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フォーキンの「ペトルーシュカ」他の巻

この時期恒例といえば、やっぱりグレーヴ(ストライキ)。これをせずして年は越せない、という強迫観念でも持っているに違いない、メトロを筆頭に、警官その他もろもろ、あちらこちらで張り切ってグレーヴに没頭しているフランス人。この国の人の特徴を一言で、と問われれば、「グレーヴ好き」と、私はきっと答えるだろう。

パリ国立オペラ座だって例外でない。いつはじまるか、と、ビクビクして待ち構えていたところ、まずは先週の水曜日。この週たった一回の「ラ・バヤデール」があえなく沈没。日中気温が0度を超えないという厳冬の中、半分凍りながら行ったのに、それはないよぉ、、、。自称かなり運が強い友達と一緒だったのだけれど、どこが運、強いのよ!?気落ちして美輪おばちゃんのところに行ったら、おばちゃん、風邪引いてひどい声。それでも張り切ってノエルの飾りつけしているおばちゃんから、気力とお酒をもらって、ちょっと慰められる。そのあと、「ウィリーズ・バー」で、おいしいお酒とお料理楽しんで、かなり慰められてみる。

このままだと、ガルニエの「ペトルーシュカ、他」の初日があぶなさそうだなあ、と、ドキドキビクビクで過ごしたこの数日。おまけに今日は、25日のグレーヴ予告が出て、もうこのまま今夜は、うやむやのうちにダメになるかも、と、ヒヤヒヤものでガルニエに赴くと、嬉しいことに切符切りのお兄さんたちの姿が見える。よかったよぉ〜。ほっとして、グレーヴだった時にがっかりするから、と、心の奥にしまっておいた期待を取り出し、ワクワクいっぱいで席に就く。

2001年のレヴェイヨン(大晦日)上演作品でもある、今シーズンの目玉公演が、ぶじに今夜、初日を迎える。

forkinフォーキンの「ペトルーシュカ」。初めて目にするフォーキン作品。(あれ?「結婚」もフォーキンだったっけ?)今からちょうど90年前に作られたバレエは、おとぎばなしのようで、ほんわり柔らかでおちゃめな作品。バレエ、というより、お芝居、って感じだなあ。すごい技術があるわけでなく、感動的な見せ場があるわけでなく、ストラヴィンスキーのちょっとレトロな音楽にのって、まるで絵本のページをめくるように舞台は進む。ロラン・イレールのペトルーシュカにエリザベス・モランのバレリーナ、ウィルフレッド・ロモリのムーア人。ロランとモランなんていいダンサーを、この役に使う価値があるのかなあ、と、首をかしげてしまうけれど、きっと、ぱっと見ではわからない難しさが、この振付けにはあるんだろう。でないと、失礼にも第二ディストリビューションに名前が載っているカデールまでもを動員する必要性がないもんね。完璧に仮装しているので、素顔がほとんど分からない。こんな役、美しいカデールの顔がもったいないわ。今シーズンは、アルベリッヒ、放蕩息子と、生顔をしっかり見せてくれる役ばかりではじまって、私を嬉々とさせたけれど、ペトルーシュカはどうかなあ。ま、こうご期待!

アントラクトに続く第二部は、ドビュッシーの音楽に乗せて、ニジンスキーとロビンスの「牧神の午後」。異なるコレグラフ(振付家)による同じ作品の上演なんて、とても興味深いよね。

まずは、お馴染み、ニジンスキーの牧神。結論から言うと、ふぅ〜ん、、、。「ペトルーシュカ」といいこれといい、私ひょっとして、こういう古い作品のよさを、理解できないのかも。きれいなんだよね、バクストの衣装とデコラシオンは。音楽だって、なんてったって、あの曲だ。でもなあ、コレグラフィ(振付け)はねえ、、、。いや、いいのかもしれない、もちろん。前にテレビで観たときにすら、それなりにいいと思ったもん。多分、今夜ぜんぜん感動してないのは、牧神を踊ったのがジャン−ギヨーム・バールだからじゃないかなあ、と思ってる。ニジンスキーの牧神なんて、まさにカデールみたいな演技派ダンサーがやらないと、ダメに決まってるじゃん。バールに、カデールが得意とする、体全体から役の魂がにじみ出てくるような技ができるわけない。100年早いよ、って感じだ。本来、カデールのはまり役なのに、どうして、今年はペトルーシュカなんてやっちゃうのぉ、、、?牧神をやってほしかったよ。同じ仮装系でも、えらい違いだ。牧神が作品の9割を占める以上、今夜のこの作品は、私にとっては、無に等しい。ニンフをやったアヴェルティーにいたっては、バール以下だし、どうもこうも、踏んだり蹴ったり、、、。

