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透明でどこかシュールな「クラヴィゴ」の巻

99年秋、パリ国立オペラ座のために(というか、ニコラのために)、ロラン・プティが創造した「クラヴィゴ」に、私はいたく感動した。ゲーテの作品をベースにしたこのバレエは、先に書いたようにパリ国立オペラ座が世界に誇るニコラ・ル−リシュのために、これまたパリが、そしてフランスが誇る巨匠ロラン・プティが振り付けた作品。もちろん見所はニコラが踊るクラヴィゴなのだけれど、わたし的には、それ以外に夢中になる要素がたくさんある、とてもお気に入りのバレエだ。

2年とちょっとの期間を経て再びパレ・ガルニエの舞台に乗るこの公演を観に、喜び勇んでガルニエの大理石の階段を駆け上がる、初日の月曜日。

clavigoドォドォドォドォドォドォドォドォドォドォ〜。低く控えめな大太鼓の響きに続き、荘厳な弦の集合体とともに、モノトーンな舞台のシールドが上がり、ちょっとスリリングな木管のメロディーがそれに続く。そう、まずはニコラよりもなによりも音楽。ガブリエル・ヤール(ヤールド?)が書き下ろしたこの音楽に、私は完全にいかれてる。淡々と、ちょっと緊張感漂うニュアンスたっぷりの音楽が、心をどんどんかき立てる。2年前には、「ヒッチコックの映画音楽のよう」と感想を書いたっけ。音楽に共鳴するかのように、プティらしい、どことなく不安定で壊れた感じのコール・ド・バレエが、透明感ある舞台を覆う。美しいダンサー達がいてはじめて、すばらしい効果が出るコールの振り付け。「美」という言葉を具体化したようなシーンを目にし、これはパリ国立オペラ座でなくては無理だよ、と、この間のスカラ座のショックからいまだ覚めやらないままぼんやり思ったりする。

clavigo白とグレーと黒。モノトーンの、透明感があってどこかシュールな雰囲気漂う舞台に、ニコラがよく映える。無垢な天使のような顔をしちゃって、彼のために作られた作品を、まるで呼吸をするように踊る。ニコラのパワフルなテクニックを堪能できる、というわけではないのだけれど、これはこれであまり知らないニコラの魅力が楽しめる。ニコラ的というよりはプティ的?プティじいさんがしっかりと手取り足取り教え込んでいるのだから、当然かもしれないが。

ヒロイン、マリを踊るクレル−マリがすばらしい。そう、こういう、ある程度叙情的で存在感があって演技をしっかりする役は、クレル−マリにうってつけ。この1年以上、いまひとつ彼女に感動できず、というか、あくの強さにへきえいしてきたけれど、この役はぴったりだ。さすが、プティじい自ら初演時のヒロインに指名しただけある。切れのある確実なテクニックと程よい加減(これが大切!)にドラマティックな演技でのソロ、旦那とのパ・ドゥ・ドゥー、どれもこれもいいねえ。最初にクラヴィゴに惹かれていくありさまや、気の狂う場面も、すばらしい!いやあ、久しぶりにクレル−マリのよさを堪能。

世界初演時に、マリの兄ボーマルシェを演じ、かわいいヤン・サイズは、ベルリンで「ロミオとジュリエット」のロミオを踊りに、パリを離れてしまった。ま、ね、あまり存在感のないいるだけ、って感じのしがない端役よりはやっぱり主役を踊りたいでしょう。仕方ないとは言え、おかげでこちらのキャスティングは全日程カール・パケットになってしまって、ちょっとげんなり。うわあ、何回パケット君を観なくちゃいけないんだ?ヤンちゃんのボーマルシェ、すてきだったのに、、、、。と、かなりがっかりして諦めの体勢で目にするパケット君が、思ったよりずっといいのに、びっくり仰天(笑)。ま、たしかに、難しいテクニックはいらない。あまり出番もないし、観ないようにすればいくらでも視界に入ってこなくて邪魔にならない。だからいいって感じるのかなあ。ま、どうでもいい。とりあえず美しいダンサーが舞台にいる〜、ってことだ。

clavigoクラヴィゴの友達(恋人か?)のカルロは、2年前と同じくヤン・ブリダールが演じる。はっきり言って、この作品の中で一番見ごたえがあるのが、ヤンのカルロ。不吉な影を漂わせた、どこかまともでない表情。クラヴィゴへの倒錯した愛、自分への愛がなくなったと同時に、どこまも冷酷に愛する男を死へといざなう。死に瀕するクラヴィゴに興奮し、彼の洋服に残る愛した男の香りをかいで恍惚とする。たまらないね。頽廃と耽美が溶けあった、阿片窟を想像させる怪しい人物。clavigoいやあ、これを、一見とぼけた表情のヤンが演じると、妙に真実味があってぞくぞくする。役者だなあ、ほんと、ヤンって。「ル・パルク」がとても楽しみになってきた。彼をこの役に選んだプティじい、ほんとに偉い!

