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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ランブロワジー(L'Ambroisie)

雲一つない青い空に包まれ、頬にすっかり冷たくなった風邪を受け、マレ地区を歩く。大気がキンとして気持ちいい。灰色の空が多いパリでは珍しく今日はいい天気。まるで日本の冬の空のようだ。

昼下がり、「ランブロワジー」に《神々の食物》を体験しに行く。パリで1、2を争うエレガントな広場、ボージュ広場の片隅に「ランブロワジー」はひっそりと門を構えている。気をつけてみなければそれと気づかぬような控えめな様相は、シェフであるベルナール・パコーの人となりを想像させる。客席にめったに出てこないムシュ・パコーは、厨房で黙々と紙から天啓を受けた仕事を行っているのだ。

黒っぽいドアをくぐると、ダニエル・パコー夫人がコートを預かってくれ、優しいおじいちゃまのような笑顔のメートル・ドテルが席に案内してくれる。こじんまりとしたダイニングには9つのテーブル。奥にも部屋が用意されているようだ。床は美しいタイル張り。神殿に足を踏み入れるような感覚に襲われる。礼儀正しいが決して慇懃ではなく、とても感じのいいセルヴールがアペリティフの注文を取りに来てくれる。フランボワーズのクレームをたらしたシャンパーニュを楽しみながら、シンプルなカルトを広げる。「ルジェ(ひめじ)のオリーヴオイル風味、セップ茸添え」をアントレに、「仔牛のウィーン風、セップのリゾット白トリュフ添え」をプラに選ぶ。お酒はピュリニー・モンラシェ(作り手忘れた)の90年とポムロルのシャトー・ベルグラーヴ90年。さて、ムシュ・パコーが神に捧げる聖なる糧を堪能しましょう。

アミューズは、鳥のブイヨンを使ったブルーテ(ポタージュみたいなもの)にレンズマメと鳥の肉と肝が入ったもの。この品はアントレの選択肢の中にあったはず。「ランブロワジー」のアミューズは、アントレとしてお客様が注文しなかったものを少しだけ出しているらしい。

鳥の香り高いヴルーテはとても上品。丁寧に取られたブイヨンはクリームのコクに負けず、鳥の旨みを十分に楽しませてくれる。この先への期待がいやがおうにも高まってくる。

アントレ。ニンニクの風味をつけてソテーされたセップの上に、3切れのルジェ。オリーヴオイルで皮をパリパリに焼かれたルジェは、火の通し方が完璧。匂い立つようなセップの濃厚な香りで包まれたルジェは、かといってセップに押される事なく、落ち着いて自分のかぐわしい風味を主張している。周りに巡らされた酸味のあるソースが味を引き立てる。一口食べるごとに、舌が次の一切れを貪欲に求めてくる。

友人の取った軽く燻製したソモンも絶品。厚めに切られて、温かくされたソモンは、冷たくして食べるよりも、燻製の風味が弱くなりマイルドでしっかりした味になる。キャヴィアのクレームを乗せると、ゆっくりとクレームが溶けてゆく。見ているだけでうっとりだ。半溶けの状態で口に入れると、口内でクレームがフワッと溶け、キャヴィアの弾力とソモンが残る。なんて上品な味なんだろう。

お酒の方は、ピュリニーらしく、フレーヴァーたっぷりの生き生きした味。藁が焦げたような香りが僅かに鼻につく。

プラの仔牛。
細かいパン粉をまぶして焼かれた2切れのお肉の横に、セップとフロマージュの香りに包まれたリゾットが2すくい。リゾットの上に白トリュフのスライスがちょこんと乗っている。旨みを中に閉じ込めた仔牛は、あくまでも柔らかく火が通されている。ムシュ・パコーの人柄を表わすが如く、どちらかと言えば淡白で控えめな味なので、濃厚なリゾットが丁度いいソースとなる。どうでもいいけれど、本当に美味しい。

ベルグラーヴはそれなりによく出来ているが、もう少し逞しいお酒を選んでもよかったかな、という感じ。ま、お肉にもお魚にもいける、おりこうさんではある。

デセールは、ごく薄いショコラのタルト、ポワールのソルベ、ポム(リンゴ)のシャルロット、トロピカル・フルーツのスポンジケーキ添え、ポワールのバヴァロワのカラメル風味。これら全てを少しずつもらう。どれもこれも、とんでもなく美味しい。まさに神々の食べ物だ。

ジョエル・ロビュションの料理は、料理が、元気一杯ダイナミックにその素晴らしさを表現していて、その魅力を存分に溢れさせていたが、ベルナール・パコーの料理はいつも控えめ。その魅力を少しずつしか見せてくれない。おのずと、こちらから後を追いかけていきたくなる。このイメージは料理だけでなく、店内の内装やメートル・ドテル以下のセルヴール達にも通じる。

全体を評価してどちらがよいか、と尋ねられれば、私は「ランブロワジー」の方を挙げるだろう。控えめで上品。「ランブロワジー」への形容詞は、この二つに尽きる。

時計が4時をまわる。もう、残っている客は私たちだけだ。エレガントなプティフールとカフェを堪能して、ゆっくりと席を立つ。天使のようなメートル・ドテルにコートを着せてもらい、神殿から地上へと送り出してもらう。夢のひとときを過ごしたかのようだ。いや、夢ではない。手には、天使がくれた「ランブロワジー」のカルトが残っている。神殿は確かに存在しているのだ。


sam.18 nov. 1995



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