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「ユールヴァン」の巻、って何それ? あ、「嵐が丘」か!?

愛しいカデールが初めて振り付けた大作「ユールヴァン」がはじまった。

「ユールヴァン」って言っても「なにそれ?」だけれど、「ギャザリング・ハイツ」って言えば「へえ、見てみたいなあ」になるのだろうか。いまだキャリアを確立してないコレグラフの世界初演の作品というのでチケット代金がいやに安い上に、なんってったって「嵐が丘」である。見ておいて損はないよね、と思った人が多かったらしい。今シーズン一番人が入らない公演だろう、という前評判を思いきり裏切り、パレ・ガルニエは満員御礼。こちらは思いがけずもチケットゲットに苦労するありさま。

完全に貸し切りとなって一般客が誰も入れなかった火曜日を終え、私たちにとっての初日は木曜日。どうせチケット買えるでしょう、とのんきに訪れたら、とんでもないありさま。うっそぉ、カデールの舞台挨拶が(公演ではなくて、あくまでもコレグラフの舞台挨拶が私に取っては今夜のメイン♪)見られない!?途方に暮れているところに、「いい席じゃないけれど一枚余ってるから」と優しそうなマダムがチケットを差し出してくれる。メメメメメルシー、マダム!ガルニエでバレエを観るときは、10回中9回はオケ席前列、1回はプルミエロジュの好きな席、という私。珍しくもエレベーターになど乗って4階まで上がり、簡素なロジュの席に就く。おおっ、シャンデリアが目の前に!おおおっ、舞台があんなに下の方にっ!!トイレの位置も分からずに、なんだか新鮮なパレ・ガルニエ(笑)。

hurleventバルチュスの墨絵からイメージを膨らませて作品を起こしたカデールの「ユールヴァン」。初めて観たその作品は、きれいで難しくちょっと飽きる。ピナ・バウシュと仕事をしているペーター・パブストの舞台装置と照明がすばらしいな。ピナの公演を観たい!と強く願ってしまうほど、すてきな舞台。簡素で印象的。控えめなのに饒舌。シールドをかけた舞台割もいいねえ。とても象徴的。シールドと3Dの効果に光の絡みがこれまたなかなか。いやいや、ほんとにすばらしい舞台と照明だ。

カデールのコレグラフィー?うん、まあまあ、かな。よく頑張りました、ていうイメージ。もともとはアントラクトなしの90分作品に仕上げるはずが、結局60分・50分の長いものになった。やりたいことが、見せたいことが、多分たくさんあったんだろうけれど、ちょっと間延びしてしまう結果となったみたい。動き自体が直接的でないと言うか、見ただけでは何を意味しているのか分からないところが多い。よーく考えて、もしくは前もってプログラムで勉強しておかないと、その象徴性を捕らえられず、ふと気がつくと踊りが流れていくだけになってしまう。部分的には、すごく面白かったり感動できたりきれいだったりするところもあるのだけれど、いかんせんそのつなぎが悪い。90分作品にまとめなおした方が、絶対いいよ、これ。話の流れからしても、アントラの必要性もそんなにないしさ。

hurlevent演出の部分はでも、かなりすてきなだ。オープニング、花の落ちるシーン。この2秒を見逃しては作品のよさが10%減ってしまう、と思うような、素敵なお花畑の出来上がるシーン。ガラスの使い方や舞台割りなど、頭いいなあ、という印象をたくさん受ける。

やっぱり才能あるだね、コレグラフとしての。ニコラが振りつけた作品とは、格が全く違ってる(笑)。頭のよさの差だよねー。でもやっぱり、私は彼の作品ではなくて彼の踊りが見たいよぉ、、、。「ユールヴァン」にかかりっきりだったから、カデールは最近全然踊っていない。この後も「コッペリア」や「ドン・キショット」なんておこちゃま向けを踊る訳もなく、5月初めの「ストラヴィンスキー特集」までお預け。シーズン前半の「ジゼル」と「放蕩息子」を思いきり楽しんだとはいえ、かなーり悲しい、、、。

音楽もイマイチのりきれない。一度聞いてすぐに好きになれるようなタイプではないんだ。それでも1幕のパ・ドゥ・トロワ、2幕のパ・ドゥ・ドゥの旋律はきれいですね。バレエにおいて、音楽の占める要素が私には高いので、こんな、仲良くなりにくい音楽はちょっといただけない。

さてでは、ダンサーたち。これはもう、なんといってもマリ−アニエスちゃんが圧倒的にすばらしい。彼女を見るだけのために、この作品は見る価値がある。なんて可愛らしい、なんて美しく、なんて無垢なキャサリン。このダンサーの成長ぶりには驚愕させられる。彼女をしっかり見始めて、やっと2年。2年前と同じダンサーとは思えない。タイトルなんてなくたって、もう誰がどうやってみても、マリ−アニエス・ジロはとびりきのエトワールだ。

マリ−アニエスちゃんがあまりによすぎる分、こちらはあまりに期待外れのニコラのヒースクリフ。だから、カデールが自分で踊ればよかったのに、、、と、思わず文句を言いたくなるくらい、全然ピンと来ないヒースクリフだ。確かにうまいよ、ニコラだもん。ソロなんてため息が出る。でも全然役に入ってないだよね。キャサリンへの愛情なんて問題外だし、唯一、イザベルとのシーンが心を打つかな?という程度。カデール、なんでニコラを選んだの?マリ−アニエスちゃんを主役に、と決めた段階で、まあ確かに相手が限定されてしまう。ニコラかジョゼかバール。ジョゼもバールもヒースクリフのイメージからほど遠いダンサーだもんねぇ、、、。だから、カデールが自分で踊ればよかったのに。全く役を理解していない、というか、こちらに感動を与えてくれない、動いているだけのヒースクリフ。カデールの振付けがニコラに似合わないのか、奥さんのこともあるしニコラがただ単に力を入れていないのか。後者だと、みんな思ってる。今シーズン、まったくいい評判をパリで得ていないニコラ。このヒースクリフでさらに、ニコラのパリオペラ座脱退説が濃くなってきたなあ。

