homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


Alcazar(アルカザール)

そのニュースを目にしたのは、あるガストロノミー専門誌に掲載された、サー・テレンス・コンランの特集ページ。「9つのレストランをロンドンに抱え、今、10件目をパリに準備中、、」というくだりが目に飛び込んでくる。

ついにか、って感じ。何が、って、かつては「まずい」の代名詞にさえなっていた英国の料理がついにフランスに入り込んできたのだ。

ロンドンの(決してイングランド全土ではない)食文化の変貌は、ここ数年、注目に値する。恐ろしいほどの速さで新しいレストランが次々と開店し、クラブが新規会員を募り、週末の夜毎、バーの外にはウエィティングをする人々が溢れている。専門誌も刊行され、ミシュランに匹敵するがごとく、レストラン評論ガイドも高い評価を得ている。

料理のコンセプトは、もちろん伝統的な英国料理ではなく、モダン・ブリティッシュというもの。海に囲まれている、という英国の利点を生かし、新鮮な魚貝を中心に、素材の持ち味を生かした上でのソティスフィケイデドされたお料理。ちょっとだけフランスっぽいイタリア料理、っていうイメージを、私は持っている。

もはや社会現象になった、このモダン・ブリティッシュの躍進の立役者の名前が「サー・テレンス・コンラン」。ザ・コンラン・ショップのオーナー、と言えば分かりやすいだろうか。彼が初めてのレストランをロンドンに開いたのは89年。以後、次々と場所に合わせたコンセプトを持つレストランを手がけ、そのどれもが大成功。料理というソフトだけでなく、インテリアに才たけた彼ならではの、レストランというハードそのものにも非常に気配りをしている。
そんな、コンラン卿がいよいよパリにレストランを出す。

雨がしとしと降る金曜日。授業の終わった午後、寒さに震えながら、オデオンから続く、パリ左岸らしい小路を進む。
どこかな?どこかな?確かこの通りのはずなんだけど、、と目をキョロキョロさせながら歩いて行くと、遠くに周りからものすごく浮いている一隅が見える。なんて言ったらいいのだろう、そこだけパリらしくない、というか周りの雰囲気から完全に離脱しているのだ。絶対あそこだ!と確信しながら、歩みを速める。

ウィーンウィーン、カーンカーンカーン、ガッガッガッガッガ、、、。玄関の奥の方に見えるフロアには、工事の人たちがいっぱい。おお、やってるやってる。でもここ、本当にそうかなあ?うーん、レストランというよりミュゼ(美術館)に見えるんだけど、、。誰かいないかなあ、、?ってちょっと中を覗き込むと、「マダーム?」と、ビッシっと黒服になでつけた黒髪が眩しい、マネージャーらしき人の登場。

「こんにちは、ムッシュ。あの、ここ、レストランですよね?」
「ええ。アルカザールです」
「サー・コンランの?」
「ウイ、マダム。そうですよ」
「いつから開くんですか、ここ?」
「エクテ(どう訳せばいいかなあ、この言葉。本来「聞いて」っていう意味なんですけど、「いい?よく聴いてよ」とか「あのね」とか、ちょっと注意を引きつける要素が加わるんです、こういうシチュエーションでは)、マダム。一般向けオープンは7日からなんです。でもね、来週の月、火、水に卿の友人やプレス関係向けに開けるんです。この期間は、お食事代金が半額になります。夜はもう、コンプレ(満席)ですが、お昼なら確かまだ少しだけテーブルがありますよ。いかがですか?」
それはもう!!と即答したいのは山々だけど、一緒に行く人を見つけなくっちゃいけないし、授業の兼ね合いもあるので、
「じゃ、後で電話入れます」と、マネージャーに別れを告げる。

「ね、ね、ね、月曜日さあ、授業最後の30分サボって、美味しいご飯食べに行かない?コンラン卿のレストランでしかもプレ・オープンだよ!」と、お料理上手のM子さんに電話。
「行く行く!もちろん!」持つべきものは、食いしん坊な友達だ。

折り返し「アルカザール」に電話。
「アルカザール、ボンジュール」と耳に優しいマダムの声。
「あの、月曜日のお昼、二人用のテーブル空いていますか?」
「カルト・ダンヴィタシオン(招待状)をお送りしていますか?」
「いいえ、でも、先程そちらに寄って、ちょっとお話を伺ったものですから」
「ああそうですか、分かりました。月曜日のお昼、お二人ですね。お名前は?マダム・グルマン?では、月曜日、お待ちしております」
完璧な電話応対だ。

