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「クラヴィゴ」透明感のある舞台とエキサイティングな音楽を背景に、演じられる熱いドラマ |
今シーズンのオペラ座のプログラムには、特にワクワクしながら上演を待っている作品が4つある。トップをきって、まずは「クラヴィゴ」。 現代バレエの第一人者ロラン・プティが、99年にオペラ座のために振付けた作品。ゲーテの作品をベースにした、透明感のあるモノトーンでシンプルな舞台とエキサイティングで饒舌な音楽を背景に、熱いドラマが演じられる。 23−25日 とりあえずは、初日から4回連続、ニコ&オスタ&ヤンドゥー(ヤン・ブリダール)&マリ−アニエス&カールという第一キャストを見てみる。ヤンヤン(ヤン・サイズ)に代わってマリの兄役を踊るカール以外は、99年の初演時の配役。 ヴィデオに残っている映像と見比べると、老けたよねえ、みんな。特に主役。老け方が著しい、、、。大丈夫、髪の毛? ニコのクラヴィゴは、まあ、こんなものかなあ。2年前の方が、もう少し感動させてくれた。テクニックはさすが。といっても、ちょっと前まで見せてくれていた、息を呑むようなダイナミックな技が恋しい。演技面は、うううううぅ〜ん。悪くはないけど、何度見ても、ただ単に、フランス語でいうところの“ナイーフ”。世間知らずでちょっと間抜けな感じに写る。最初から最後まで、ぼやぼやしているうちに、周りでことが勝手に進んでしまった、っていう印象なんだ。 音楽や振り付けのよさもあって、それなりに感動はさせてくれるけれど、涙は出ない。物語が伝わらないもん。 マリを演じるオスタ。唯一、この役でだけ、彼女のよさを納得できる。 プティ、頑張ったよね。よくまあ、オスタのよさをこれだけ引き出したものだ。感心する。ドラマティックなマリの心情を上手に表現したキレのある動き。 クラヴィゴに惹かれていく様子や彼への愛に苦しむ心がきっちり伝わる。全然好きじゃないダンサーだけれど、全くもって、この役だけは悪くない。 ヤンドゥー演じるカルロスは、初演時や2年前ほどの悪魔性と廃頽美が薄れた代わりに、より自然な、それだけにいっそう背筋がゾクゾクする冷酷さと狂った愛情を感じる。髪型や化粧が、思い切りナチュラル。もちょっと色っぽく演出しても?と感じるくらいだけれど、その自然さがまたいいのかもね。夜毎、微妙にマイムを変えながら、とても奥深いカルロスを演じてくれ、目が離せない。 役者だよねえ。クラヴィゴよりもカルロスの演技に夢中になってしまう。ニコの単純明快なクラヴィゴを見る暇があったら、目立たないところで目だけで、唇だけで演じているヤンドゥーを見るほうがよっぽど楽しい。 この間は、バランシンの「カトル・タンペラモン」で、なんともけれんみあるメランコリーやフレグマティックを踊ってくれたし、うれしいな、最近たくさんヤンドゥーを見られて。
マリーの兄役のカール?ゴメン、全然見なかった。美しいよね、うん。でも、ヤンヤンが恋しい、、、。
27日
で、とーぜんのごとく、代役はバンバンじゃなくてニコなんだよね、これが。もういいよ、夫婦の演技は見飽きた。ニュアンスに乏しい夫婦の演技は、そう何度も、しかも続けて見るのはちょっと疲れる。 でも、この配役ではヤンヤンがカルロスを踊る。今夜はこのためだけに、ガルニエに足を運ぶ。 そのヤンヤン、うーんイマイチかな。カルロス役が合うとは最初から思っていなかったけれど、ヤンヤンのお茶目でコケティッシュな持ち味が全然出てこない。シリアスな役、似合わないんだよね。悪魔的な演技にもう少し期待したのだけれど、、、。 それでも、マリの兄がクラヴィゴに決闘を挑み、クラヴィゴが死ぬ直前までの演技はなかなか。剣やクラヴィゴのベストの扱い方は、なかなか見ごたえがある。1幕、ニコとのパ・ドゥ・ドゥもそれなり。 うまいじゃん、ヤンヤン。心配だなあ、この冬のコンクールで、今度こそ間違ってプルミエ・ダンスールになっちゃったらどうしよう、、。ヤンヤンには、永遠にスーパー・スジェでいてほしい。 29、31日 なにが悲しくて、7度も続けてニコを見なくちゃいけないんだろう。重ね重ね、ニコライの怪我が恨めしい。
エレ、好き。とっても好き。はまり役が少ないというか、なかなか極上の舞台を見せてくれないけれど、出来のいいときのエレは、他のダンサーたちにない独特の魅力がある。その妙に舞台栄えする雰囲気と、なんともいえないリリックさで、大きな感動を与えてくれる。 4年前の初演時、まだコリフェだった彼女を、プティは抜擢して、一夜だけ、バンバンと一緒に躍らせた。私はそれを見逃したけれど、2年前に再びバンバンと踊った時には、正直なところイマヒトツだった。バンバンの感動溢れるクラヴィゴの横ではどうしても影が弱いし、エレ自体、実力を出し切れないでいたと思う。
2年前に比べて格段にいい。強くパッション溢れる演技が胸を打つ。あ〜すてきだ〜。これがエレだよね。テクニックも情緒面もとても質が高くて何も言うことない。大好きだよ! 2,3,4日
