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「ヌレエフ・ガラ」ルドルフ・ヌレエフへのオマージュ・ガラに、ピュス、しみじみ |
20世紀最大のダンサーであり振付家であり指導者であったルドルフ・ヌレエフが没して、10年が過ぎた。 バレエの世界にはまってから、まだたった3年の私はもちろん、生きている頃のヌレエフを見たことがない。どんなにすごい人だったのか、どんなにパリオペラ座に影響を与えた人だったのか、ビデオや今のオペラ座の公演を見ながら想像することしかできない。オペラ座の、ある年齢以上のダンサーたちは、ヌレエフ・ダンサーと呼ばれ、一つの世代を作っている。ヌレエフから直接教えを受けた彼らの、それ以降のダンサーたちと比べ、確実に踊りに対する意識や責任感が違うのは、こうして何度もオペラ座に足を運んでいるうちに、体に感じられるようになってきた。上手い下手とはまた違う、ダンスに対する取り組み方の姿勢みたいなものが、ヌレエフ・ダンサーとそれ以外のダンサーとではぜんぜん違う。血に、ヌレエフの魂が入り込んでいる、とでも言うのだろうか。 ヌレエフがこの世を去って10年。彼が指導したダンサーたちも、そろそろキャリアを終える時期になりつつある。彼の魂を体と精神に宿したダンサーたちが、永遠に消えつつある今、没後10年を記念して、「ヌレエフへのオマージュ」ガラが、たった一晩だけ、パレ・ガルニエで開催される。 珍しくも飛び切りのおしゃれをして、夕方から、クリオンのバーで優雅なアペリティフタイム。ピンク・シャンパーニュで舌を喜ばせながらも、「飲みすぎちゃダメ。今日だけは、絶対に飲みすぎで眠たくなっちゃう、なんてことになっちゃダメ」と自分を戒め、シャンパーニュの色気に負けないようにがんばる。 もうあと一杯だけ飲みたいな~、という味覚の欲求を厳しく退けながら、ガルニエへと向かう。シックな装いの人々が集うガルニエは、普段となんだか違う雰囲気。政治家、ヌレエフの親友ら、普段とはちょっと違う客層がにぎわう中、席に着く。 なんだか興奮するなあ。ワクワク感が高まってくる。2枚手に入れたチケット。たまたま遊びに来ているすうみいと、とも思ったけど、別に大してバレエ好きなわけでもない彼女をこの公演に誘うのもなんだよね。と、奇特にも、私と同じレベルでカデールに情熱をささげている友人に連絡すると、「こんな機会は一生に2度とない!」と休みを工面してパリに飛んできた。そんな友人と、これから4時間あまりにわたって繰り広げられる幸せな時間を想像しては、気分はより一層盛り上がる。ま、ね、私たちにとっての至福の時間は、カデールがソロを踊るたった10分に過ぎないのだけれどね。
一度は見たい、と思い続けていたデフィレが、今年は、今夜と「ジュワイユー」の初日と、2回も予定されている。今日はね、予行練習。きっと夢中になって、なにがなんだか分からないうちに終わっちゃうだろうしね。「ジュワイユー」のときに、じっくり見ましょう。と思いながら見始めたデフィレの、なんてなんて面白いこと!!!夢中、なんてもんじゃないね、面白くて楽しくてワクワクして、もう大変。 かわいらしい8歳くらいの女の子から始まり、あー、ドロテだー!と思っているうちに、マリ-アニエスの長い腕が現われる。ちんくしゃエトワールさんが、あまりにも自己陶酔して列を乱すかと思えば、レティティアが愛らしくかけてくる。ミテキちゃ~ん、と目を凝らすそばらから、麗しいナタリーが現われ、プラテル、ゲラン、ルドゥレールら、ヌレエフダンサーの名にふさわしい往年のエトワールたちもその姿を舞台に現す。 次いで、男の子たち。すでにダンサーの体をしている学校生徒に続き、おお、セバスチャンだオドリックだ!見とれているうちに、マチューを見逃す。ジェレミーと並ぶのはアレッシオ!すってき~!なんてったってプルミエ・ダンスールだもんね。あー、ジャン-ギーだー。どーでもいー。次は背の高い二人のプルミエ、カールとエルヴェだ。これもどーでもいー。あ、ヤンヤンとステファンだ!!!と見惚れているうちに危うくカデールを見逃す始末。 うわー、うわー、うわー!!!