sam.27 mai 2000
キャァァァァァーッ!!
何千人の人たちと一緒にパレ・ガルニエにいるんだ、ってこと忘れて、思いっきり歓声を上げたいような、そんな素敵な夜だった。
ここ1年ほど工事中だったパレ・ガルニエ。ちょっと前から、少しずつ足場が取り外され、今はもう、まさにオペラハウス以外のなにものでもない、優雅な建物がほぼ見えている。もとはこんな色だったんだ?と、思わず目を疑うくらいに白くきれいになりつつあるパレ・ガルニエの、今夜のバレエは、モダン二種。
イスラエルのオハッド・ナアランと、スウェーデンの、鬼才マッツ・エク。ナアランの方は、言ってみれば普通のモダン・バレエ。それなりに面白く、それなりに興味深く、それなりに奇抜。ヤン・ブリダールとオーレリー・デュポンという、私生活での元カップルが、主演。
今夜から、私のオペラ座通いには、デイジーとともに、オペラグラスがついてくる。この間、すぴちゃんに持って来てもらったオペラグラスを片手に、嬉々として大好きなヤンのアップを楽しむ。化粧の薄いほぼ素顔のヤン、やっぱりかっこいーじゃないですか、野村さん。
で、後半のマッツ・エク。これがまあ、、、、。最後には、ハードロックかメタルのコンサートを最前列で楽しみましたっ!ってノリだった。
ちょっと遅れて入った前半。指定の席には行けずに、桟敷の真ん中ほどの補助席で楽しんだ。アントラクトを挟んで後半、さて、本当の席はどこなんだろう、と、係りのお兄さんに案内してもらった席は、桟敷二列目気持ち左寄り。うっそ、こんな席だったんだ?くうぅ、前半もここで見てたら、もっともっとヤンがアップで見られたんじゃない。
誰が出るんだっけ、こっち?プログラムを開く。マリ−アニエス?ゴージャスだねえ。え、カデールにニコラ?すっごーい、共演?お気に入りエトワール二人が一緒に見られるの?それから、、、えー、うっそ!?ホセもぉ???だめだ、頭がくらくらしてきた。男性エトワール3人?すっごい贅沢者だなあ、マッツ・エクってば。
ふー、それから誰?わ、ベンジャマン・ペッシュもだ。いいね好き好き。なんだかもう、私のためにあつらえてくれたの?って聞きたくなっちゃうような、キャスティングだわね。ヤン・サイズがこれに加われば、完璧だったのに。ヤンの代わりといっては何だけれど、エルヴェ・クルタンやステファン・ファヴォランら、お気に入りのダンサー達が、更に脇を固めている。
それにしてもなんて豪華なキャストなんだろう。女性は、マリ−アニエスとクレール−マリ、二人のプルミエールが目玉だけれど、男性陣はすっごい。エトワール3人でしょう。プルミエも、ベンジャマンと、デルフィヌの旦那であるリオネル・ドゥラノエ、それに、ウィルフレド・ロモリまで出演。どういう配役してるんだろう?大盤振る舞いにも程があるってものだ。マッツ・エクの世界初演であるこの作品に、パリ国立オペラ座が総力をつくして敬意を表している感じだ。
カーテンを開けたままで行われた舞台設定が完了し、幕が下り、照明が落ち、まるでガラ公演のようなバレエがはじまる。息もつけないほどの興奮に溺れて、熱い時が流れてゆく。オケピットをふさいだ舞台は、もう、手を伸ばせば届きそうなくらいに近い所までせり出していて、すぐそこを、顔に流れる汗まで分かってしまうダンサー達が舞ってゆく。
恐いくらいに長い手足を優雅に動かすマリ−アニエスの、きれいな顔がそこにある。神秘的で崇高、そしてエレガントなカデールは、いつ見ても神々しく美しい。スマートで上品、しなやかにしなる竹のようなホセの体のラインの美しいこと。ダイナミックで迫力満点のニコラは、髪を切ってすっきりしちゃってる。目の前で、まさに目の前で繰り広げられる、大好きなダンサー達の身体の動きや表情に、もう、うっとり。溜息を吐く暇もなく、次から次へと現れる究極の人間美に、感動の嵐。
前半同様に、化粧をほとんどしていないダンサー達の、なんとまあ、きれいなこと。クレル−マリの怪しくとろけるような目、マリ−アニエスの小さくて上品な顔。カデールの整った額、ホセの長い長いまつげ。ベンジャマンのニヒルな眼差し、ステファンのお人形のような可愛い顔。そして私は、この数ヵ月、心にもやもやしていた事実をようやく認識する。ニコラはやっぱりサルみたいだ。
