3週間以上ものバレエなしの生活。ちょっと苦しいなあ、連日連夜のオペラ座通いの後だけにかなりこたえる。そんなおり、郊外でオペラ座ダンサーの公演があるよ、との情報。地方公演にまで行く気はしないけれど(カデールが出るなら考えるけどさ)、郊外公演なららくちんでいい。行こう、行こう、さっそくチケットの手配だ。
と、かなり日も長くなった初夏の週末、空港近くの駅に降り立つ。会場まで送ってくれるシャトルバスに乗り込むと、先客はたった2人。おばさまとお嬢さん。「ボンジュー」とにっこり気さくに声をかけてくる。いい感じの母娘。運転手とおしゃべりをしている2人の会話を聞くともなしに聞いていると、え、なに?おばさま、イザベル・シアラヴォラのママンなの!?改めて顔を見ると、確かによーくにている。弓なりの細い眉毛とキラキラ光る眼なんてそっくり。コルシカ島出身らしい黒髪も同じ。運転手さんと楽しげに会話を弾ませている。
たった7人だけのお客様を乗せて、バスは会場へとひた走る。雨上がりの濡れた空気に緑の香りが溢れたオランジュリー(果樹園)にある建物は、今までに何回か行った郊外公演のどの会場よりもだんとつにすばらしい。舞台は広いし椅子も座りごこちいいし、ああこりゃこりゃだね。チケットの予約をしたとき、お姉さんに「1列目はどうかしら?」と聞かれ、「願ってもないわ」と取った席は、つま先から舞台までたった1メートルあまりの場所。オケピットのない会場の舞台は、どきどきするほど近すぎる。
オペラ座ダンサー出演、オペラ座ダンサー振付作品(1つを抜かして)の公演とあって、会場には馴染みのダンサーらが大集合。今夜の主役であるジョゼとアニエスはその背の高さでひときわ目立っているし、マリ−アニエス夫妻、エマニュエル、セバスチャンやセリーヌ・タロンの姿も見える。もちろん、オペラ座でよく見かける観客たちも大集合。子供の姿が多いのを除けば、ここはほとんどパレ・ガルニエだ。
私の両脇には、カメラマンが陣取ってる。左隣は、ジョゼ専属のカメラマンだと。今日の公演のビデオ撮りをするんだって。いいなあ、私にもビデオ、コピーしてよ。ふとふり向くと、斜めうしろに座っているのは、あれあれ?「ストラヴィンスキー特集」の時、私にチケットをくれたにーさんだ。さっそくあの夜のお礼を告げる。よかったよかった、お礼を言う機会があって。にーさんのおかげで、どうにか3回見られたんだもんね、あの公演。照明が落ちる。ざわめきがなくなる。横でフィルムの回る音がする。公演が始まる。
「僕たちは鳥のはばたきをいつでも表現できる」(変な題名)は、ニコラ・ポールの作品。オペラ座のコリフェ(下から2番目のランク)であるポール君を、ダンサーとして評価したことはないなあ。とりたててすばらしい踊りをするわけではない、なんだかおとなしいダンサーというイメージ。最近なに踊ったっけ?2月の「ル・パルク」で、一番最初に椅子を持って出てきたのは覚えてる。ダンサーとしては注目すべき点はあまりないのかもしれないけれど、コレグラフ(振付家)としてはなかなかの才能があるらしい。
昨年春に、この劇場のために作った彼の作品は、男性3人、女性1人が演じる、すっきりとして硬質な作品。なんの飾りもない衣装をつけて踊るダンサーたちを照らすライティングが素敵だなあ。衣装はポール君、照明はフランソワ・シャファン。バッハの旋律に包まれた、ストイックで美しい作品だ。メラニー・ユレルとジャン−クリストフ・ゲリ、ブルノ・ブシェとアレッシオが踊るけれど、私の目は90%アレッシオに向いてしまうのはしかたないでしょ。7%はアレッシオと踊るブルノに、3%はユレルとゲリに。ああ、アレッシオがすぐそこにいるよ、、、。立ち上がって3歩前に歩けば、アレッシオにぶつかっちゃう。ぶつかりたいなぁ。「春の祭典」のときはなかなか悲しいものがあったけれど、今夜のアレッシオはいいですねえ。群舞に埋もれると辛いんだよね、やっぱり。こうやって1人か2人で踊ると、彼の熱いくせにあくまでも上品な動きを堪能できる。アレッシオをはじめ、ダンサーたちの踊りはまあまあだけれど、作品としてなかなかいいんじゃない、これ。ニコラ・ポールってまだ若いよねえ?ここまでできれば大したもんだ。同じニコラでもル−リシュの作品とは訳が違う。偉い偉い。
続いて、ファニー・ガイダ振付の「L.H.U」。ベアトリス・マーテルの1人舞台なのだけれど、これはちょっと、、、。マーテルを非難するつもりはない。作品がつまらないだけ。こんな作品に使われて、バッハのセロ無伴奏がかわいそうだ。5分で終わってなにより。ファニーには無理だって、振付なんてするのは。そういう柄じゃない、彼女。引退からそろそろ1年。元気でいるのだろうか?