と、興奮しているうちに、15分のデフィレはあっという間に終わってしまう。すごい楽しい、これ!絶対毎年やるべきだよ~。なんて華やかで晴れがましい舞台なんだろう。普段は目にすることが出来ない奥のフォワイエの、あでやかな装飾の奥から順々にこちらへ向かって歩いてくるダンサーたちの、なんと誇りに満ちていること。このカンパニーの一員としてデフィレを歩くのって、たまらない快感なんだうなあ。 大歓声と拍手が割れる中、デフィレは終了。ダンサーたちの前に下がった幕はそのままスクリーンとなって、ヌレエフの生涯を追うドキュメンタリーフィルムへと続く。ロラン・イレールが語る、ルネ・シルヴァン作のフィルムが10分ほど続き、しんとした会場に幕が開き、エリザベット・プラテルが姿を現す。 「ライモンダ」3幕のヴァリアシヨン。ぜーんぜん覚えてないんだよね。3年くらい前に2回だけしか見ていない作品。覚えているのは、かわいいヤンヤン演じたお友達役と、息を呑む妖艶さを持ったカデールのアブドラムだけ。それにしても、すごい衣装だなあ。重そう、、、。衣装と化粧におののいているうちに終わってしまったヴァリアシオン。 ロラン・イレールと、いまだに実感できないわれらが新エトワール、クレルマリ・オスタが舞台に現われる。「カス・ノワゼット」。ヴァリアシオンもコーダもなし。単純なパ・ドゥ・ドゥだけなので、迫力にイマイチ欠ける。サポート中心のロランはごく普通だし、新エトワールさんは1人勝手に踊ってるし、なんだか、ね、、、。 でも懐かしいなあ。3年前の冬、たーくさん見たね、「カス・ノワゼット」。3回以上同じバレエを見たのは、このときが最初だった。レティティアがプルミエールになって初めてもらった大役。ジョゼと二人、とても素敵なカップルだった。なんて、昔のこと思い出しているうちに、あっという間にフィナーレを迎える、ロランとオスタのパ・ドゥ・ドゥ。 「ドン・キショット」。ほんとは、レティティア・ピュジョルとジェレミー・ベランガールが踊るはずだった。ジェレミーが早々に怪我で戦線離脱したあとは、ニコラ・ル-リシュの名前が載っていて、不幸中の幸い♪と楽しみにしてた。なのになのに、バカニコラは、またしても客演公演をした挙句に怪我。こんな大切なガラの直前にロンドンで張り切りすぎて、パリに大迷惑をかけた。大慌てで選んだ代役は、エリック・ヴュ-アン。昔々のエトワールだよね。もちろん見たことないし、踊れるの?? こちらもパ・ドゥ・ドゥのみの簡略版。つまんないなー、レティティアのトリプル入りフエッテが見られないのは。悪くないけど、二人の相性は大してよくないし、ヴァン-ヴュはほんと、サポートに徹しているだけ。あーあ、ニコとレティティアで見たかったよ。せめてもの救いは、衣装がヌレエフ時代の古いヴァージョンだったこと。この春には新しい衣装が発表されたけれど、この古い衣装の人気はいまだに高い。嬉しいな、見られて。確かにかわいい。 間延び気味だった気持ちを、ギュ~とつかんでくれたのは、エリザベット・モランとアレッシオ・カルボンの、「ロミオとジュリエット」はバルコンのシーン(もっともヌレエフは、バルコンじゃなくて中庭に場所を変えたけど)。バンジャマンの怪我で、新生プルミエのアレッシオが急遽出演することになった。バンバンのロミオ、とても見たかったけど、アレッシオに代わったのは不幸中の大きな幸い!去年、地方のガラ公演でレティティアと踊ったこのシーン、最高素敵だったもんね。 期待通りに素晴らしいアレッシオ。いいじゃん!い~じゃん!!い~じゃ~ん!!!初々しくてリリックなロミオだ。技術は確かに、他のエトワールたちに比べれば劣る。仕方ないじゃん、まだなりたてプルミエなんだから。でも、演技がいいよねー。ジュリエットへの愛情がほとばしってる。あ~、ジュリエットになりたいな~♪ 今までの作品に比べ、「ロミオトジュリエット」は男性パートが本格的な踊りを披露する。他は全部、ただのサポート、って感じだもんね。一番踊りがいのある難しい踊りを、たった一人、エトワール以外で抜擢されたアレッシオがこなすなんて、アレッシオ大好きな私にとってはなんだか感動的ですらある。 そして、モランがいいんだよね、驚くことに。