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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ブキニスト(LesBookinistes)

「ボンソワール、メドモワゼル!いらしゃいませ!」
「エリック?」
「ウイ、エリックは僕だよ」
「ね、覚えてる、私のこと?」
「ん?うーん、顔はそう言えば覚えているような、、、、。どこで会ったっけ?」
「ラ・ビュット・シャイヨよ」
「ラ・ビュット・シャイヨ!?あんな昔?オ・ラ・ラ!あー、分かった!思い出したよ!!ルノーの!なんて久しぶり、よく来てくれたね!」
「思い出してくれた、エリック?また会えて、とってもとっても嬉しいわ、私!」チュッチュチュチューッ!!

3年半ぶりの、エリックとの再会です。

95年から96年にかけて通った「ラ・ビュット・シャイヨ」のマネージャーだったのがエリック。思えば、レストラン日記の第一回目は、初めて行った「ラ・ビュット・シャイヨ」のものだった。その夜はまだ、名前も知らなかったエリックについて、あの、素晴らしいダヴッドさんへのコメントをすら押さえて、『チーフスタッフが抜群にいい!』と、コメントを残している。

マネージャーのエリック、メートルドテルのダヴィッドさん、そしてセルヴールのルノーに、パキエさんのお料理、という、今となっては信じられないくらい贅沢な人材を擁していた当時の「ラ・ビュット・シャイヨ」は、私のレストランに対する考え方の基本を作ってくれた店の一つだった。

通いはじめて半年くらい経った頃、エリックはこのレストランを去って、以後、彼と会うことはなかった。

「うん、エリックはね、レ・ブキニストにいるよ」と、教えてくれたのは当然、ぼんやりしているルノーではなくて、パキパキしながらウインクするダヴッドさん。あのダヴィッドさんを育てていたエリックは、心底優しくてお茶目で、とってもとっても大好きだった。エルヴェにちょっと、雰囲気が似ていたかな。

そんなエリックとの久しぶりの再会に胸をときめかせて、「レ・ブキニスト」の扉を開いた。

ギ・サヴォアさんが展開するビストロの唯一の左岸店。4年前くらいに出来たこのレストランは、オープン当初から、英国やアメリカなど、英語圏の観光客に人気のレストランだった。今一ついい噂を聞いていなかったので、何となく行きそびれていたが、エリックさんがいるなら、と、訪ねたこのレストラン、なかなかどうして、とても素敵な空間だった。

エリックの手放しの歓迎に包まれて、セーヌ河岸が見渡せる席に。8時半をやっと周ったばかりなのに、店内の20ほどあるテーブルは2つを残して、満席。お客様と従業員との、楽しそうな喧騒に包まれて、とってもいい感じだ。いいね、こういう風に、レストラン側と客側が一緒に楽しんでいる雰囲気って、大好きだわ。

「シャンパーニュ、好きだよね?好きでしょ!?」と、ニッコニッコ笑顔のエリック。このゴージャスな笑顔が大好きだったな。でもちょっと、雰囲気変わった、エリック?
「そう?あ、少し痩せたかな」
「うん、それもある。でも、雰囲気がやっぱり変わったよ。昔はさ、髪の毛もビシッと固めて、黒服に派手なネクタイだったのに、、、」
「でも、今は、ネクタイもしてないし、髪も短いし、ね!?仕事してないんだよ、僕!ハッハハ!」と、クシャーっと顔を歪めて笑って、ウインクしながら、肩を抱くエリック。

あれえ、この人って、そっちの世界の人だったっけ?迎えてくれた時の仕種といい、手つきや立ち方といい、これは完全にそっちの世界の人だわ。昔は、どっちか分からなかったけどな。やっぱり雰囲気がエルヴェに似てるな。

エリックの笑顔に免じて許した、ちょっとぬるめのシャンパーニュを飲みながら、カルトを眺める。2週間以上ぶりのパリのレストランのカルトには、食べたいものがいっぱいだ。悩んで悩んで悩んで悩んで、全然決まんない。いいねえ、こういう風に悩むの、とっても楽しい。あ、シャンパーニュがなくなっちゃったよ。

「決まった?」エリック。
「ごめん、全く決まってない。もうちょっと待って」ピュス。
「オ・ララ!ま、ゆっくり決めなよ」優しいエリック。

このレストラン、エリックだけでなくて、全ての従業員が、みーんな、サンパで優しくてお茶目。「ラ・ビュット・シャイヨ」もそうだったけど、このレストランも、エリック色に染まってるなあ。とっても気持ち良くって、可愛らしいセルヴィスをしてくれる。これは、観光客にも人気がある訳だ。