あとは、ロモリとヤン・ブリダールが数回ずつ踊るんだっけ。バールに比べれば、このふたりの方がきっといいだろうなあ。ブリダールなんか、結構すてきかもしれない。ジェレミーなんかが、ピッタリそうなのになあ。なんで躍らせてもらえないんだろ?でも、この役はやっぱり、カデール、もしくはロランでしょう。ペトルーシュカと総とっかえしてくれー。

forkinがっかりだったニジンスキーにくらべ、ロビンスの「牧神の午後」は、すばらしい!ピュアで透明感あふれる、ロビンスらしい澄んだ舞台が美しい。そこに身を置くふたりのダンサーは、ニコラとエレオノーラ。初めてじゃない、このカップリング?怪我して、「ラ・バヤデール」ではニキアもガムザッティも下りてしまったエレオノーラちゃん。今夜に間に合うかとヒヤヒヤしていたけれど、どうにかぶじに復帰。まあ、このくらい静かな踊りなら、多少の怪我は響かないでしょう。淡々と、美しく体が流れていく。そんなイメージのロビンスのコレグラフィは、透明色の舞台ととろけるようなドビュッシーとみごとに融合している。ほんっとにきれいな舞台だなあ。

そしてなにより、この作品の主役となるニコラ。ニコラって、どうしてこうもまあ、すばらしいダンサーなんだろう。ニコラなしでは考えられない、ニコラ以外には考えられない。舞台を見つめる3000あまりの観客は、みなそう感じたに違いない。ニコラの名を知らしめた、跳躍があるわけでない。派手な動きなんて、皆無。多少のリフトはあるものの、基本的にはひどくゆるやかな動きだ。なんてことない、シンプルな動きの中に、ニコラの、内面にたぎる力があふれてくる。すごい。ニコラの存在があってはじめて、この作品が完結する。そう、思わせてしまう、ニコラ・ル−リシュというダンサーには、本当に息を止められる。

可愛いヤンちゃん、エルベ・モローくんに加え、なんとカール・パケットがこの役に挑戦する。うっそでしょう!?無理だ、ぜーったいに無理、カールくんには!へたっぴだけれど、こういう雰囲気ある役はヤンちゃんは多分イケル。モローくんは、まあ、勉強の意味もこめてやってみたら?って感じで許せる。まだなりたてスジェだし。でも、カールくんは、、、。プルミエになってからというもの、やることなすこと、大不評を買ってはや9ヶ月。挙げ句のはてに、カール君が一番苦手そうな、こんな、雰囲気のある役を彼にやらせるなんて、ほんと、オペラ座の考えていることは分からない、、、。どう考えても、無理ったら無理!想像しただけで、そらおそろしい、、、、。最低1度は観る羽目になるだろうけれど、かなり覚悟をしていかなくては。いやあ、それにしても、ニコラはすごい!

2回目のアントラクトに続く第3部は、今夜がクレアシオン・モンディアル(世界初演)となる、ビアンカ・リーの「シエラザード」。クレアシオン・モンディアルを観るときの、舞台と会場両方に漂う高揚感がとても好きだ。一般観客を目の前にしてこの世に初めて送り出される作品には、生みの喜びと初々しさを感じる。今シーズンのプログラムが発表された春からずっと、この作品の誕生を楽しみにしてきたのは、まずはなんといっても、音楽が、かなり心を奪われているリムスキー・コルサコフのシエラザートだということ。スラヴ的な、悠久の時の流れを思い起こさせるあの旋律は、私をいつも感動で包んでくれる。この作品は、衣装がまたすごい。なんてったって、クリスチャン・ラクロワが一から作り上げた、とびっきり豪華なオート・クチュールだ。どんなにあでやかな衣装を見せてくれるのだろう、と、音楽と衣装、それだけで期待は最大限に膨らんでいた。