マリ−アニエスちゃんのエトランジェール(異邦人)は、期待通りに情熱的で扇情的で、魅惑に包まれている。彼女の踊りは、いつ見ても本当に興奮させられる。一刻も早くエトワールになってくれる日を願っているけれど、私にとっては、もうずいぶん前から、エトワール中のエトワール。このカンパニーで一番好きな女性ダンサーだ。

そして、コールがすばらしくいいのが、この作品のすばらしいところ。プティらしい、ちょっと不安定で壊れたような美しさ。シンメトリー性に安心していると、いきなり形は崩壊し、高さ、速さ、数の全て異なる動きが視覚をまどわせ、しっくりとはまらないどこか不安な気持ちにさせられる。音楽で言えば変拍子の連続のような、なんとも落ち着きの悪い動きが、なぜか心を熱いものでいっぱいにしてくれるんだ。

バロック情緒が流れる空気に、耽美でねっとりとした怪しさが錯綜する。天使のような無垢の中に、倒錯した悪がにじんでいく。適度に熱く適度に淡い、奇妙に感動させられる音楽にうっとり聴き惚れながら、目の前に繰り広げられる、ピュアなくせにどこまでも病んでいるストーリーに心奪われる。

clavigo興奮と感動に満ちた1時間45分ののち、すべてのダンサーたちとプティじいに熱い拍手を送っている自分がいる。舞台挨拶をするプティじいは、我が意を得たりとばかりに喜色満面。ダンサー達を1人1人ねぎらっている。振付師とダンサーが揃ってはじめて、作品は命を得る。どんな振付師がどんなダンサーと巡りあうかは運命だ。2年前の世界初演のときよりも、一段と成熟したダンサー達による、すばらしい公演。ヤンちゃんがいないのは残念だけれど、パケット君だって悪くないし、本当にすばらしいキャスティングだ。『「クラヴィゴ」という作品は、グラン・ヴァンのようだ。2年の熟成期間を経て、よりいっそう深みを増した』と、ある批評家が言っていたのは、そのとおりだと思う。2年前に得た、あの大きな感動がなんだったのかと思うくらい、今夜の公演に酔いしれてしまう。

再びパレ・ガルニエへと赴く水曜日。

今日はね、第二ディストリビューション。バンジャマン・ペッシュのクラヴィゴにエレオノーラちゃんのマリ、ジェレミーのカルロに、ステファニー・ロンベルグのエトランジェール。ボーマルシェ?だから、今回は全部パケット君なんだってば、、、。ま、いいけど。

この配役は、2年前の世界初演時に、たった一晩だけ踊ったメンバー。当時、まだコリフェに過ぎなかったエレオノーラちゃんが踊ったマリは、どんなだっただろう?大好きなエレオノーラちゃんを観に来た夜だけれど、期待以上にバンジャマンのクラヴィゴに感動する夜になる。

エレオノーラちゃんは、もちろんいい。好き嫌いがわりと分かれるダンサーだけれど、私は大のお気に入り。前シーズンの「真夏の夜の夢」、今シーズンの「ノートルダム・ダム・ドゥ・パリ」やロビンスの「牧神の午後」など、なかなか満足のいく踊りを見せてくれていたが、今夜のマリもまた一段といいですねえ。エレオノーラの魅力ってなんだろう?技術ではないよね。確かにうまいけれど、技術だけなら、ルテティアちゃんとかの方がよっぽど見ごたえある。もっと雰囲気的なもの。彼女が持っているオーラというか存在感、弱々しいのかあでやかなのかよく分からない、その雰囲気がとても魅力的。カリスマ性がある、って言うんだろうね。エトワールになるには必須条件。うまさじゃないもん、ダンサーって。どれくらい感動を与えるかだもん、大切なのは。どこかつかみ所のない、クレル−マリに比べると淡々としたマリは、リリックでなかなか素敵だ。優雅な体の動きとあいまって、あくまでエレガントなマリにうっとりする。

バンジャマンがこんなに感動させてくれるのも久しぶりだなあ(笑)。いやあ、いいよ、ほんとにとても。バンジャマンがうまいのか、プティじいの指導がいいのか、役が合っているのか、よく分からないけれど(多分後者2つだろう)、とにかく感動的なクラヴィゴ。ニコラもいいけれど、バンジャマンでもあまり引けを取らない。こんな風に思うこと自体、本当に珍しい。日に日にマニュエルに似てくるお顔は、クラヴィゴの純粋さによく合っている。マリの葬式のシーンや最後のソロなんて、顔の表情だけで完璧。いやあ、ほんと、びっくりするくらいバンジャマンを堪能してしまう。ニコラよりもバンジャマンの方が、この役、合ってるんじゃないか?ニコラはもちろんすばらしいけれど、彼の魅力は他の作品の方がもっと味わえる。バンジャマンの魅力がこんなに見事に出る役って、他になにかあった?

