9日(水)
「ペトルーシュカ他」と「ラ・バヤデール」で、ガルニエとバスティーユを駆けずり回った忙しい年末年始も終わり、パリ国立オペラ座の公演は一段落。ダンサーたちはというと、トウキョー、ベルリン、ロンドン、ナントにボルドーと、あっちこちに出稼ぎに中。閑散としたガルニエを賑やかにすべく、オペラハウス改装に伴って出張公演がしやすいらしい、ミラノスカラ座の公演が今日から始まる。
パリ以外のバレエなんてぜんぜん見たことない。まだ熊川くんがロイヤル・バレエにいた頃には、時々コヴェンドガーデンまで出向いたけれど、それ以外で観たバレエなんて、新国立のこけら落としで熊川くんと都ちゃんが踊った「ラ・ベル〜」だけだ。どっぷりパリのバレエに慣れきっていた私には、ある意味とてもショッキングなラ・スカラのバレエ公演になる。
「エクセルシオール」という名の作品は、人類の化学と叡智の発展を辿ったもの。だと思う、多分ね(笑)。トータル出演人数が70人を超えたんじゃないか?オヤジからコドモまで総出演で、学芸会みたいな舞台だ。観客席には、マニュエルがプラテル様と腕を組んで姿を見せているけど、観る意味あるのかね、彼らにとって?メインの役はカップルが2組。スカラ座のゲスト・プリンシパルみたいな地位にいるらしいヴィヴィアナ・デュランテと、ミック・ゼニというダンサーがまず1組目。デュランテってこんなもの?彼女の名声に期待しすぎていたのかもしれない。弱々しいシルヴィーって感じで、確かに上手いけれど、とりたてて感動的ではない。パートナーのゼニはすばらしい!かなりキャラクターの濃い役なのだけれど、その細い体の線がスパッと空間を切り裂いていく。パリでいうスジェクラスのダンサーと、あとでプログラムを開いてびっくりした。レヴェル、高いなあ。
二組目は、女性は顔から踊りまで最悪だったけれど、男性は今回のツアーの目玉でもあるロッベルト・ボッレが、噂に違わぬすばらしいダンスを披露してくれる。顔もスタイルもテクニックも優等生。ニコラとバールを足してぐしゃぐしゃに混ぜ合わせて2で割ったようなダンサー(どんなダンサーだ?)だなあ。いい子ちゃん過ぎちゃって好みのタイプではないけれど、すがすがしく華やかなエリートダンサー。ボッレに拍手を送るたびに、会場中がジレンマに陥っているのが感じられる。横に立つ女は絶賛していないんだよ〜、という意識が飛び交い、イタリア人の観客が目立つ中、ブラヴィ!を叫ぶ人のなんと少ないことか。ブラヴォ!はもちろん一番たくさん耳にするけれど、ブラヴァ!にいたっては、全く聞こえない。この女性ダンサーの存在すら許してしまいそうだったのが、その他大勢の男の子達。何十人もいる男性ダンサーたちを目の当たりにして絶句したのは、私だけではなかったはずだ。あとからいろいろ聞いてみると、だれもが同じことを思ったらしい。
「女の子はともかくとして、なんだ、この男(決して、男の子、とは言えない)たちは、、、?」イタリア人って、フランス人よりもずっとずっとかっこよくなかったっけ〜???次々と目の前に現れる、年のいった、お腹の出はじめた、美しくないダンサーたちに驚愕し、いつしか、オペラグラスは膝の上に置かれっぱなしになる。とてもとても、至近距離で見るものではない、、、。この公演、なにがインパクトあったかって、ゼニの存在感やボッレのヴィルチュオジテなんかよりも、その他大勢の男性ダンサーの姿形だよ、やっぱり。ゼニとボッレは、ぜひもう一度観てみたい!と思ったものの、その他大勢を再び目にする勇気はどうしても出ず、一度限りの観劇となったのでした。
