1日(火)
金曜日に初日を迎えた「ラック・デ・シニュ(白鳥の湖)」。1幕3幕とカデール以外、まったくもってたいしたことのない舞台だったけど、今夜はどうかな?大して期待をしないで赴くバスティーユで、思ったとおりのなんてことない夜をすごす。
コールは相変わらず素晴らしい。特に1幕。めくるめく音楽とダンスの洪水に心からうっとり。エマニュエルのソロはさらに確実に美しく、アレッシオやセバスチャン、マチューらは、さらにかわいらしく華やかに。今夜は、マチュー、3幕にも登場。ヤホー!
今夜の発見は、おっきな4羽の白鳥を踊ったオーロル・コーデリエかな。数年前に、パリでなにか大きなコンクールで賞をとったダンサーだけれど、今まで顔を確認できないでいた。黒髪が美しい大柄なオーロル、いいですねえ。ダイナミックな動きに切れがある。横で踊るエミリーよりも愕然とうまい。エミリー、このところずっと調子悪いね。「キショット」の女王役なんて散々だったし、、、。未来のエトワールちゃんなのに。がんばれー。
主役お二人は、相変わらずの冷ややかさ。ジョゼのヴァリアシヨン、3幕のアニエス以外は、今夜もまたため息もの。特に2幕だよなあ、どうもこうもなのは。全然ロマンティックさや愛情が漂わない。困ったものだ。
カデールは変わらずにすばらしい!初日同様、やっぱり1幕のウォルフガング役がたまらなくお上手。あのちょっとした眉の動き、首の傾げ方、優雅な身のこなし。ああぁ〜、美しすぎる〜。
フエッテで外れかけたアニエスの髪飾りを、さりげなく直すカデールを見たのは、私だけに違いない。横では、ジョゼがクルクルクルクルまわっている場面だ。なんて優しいしぐさなのだろう。夏の「ル・コンクール」の時、ヤンヤンが倒しかけたバーをそっと立て直した時のさりげない思いやりと同じだ。また一段と、カデールへの愛が深まってしまう。
どうしちゃったの?と首を傾げたくなるくらいにひどいオケに聴覚の神経を逆なでされながらも、どうにか最後まで飽きずに見終わる。ま、こんなものだ、今夜は。気持ちはすでに明日に向かって動いてるもんね。マリ−アニエス、エルヴェ・モローとヤンヤン。おまけにアレッシオとミテキ、ファニーのパ・ドゥ・トロワ。一日限りの興味深い配役を、ぜったに逃すわけにはいかない!
3日(水)
ああぁぁぁ〜、なんという夜!!!3時間に及ぶ、感動の嵐が過ぎ去って、心はまだドキドキしている。今シーズンのベスト10の公演になること間違いなしだ。結論から言うと、初日とは比べ物にならない公演だった。主役のお二人が。
まずはアレッシオから。日頃、ろくな役をもらえない大好きなアレッシオの、久しぶりの大役になる(ていっても、たいした役じゃないけどさ、、、)1幕のパ・ドゥ・トロワ。ミテキ、ファニーという体も踊りもお気に入りの二人のダンサーを従えるアレッシオが宙を高く跳ぶ。アレッシオの跳躍、好き。エマニュエルに比べると、ちょっと技術が不安定なところもあるけれど、十分十分。意志の強そうな印象的なあごと眉。口元にしわの寄るかわいい笑顔で、なかなかもらえないソロ役を一生懸命うれしそうに踊ってる。あと一度、躍らせてもらえるんだよね、パ・ドゥ・ドゥ。逃さないよう気をつけなくちゃ。いいぞー、アレッシオー!