バールのエドガーは、いいんでないの。つまらないけれど、エドガーってそういう役でしょう。バールにお似合い。エレオノーラちゃんのイザベルも、こんなもんかねえ。役のせいなのか本人のせいなのか、別にプルミエール・ダンスーズにやらせなくても?という気がしなくもない。ロモリのヒンドリーは、なんだかカジモドを見てるみたい(笑)。印象的な役で、舞台に一つの象徴性を持たせている気がする。木にぶら下がったりよじ登ってみたり、舞台装置のひとつみたいな役だけれど、“みせる”ことのできるダンサーでないと無理な役だよね。第二ディストリビューションのドゥラノエが怪我したらしく、彼を見られないのがちょっと残念。かなーり楽しみにしていたのに。セリーヌ・タロンとジャン−マリ・ディディエールの、キャラクター役はさっすが!間延びしがちな舞台を必死に食い止めている、という感じだ。

ダンサーに関して言えば、期待の倍感動できるマリ−アニエスちゃんと、期待の半分しか感動できないニコラの差がはなはだしい。まったく愛情通ってないんだもんなー。ニコラ、1人で舞台から浮いてる。これはもう、まだ見ていないけれど、第二デゥストリビューの方が見ごたえがあるのは明らかだ。なんてったってヒースクリフはジェレミー!これまたまさに、ヒースクリフ、って感じのダンサー。プルミエに上がってから、カール君ばかり贔屓されて、ろくな役を踊っていないジェレミーを、ようやく堪能できそうだね。キャサリンはレテティア・ピュジョル。こちらもディレクションの覚えめでたくなく、ろくに役をもらえないかわいそうなプルミエール。私は好きだね、彼女の「どうだー!」と言わんばかりのテクニックが。エドガーを演じるのが、最近どの公演にももれなくついてきます!と、いたく迷惑なカール君なのがタマニキズだけれど、まあ、なるべく観ないように、、、。でも、しまつのわるいことに、長いソロまである役なんだよねえ。困ったもんだ。

おっきい子組(ニコラ・マリ−アニエス)を堪能する予定だったけれど、2回観て、もういいかなぁ、、、。ジェレミーたちちっちゃい子組をしっかり見るよう、スケジュールを変更してしまう。

hurleventで、そのジェレミー!2時間も立ちっぱなしで並んで、最前列の席を買った甲斐がありありの、すーばらしいヒースクリフを見せてくれる。顔かたち、演技、技術ももちろん、彼こそはまさにヒースクリフのために生まれてきた、と誰もが納得のすばらしい解釈。お花畑のシーンの、レテティアとの遊びなんて、息を呑む。表情、ちょっとしたしぐさや目線、絡み方、全てがきちんと「嵐が丘」のキャサリンとヒースクリフ。ようやく舞台と話がつながったー。今シーズンのうっぷんを振り払うかのような、ジェレミーのヒースクリフにうっとりだ。

hurleventレテティアちゃんもなかなか。マリ−アニエスとはまた違うタイプのキャサリンは、とにもかくにもかわいらしい子供、という感じでいいんでない。マリ−アニエスが子供時代に苦労する代わりに大人のキャサリンを完璧に演じたのに対し、レテティアは、子供時代はとてもチャーミングな代わりに、大人になってからのエレガントさを出すのに必死、という感じかな。マリ−アニエスと比べると、ちょっと存在感が薄いけれど、これはこれでとてもすてきなキャサリン。

エドガー、リントン、キャシー、ジョゼフは、プルミエ・ディストリビューのほうが好みだな。イザベルは、エレオノーラちゃんもノルウェン・ダニエルもタイプこそ違えども、よさはどちらも同じくらい。コールの子たちの踊りは、回を追うごとにどんどん上手くなっていく。音楽も、ようやく耳が慣れてきて、初めて聴いたときよりは、ずっと心に溶け込んでくる。つまるところ、かなりよく出来た作品だ、これ。

hurlevent批評家達にはかなり辛辣にやられた「ユールヴァン」。でも、この会場の誰が一体、批評家たちと同じ意見を持っている?熱狂的な拍手は、今夜は紫色のシャツにスーツ姿のカデールが舞台に登場したときに最高潮を迎える。うっそ!?初日と最終日にしか姿を見せてくれないと思ってた!ああ、最前列の席を買った甲斐があったよぉ、、、と、ブラヴォ!と叫んだ私の声は、果たして彼に聞こえたでしょうか?

ニコラがようやくよくなってきた、と聞いて、彼らの最終日、土曜日にも結局足を運び、「ユールヴァン」の見納めにする。まあまあかな、ニコラ。確かに最初のころよりはよくなったけど、私にはやっぱりジェレミーが強烈だった。最終日のジェレミーが見たいけれど、もうあんなに並ぶのはイヤだ。なんやかんやいって、カデールの作品ではあっても、カデールが踊るんじゃないしねー。並ぶ体力は、夏の「コンクール」に取っておこう。泣きたいくらいに嬉しいことに、今夜も舞台挨拶に出て来てくれた、オレンジ色のセーターが可愛らしいカデールに熱い拍手を送って、なかなか感動的な「ユールヴァン」納めをするのでした。

お疲れさまでした、カデール。素敵な舞台をありがとう。ダンサーとして見られる日を、心待ちにしています。

28 fev. 4,6,9 mars 2002(02年3月)
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