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オペラ座からちょっと浮気。今夜は、マリインツキー劇場バレエでロシアな夜。

今シーズン、パリのバレエ公演におけるダントツの話題は、なんと言ってもシャトレ座で開催されるサンクト・ペテルグルグはマリインツキー劇場バレエの引越公演。昨年から「来シーズン絶対に行くべき公演の筆頭がマリインツキー。次がオペラ座で上演される、ハンブルグ・バレエのノイマイヤー作品「ニジンスキー」」と、めちゃめちゃに前評判が高かった。

バレエ生活の99%をパリ国立オペラ座に頼っている私のマリインツキー体験は、たった一度。3年前の初夏、ロンドンに来ていたこのカンパニーの「眠れる森の美女」を見ただけだった。この「眠り〜」がなんともひどい出来で、これが天下のマリインツキーなのか、と呆然としたのを覚えている。ヌレエフ版を数ヶ月前に満喫していたあとだっただけに、プティパのそれに満足できなかったのもあるだろうけれど、ダンサーの質もろくなもんじゃない、と感じたのを覚えてる。ソリストというよりもコールの質の悪さに辟易してしまった。

そんなこんなで、あまりいいイメージを持っていなかったマリインツキー劇場バレエだが、「眠り〜」はあのカンパニーの中でもずばぬけて始末が悪いと教えてくれた友達の意見と、この間の冬と春にオペラ座で見たザハロヴァとヴァシニョヴァのテクニックの素晴らしさ、パリという街のマリインツキーの前身であるバレエ・ルスに対する熱い好意に刺激され、それじゃあ見てみましょうか、せっかくの機会だしね、と4月から張り切って年間予約で席を確保。このくらいがんばらないと、この公演、チケットが取れないんだってさ。

2週間かけて行われる公演の演目は、「フォーキン−ニジンスキーのソワレ」、「ラ・バヤデール」それに「カス・ノワゼット」。全部見てみたかったのは山々だけど、スケジュールと年間予約の都合上、「カス・ノワゼット」を泣く泣くあきらめる。ウルトラモダンなこの作品、見たかったんだけどねー。ま、仕方ない。それから半年。いよいよ今夜はシャトレ行き。3年前の感想を覆してくれるのを期待しつつ、冬の冷気漂うシャトレに足を運ぶ。

今夜は「フォーキン−ニジンスキーのソワレ」。すごいんだ、やる作品の数が。「ペトルーシュカ」から始まって、「シエラザード」、「スペクトル・ドゥ・ローズ」に「ダンス・ポロヴシエンヌ(ダットン人の踊り?)」、そして「ロワゾー・ドゥ・フ(火の鳥)」。どうだ、これがフォーキンだぞっ!といわんばかりの豪華ラインナップ。すごいなあ、盛りだくさん。途中で寝ませんように、、、。今朝はいつになく早起きして仕事を一つこなしたあと、夕方お昼寝するつもりがネコに邪魔されてできなかった。8時の開演を迎える頃には、とろりと睡魔がすでに忍び寄ってくる気配を感じる。やばいなあ、、、。

と、トロトロしているところに目に入ってきたのは、オレンジ色のトレーナー。一気に眠気が吹っ飛ぶ。そう、オレンジ色といえば、いとしいカデールのテーマカラー(なのかなあ?)。我が愛するダンサーが中央をはさんでちょうど反対側くらいの席に座る。横に奥さんを従えて。そういえば、奥さんと一緒にいる彼の姿を見るの、初めてだ。そもそも、舞台外でカデールを見たのなんて、この間のハジメマシテが初めて。奥さんと一緒にいるカデールなんて、嫌いだ、、、。斜め後ろにはマロリーの姿も。ちっちゃいなあ。カデールと比べると体はもちろん、頭も半分くらいの大きさに見えるよ。あーあ、席、ちょうどこの反対側だったらよかったのに。ま、いっか。声が聞こえるところに座っちゃったら、奥さんに石投げちゃったかも知れないしね、私、、、。カデールに夢中になっているうちにようやく劇場が暗くなり、長い長い公演が始まる。