今まで、なにをどう見ても、どうしても評価できなかったモランが、やけにチャーミングで心を打つ。そうか、若かった頃は、こんなに愛くるしい踊りをしてたんだね。体力が落ちていて、私が見るようになってからは、はっきり言って見てるほうがつらくなる、、、というケースが多かったけれど、こうやって短い時間だけで見るなら、すごく素敵だね。アレッシオとの相性も結構よくて、ちょっとびっくりするくらい、モランをアプリシエイトしてしまう。 続いて「サンドリオン」。オレリー・デュポンとジャン-ギヨーム・バールの予定が、オレリーの怪我が長引いて、モニク・ルドゥレールの客演が決まった。これは嬉しい。オレリーの姿が全然見られないのはとても悲しいけれど、引退公演の際に一度しか見ていない、しかもどんな踊りだったか全く覚えていないモニクの踊りを生で目にするのは、きっと今夜が最初で最後だろう。 2幕のパ・ドゥ・ドゥ。うーん、振り付け自体があまり好みでないのかもしれないけれど、いまひとつ感動はないかなあ。相手がジャン-ギーというのもいただけない。とにもかくにも表情のかけらもない、ジャン-ギーの踊りと、モニクの情緒的でニュアンスがある踊りは相容れないよ。音楽は最高ですね。プロコフィエフ、好きだ~。しかし、オレリ~、、、。早く舞台に戻ってきてよ~。寂しいよ。怪我はどんどん長引き、今のところ復帰の予定は初夏の「マノン」か「ジゼル」。1年もの長い間、あでやかで華やかな彼女の踊りを見られないのは寂しすぎる。 そして、1幕のフィナーレは、ヌレエフの申し子たち、ロラン・イレールとマニュエル・ルグリによる、ベジャールの「さすらいの若者の歌」。マーラーの歌曲を背景に、ピュアで饒舌なダンスが繰り広げられる。 ロランがねえ、くぅぅぅぅ、と思わずこぶしを握ってしまうくらい、素敵なんだよね。なんでこのダンサーって、こんなに“魅せる”んだろうか。カデールのように感情に直接訴えてきて心をしびれさせる、というよりは、もっとインテリジェンスな感動をくれて、頭をしびれさせてくれる。たまらない。舞台にその姿を見せてくれることはほとんどなくなってしまったけれど、こうやってたまに彼の踊りを目にすると、神経が洗われるように感動を覚える。この1年、彼を見たのはたったの8回。「ル・パルク」の息を呑むような美しさ、「ヴィオロン・コンツェルト」での、バランシンが見たら泣いて喜びそうな完璧な肉体の美しさ。「ル・コンクール」の渋く完璧な役作り。「カザノヴァ」の、男としての美しさ。カデールやアレッシオ、ヤンヤンみたいに愛しているダンサーと言うわけではないが、心から尊敬してやまないダンサーだ。あと何回、彼が舞台に立つ瞬間に立ち会えるのか。できるだけ多く、彼のイメージを記憶に刻みたい。 マニュ?調子悪いんだよね、きっと(笑)。「ヴィオロン・コンツェルト」のときにもロランに負けたけど、今夜もまた、あんまり比べたくないねえ。悪くないけどさ、マニュのよさが全然でてない。うん、体調悪いんだよ、きっとそうだよ。「ラ・バヤデール」も踊るのやめちゃったしさ。そういうことに、しとこうよ。 気の抜く暇がないんだね、ガラって。普段、ガラなんて見たことないから、このヴァラエティー・ショーみたいなテンポが新鮮だ。アントラクトは、デフィレでのカデールの美しさとロランとアレッシオの出来の見事さを夢中になっておしゃべりしているうちに過ぎてしまう。
数日前、ロンドンで踊って体調を崩したニコの代わりに、ゲネではマッシモ・ムッリュがアルマンを踊った。ほんっとにニコって、どうかしてる。どういう責任感を持つと、こうやってパリ以外でバンバン踊った挙句に怪我してはオペラ座に迷惑をかけられるんだろう?ちょっとひんしゅく。それでも、ニコを捨てられないのは、彼があまりに素晴らしいダンサーだからだ。そう、興が乗ったときのニコラ・ル-リシュの踊りを見てしまうと、彼のどんなわがままもじっと耐えて許すしかない、と思ってしまうくらい、彼の踊りはスゴイ。 どうにかこうにか体をだましたのか、シルヴィーと一緒に舞台に立ってくれるニコにほっと胸をなでおろす。ま、どうでもいいよ。この作品はシルヴィーを見るだけでもよかったもんね。いかにもロイヤル風、というのかな、それともアシュトン的、というのかしら?