パリの男の子たちに文句を言っちゃあいけないなあ、、、、と、日頃の我が身のいかに幸せかを、しみじみ感じさせてくれる舞台だった。
14日(月)
引き続きイタリアとの交歓。ただしこっちは、いたく感動的な。
オペラ・バスティーユでは、先週から「トスカ」が始まった。何度も観ている演出だけれどなかなか気に入っているのと、ワーグナー好きな私がイタリアものの中で一番好きな作品なので、ま、今年も観てみましょう。音楽は最高だもんね。プッチーニの音楽はいいよねえ。「トゥーランドット」も大好きだ。パリ国立オペラ座管のレヴェルが、もう少しだけでいいから高いといいのになあ、と思いながら、スカルピアの不吉なテーマで始まるオペラに浸る。
おお、出だしからいいぞお。アンジェロッティを演じる歌手の声に聴き惚れる。深みのある凛とした低い声が、広いバスティーユを覆う。なかなかいい歌手を呼べないパリ国立オペラ座。今夜は彼が一番じゃないかしら、と思ったやさきに登場したマリオ・カヴァラドッシの姿と声に、まさに一目一耳惚れしてしまう。明るくつややかな声が、天空に上っていくかのように、朗々と響き渡る。幅のゆったりした、すこやかでキラキラと輝くような声の持ち主は、私の耳を魅了するより早く、私の目を見開かせる。
うっわぁ、オペラ歌手でこんな美しい人っているんだぁ!?見るからにイタリア人の歌手は、ダンサー顔負けのスラリと均整の取れた体躯に、ラテン系の苦みばしった美しい顔まで備えている。思わずオペラグラスを覗いちゃったね。オペラだから、と、舞台に近い席を取らなかったのが悔やまれる。今まで観てきたいかなるオペラ歌手たちと比べることすらおこがましいくらい、本当に美しい歌手。オペラを好きになって10年目にして初めて、歌手にクラッとしてしまう(笑)。会場には、なぜかバンジャマン・ペッシュの姿。オペラも見に来るのか、このダンサーは。お目当ては、マリオ役の歌手だったりしてねー(笑)。いわれてみると、いかにもあちらの世界の人たちに好かれそうなタイプのいい男だ。いやいや、こんなに声も姿もいいマリオと巡り合えるとは、夢にも思わなかったよ。
私の視覚と聴覚をうっとりさせたこの歌手は、名をファビオ・アルミリアートという。その夜、家に帰って真っ先にしたことは、パソコンで彼の情報を探すことだった。今シーズンはこれから、メット、ウィーン国立、夏にはヴェローナのフェスティヴァルで歌う予定。パリにはこの「トスカ」限りらしい。もう一度、彼を聴きに来たいなあ。
タイトル・ロールを歌うネリー・ミリチオイウ(って読むのかな?東欧人?)はリリックでありながらドラマティックで、まさに歌姫。マリオとのデュエットも、声のバランスがよく取れていてとてもよろしい。スカルピアを演じるラド・アタネーリも、いかにも悪人らしい情緒あふれる声を放ち、今夜の歌手たちは揃いも揃ってすばらしい。9月の「リゴレット」とはえらい違いだよ。
ヴェルナー・シュロエターの冷たく切れのいい演出、作曲家と同じ言葉を話すモリッジオ・ベッニーニを指揮者に得て普段よりはお上手な気がするオケもなかなかで、久しぶりに、うん、本当に久しぶりにオペラという芸術に心から感動。フランスで体験したオペラの中で一番の感動かもしれない。何年も前に、同じ演出でドミンゴが歌ってオザワがタクトを振った時よりも、今夜の方がレヴェルが高いのは明らかだ。