昨シーズンの年末年始にオペラ座の舞台に乗った「ペトルーシュカ」。初日は、なんだか子供のおとぎ話みたいでつまんなーい、などと思ったものの、回を重ねるごとにその楽しさをどんどん発見。特にカデールが演じたぺトルーシュカのできは素晴らしく、このダンサーの役者としての資質にうっとりしたっけね。音楽はもう、ストラヴィンスキーというだけで大いに結構。何度聴いても飽きません。

この夜一番楽しみにしていた「ペトルーシュカ」は、期待以上の素晴らしさ。パリ版とはほんの少しだけ振り付けが違う。いいなあ、こっちの版。パリよりもコールの人数がちょっと少なめなところも舞台の大きさにぴったりだし、そもそもロシア人の顔が、この舞台と衣装にぴったり。悪魔の役がつまらないのが残念だけど、全体としては、こっちの方が好きかも。

モール人はまあまあかな。パリはブリダールがめっちゃ楽しかったし。バレリーナ、いいねえ。もっとも、パリがモランやアヴェルティ、ミュレという、どうでもいいダンサーたちだったからねー。でも絶対評価としてもいいんじゃないかな、ザンナ・アユーポヴァ(と読むのだろうか?)。そしてそして、ぺトルーシュカがめっちゃめちゃいいじゃん!アンドリアン・フェデエフというダンサー。このカンパニーの男性ダンサーなんてだーれも知らない私には、このダンサーがどれくらいの実力の持ち主なのか分からないけれど、ピエロとしての役作りはもちろん、パリ版にはないテクニック披露の場面においても、なかなか見事。いいねえ、こういう、技術と表現力が同じレベルにあるダンサーって好きだ。カデールはどう思ったのかしらね、聞いてみたいなあ。

続いて「シエラザード」。ビアンカ・リーのヴァージョンしか知らない私にとっては、このオリジナルの「シエラザード」は、作品としては可もなく不可もなく。音楽はあきれるほどに感動的なのだけれど、この旋律に踊りをつけるのってひょっとしたら難しいのかも?と思うくらい、特に後半、リーのにしてもこのフォーキンのにしても、たるんでしまうところがある。まあ、そんなことはどうでもいいのだ。この作品では、ただひたすらに、ザハロヴァとルジマトフの動きに見惚れていればよいのだから。

昨冬、パリでニキアを踊って、私にロシア人の実力を初めて見せてくれたザハロヴァは、今夜もファンタスティック。この間は、胸の上から肩へのラインが美しいなあ、と思ったけど、今夜はむき出しのおなかのウエストの細さと、そこから胸にいたるラインにほれぼれ。きれいだねえ。テクニックを見せる場面よりは演技的な部分が多いけど、それでもザハロヴァの素晴らしさはよく分かる。来週はオペラ座でオデット/オディールを踊る。楽しみだ〜。

そしてそして、ルジマトフ。名前だけは、どっかで聴いたことがあるようなないような、、、というこのダンサーはいったい何者?っていうか、そもそも、いったい幾つなの、この人。カデールより年だよねえ?すごいテクニックに、目が開いちゃう。今でこのレヴェルじゃ、全盛期にはどんな踊りをしてたんだろう?跳躍も見事だけど、その回転力にびっくりする。キレがいい、というよりは、ひたすらに早い。ブンブンブンブンブンッ!って感じ。美しくて品がある、という訳じゃないのだけれど、ここまでブンブンやられちゃうと、感動するしかないじゃんねえ(笑)。うん、ダンサーというより体操選手的。グランド・ジュッテなどをするときの後足の表情のつけ方が、女の子っぽくて面白い。クイッて足首と頭を動かすんだ。これってロシア的なのかしら?そのあとの作品で気をつけてみていると、男の子たち、みんなこの足首と頭の動きを見せている。パリの子達、やらないよねえ。いやあ、すごいすごい。有無を言わさぬ迫力だ。

笑っちゃうのは、カーテンコールの挨拶。ザハロヴァの横で、うっとりと自分に酔いしれるがごとくの表情で、まだ踊っているのかい?と思うようなエレガントな腕の動きとともに挨拶を繰り返している。おもしろーい、この人!どんなダンサーですか?教えてください。

「スペクトル・ドゥ・ローズ」。テレビでマニュエルが踊ってるのを一度見たことがあったっけ。特にどおってことのない作品だけど、バラの精を踊るイゴー・コルブが、まあまあかな。ルジマトフ同様、ジャンプの時の後足の表情が楽しい。きれいで大きなジャンプ。パリだったらこれ、ヤンヤンにやらせたい役ですね♪