ジェレミーのカルロは、いまいちかなあ。っていうか、カルロって感じじゃないでしょ、彼。あまりに硬派すぎるし、あまりに悪がなさすぎる。固くてまじめすぎるんだよなあ。踊りは確かにうまい。でもうますぎる。切れがありすぎるというか、舞台のまったりよどんだ頽廃的な空気をスパスパ切りきざんでしまうんだ。だいたい、あなた、クラヴィゴのこと愛していないでしょう?同性愛なんてぜんぜん理解してないでしょう?確かにジェレミーの踊りはいつも固い。微妙なニュアンスがないというか、奥行きがない。パックは最高だった。メルキュッシオもまあまあだった。こういう単純明快な役はお手のものだろう。でも、役者としての素質が要求される役はだめなんだなあ。初めてだよ、ジェレミーがイマイチだなんて思う夜は。うーん、いい勉強になる。「ユールヴァン」はどんな感じになるのかなあ。

ステファニー・ロンベルグも頑張っているけど、しょせんこの役はマリ−アニエスちゃん以外で観る気はしない。どうでもいい役になっちゃってるね、残念ながら。

コールは相変わらずすばらしい。エルヴェ・モローとマチュー・ガニオ、このところ気に入っている若手のいい子達がなかなかよろしい。2年前にはアレッシオがでていたのに、今回、外れてるんだよねー。「ル・パルク」に焦点を合わせてるんでしょうけれど、ちょっと悲しい。

むさぼるように音楽を耳にしながら、あっという間の2時間弱。CDになっていないこの音楽をしっかり覚えるため、足繁く「クラヴィゴ」に通わねば。

clavigo木曜日、金曜日と、続けさまに、ファースト・ディストリビューの公演。信じられないことに、あまり人気がないのだ、この作品。毎日、かなりの席が空いている。確かに「クラヴィゴ」という作品自体の知名度は高くない。でもでも、ロラン・プティの作品だよ!?ニコラやエレオノーラが踊ってるんだよ!?それでもお客様が入らないんだよねえ。年末の「ラ・バヤデール」や「ペトルーシュカ他」が、恐ろしいくらいに人気があったのとなんとまあ対照的。一般的に考えれば、バレエはしょせん、作品の名前で人気が左右し、振付師やダンサーは第二要因になるのだろうか。納得できないけどね。すっかり心奪われている音楽にも賛否両論の意見が出てるし、振付けに対しても意見錯綜。あまり好きじゃない、という声が、オペラ座フリークの間からも多々聞こえてくる。別にいいよ。レストランと同じように、バレエもしょせんは嗜好品。絶対評価の一番、なんていうのはありえない。個人の好みで評価は大きく揺れて当然。私としては、おかげで大好きな作品が毎日のように最前列で舞台を観られて、嬉しい限りだ。この調子で、来週もずっとチケットゲット出来ますように。

ニコラ、クレル−マリ、ヤンとマリ−アニエスに一応パケット君も加えて、それぞれのダンサーがそれぞれにふさわしい役を完璧にこなす公演。んー、強いて言えば、マリ−アニエスちゃんが初日に比べて迫力に欠けるかな、という気もしないでもないが、全体的にはコールもオケも含め、どんどん調子が上がって来ている。いいなあ、こういう、勢いのある公演って、何度観ても感動する。もう4度も観ているのに、飽きることなく、胸ときめかせてオープニングシーンを楽しんで、ラストのクラヴィゴのソロに胸を熱くする。まるではじめてこの公演を観ている人みたいよ。写真を撮るタイミングをしっかり把握しているところが、「クラヴィゴ」慣れしてるけど(笑)。いいなあ、ほんと。ここまではまるとは思ってなかった。音楽も舞台も振付けもダンサーも、全てがピッタリと合わさった、すばらしい公演だ。チケットが取り易いのを幸いに、来週も張り切って「クラヴィゴ」詣でをしよう。バンジャマン・エレオノーラはもう一度は最低でも観たいし、最後はやっぱりニコラで締めたい。それよりなにより、ヤン演じるカルロの怪しい香りに、何度だって浸りたい!

21.23.24.25. jan. 2002(02年1月)
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