sam.15 lun.17 avril 2000
土曜日はバレエとワイン、月曜日はワインとオペラ。って事にしようと計画したのだけれど、残念、ちょっと上手く行かなかった。
金曜日から月曜日まで開催される「個人ワイン直売会」。冬はポルト・ドゥ・ヴェルサイユの、春はポルト・ドゥ・シャンペレの見本市会場で開かれる。特別なワイン以外、普段飲み用からちょっとしたお土産用ワインまでを、すっかりここで買うようになってしまった。
広い広い会場には何千というワイン業者が小さなスタンドを並べ、ご自慢のワインを振る舞う。みんなが名前を知っているようなドメーヌはやってこないけれど、気のおけないワインたちがワイワイガヤガヤひしめいている。中には、「うっそ、この味でこの値段!?すみません数ダースください。日本で売ってきます!」みたいな、すてきに美味しくてコストパフォーマンス抜群なワインもちらほら。
チケットと引き換えに渡されるデギュスタシオン用のグラスを片手に、ひねもす会場を巡り、何十、何百と、いろんなお酒の味見。サヴォア地方からはハム屋、ペリゴールからはフォアグラ屋が来て、ご自慢の製品を挟んだサンドウィッチも売ってる。お酒で麻痺した舌をサンドウィッチで治してはワインを飲み続ける、そんな楽しい直売会だ。いつもなら3、4日通いつめて、じっくりと会場を巡ったり、馴染みのスタンドでゆっくりしていくのだけれど、今回はちょっと慌ただしかった。
雨が降る、とロランが予報した金曜日は、彼の予言に従って外出を控えて猫を撫でてた。土日はすごい人に決まっているから、本当は今日、行っておきたかったんだけどな。土曜日。昼過ぎから行こうと、出掛けにふと手帳を見ると、“15:00 Cendrillon Passport”って書いてある。あ、今日だったんだっけ?忘れてた、、、。
「パリ国立オペラ座」の公演に関するコンフェランス、パスポート。その、「サンドリオン(シンデレラ)」の回が、今日だった。仕方ない。お酒も好きだけど、バレエも同じくらい好き。とりあえず行ってみようか。どうせまたすごい人で、入れないかもしれないし。もし入れなかったら、さっさとワインの会場に移動しよう。
2時過ぎに着いたオペラ・バスティーユには、案の定、入り口から壁に沿ってぐるりと200人以上が列を作ってる。冷たく強い風が吹きつける、今にも雨が落ちてきそうな寒い寒い土曜日の午後だというのに、じっと、もしくは天気やオペラ座に悪態を吐きながら待つ人々の列に加わって、コートの前をしっかり合わせて肩をすくめる。寒いよ寒いよ、早く入れてよ。
この天気の中を待つのは可哀想だ、と思ったのだろうか、珍しく早めに玄関を開けてくれたオペラ・バスティーユ。並びはじめて5分後に後ろを見ると、最後尾が見えないほどの長い列になってしまっていたけれど、私の後、中に入れてもらえたのは20人くらい。後の人は、タンピ!ドマージュ!(ちぇ、残念!)よかった、今回も入れて。アンフィテアトルの後ろの方の席で、ウキウキしながら照明が落ちるのを待つ。
今日のテーマは「サンドリオン」。作品の背景に続き、2幕より、イジワル姉妹のダンスレッスンの部分がピックアップされる。今日も黒のスーツでビシッと決めたブリジット校長の挨拶に続き、このバレエ団の主任バレエ講師、パトリス・バールの指導の下、3人のスジェ達が舞台を駆け巡る。
ダンス教師についてダンスのレッスンをするイジワル姉妹。この場面は、「サンドリオン」の中でも、ずば抜けて面白くて笑いを取る部分。ものすごく大袈裟で不器用に躍る姉妹と、それに頭を抱える優雅なダンス教師。姉妹の踊りの中に、ローズとブルー、それぞれの性格がよく現れてすっごく可笑しい。