「ダンス・ポロヴシエンヌ」はマリインツキー劇場オペラのコーラス付きで、オペラ・バレエの様相。うーん、イマイチ。というか、この人数のダンサーがてんでそろわない踊りを披露してくれても、感動は今ひとつ。なんだかロンドンでの記憶がよみがえってきたぞお。このコールのそろわなさは。

マラソン公演もいよいよ最後の演目を迎える頃には、かなり体力も気力も疲れてきている。はっきり言って、最初の「ペトルーシュカ」が一番よくて、あとは少しずつ感動が落ちてきてる。ラストの「ロワゾー・ドゥ・フ(火の鳥)」を迎える頃には、会場をすでに去っている人の姿もちらほら。そりゃそうだよね、もう11時半近い。郊外に住んでいる人は、電車の時間も心配だろう。もう、ここまで来ると根性で見よう!という気迫が出てきちゃう。ポロヴシエンヌですっかり眠くなってしまった頭を振りながら、向かい側に見えるカデールを眺めて、最後の作品に立ち向かう気力を養う。

ヴァシニョーヴァの一人舞台。これが「ロワゾー・デュ・フ」の感想。はっきり言って、それ以外は、どれもこれも、、、。最悪なのは王子役のアンドレイ・G・ヤコウレフ。この人、ほんとにダンサーなの?どうやったってそう見えない。ロンドンの「眠り〜」も、こんな感じの人が王子様だったよなあ、確か。いやなこと思い出しちゃった。

次から次へとあふれてくるコールの子達の踊りは、「シエラザード」や「ダンス・ポロヴシエンヌ」同様、わざとやっているとしか思えないほどにそろわないし、長い振り付けにウンザリしてしまう。最初の10分、ラスト前の5分。ヴァシニョーヴァ演じる火の鳥が現れるこのシーンだけが、この作品で唯一輝いている部分だ。といっても、この輝きは、その他のつまらない部分を補ってなお余りある。役作り的には好きになれなかったもののテクニックの素晴らしさには感動したキトリの時よりも、火の鳥のほうが役にあってるかな。

パリなら絶対マリ−アニエスに躍らせたい。迫力といい存在感といい、腕の動きのテクニックといい、彼女以外には考えられないでしょう。強いて次を挙げればオレリーかな。いずれにしても、強いパッションと舞台を支配する雰囲気を持ったダンサーにぴったりのステキな役だ。これ、後半部分をもう少しすっきりと代えてアレンジする人が出てきてもおかしくないのにね。誰かやらないかなー。そしてオペラ座で上演してよ。

この音楽を、コンサートで聴くことは多いけれど、バレエ音楽として聴くのは初めてだった。なるほど、このストーリにあの旋律なのね、と、ヴァシニョーヴァが出ない部分は、ほとんど音楽鑑賞に盛り上がってしまう。あー、ストラヴィンスキー好き〜。

迫力満点で元気いっぱい、というのがマリインツキー・バレエを見た感想かな。品があってエレガントとは言いづらい、ひたすらに威勢がよくて気風がいい。ソリストが出ているときは彼らの一人舞台。出てないときは、コールの子達が勝手気ままに踊ってる。ふむ、これで「ラ・バヤデール」の3幕はどんな風になるのかしら?興味津々。来週を楽しみに。

0時15分。4時間15分に及ぶ、長い長い公演がようやく終わる。3回のアントラクトをはさんで5作品の上演。フォーキンという振付家の魂と、ニジンスキーという天才ダンサーの幻を感じられる、興味深い公演だった。今からおよそ100年前に、パリを、モンテカルロを、興奮の渦に包んだ5作品。ニジンスキーはどんな風に踊ったのだろうか?残念なことに、彼の踊っている姿は映像に残っていない。来年初頭の、ノイマイヤー振り付けの「ニジンスキー」をぜひ見なくては。ニジンスキーという不幸な天才の生涯に思いを馳せながら、冷たい風が吹くパリの街を歩くのでした。

(シャトレ座はカメラ禁止なので、画像はなし。でもみんな撮ってた。撮ればよかったかなー。)

ven.18 oct. 2002(02年10月)
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