ひっさしぶりに、楽しくて楽しくてたまらないお料理決定をして、お酒のテイスティング。メルキュルの97年、ルフレーヴさんの作品は、選んだ時に、クリストフ君という名のセルヴールが、「うん、美味しいんだよ、これ!いい選択!」って、にっこり笑って言ってくれたように、若さから来るえぐみは残るものの、ブルゴーニュらしい、華やかで可憐なお酒。この2週間、完璧に南のお酒に漬かっていた舌には、久しぶりの北のお酒が新鮮だ。

brandadeそうこうしているうちに、アントレの到着。「モリュ(鱈)のブランダード、ピメント添え」が、悩みに悩んで決定したアントレ。干ダラを戻して、ニンニクやクリームと和えたブランダードは私の好きなお料理。これに、バスク地方で良く食べるピメントという赤ピーマンをかぶせた一品。ニンニクの香りに包まれて、トロトロのブランダードは、周りのオリーヴオイルとニンニクのソースと美味く調和して、可愛らしく美味しい作品。涼しげなガラスのお皿がまた、季節感たっぷりでいいわ。

時折こっちに向かってなげてくれる、エリックさんのウインクと笑顔、そこらにウジャウジャしているサンパなセルヴール達、そして美味しいアントレに包まれて、既にゴロゴロ喉をならすネコ状態の私たち。なんだかさあ、とってもとっても楽しいんだけれど。

目の前に、スプーンとフォークが置かれる。ん?これ間違い。私たち、スプーンを使うプラなんて頼んでない。と、目の前に、トン、と、スープの入った器が置かれる。
「はい、鳥のヴルーテ(クリームスープ)、ジロル茸入りだよ」と、にっこり笑顔のセルヴール、ジョン君がテーブルの横に立つ。
「あの、でも、これ、、、。頼んでない、、、」
「プティット・シュープリーズ(ちっちゃなびっくり)だよ!」と、またまたにっこり。プティット・シュープリーズって、、、、。エリックさーん、私たちもう、既にお腹いっぱいなんですけど、、、。ちょっと離れた所にいるエリックと目が合う。と、人差し指を口に当てて「シーッ!」。
シーッ、って、エリックさん、いや、そうじゃなくって、お腹が、、、。

細くて香りたっぷりのインゲン、ソテーしたジロル、それに、ちっちゃなジャガイモのローストが入ったヴルーテは、美味しい。うん、とっても美味しいのよ。でもね、今日も私たち、いまひとつ絶好調の体調じゃないのよぉ、、。プラが食べられないよ。シャンパーニュをもう一杯ごちそうしてくれる方が、よっぽど嬉しいのに。

「どうして?私たち、こんなに食べると思ってるのかしら?」
「そうだよねえ。無理だよ、普通、女の子がこんなに食べられるわけないじゃない。あ、でも、これはやっぱり、私が悪いかも。昔、ラ・ビュット・シャイヨでいっつも、ピュレピュレ!って、余計なものまで一杯食べてたから、こいつは食べる、って、エリック、思ってるのかも、、、」
「せめて、デセールを二つとかにしてくれればいいのにねえ」
「ね、ほんとに。苦しいよ、もう。でも美味しいよ、これ。カルトに載ってなかったよね、こんな料理。作ってくれたんだ、適当にアレンジして。嬉しいなあ。ありがと、エリック」こんな呟きに反応したのか、エリックさんが遊びに来てくれる。

「どう、美味しい?楽しんでる?」
「それはもう!どうもありがとうね、エリック。こんなによくしてもらって」
「シッ!内緒なんだからね」と、またまたキュートなウインクと手のしぐさ。うーん、絶対、「ラ・ビュット・シャイヨ」時代に比べて、ホモっぽさが強くなってる。あの頃は、一応、ビシッと決めていて、ここまで女っぽくなかったよねえ、、、。

veauすっかりお腹がいっぱいのところに、デーンとプラの登場。「ヴォー(仔牛)のロースト、オニオンコンフィとブリニ添え」。美味しい、うん、美味しいのよ。でもね、許して、もう、お腹が痛くなってきちゃった、、。

ううぅなお腹を抱えて、一生懸命食べたけれど、それでもちょっと残しちゃったお皿を下げに来たクリストフ君が、「オ・ララ!残すなんて!エリック、見てよ!この子達、残してるよ!」と、頭を振りながら側にいたエリックに言いつけてる。
「チッチッチ!残すなんて駄目じゃないか!ま、今回は大目に見てやる。次回は残しちゃダメだぞ!」と指を振るエリック。が、頑張ります、次回は、、。でも出来れば、デセールとお酒をごちそうしてくれると、楽なんだけどなあ。

sorbeデセールは、「マンゴーのソルベ、ムロンとネクタリンのミネストローネ」。うん、文句なしに美味しい。素晴らしい!っていうのじゃないけれど、可愛らしい、って感じかな。ソルベも美味しいし、ミネストローネは、今が旬の二つの果物の甘さがたっぷり。うーん、これ、いい。これを二つくれればよかったのにな。(何てワガママなんだろう)

満員御礼状態の店内は、客足が途絶えることなく、とっくの昔に二回転目に入っている。予約していなくて、「ごめんね」と、エリックに丁重に送り出されるお客様も何組もいる。すごいな、ここ。めちゃくちゃ人気店じゃない。確かに、店内のインテリアや雰囲気はいいし、お料理だって、なかなか美味しい。でもここ、絶対セルヴィスが超イケてる。帰って行くお客様は、エリックが必ず握手しながら送り出しているし、他のセルヴール達も、いたくお客様に愛想がいい。チャーミングなんだ、エリック以下、従業員の態度がとっても。大好きよ、こういうセルヴィス。