ヤンヤン!ガルニエでシンプルモダンなダンスを踊った翌夜の、演技が必要な役はちょっときつかったかな。特にウォルフガングはかなり、、、。重々しい雰囲気が全然ないし、軽々しく動きすぎる。ジークフリートの先生というよりは気さくな友達。カデールがかもし出す、あの威厳にあふれた雰囲気をヤンヤンはどうしても出せない。役が違ってる〜。ロットバルトはそれでもまあまあ。ベティーズ(へま)もすることなく、ヴァリアシオンもパ・ドゥ・トロワもきれいに踊りきる。体の線がきれいだし、映えるよね。なんか、うまくなったんじゃない?3幕、かつらをかぶってこなかったのは、故意なのかベティーズなのか判断に苦しむところだが、私的にはベティーズとみた。ヤン・サイズというダンサーが好きなら、それだけで嬉しい舞台だけれど、そうでなければ、圧倒的にカデールに軍配が上がるこの役。
さて次にエルヴェ。去年の春にスジェになった直後から、ぐんぐんと頭角を現してきたエルヴェ・モロー。「真夏の夜の夢」のリザンドル、「ノートルダム〜」のフォエビュス、「アフタヌーン〜」の牧神、「キショット」のエスパーダと、大役を順調にこなしてきて、失意の日々を送るバンジャマンとともに今や次期エトワール候補の大筆頭。特にお気に入りのダンサーではないけれど、これらの役やガラ公演での彼の踊りを見る限り、確かに未来のエトワール。顔も体も理想的だし、素敵な王子様になるでしょう。同じ時期にスジェに昇進したアレッシオに比べると、ほんっとに華やかな道を着実に歩んでいる。かわいそうなアレッシオ。でも私はあなたの方が100倍好きよ♪
そんなエルベが、素晴らしい才能を今夜は見せてくれる。ジョゼに比べたらさすがに劣るにしても、まず技術がいい。もともと、とてもきれいな踊りを見せてくれる優等生タイプのダンサーだけれど、一段とまたうまくなった。さすがにまだスジェ、サポート面を含めて発展途上の部分はまだまだあるけれど、十分見ごたえがあるし、この先もどんどん経験とともに技術向上していくに違いないのがよく分かる。情緒面にいたっては、ジョゼよりもずっとずっと見ごたえがある。初めて踊る超大役を確実にこなし、実力のほどをまざまざと見せつけてくれる。こんなに感情を出せるダンサーとは知らなかったね。はっきり言って、ジョゼよりもず〜っといい。
そしてマリ−アニエス!ファーンタスティックッ!の一言に尽きる。2幕から4幕まで、全てにおいて体に戦慄が走る感動を存分に味あわせてくれる。確かにクラシックのテクニックは、たとえばアニエスやレティティアに比べると弱いかもしれない。でも、テクニックっていったいなに?どこまで重要なもの?こんなに、こんなにも、心を揺さぶる舞台を作ってくれてダンサーはいないよ。気持ち悪くなりそうなくらいにものすごい腕の動き。リリックで感情豊かな演技。アニエスよりもよっぽど人間らしい血が通っている。エルヴェとの息もなかなかよく、オペラ座のエトワールカップルよりもずっと二人の悲劇的な愛を感じられて涙を誘われる。エレガンスが欠けるのは確かだけど、説得力という点、観客を魅了するという点では、マリ−アニエスのほうがずっとうわて。
エルヴェとヤンヤンを相手に、エトワールになれる可能性はほとんどないとあきらめながらも、洪水のような拍手が響き終わってからもしばらくぼんやりとカーテンの向こう側から歓声が聞こえてこないかとむなしく待ってしまう。
今宵一夜限りのなんとも印象的な公演が終わり、興奮冷めやらぬままメトロへと向かうと、あれ?あれれ?そこにポツンと一人座っているのはマチューではないですかっ!?考えるより先に足がマチューに向かって歩きはじめ、気づくと、マチューとお話している自分がいる。ちょうど一年前に一度だけマチューと面と向かったことがあったけれど、こんなにも美しい男の子だったっけ?もう、まぶしいくらいにきれいな顔。舞台よりずっと美しい。ほとんど奇跡に近い天使みたいなマチューにボーッと見とれてしまう。洟をすすりながらにっこり微笑むその姿にクラクラだ。ドミニク・カルフールに感謝しよう。こんなにも美しい顔と首を持った息子を作ってくれて!
マチューとの会話がきっかけで、なんとなく成り行き上、初めていわゆる“出待ち”というのをやってみる。エルヴェ、マリ−アニエス、そしてそしてヤンヤン!もう7年も前に、一番最初に名前を覚えたオペラ座のダンサー、ヤン・サイズ。初めて言葉を交わす彼は、舞台の上よりもずっとずっとシリアスでまともないい男だ。今まであまり外で見かけたことはなかったけれど、メガネなんてかけてたっけ?いずれにしてもよくお似合いです。お茶目なマリ−アニエスの犬たちと遊び、いまだ興奮冷めやらぬ珍しくクールでないエルヴェに笑い、なかなか楽しいひととき。それにしても、こんなにもたくさんの人がダンサーを待っているなんて知らなかったよ。聞けば、今夜は特別に多い、ということだけれど。しかしまあ、なんだって私はこうして、カデール以外のダンサーの出待ちをしてるんだろう。思わず苦笑しながらヤンヤンの美しい顔を見上げるのでした。
4日(木)
