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2.オペラ・バスティーユのアンフィテアトル(円形劇場)の巻

ballet歌劇「カルメン」は、パリ国立オペラ座の大ヒットオペラだ。昨シーズンは4度も並んで、チケットが手に入らなかった。去年あれだけやったんだもの、今年はそんなに観る人いないでしょう、なんて考えは、どうやら甘いらしい。

開演3時間前、まだ玄関も開かないオペラ・バスティーユの前には、既に数十人が群がっている。昨日も、11時にバスティーユの前を通ったら、「カルメン」最終日の窓口発売日だったらしく、ボックス・オフィスの前には延々数百人の長蛇の列が出来ていた。ダメだわ、これは。とてもとても学生券なんて出るような状況じゃない。さっさと諦めて、正面玄関を離れて、ひっそり静まり返ったボックス・オフィスに向かう。

「ボンジュー、ムシュ。今夜のチケット、ありますか?」
「完売です」
「あ、カルメンじゃなくって、アンフィテアトルの方」
「ああ、あっちね。ありますよ、もちろん」
オペラ・バスティーユのアンフィテアトル(円形劇場)は、400人も入れば一杯になるような、小さな小さなスタジオみたいな空間。ここで、講演会や小規模なコンサート、舞台など行われる。

昨日、今日、明日、と、ここで“オペラ座での出会い”という、若者子供向けのプログラムの一環として、ヒップ・ホップ系バレエの公演がある。名前の示す通り、昼間は学校に通う子供たちだけを対象にした公演になり、夜は一般向け、となってる。上の大ホールで、超人気演目の「カルメン」が3000を超える観衆を魅了しはじめて30分後、地下の小さなアンフィテアトルで、上に負けないくらい素晴らしい公演が、300人足らずの観客を前にして始まる。

二部構成の前半。《 Allo 》(もしもし)と名が付いた作品。今夜はこれを目当てに来た。

balletオペラ座バレエ団のエトワールの一人、カデール・ブラルビの一人舞台。昨年のアヴィニオン演劇フェスティバルで出展されたある作品をベースにした今夜の作品。カデールが指名したコレグラフはファリド・バルキ。D.J.、マリク・バルキが創り出す、ヒップ・ホップな音楽にのって、オペラ座ではあまりお目にかからないような振付でカデールが舞う。

小さな舞台でステップを踏むカデールが近い。こんなに近くでダンサーを見るの、初めてだ。カデールとの距離は3メートルと開いていない。息の漏れる口も、ギラリと光る目も、飛び散る汗も、きれいな筋肉の線も、手を伸ばせば全て届きそうなくらいだ。背中のほくろの数まで数えられるよ。1、2、34、、5、、、あ、奥に跳んじゃった。

20分という長い時間を、ほんの僅かなオブジェだけを使って躍り続けるカデール。20分は長い。これだけの時間ずっと、たった一人で観客を魅せられるなんて、やっぱり彼は素晴らしいダンサーだ。観客の目はカデールから離れない。ごくたまに、奥に控えたD.J.の鮮やかな手の動きに視線がいくくらいだ。

時には、観客席にまで飛び込んで躍り狂うカデールに、まばたきするのももどかしいくらいに魅了される。なんて美しい体だろう。なんて美しい動きだろう。思わず、触ってみたくなるような、エレガントで筋肉質なカデールの体。うーん、やっぱり、ニコラとはちょっと違う気がする。

balletモダン・バレエに定評があるカデール・ブラルビが挑戦した、モダンともまたちょっと違うヒップ・ホップな踊り。振り乱したグシャグシャの髪のままで、ギリシア彫刻も顔負けなくらい美しいカデールが、目の前でニッコリと微笑んで頭を下げる。目にかぶさった長いまつげがきれいだなあ、、、、なんて、ボーッと見惚れながら、たくさんの拍手をカデールに投げかける。

ballet2つめは《現代景気をかんがみて、、、》という題名のついた変な作品。コレグラフはラウラ・ソッジ。ステレオチップな日常を、8人のダンサーが、ブレイク系のダンスで繰り広げる。ストーリーの面白さ、笑わせるセリフ、随所に散らばったコケティッシュなディテールの作り。日頃、パリ国立オペラ座のバレエに馴染んでいる観客には目新しい、ブレイク・ダンスのアクロバット的テクニック。

30分、会場は笑いと拍手に包まれ、ブラヴォーの声がしきりに沸き上がる。素晴らしいダンステクニックを要したナンセンス・ストーリーに、パリッ子達は大喝采だ。

前半はカデールの息を呑むような迫力、後半は脱力感漂う笑いの渦、素敵なプログラムの小さな公演が終わる。

フランスの子供っていいなあ。こんな素晴らしい舞台を、学校の一環で観られたり、こうやって、親が連れて来てくれたり。子供は30フラン、大人100フラン。これが“オペラ座での出会い”の料金。最高の芸術がこんなに近い所にあるフランスの子供は幸せだ。

静かな廊下に出て耳をすませると、かすかに「カルメン」の音楽が聞こえてくる。昨シーズンに引き続き、このシーズンも、きっと「カルメン」は観られないな。まあいいか。今月はバレエにたっぷりうつつを抜かそう。来月末の「ラ・トラヴィアータ」は、頑張ってチケット取ってみようね。

カデールの、しなやかな背中と腹筋のライン、それに高く美しい鼻に魅せられた、3月の寒いバスティーユ。

ven.17 mars 2000

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