土曜日の夜のニュースではこの7日にオープンを控えたレストランを報道していた。
「パリの友人達の、『テレンス、君は何故、パリにレストランを開かないんだい?今のパリはひどいもんだ。いけてるものも、コンテンポラリーなものも、何もないんだよ!君が是非やってくれたまえ!』という希望に応える形で、今回の運びとなったのです」と、卿はインタヴューに応えていた。

そんなこんなで、指折り数えて月曜日を待ち(3つしか数えなかったけど)、「あれピュス、発音の授業は?でないの?」と咎められるのを心苦しく思いながらも(ほんとかな?)、待ち合わせの場所へと、外に飛び出す。おお、青空だ!空も新しい素敵なレストランの誕生を祝福している!

int数日前の、あの工事が嘘みたいに、ピッカピカになった「アルカザール」の、AとZを組み合わせたゴールドの取っ手が美しいドアをくぐると、そこはまるでミュゼ(美術館)。片側の壁にはサー・コンランの著書や、ここで使っている食器や小物、カトラリーを展示していて、とても素敵な空間だ。「わー、これ素敵だね」「見て見て、これ!」と、なかなか奥の受付に辿り着けない。

受付の予約名簿はコンピューター管理。おおっ!非フランス的だ!とちょっとおののく。モデルみたいなお姉さんにコートを脱がせてもらって、メートルに席に案内してもらう。

alcパリのレストランとしてはとても大きいな空間。200人位のキャパはあるだろう。壁の一方は半オープンキッチン。ガラスで遮られてはいるが、仕上げの部分が、客席から良く見えるように造られている。もう一方の壁には、小さなテーブルが並び、これは彼お得意の手法、壁に対して斜めに鏡がかかっている。中央は、低い壁で区切られ、二人用のテーブルと大きなテーブルがズラリ。ちょっと間隔が狭いけれど、テーブル自体の大きさが十分なので、気にならない。フロアの突き当たりには、甲殻類コーナー。ザクザク氷に、美しく置かれたカキやエビちゃん達が、まるで一幅の絵の様。注文が入ると、ここで待機しているボーダーのシャツをさっくり着こなした係りの人が、貝をこじ開ける。

fleures吹き抜けの天井からは、素晴らしい花器がつるされ、ユリを中心にゴージャスに花が盛られている。本来、ユリは香りがきつすぎるのでレストランには不向き。でも、ここは地上階のテーブルからも上のバーコーナーからも十分に距離があり、香りが邪魔をしない。ユリの美しさだけを楽しめるのだ。パリで一番、と評判高いフロリスト、クリスチャン・トリュの作品だ。

従業員は、黒服のマネージャー達10人弱、青のシャツが眩しいセルヴール達20人ちょっと。それに、受付関係5人。これが外で働くメンバー達だ。中は、見える限りでは10人くらいだが、奥にもっともっといるだろう。
とりあえずシャンパーニュでこのレストランのオープンを乾杯して、カルトを広げましょうか。

貝や魚にポイントを置いた、悪までフランス風のカルト構成。南の匂いを感じるお料理が多いかな。どれもこれも心引かれる。うん、きっとここのお料理は私の好みだな。

「メドモワゼル?」「まだ。もう少し待って。あ、そうだ、これどんなお料理ですか?、、そう。じゃ、こっちは?」
5分後。
「メドモワゼル?」「もう少し、ごめんなさいね」
さらに3分後。
「アロー?」「決められないわ、どうしよう、、。もう少し、考えていい?」
「この後お仕事は?」「ないわ」「じゃ、いいじゃないですか!どうぞどうぞゆっくりしていって下さい」と、担当メートル。
そしてなお、5分後。
「決まりましたか?」「ええ。どうにかこうにか」「伺います」
「アントレは、、、、、」

お料理の注文を終え、お酒も頼み、やれやれ。全く、このお料理の注文というのは、これから出会うことになるその姿と味をワクワク想像しながら、あーでもないこーでもない、と、本当にとっても楽しい。

さてお料理。
まずは「ルジェ(ヒメジみたいなお魚)のピサラディエール」。ピサラディエールを辞書で引くと、「ニース風ピザパイ」とか何とか書いてある。実際は、ピザ、ではなくって折りがとても細かいお菓子のパイに近い。この上に、野菜のトマト煮込みが乗っていて、それに厚めのルジェの切り身とたっぷりのロケットとマーシュ。周りにはオリーヴオイルとオリーヴが散らしてある。磯の香りが残るルジェは、例えば「ボワイエ」や「ランブロワジー」で出てくるような、完璧な上品さを持っている訳ではないが、出身はマルセイユですか?って感じの、生き生きした味。(勿論この場合、「ボワイエ」たちのルジェの出身は、サン・トロペです。)こんな季節なのに甘くて美味しいトマトソースと素晴らしい甘みと歯ごたえのパイ部分が、この元気なルジェにコートダジュールのエッセンスを吹き込んで、ブラヴォ!味の濃い、小さなオリーヴ達が、お皿を素敵に飾ります。