人間業とは思えない見事な跳躍力を持つ、ダイナミックなニコラ。あの下がり気味の目が麗しい!と言い張ってきたけれど、やっぱりあれは、サル顔なんだ。ニコラって麗しいよね!という度に、みなが首をかしげるのが、やっと理解できた気がする。
そうは言っても、やっぱりニコラは素晴らしい。今日みたいに、跳躍やピルエット系の動きが全くない、表現力が全てのようなバレエでも、そつなくこなすんだ。でも、本当は、ニコラの素晴らしさは、飛んでこそだと思う。滞空時間が、時計の秒針で測れそうなほどのジャンプ、あれはすごい。
こういう作品には、カデールの躍りがよく合う。ちょっと神秘的で哲学的、そんな雰囲気漂うカデールが、柔らかな髪を振り乱して躍る姿は、本当にいいよお。この間、背中のほくろの数を数えた時よりも、今日は近くにいるカデールだけれど、今日の衣装は、背中が見えなくて残念だな。でも、その美しいお顔は、たっぷりと楽しませてもらいました。
マッツ・エクという振付け師の作品は、このバレエ団の「ジゼル」と、この間日本に行った時にテレビでやってた「ラ・ベル〜(眠れる森の美女)」を観ているが、どちらもあまりにシュールで閉口してしまった。モニク・ルドゥレールの引退公演だった「ジゼル」は、ジゼルを精神病院に押し込めてしまった、例のスキャンダラスな振付けだったし、「ラ・ベル〜」は、SFの世界にそのものだった。世界的に名を馳せるマッツ・エクに、あまり入り込めなかったのは、この2つがあまり好きになれなかったせい。
でも、今夜のはいいねえ。“アパルトマン(アパート)”と名づけられた世界初演作。名前の通り、アパルトマンを舞台に、さまざまなシーンが繰り広げられる。振付けよりも、その出演ダンサーに感動してしまったきらいはあるが、エク、古典を題材にするよりも、モダンモダンな作品を扱った方が、はるかにいい感じがする。
ダンサーに奇声を発せさせるのはいつものことだし、動きも他のエクの作品とそんなに差はないのだけれど、なんだろう、小道具の使い方とか、そのシチュエーションとかかな、そういうのが、古典に比べ、さっぱりとしていていい感じにこなれている。こういうエクなら、何度観てもいいなあ。
音楽がまたいいんだ。「フレッシュ・クァルテット」というグループが、ヴィオロン、アルト(ビオラ)、セロ、それにコンピューター音楽を駆使して、クラッシックの音楽会からヘビメタのコンサートまでを、パレ・ガルニエで演奏してしまった。すぐ横にある大きなスピーカーからほとばしる音は、身体を直接震えさせ、視覚からの興奮に拍車を掛ける。あの音あってのあのダンスだ。まるで、ディスコッテックで遊んでいる所に、オペラ座のダンサー達がやって来て躍り出しちゃった。そんな感じ。
笑顔で挨拶を繰り返すダンサーと音楽家に浴びせられていた割れるような拍手が、更に一段と高くなりブラヴォーの声で会場が溢れかえったのは、マッツ・エクが出てきた時。会場中から鳴り響く、称賛の拍手と歓声がようやく静まると、カーテン越しの舞台で更にひとしきり、ブラヴォーと拍手が聞こえる。出演ダンサーからマッツ・エクへの、尊敬と称賛だ。
トゥを履いて、飛んで回るバレエも好きよ。でも、こういうモダン・バレエって、好みのにあたると本当に本当に面白い。来月は、ジリ・キリアンが自分のダンスカンパニーを連れてやってくる。こちらも世界初演。楽しみだなあ。パリ国立オペラ座のバレエしか知らない私には、きっと新鮮な体験だろう。キリアンの前には、ロンドンでキーロフ・バレエの「ラ・ベル〜」も観るしね。外国バレエ団尽くしの月になりそうだ。ああ、バレエって、本当に素敵ね!
コリグラフに夢中になったのか、ダンサーの動きに夢中になったのか、それともダンサーの顔や身体?ひょっとして音楽かな?まあ、それの総合でしょう。いずれにしても、また1つ、心から感動するバレエ公演に巡り合えた幸せを胸に、いまだ夕暮れの香りのするパリの街に出るのでした。