forkin重厚な前奏曲に続いて、シエラザードのテーマが叙情的に流れる。愛する音楽に乗って、舞台に繰り広げられた光景は、息を呑むように美しく、瞬きをする時間すら惜しいようなものだった。衣装、すごい、、、。なんて美しいんだろう、、、。ため息を吐くのも忘れてしまう。思わず開いた口が、ため息もつけずに、ほうけたようにあきっぱなしになってしまう。鮮やかな色たち、金糸銀糸が紡ぐドレープ、キラキラかがやくパイエット。服飾の世界に魅せられた人々の感動が、今夜初めて理解できた気がする。

心の底を震わせる音楽(オケ自体は、ろくなものじゃないかったけど、ま、曲自身の美しさに免じて許してあげよう)、頭がくらくらするような、極上の衣装。このふたつだけで、「シエラザード」というバレエ作品は、すでに高い評価を与えられてしまいそうだ。肝心のコレグラフィのかげが薄い。

スペイン人のビアンカ・リーのコレグラフィは、彼の地の熱い血が、クラシック・バレエ、モダン・バレエ、それぞれの要素に微妙に絡んだものらしい。主役ふたりとシエラザード、その他大勢を含めた、全体的なダンサーの動かし方はなかなか素敵だ。ダイナミックで華々しい、そんなイメージかなあ。男女それぞれのソロパート、パ・ドゥ・ドゥーは、かなり難しそうに見える。テクニック的にも感情的にも。

彼らのためにこの作品が作られた、ジョゼとアニエスは、それはもう、マーヴェラス!の一言に尽きる。やっぱりこのふたりは、クラシックでみるより、コンテンポラリーの方が、断然冴えてる。完璧な肢体を、飛び切り高度な技術と表現力で動かした、完璧な主役。長めのソロを飽きさせないのは、それぞれの、強い個性があればこそ。観客の視線をそらさせない、強烈なオーラを発している。

forkin美しく官能的で高度でシャープ。そんなパ・ドゥ・ドゥーを、この美しくゴージャスなカップルをおいて、他に誰が踊れるというのだろう?デルフィーヌとバンジャマンが第二ディストリビューションで何度か踊るけれど、カールくんの牧神と同じくらい、これも駄目だってば!まずテクニックからして、無理がありすぎる。ほんとは、ステファンも踊るはずだったんだよねえ?怪我して幸いだよ、ステファン。これは絶対、ステファン程度のダンサーには、不可能だ。バンジャマンたちのですら、こわい、、、。これも、一度は観ちゃうんだろうけれど、思わずブーイングをしないように、気をつけなくては。

衣装と音楽、主役のふたりの動きがすばらしすぎて、コレグラフとしてのビアンカ・リーの才能は分からない。リーとラクロワが登場したカーテンコールでは、割れるような拍手の中に、確かにブーイングは交じっていたけれど、クレアシオン・モンディアルの時には、必ずあることだろう。衣装と音楽の迫力に、こんなにも圧倒されるなんてはじめてだ。この二つが与えてくれる感動だけでたっぷり過ぎて、とてもとてもコレグラフィにまで意識が回らない。まあ、悪いはずはないのだろうけれど。イヤな感じは持たなかったのだから。

ロビンスの「牧神の午後」では、透き通るようなピュアな舞台と動きに、ため息もつけないほどの感動を体験し、今宵この世に生を受けた「シエラザード」では、圧倒的な衣装と音楽に、息が止まりそうな興奮を味わう。でもよく分かってる。ニコラとエレオノーラが踊ったから、ジョゼとアニエスが踊ったからこそ、今夜の感動が存在するのだと。振付家なしではダンサーは生きられないけれど、ダンサーなしでは振付家は死んでしまう。

mer.19 dec.2001(01年12月)
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