キリリと冷えて、香りが甘く口当たりはさっぱりした、サンセールは大当たり!さわやかにお魚を盛り立てています。

gaspacho続いて「トン(マグロ)のステーキ、ピペラード添え」。「焼き方は?」とトンに対して聞かれたのは初めてだ。「ロゼ(レア)でね」と頼んだトンは、必ず、と言っていいほど火が通りすぎてパサパサな状態で出てくるフランスのトンの汚名を返上するような、トンの「タタキ」だ。分厚いトンの下敷きになっているのは、ピペラードという赤ピーマンのトマト煮込み。バスク地方のお料理だ。あ、またソース重なっちゃった。トマト、トマトで。

普通、アントレとプラはソースや素材が同種にならないようにするものなのだけれど、好きなものはとことん好きな私は、時々こういう事をやってしまい、「ジャガイモ、ジャガイモになってしまいますが、よろしいですか?」なんて「ゲラール」なんかでにっこり笑顔のメートルに諭されたりしてしまう。いいんです、好きなんだもん、、。

ピペラードの濃さをもってしてもちょっと味が薄めな(ははは、こんな所がイングランド風かな?)トンなので、灰皿としても利用している素敵な小皿から、粗塩と挽き胡椒を一つまみ。うん、美味しい。

M子さんのとった「ドラド(タイ)のポワレ」も絶品。「くうぅ。タイの塩焼きだねえ、これ」といった感じの、素朴な焼き魚は本当に魚自体の味と焼き方のテクニックに脱帽。泣かせるなあ。
「いかがでした、お魚は?」と聞きに来たメートルに、
「素晴らしい!トンもドラドもそれぞれ焼き方が絶妙。皮も美味しいし、とても素敵なお料理だわ」と答えると、「ありがとうございました」と、嬉々として、奥に控えるマネージャーに報告に行ってる。
耳をそばだてると、「日本人にも好評でしたよ、魚!上手く焼けているようですよ」「そうかそうか、それは良かった」だって。

デセールは、本当は「ベイクト・バター・ブディング」というとてもとても、そして唯一の英国風のものがあったので、是非!と思ったのだが、あいにく今日は仕込みきれなかった、とのこと。残念、じゃこれはまた今度の楽しみにしておいて、今日は「モワロー・ショコラ、グラス・ヴァニーユ」。ま、いつも大好きな、あったかいショコラのケーキに、アイスクリームを添えたものです。そつなく美味しいけれど、お料理に比べると、普通っぽいかな。

オレンジ・ピールをつまみながら、ゆっくりカフェをすすり、改めて店内を観察。月曜日の昼間だというのに、ほぼ全テーブルが埋まり、2回転目になっている席もある。きびきびと動き回る青服達。優雅にたたずむ黒服達。そして、2、3人の黒服を従え、細かいチェックのジャケットでさっそうとフロアを歩いているのは、サー・テレンス・コンランだ。おお、やっぱり来ていましたね。お腹のてっぷりとした、厳しそうなミスターでした。

インテリアに見惚れながら、今食べたお料理に思いを馳せ、メートルとおしゃべり。シェフのことを聞いてみた。「タイユヴァン」から来た、まだ30歳の若手。あんなクラシックな超一流店からこのブランシェなモダン・ブリティッシュのレストランに居を移すとは、なかなかの離れ業だ。すごいねえ、全く。

ふと気がつくと、3時半近くになっている。周りのテーブルもほとんど皆引き上げている。この居心地の良い空間にいつまでもいたいのは山々だけれど、そろそろ出ましょうか。

これまたパソコンで管理されている会計を済ませ(伝票ケースもまた素敵なんだ、これが)、席を立つ。シャンパーニュとお酒半分、それにお料理で二人で751フランが正規の金額。お料理の質から見ると、ちょっとだけ高いけれど、インテリアやサーヴィスを考えると、結構リーズナブルなお値段じゃないかしら?

コートを着せてもらい、従業員のにこやかな笑顔に見送られ、外に出る。ああ、パリなんだよね、ここは、と思わず確認。素敵なインテリアと美味しいお料理でゲストを迎えてくれるこのレストランは、バーとしての利用価値も高い。きっと、フランス料理界の今年の最後を華やかに飾る絶好の話題となるでしょう。

イングランド万歳!パリの素敵な新しいレストランの誕生万歳!


lan.2 nov. 1998



back to listレストランリストに戻る
back to list6区の地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeホーム
Copyright (C) 1999 Yukino Kano All Rights Reserved.