マントのお茶をすすりながら、ヴァローナのショコラをかじっていると、横のテーブルにデセールが運ばれてくる。入って来た時から、何となく仲良しだった、この横のテーブルの人たち、アプリコの柔らかいケーキに、「んん〜ん!」と、舌鼓を打ってる。

「美味しいの?」と私。
「そりゃもう!めちゃくちゃに美味しいよ、これ!んん〜ん!」と、お兄ちゃま。とても素敵な奥様、それからどちらかのご両親のママの方が、すっとスプーンを出して、お兄ちゃまのケーキをパクパク。そして、
「ん〜ん!」いーなー、って、物欲しげな顔をしている私たちに、優しいお兄ちゃまは最後の一切れを「味見する?」って分けてくれた。ありがと、お兄ちゃま。

膨れ上がったお腹をお茶で整えていると、踊るように軽やかな足取りのエリックが、タララララとやって来て、ゴージャスな笑顔と共に、シャンパーニュが注がれたフルートをテーブルに置く。
「エリック、、、。親切過ぎるよ」
「シッ!黙って!内緒なんだってば!」なんて可愛らしいんだろう、エリックってば。内緒、って、そんなおっきな声で言ってたら、みんなに聞こえてるよ。もう飲めない、、、なーんて言いつつも、コクコクとシャンパーニュを飲みながら、めちゃくちゃに楽しかった、今夜のディネを振り返る。

こういう楽しみを求めに、私たちはレストランに通ってるんだな、って、しみじみ実感。全てのセルヴールが、お客様をいかに楽しませるか、に、徹底していて、楽しんでいるお客様を見て、自分も楽しい、っていう感じ。ロンポワンのどっかのレストランとは、全然違うよねえ、雰囲気が(どこだ?(笑))。これもそれも、エリックの人柄だね。なんてったってエリックは、あのダヴィッドさんの親分だったんだものね。久しぶりのエリックの優しさと、昔の「ラ・ビュット・シャイヨ」の思い出にどっと浸って、シャパーニュをなめる。

いつまでもいつまでも、ここに座っていたけど、そろそろ帰らなくちゃ。明日はエクリプス(日食)を見に行くために、早起きなんだから。

ラディションして、立ち上がると、スッとクリストフ君がやって来て、
「今、エリックを呼んでくるからね。待ってて」そう、こういう所がいいんだ、このレストランは。

で、呼ばれてきたエリックとしばらくおしゃべり。
「ラ・ビュット・シャイヨ」を辞めた後、サヴォアさんの他のビストロで働いたりしたして、「レ・ブキニスト」には2年前からいるんだそうだ。
「どうして僕がいること知ったの?」
「まず、この間出たサヴォアさんの本。あれで、エリックの写真見つけたの。その後、ダヴィッドさんが教えてくれたのよ」
「そっか。それにしても、ラ・ビュット・シャイヨかあ、懐かしいなあ」
「もう、3年以上も前よ。パキエさんが厨房にいて、外には、エリック、ダヴィッドさん、それにルノーでしょ。素晴らしかったわ」
「うん、あれは最高だった。ベル・エポック(よき時代)だったよなあ」
「今は4人ともバラバラよねえ、、、」
「そうだね。で、君のプティ・ルノーは?」
「食べに行ったよ、「ヴェルション・シュド」に。元気で働いてたよ」
「ハッハハ!そうかそうか!」と、またまた顔をくしゃくしゃにして、肩をギュウ。フン、だ。昔からこうだよ、エリックもダヴィッドも。ルノーを気に入る、っていうのは、どうやら笑っちゃうことらしい。

金、土、日、はお休み、というエリック。
「でもね、僕がいなくても、クリストフがきちんと君たちの面倒を見るから、大丈夫だよ!クリストフはね、コカン(いたずら坊主)なんだ」と、また顔をぐちゃぐちゃにして笑うエリック。なんだかなあ、エリックってMr.ビーンみたいだなあ。それに引きかえダヴィッドさんは、一匹オオカミ、ってところかな。
「僕はコカンじゃないよ!ボン・エレヴ(いい生徒)なんだよ!」と、反論するクリストフ君も、さすがはエリックが仕込んだだけあるなあ、って言う感じで、とてもサンパでいいんだ。まあ、クリストフ君に限らず、みんなだけどね。

「またすぐに来るね」
「是非!あ、僕、来週は多分お休み」
「じゃ、9月に来るわ。エリック、本当に会えて嬉しかった」
「僕もだよ。楽しかったよ。またね」ドアの外まで、満面の笑顔で送ってくれるエリック。角を曲がって、お店の横のガラスから中を覗くと、相変わらずの笑顔で、ブンブンと手を振ってくれている。ああ、エリックはやっぱり最高だ。何でもっと早くに来なかったんだろう。

すごくすごく素敵で、どうしようもないくらいに楽しい夜。そう、こんな時間を過ごせるから、レストランは止められない。


mardi 10 aout 1999



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