ちて、おもむろに幕と音楽が動きはじめる。
舞台をドイツの寒空からトロピカルな熱帯に移し、2幕ではジゼルを精神病者に仕立てたエクの「ジゼル」の作品自体については、また今度話をしましょう。だって私、ぜんぜん作品として観てないんだもん。語れるはずがない。白に見を包んだ麗しいカデールが登場したとたんに、私の視線は一瞬たりとも彼から離れることがない。舞台全体でなにが行われているのかは聞かないで。私の目は、カデール以外を見ようとしないんだもの。ジョゼ演じるイラリオンが、セリーヌ・タロン演じるジゼルになにやら愛をささやいている?厳かで美しいアニエスがカデールに抱かれてる?マリ−アニエスちゃんが、床をはっている?髪切ってこざっぱりしたステファンがカデールに従ってる?よく分からん、ろくに視界に入ってこない。だーい好きなアレッシオ君にすら、集中できない。可愛らしく農夫を踊っているのに。ごめんね、アレッシオ君。さすがにカデールと一緒の舞台では、あなたですら霞んでしまう。今度、マニュエルの舞台の時に、しっかり観るから待っててね。
「ジゼル」、短いんだよね。カデールに見惚れているうちに1幕は終わり、2幕に突入して、いよいよラストに入る。この作品の目玉(なのかなあ(笑)?)は、ラストシーンの裸のアルベリッヒ。母なる大地に包まれた胎児、というのが、このイメージになるのだろうか。
筋肉の美しい線に沿って汗が光る体。舞台に横たわるカデールの肢体にボーッ。彫刻の美しさなんて、比べ物にならない。軽く上下する胸に沿う肋骨の線がなんてきれい。ふくらはぎから細い足首、長い足の指にかけてのラインが完璧だ。ああ、触れてみたいなあ、、、。思わず、オケピット飛び越えて近くに行きたくなっちゃうのは私だけ(笑)?そんなことないよね。確かにまあ、みんなが声をそろえて言うように、ほんのちょっぴり肉がつきすぎのような気がしない訳でもないことは確かだけれど、ジョゼとかステファンみたいに細細ダンサーと比べて、ってことでしょう?ちょうどいいよ、このくらいの肉のつき方で。ちょっとの間だけ、と思って、すうみいとゆうままにオペラグラスを手渡したら、そのままぜんぜん私の手に戻ってこない。舞台奥の方にごろごろと転がっていって立ち上がる、一番の見所の瞬間に、オペラグラスを取られてしまった、、、。なんてこった。ま、いいけど。この距離なら、肉眼でも十分よ。肩甲骨の影、背中と臀部の筋肉もまた、ほれぼれするくらいに美しい。人間の体って、最高の芸術作品ですね。キシンさん、マニュエルのだけじゃなくって、カデールの写真集も出してくださ〜い。
体の美しさへの興奮を別にしても、やはりカデールはこの手のコレグラフの解釈は抜群だ。バランシン、プティ系でなくて、キリアン、フォーサイス、エク系。どう違う、って言えばいいかなあ。バランシン、プティは、ダンサーで言えば、ロランやバール、ゲラン、オーレリー?エク系は、マリ−アニエスやカデール、ニコラ?まあ、ニコラはマニュエルと並んでどんな系統のバレエでも踊れる、たぐいまれなダンサーだからちょっと外そうか。バランシン系は踊れても、エク系は踊れないダンサーは山ほどいる、ってことだ。踊るダンサーによって、作品が100点にも0点にもなってしまう、そんな感じの振付けをするのが、エク系かなあ。テクニックの善し悪しとは別の次元の、振付け師の媒体になって彼の魂を体現できるか、みたいな能力が要求されるんだろうね。だからこそ、踊れるダンサーも限られるし、ダンサーとしてのランクとは別に、キリアン・ダンサー、エク・ダンサーみたいな、カテゴリーが存在するんだろう。
立っているだけで、その独特のオーラを発するカデールは、神秘的で高貴、神々しく甘くせつない、そんな動きが出来るダンサー。こんな彼が体現する、エク系の作品は、胸に深く染みてくる。クラシックはクラシックの中でまた、彼の得意とするジャンルがあるけれど、それはまた、いずれゆっくり語りましょうね。
スジェからエクに大抜擢されたセリーヌ・タロンとカデール、ジョゼとアニエス、という初日の配役に対して、セカンド・ディストリビューは、ニコラの治らない怪我によって念願のアルベリッヒをもらえたマニュエルとオーレリーちゃん、ロモリとマリ−アニエスというメンバー。エクの「ジゼル」初挑戦の、マニュエルとオーレリーちゃんがどんな演技を見せてくれるか、これはこれで、非常に楽しみな配役なのである。
日本に行っちゃうので、カデールが踊る日はあと2回しか観るチャンスがない。どうぞチケット取れますように。できれば、なるべく前の方でね。今度はちゃんと、作品を観よう。カデールだけでなくて。
いやいや、エキサイティングな夜でした。
mar.30 oct.2001(01年11月)