夕べの、マリ−アニエスとエルヴェの感動的な舞台を鑑賞して、オペラ座のエトワールカップルは、なにか思うところがあったのだろう。今夜のアニエスとジョゼは、思わず目を疑うほど今までとは違う踊りを見せてくれる。特に2幕のパ・ドゥ・ドゥ。よーやく、ほんとによーやく愛を交わし始めたお二人。まったくなんだってまあ、初日からこういう演技を見せてくれなかったんだろう。やればできるんじゃん。
そりゃまあ、マリ−アニエスに比べると、まだまだ感情欠落児のアニエスだけれど、前二日に比べると愕然とリリックで情緒にあふれている。ジョゼの方は、相変わらず全幕通して笑っちゃうけれど、それでも今までよりははっきりと、自分の愛する女の姿が見えているようだ。
エルヴェがなあ、なんであんなによかったんだろう。技術はもちろんジョゼだし、どこがどう、っていう感動ではなかったんだけれど、妙に真剣なまなざしと動きが、ジークフリートという役にぴたりとはまっちゃっただろうね。と言うわけで、ようやくそれなりに説得力のある踊りを披露してくれるジョゼとアニエス。このカップルの配役、私にとっては今夜がラスト。8日も踊るけど、ロモリのロットバルトを見るのはさすがに耐えられないので行かないよ。3年前のひどいロットバルトのイメージがいまだに脳裏によみがえっちゃう。よかったね、最後にこのカップルのまともな舞台を見られて。
カデールの演技は、回を追うごとに充実していく。神様ありがと〜!と思わず泣きそうになるくらいにカデールを見るには最高の席を手にし、彼の姿を食い入るように追い続ける。ジョゼとのパ・ドゥ・ドゥ(というのかなあ、あれ?)が毎回のことながらすごく好き。音楽も最高なら、ジョゼへ向ける視線、ジョゼとの踊りの違いもまた最高だ。ロットバルトのヴァリアシヨンは、ヤンヤンがいつもよりもずっと上手な踊りでカデールに勝ったけれど、ウォルフガングの重厚さと演技力、ロットバルトの演技面では、ヤンヤンが敵うはずがない。カデールの大当たり役、とはいわないけど、本当に素敵な役作りだ。
この役、ロモリを見るのは絶対ヤダ!カールも見たくないけど、これはまあ、バンジャマンのジークフリートを逃したくないので、泣く泣く許容しよう。あとはジョゼか。かなりいいんじゃないかな。もともと、ジークフリートよりもロットバルト/ウォルフガングのほうが、ジョゼのキャラにはあってると思うし。残りは全てカデール!全部で7回も踊ってくれるカデールの、ロットバルト/ウォルフガングを、できれば欠かさずに全て見たいものである。
あとは、3幕のアレッシオとファニーのクザルダスが今夜の見所でしたかね。アレッシオ、かーわいいっ!パ・ドゥ・トロワもよかったけど、クアルダスのキャピッとした踊りが、アレッシオにとても似合ってる。次はいつ踊るの〜?
そんなこんなでカデールのさらなる感動が80%、ジョゼとアニエスの思いがけない感動が10%、アレッシオのキュートな感動が10%で、今夜が終わる。なんだか、ようやくこの作品が好きになり始めてきたな。
今日で、とりあえず「ラック・デ・シニュ」の前半が終了。明日またガルニエに行って、そのあとは一週間、しっかりお仕事。また来週の土曜日から、「ラック〜」、そしてシャトレでのマリインツキーの公演や「カザノヴァ」などを交え、忙しい10月後半を迎えるのだ。
公演後、近くのカフェでお茶をしてると、道の向こうのオペラ・バスティーユから出てくるカデールが目に飛び込んでくる。うわぁ、やっぱり幻じゃなかったんだ、カデール・ベラルビというダンサーは。今まで、どうしても舞台以外ではあったことがなかったカデール。あの人はただのハルシネーションかと思ってしまうくらい、カデールとの舞台外での相性の悪い私。ガラスとオペラグラス越し、遠くに見えるカデールは、数人のファンににっこり微笑みながらサインをして、バイクに乗ってパリの街へと消えていった。あああぁぁ、カデールゥゥゥ、、、、、。
で、翌日の4日。
ジェレミーの「アルレジエンヌ」を見に、ガルニエに赴く。この作品をマニュエルで終わらせるのはまっぴらごめんだし、「アザー・ダンシーズ」をバールで終える屈辱にも耐えられない。ヤンヤンが見たいのはそりゃやまやまだけど、ろくな踊りしてくれないし、ステファンの方がずっと見ごたえある「パサカイリ」。そんなこんなで、明日の最終日を待たず、今夜をこの公演のラストにする。先週に比べるとちょっと感動が薄れるけれど、やっぱり強烈なジェレミーに興奮。それにしても、二日目のニコラと初日のジェレミーの感動は、マニュエルが逆立ちしたってまったく敵わないものだった。
そして私は、この夜「ザ・ケイジ」の主役を躍らせてもらう妻を見に来たカデールの姿を、当然のように見逃がす。「たった今!ほんとに5秒前に通ったばっかりだったのに、、、」と哀れな目を向けてくる友達に肩をすくめてみせる。「いいんだ、慣れてるもん。めったに劇場に見にこないカデールを、私はいつもこうやってタッチの差で逃してるもん」やっぱりカデールはただのハルシネーションなのかもしれないな。一度、勇気を出して出待ちをしてみたい気になってきた。一度でいい、幻でないことを確かめに、彼とお話がしたいよぉ。
9日間にわたるバレエバレエの日々は、ジェレミーへの興奮の影にカデールへのやりきれない思いを込めて終了するのでした。あー、オペラ座のバレエって、どうしてこんなに素敵なんだろうねっ!
mar.1, mer.2, jeu.3 et ven.4 oct. 2002(02年10月)