日本からわざわざ見に来て、4度ニコを見て帰った知り合いは悲劇としか言いようがないが、ドイツから来た友達は、4日間の滞在予定を、バンバンを見ずして帰れないと帰国を延ばし、果敢にも9度のニコを見たあとで一度だけバンバンを見てからドイツに戻ることにした。当然そうするべき。だって、バンバン演じるクラヴィゴは、本当に本当に見る価値がある。 2年前にも涙を流させてくれたバンバンのクラヴィゴは、今シーズンもまた、より鮮やかで体がとろけそうな感動。バンバンの初日を見たあとで、思わずつぶやく。な、なんだったの、今までの7回は?ただの練習? ニコのクラヴィゴと何のかかわりもない、同じ音楽と舞台、衣装を使ってはいるけれど、これは全く別の作品だ。1幕前半のカザノヴァぶりが見事。あんなカザノヴァに会ってしまったら、どんな女でも惹かれてしまうに決まってる。ニコの、単純明快で全身無垢、みたいな、上手いけれど上滑りな踊りとは違う。友人(愛人?)カルロスへの媚も見事なら、1幕後半でマリの夢の中に現れるシーンの妖艶さには息を呑むのみ。そして2幕、マリを裏切った後悔、彼女の死を知ったときの絶望、そしてラストの悲劇的な死のシーンに至るまで、まるで作品を文字で追うかのように、饒舌にストーリーを語るバンバン。涙なしにはとても見られない。ラストのソロで言えば、ニコの場合、ハイお上手ね、ブラヴォ!なのだけれど、バンバンの場合は、悲しくて切なくて、大きな絶望が舞台中にほとばしり、それに圧倒されて呼吸するのを忘れそうだ。 春の「火の鳥」のバンバンも、体の芯からジワジワ熱くなるような感動をくれたけれど、ストーリー性のより強い「クラヴィゴ」では、役の心情の移り変わりを赤裸々に見せ付けて、むき出しで熱い、まるで炎に身を焦がされるような衝撃をくれる。 幕が下り、熱狂的な拍手に包まれてバンバンが微笑んでいるのを見ても、まだ、感動から抜け出せない。全身から力が抜けて、呆然としてしまう。 あまりの興奮に、ドイツの友達は帰国を延ばし、バンバンの最終日までパリにとどまった。そりゃ帰れないでしょうよ、あんなに見事な踊りを見ちゃったら。 中日の後、楽屋出入り口で、生まれて初めてバンバンと言葉を交わす。ちょっと高めの声がかわいい。12月にはガルニエで3作品もこなすんだって。怪我しないように気をつけてね。 はっきり言って、その他の配役は最悪。 今回マリ役をデビューしたメラニーは、覚悟していた以上にグロテスクで、正視に堪えられず。ああ、これがエレとだったら、と思わずにはいられない。カルロス役のジェレミーは、あまりにエテロセクシュアルで固く、2年前同様に、廃頽と耽美に満ちて倒錯した愛情を全く表現できず。そりゃもちろん技術はすばらしいけれど、役作りが全然ダメ。話がつながらない、全然。彼はやっぱり、キリアンとかフォーサイトとか、ああいう神秘性のある作品がいいよね。イザベルのエトランジェールは、マリ−アニエスに比べては申し訳ないけれど、その手足の異様な長さを愛でるのみに終わってしまう。こちらもまたデビューだった、エルヴェ・クルタンの兄役は、悪いけど、ほとんど全く見なかった。ゴメンネ、エルヴェ。 ドゥミ・ソリストでは、二人の女を演じた、セリーヌ・タロンが光ってたね。彼女の、ニュアンスと個性のある踊り、やっぱり好き。イザベルの足の美しさにも脱帽。第二キャストのキャロリンとミュリエルは、どちらも好きだけれど、セリーヌ&イザベルに比べるとどうしても妖艶さというか“魅せ方”と言う点で落ちる。 コールでは、オドリックが一人、毎夜のごとく笑わせてくれる。初日からずっと、必ずワンテンポ遅れる振り付けの部分や(誰か注意してあげればいいのに、、、)、逆に一人際立って足が上がる部分、必要以上に激しく方を動かす部分など、どこを取っても笑わずにはいられない。後半、怪我をしたステファンに代わってダンスシーンにも登場してかわいい笑顔を振りまいてくれるし、ラスト2回は、二人の賭博師も踊るんだって。見たいのは山々だけど、バンバンの感動をニコで崩したくないし、ヤンヤン、ヤンドゥーとも怪我してしまって、カールとジェレが踊るんじゃ、ますますもって行く気がしない。 2年前は夜毎マチューがすばらしい首で楽しませてくれたけれど、今年はオドリックとセバスチャンでコールを堪能。(この二人、2年前にも出ていたし、賭博師役も何度も踊っていたのだけれど、当時は知らなかったから、全然視界に入ってこなかった。マチューに没頭してしまってたよ、、。) ウィルモットの、奥行きと透明感が美しい、ちょっとシュールリアルな舞台。多くの賛美を受けている、ヤーレドの饒舌でドラマティックな音楽(オーボエのソロがすばらしい!)。そして、プティの、どこか不自然な、そしてそれが妙に印象に残る振り付け。 配役的に完璧な夜はなかったものの、各回それぞれに見所があり、夜毎感動と興奮に包まれ、大いに気に入っている作品を思う存分楽しませてもらう。さよなら「クラヴィゴ」。また会える日を心待ちにしてるよ。 |