ワーグナーを聴きたいなあ。ずっと忘れていた、オペラから得る体がしびれるような興奮を久しぶりに味わって、私に取っての「オペラ」であるワーグナーが思わず恋しくなってしまう。
17日(木)
3日にカデールやジョゼとアニエスに拍手を送って以来、パリ国立オペラ座のダンサーを見ていない。その間に目にしたダンサーといえば、あまり思い出したくないミラノの方たちと、「トスカ」の会場ですれ違ったバンジャマンだけ。だめだ、来週の「クラヴィゴ」まで待てないよ。パリ郊外サン−クルーで、『プラテル様と仲間たち』みたいな公演があって、なんとそこにアレッシオくんが参加していると聞きかじり、これは行かねば!と、慌ててチケットの手配をして、めったに乗らないSNCF(フランス国鉄)の車中の人となる。
シックな街の小さな会場には、もちろんオケピットなんかない。前から2列目という席は、狭い舞台のほんとに目の前。バスティーユのアンフィテアトルみたいだねえ。4組のカップルが、パ・ドゥ・ドゥーとソロを踊ってくれる、言わばガラ公演。音響の悪いスピーカーからプロコフィエフの音楽が流れはじめ、アレッシオとルテティア・ピュジョルによる「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンで幕が開く。
あはははは、、、、。アレッシオって、ほんっとにパ・ドゥ・ドゥー、下手だなあ。そもそも、アレッシオのパ・ドゥ・ドゥー自体ほとんど観たことなかったけれど、思っていた通りだよ。明らかにソロ向きのダンサーだ。背がないのが致命傷であることは確かだけれど、それにしたって、とてもじゃないけどロミオには見えない。こちらもジュリエットというには、あまりに元気がよすぎるというか体育会系でブンブンブンッ!って感じの動きをするルテティアちゃんと一緒なものだから、余計に始末悪い。情緒や愛情があまり感じられない、なんとも運動部的なバルコンのシーン。
しかしまあ、至近距離で目にするアレッシオは、ほんとかっちょいいね。ジェレミーに似ていると皆言うし、私もそれにはダコーだけれど、ジェレミーとは縮れた黒髪や背の低さが似ているだけで、顔の表情や骨格はやっぱりカデールに似ている。髪型を同じにすれば、首から上はかなり共通点あると思うなあ。頬のこけ方とか、じっとりした視線とか、あごのあたり。カデールの持つ神秘的な色気は、彼よりも20近く若いアレッシオにはまだ備わっていないけれど、まだまだこれから。2年前に見つけて以来、私はかなりアレッシオを買っている。
続いて、エルヴェ・モローくんとイザベル・シアラオーヴァによるアレズ(アライズって読むのかな?)振付けのアダジェット。マーラー5番の第4楽章を使うなんてずるいよ。音楽だけで、みんなうっとりしちゃう。
アレッシオに比べると、エルヴェのリフトはとてもお上手。こういうゆるやかな踊りでも間が持つあたりが偉い。ロビンスの「牧神の午後」で見せた緩慢さもなかなかだったし、どんどんよくなって来ているねえ。去年のコンクールで、アレッシオを凌いで1位でスジェに上がっただけのことはある。ニコラも顔負けのもっちりしたお尻と、どうしても目が向いてしまう眉毛が、強いて言えば難点だけれど、王子様系はなんでもOKだろう、将来有望なダンサーだ。
お相手のシアラオーヴァは、あんまりよく知らない。この冬「ラ・バヤデール」で何回かソロを踊ったのを観たくらい。別にピンと来るダンサーじゃないなあ。でも今度は「クラヴィゴ」でエトランジェールを何回か踊るんだよねえ。大丈夫かね?