ガルニエで「サンドリオン」を観た時にも、観客は大笑いして拍手喝采していたけれど、その現象は、この小さなアンフィテアトルでも同じ。パトリス・バールがまた、「そこはもっとお尻を落として!」「もっと手をぎこちなく挙げて!」「そう、その足首の不自然さ!」と、煽るものだから、ファニー・フィアとエレオノーラ・アバニャートは調子に乗ってますますコケティッシュになるし、ダンス教師役のステファン・ファヴォランはますます頭を抱える。
ファニー、上手いなあ。すっごく可愛いし。エレオノーラは、この間の昇進試験でスジェになったばかり。“未来のシルヴィ・ギエム”と期待の星なんだそうだ。すごいんだね。自分躍っていても可笑しくてたまらないんだろう、二人とも顔を歪めて笑いながら躍ってる。
「サンドリオン」の中でとても重要な役所になるイジワル姉妹。ヌレエフがこれを作った時にこの役を演じたのは、モニク・ルドゥレールとイザベル・ゲランだったんだって!すっごいキャスィング。なんてまあ、豪華なんでしょう。その公演を観てみたかったな。10年後辺りに、今日のファニーとエレオノーラがエトワールで活躍する頃、そう言えばあの時、この二人のイジワル姉妹を観たっけ、って思い出すのかしら。
ヌレエフは、モニクたちを念頭に振付けを考えたらしく、「ほら、そこ、すごくゲランっぽいんだよ。そのトゥの傾け方、まさにイザベルだ!」と、パトリス・バールが随所でこんな言葉を挟む。
ステファン・ファヴォランも、苦悩するダンス教師を表情豊かに色付けして躍り、拍手を浴びる。
「それじゃ最後に、王子様が靴を履かせるところもやってみようか。僕が王子様役ね、じゃ行くよ!」と、お腹のたーぷり出たパトリス・バールがベンチに腰掛けた所に、ローズが走り寄って来て、ガラスの靴を一生懸命足に合わせる。駄目、と分かった段階で、続いてブルーがローズをベンチから突き飛ばし、足をちょこんと王子様の膝に乗せる。頑張って頑張って、でもやっぱり駄目。
で、次は?観客席に笑いが起きる。舞台ではパトリス・バールと二人の女の子もニヤニヤ。みんなの視線はステファン・ファボランに集まってる。
「ノーン!ノン!」思わず頭を大きく振って後ずさるステファン。
「シ!シ!」と頷く先生。大きな拍手は観客席から。
この場面、イジワル姉妹の後に、男性ダンサー演じる、笑い溢れる継母が「じゃあ私よ!」と、ズンズンズンと、王子様に迫っていくところ。みんなはそれを、ステファン・ファボランに期待してる。
先生や同僚のプレッシャーと観客の期待に耐え切れず、「ダコー」と頼りない返事と共に、きっと顔を作って、タタタタタ、ストーン、と王子様の膝に軽やかに飛び乗るステファン。4人がかりでなんとかガラスの靴を履かせようと散々努力した挙げく、ベンチから転がり落ちるステファンに観客が大笑いしたところで、「ヴァラ、セ・テルミネ(はい、お終い)!」と、バール先生の声が響く。
笑いに満ちた1時間はあっという間に終わってしまい、そして心に残ったのは「やっぱりもう一度サンドリオン、観に行こう」という決意だった。
気分はすっかり「サンドリオン」のまま、ワイン会場へ。ひゃー、なんなの、この人の多さは、、、。ヴァカンス中なのに、やっぱり週末なんだなあ。それなりに広い会場が、人人人で埋め尽くされ、先に進むのもままならない。各スタンドには人が鈴なり。チリンチリンと鈴の音は聞こえなくても、チンチンとグラスのふれあう音が聞こえる。お目当てのスタンドに辿り着くことすら、至難の技だ。だめだこりゃ。諦めのいい私は、入って5分後には、もう出ることを考えはじめる。
早目に来ていたみんなと合流して、とりあえずここだけ、と、前回お気に入りになったアルザスワインやさんのスタンドを訪れ、散々飲ませてもらって5本購入。ゲヴルツのグレン・ノーヴルですごく素敵なのを1本買ってみた。今度日本行く時に持って帰ろうね。ミュスカのお兄さんのスタンドには、お兄さんの姿が見えない。
「どうしたの?」と聞くと、スタンドにいたおじさんが、
「ああ、彼ね。今日、いやもう昨日だ。子供が産まれたんだよ!だから今回はいろいろ忙しくって、来られなかったんだ」