ニコラ・ポール君とゲリが踊る「レ・ザンドンテ(強情な人、押えられない人)」は、クロード・ブルマションの作品。好きだな、こういうの。どこか壊れたような美しさ。狂い咲きした花がもつ、抗いがたい魅力がある。大柄な男2人の怪しい関係。
今夜のメインであるジョゼの作品と一緒に、この春スイスで初演を迎えた「ふたりの囚人、ふたりの拷問者」も、ニコラ・ポール君作品。プレルジョカフの世界を思い出させる、シュールでSFじみた作品は、会場から大喝采を受け、批評でも絶賛されていた。プレルジョカフにあまり共感できない私は、ポール君のこの作品もいまひとつ。別にイヤじゃないけど、好みじゃない。さっきの方が好きだったな。マーテルとゲリという、大して好きでもないダンサーが踊るから、という問題ではないと思うのだけれどね。
そして、今夜のガラ公演は、ジョゼの振付作品でフィナーレを迎える。「ミ・ファヴォリタ」。スペイン語?イタリア語?いずれにしても、マイ・フェイヴァリットよね、意味は。ジョゼの恩師だったジョゼ・フェランにささげる作品は、過去の偉大な振付家へのオマージュでもある。プティパ、フォーサイス、バランシン、ヌレエフ、キリアン、ルコットなどなど。(なぜかパトリス・バールの名前も挙がっているのは、納得できないけど。)そして忘れてはいけない、もちろん、ルイ14世。
幕が下りたままの舞台のほんの一部がチラリと開いて、そこに覗くのは、ルイ14世風の靴をつけた足だけ。そんな、かわいらしい光景からはじまるジョゼの作品は、あまりにジョゼらしくて、思わずほほえんでしまう。生真面目で、かいがいしくて、チャーミング。いつかどこかで観たことがあるような気がする、なんとなく懐かしい動きを、3組のカップルがテンポよく踊っていく。
真っ赤な衣装は、アニエスが担当。この衣装がとってもキュートで、アニエスの才能にビックリ。ビニール、羽、ワイヤーなど、様々な素材を使ったチュチュがほんっとにかわいい!これ、近くで見たいなあ。3人の女性ダンサーは、舞台に現れるたびにどんどんチュチュをつけ替え、次はどんなチュチュ?とこちらをわくわくさせる。
こんなにいきいきと踊っているアレッシオを目にするの、久しぶりだなあ。「春の祭典」も「ル・パルク」もアレッシオはいまひとつだった。今夜は、ダイナミックでエレガントな跳躍や回転など、アレッシオの魅力を満喫できる。しかもとびきりキュートな役なんだ。笑いを取るシーンなんて、あまりにチャーミングで椅子から落ちそうになっちゃうよ。確か、スイスではカールが出たんじゃなかったっけ?とにかく、アレッシオじゃなかったはずだ。嬉しいなあ、今夜、アレッシオが踊ってくれて。ほんとにすごい、このダンサー。来シーズンはもっともっと躍らせてもらえますように。大好きなダンサーを目の前でたっぷりと堪能。これで、どうにかこうにか、これから9月末までのアレッシオ抜きの日々を耐えられそうだわ。あやうく、アレッシオを追ってブラジルかコロラドまで行っちゃうところだったわよ、ほんと。今宵のアレッシオのすばらしさをしっかり脳裏に刻んで、秋までなんとか持ちこたえよう。
アレッシオのパートナーのイザベル・シアラヴォラがすばらしい。もう、その体のラインだけで十分に満足できちゃうところが怖いよね。羽のチュチュで足を上げたときなんて、足の長さがあまりにも強調され、観客がどよめいた。「なんじゃこりゃ〜?」みたいな長さだもん、あきれちゃうよ。もうちょっとうまければなあ、、、。プルミエールになれる素質は十分あると思うのだけれど、いかんせんテクニックがいまひとつ追いつかない。今、いくつだろう?がんばれ、イザベル!
そういえば、なんで今日、カールが踊らないの?会場にも見に来てない。別れた!?ついに別れた!?2人してひややか〜な顔つきしたカップルで、それなりにお似合いなのだけれど。いやいや、イザベルの体の美しさは、ほんっとに見事です。
今夜の公演の主催者であるブルノも、体の線は悪くない。ただ、踊りがねえ、、、(笑)。もーっちょっとだけうまければなあ。顔もかわいいし、もったいない。ああでも、服装のセンスがあきれるほどに悪いよね、彼(笑)。その辺ですれ違うと、びっくりする。お相手のドロテは、アンペック(かんっぺき)!これから3年で、どれくらい彼女がうまくなるか、本当に楽しみ。エレオノーラみたいに潰さないよう、大切に育ててね、オペラ座さん。マニュエルの夏の日本公演に連れていくはず。なに踊るんだろう?怪我したオレリーの代わりに、マニュエルとドン・キショットはどうだ!?マニュエルも、ドロテを育てたがってるし。さすがに無理かなぁ。
ニコラ・ポール君とメラニー・ユレルは、ごめん、ほとんど見なかった。別に可もなく不可もなく?他に見るものがたくさんありすぎるんだもの。
アレッシオとイザベル、ドロテを満喫し、ジョゼ・マルティネスという振付家と初めて触れ合う、素敵なひととき。20分じゃ短いなあ。展開のリズムがすごくよくて、始まったと思ったら、もうおしまい!?とビックリしてしまうくらい、時間の流れが早く感じる。これは30分作品に編集しなおして、ぜひぜひ近いうちにオペラ座の舞台でみたいですねえ。ああ、ジョゼ、分かっていると思うけれど、配役はカールでなくてアレッシオだからね!すばらしい、とは言わない。大作だ、とも言えない。なんてことのない作品なのだけれど、みんなに好かれる愛らしさとさわやかさがある小品だ。ジョゼとアニエスのおしどり夫婦の、ダンサーとして以外の資質をたっぷり楽しんで、見ごたえ満載のガラ公演が終わる。
sam.25 mai 2002(02年5月)