ナラティフで芝居を見るような作品。ライティングがピュアできれいだなあ。オペラ座も、レパートリーに入れればいいのに。 2年ぶり?ううん、「マノン」で怪我されてるから3年ぶりのシルヴィーだ。しかし老けないねえ、この人。リリックで表現力豊かでほんっとに魅力的。なにを踊っても似合うんだなあ。8年前、初めて彼女を見たのはベジャールの「ボレロ」だった。強烈!次は、4年位前の「ラ・ベル~」だったかな。アクロバット的な技巧にどきもを抜かれた。そして3年前の「ジゼル」。村娘か、ほんとに(笑)?という感はあったものの、ロランと二人で作り上げる美しい世界にうっとりしたっけね。もっともっとシルヴィーが見たいなあ。コヴェント・ガーデンのチケットがもうちょっと安ければ、ロンドンまで行くのにね、、、。エクの「カルメン」、それに友達が大絶賛したロビンスの「ザ・コンサート」で、ぜひとも彼女を見たいものです。 ニコラ?まあまあ。適当に手を抜いて、適当に力を入れて、、、。 2度目のアンラクト後は、いよいよ今夜のメインイヴェント(私には、ね)!カデールが踊るのは、「バッハ-スイット2」。 バッハのヴィオロンセロの、地に足が着いたゆかしい音の連なりって、カデール・ベラルビというダンサーにピッタリだ。カデール以外のだれにも着こなせないだろう、ルイ14世風の衣装と靴に身を包み、どこまでも優雅で神々しいカデール。この衣装を、たとえばニコラやジャン-ギーが着たらサーカスの道化だ。わらっちゃうしかない。この存在感、このカリスマ性、この余裕。ただ単に経験と年の功、というものではない、カデールならではの魅力を、私は心底愛している。振り付け自体はなんてことないけれど、カデールが創りだす一つ一つの動きにその意味を感じているうちに、あっとうまの10分が過ぎてしまう。思わず大きくため息。ふうぅ、ブラヴォ! 続いて「ラック・デ・シニュ」よりポロネーズとパ・ドゥ・ドゥ。「ラック~」自体、大好きな作品ではないけれど、1幕だけは別。素敵に華やかで楽しい1幕の中でも、男の子たちによるポロネーズはひときわワクワクする踊り。ヤンヤン、マチュー、セバスチャン、オドリックと、きれいどころがぎっしりで、いやあ目が喜んでます。ついこの間まで「シルヴィア」で神秘的ではかなげな踊りを踊っていた彼らが、今夜はこってりクラシック。ダンサーたちの変わり身にはいつも感心してしまう。 続いて3幕の黒鳥のパ・ドゥ・ドゥ。もちろんジョゼ・マルティネスとアニエス・ルテスチュが踊ります。このパ・ドゥ・ドゥだけは、きちんとヴァリアション類も入って見ごたえたっぷり。お二人ともおりこうさん踊りで文句のつけようがない。ガラ慣れしてるんだろうね、“魅せ方”のツボを抑えてる。ひたすらに美しいパ・ドゥ・ドゥだ。 そんな美のシーンをぶち壊すのは、ロットバルトで参加しているウィルフレッド・ロモリ。カデールに躍らせなよ、カデールに!ただでさえみっともないロモリ、今夜は一段とひどい踊りを披露して、せっかくの感動的な舞台を台無しにしてる。バサバサうるさいし、舞台をうろうろしてじゃまだし、ああもうっ!最低!ロットバルトは見なかったことにしようね、うん。
幕が下りたまま前奏曲が流れる。ふと、今更ながらに思い出す。今夜はヌレエフへのオマージュ公演なんだ、と。情緒的な旋律を耳にしながら、ヌレエフがここパレ・ガルニエで過ごした日々になんとなく思いを馳せてみる。なんて人生を送ったのだろう、この類まれなダンサーは。幕が開き、この作品の最大の見せ場の一つであるバヤデールたちの登場シーンが始まる。初めてこの作品を見たとき、ここで寝たよね、私(笑)。もう7年も8年も前の話だ。今では、うっとりと心を奪われるシーンなのに。人間、変わるものである。
そのゲランはさすがです。ヌレエフが言いたかったことはこうなのよ!と体中で表現してる。去年見たニキアたち、オレリーやアニエスと全く違う(もちろん、マリインツキーのスヴェトラナとも)、とても印象的なニキア。現役の時の彼女のニキアをしっかり見ておきたかったな、、、。
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