「ほんと!?わー、おめでとう、って伝えてね」夏にぴったりの甘口ワインを1本購入。
一度に持って帰れるワインは6本が限度。1時間も経たないうちに会場を後にして、重い瓶をカーヴにドサリと降ろし、ほっとして部屋に上がったのでした。
月曜日。週明けの今日が、ワイン直売会の最終日。でもって、今日は、オペラ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」の初日。薄曇りの午後、まずはワイン直売会に赴いて、どうしても買わなくちゃ行けない、ソミュールのピンク発泡酒の在庫を確認。
「あらあ、久しぶりね。また来てくれたのね!」と、叔母さまとひとしきり近況報告して、5本のお酒をお取り置きしておいてもらう。時間がないんだ、よそ見しないで次行こ、次。
この間、多いに気に入ったコルシカのミュスカを売っているドメーヌは来ていなかったので、馴染みのコルビエールのおじちゃんとおばちゃんの所にご挨拶に行く。
「いらっしゃい、マドモワゼル!元気だった!?」
「元気よ。おばちゃんとおじちゃんは?」いつも元気いっぱいのおばちゃんと、はにかむ笑顔が可愛いおじちゃん。初めの頃は、おばちゃんばっかり喋っていて、おじちゃんは黙ってニコニコとお酒を包んでくれたっけ。今じゃすっかり馴染んで、おじちゃんもいろいろ話すんだけど、すぐ横からおばちゃんに話を持ってかれちゃうの。夏用に白を、と思っていたのだけれど、土曜日の時点で完売してしまったらしい。
「すごかったのよ。来る人来る人みんな、白を大量に買ってっちゃったの。こっちがびっくりしちゃったわ」とおばちゃんは頭を振る。代わりに、赤い色が鮮やかな、口当たりよく爽やかなロゼを2本購入。散々お喋りして飲んで、最後に、毎回恒例になっている、写真撮影会して、じゃあまたね。12月にヴェルサイユで。
7本ものワインを抱え、バスティーユに向う。重くて手がちぎれちゃうよ、、、。4時半に着いたバスティーユには、既に40人ほどの列が出来てる。あ、だめだこりゃ。絶対に学生券なんて出ないな、今夜は。とは思ったのだけれど、万が一ってこともあるし、せっかくここまで来たのだもの。一応並んでみましょうよ。
3時間弱。バスティーユの椅子に座って、来期のプログラムに見入ったり、辻静雄の本を読んで過ごす。ワイン会場で買ったサンドウィッチを噛りながら。
「ラ・トラヴィアータ」のチケットは、やっぱり一枚も出なかった。仕方ないか、大人気演目だものね。アボンヌマンでも取れなくって、騒ぎになった、って話だったもの。これはやっぱり無理かしらね。
ま、いいや、仕方ない。オペラは、最後を飾る「さまよえるオランダ人」が観られれば、それでいいんだ。あとはバレエに没頭しましょう。バレエの方は、「サンドリオン」もう一度見たいし、その後はモダンバレエ。ジリ・キリアンも来るし、シルヴィ・ギエムの「ジゼル」もある。何とか手に入れたチケットを眺めては、「神様お願いします。この日、女王様のご機嫌麗しく躍る気になっていただけますように、、、」と呟いてる。ラストは「ライモンダ」で華やかな締めくくりだし、バレエは、これからも楽しみが続くね。
ヴェルディの代わりにブルックナーを聴きながら、夜を過ごす。久しぶりにかける9番に、思わず没頭。部屋の掃除しようと思ったのに出来なくなっちゃった。ブルックナーはBGMに決してならない。夏にはあまり聴く気にならないから、今のうちにたっぷり聴き込んでおこうね。
ワインが6本入ったカートンを持った手に、マメが出来かけている。マメと引き換えに手に入れた、発泡酒とロゼのお酒達。料理は何を合わせようかな、誰とどこで空けようかな。マメくらい、どうってことないよね、夏の楽しみが出来たんだもんね。夏の太陽を思い出しながらも、冷え込む夜に思わずまた、暖房のスイッチを入れてしまうのでした。