プライヴェートのパートナーはなんちゃってプルミエ・ダンサーのパケットくん。案の定、会場にも姿を見せていたけれど、彼女の舞台を観る暇あったら、あなた、「クラヴィゴ」のボーマルシェ、練習した方がいいんでない?本来なら、かわいいヤンちゃんが踊る役なのに、ヤンちゃんたら、ベルリンでロミオを踊る方を選んだ。やっぱり主役を踊りたいよね、そりゃ。おかげでこっちは、全公演もれなくパケットダンスを堪能する特典がついた「クラヴィゴ」を観るはめになる。やってられないよ、、。
本公演のメイン、プラテル様とバンジャマン・ペッシュがバランシンの「ラ・ソミュナンビュル」を踊る。ふらふらと捕らえどころのない夢遊病者の演技がすばらしい。こういう役は、やっぱりベテランダンサーに限るね。ペッシュはこんなもんでしょう。役柄的には、ヤンちゃんに似合いそうな感じだね、これ。引退後のプラテル様は、パートナーにヤンちゃんを指名しているので、今夜だって、本当だったらヤンちゃんがここにいるはずなんだろうに。今頃、ボルドーで羽根をつけてイカロスを踊ってるんだろうなあ。ちぇ、ヤンちゃんが観たかったよー。
4組目は、クリストフ・デュケンヌとジュリエット・ジェルネ。「ドン・キショット」から3幕のパ・ドゥ・ドゥーを、小気味よくチャーミングに踊る。ジュリエットちゃんは、最近のお気に入り。「ラ・バヤデール」のヤンちゃんとのインディアン・ダンスの切れのいい可愛らしさや、「牧神の午後」での、パケットとのしっとりしたピュアな動きが印象的だった。キトリのように、オキャンな役にピッタリだねえ。今幾つ?17歳くらいだよね?まだまだ技術はへたくそだけれど、顔の表情や体の動きは、観客の心をしっかり魅了している。
デュケンヌのバジリオは、まあ普通かな。アレッシオと、役、交換すればよかったのに。バリジオはアレッシオに似合うはず。逆にロミオは、この夏デュケンヌの名前を一気に世間に知らしめた、彼に取ってはまさに幸運を運ぶ役なのに。
アントラクトを挟んで第二部は、バンジャマンが踊る、ノイマイヤーの「スプリング・アンド・フォール」で始まる。やっぱなあ、ソロじゃ間が持たないよ、バンジャマンは。残念だけれど。デュケンヌとジュリエットの「ダフニスとクロエ」も、まあまあかな。ジュリエットがやっぱりいいんだよねえ、雰囲気あって。デュケンヌはもっとダイナミックに体を動かす踊りの方が合ってると思う。
エルヴェとシアラヴォーラの「エスメラルダ」のパ・ドゥ・ドゥーは、テクニックの妙技で会場を沸かせるけれど、プラテル様の「瀕死の白鳥」に続いてラストを飾る、アレッシオとルテティアの「海賊」のあまりの迫力に、小さな会場は興奮に沸きあがる。ソロのテクニックがめっちゃめちゃ高いアレッシオとルテティアならではの、まさに妙技のオン・パレード。目を剥くような高く迫力ある跳躍と、この上なくシャープでスピードのある回転で、アレッシオは観客を魅了する。テクニックだけなら間違いなくプルミエール随一であろうルテティアちゃんも、ドゥーブル連発のピルエットで、観客の興奮をさらに高める。
いやあ、すごいよ二人とも。最初の「ロミオとジュリエット」を踊ったダンサーと同じとは、信じられない。頭がくらくらするような、とびっきり派手な技術をこれでもか、とばかりに披露して、とてもあれだけの人数でたてていると思えない拍手とブラヴォ!を呼び起こし、カデールの次に溺愛しているダンサーと彼の仲間たちは、満面の笑顔で何度も何度もカーテンコールに答えてくれるのでした。
パリ国立オペラ座の舞台では、ぜったいに主役のパ・ドゥ・ドゥーなど踊る機会は皆無であろうアレッシオ・カルボヌの、最後に披露した「海賊」のソロを観るだけでも十分に価値があった(もちろん、他もとてもよかったけれど)、思いがけないプレゼントをもらったような嬉しさを胸に、パリへと戻る。
mer.9, lun.14, jeu.17 janvier 2002(02年1月)