金色にピカピカ光る、ノエルのデコラシオンがとっても可愛らしい「レ・ブキニスト」で、お久しぶりディネ。
屋根の辺りに飾られた金色のリボン達を、道を渡ったセーヌ川沿いからしばらく見学。なんだか、ほのぼのと優しいあいきょうがあって、このレストランのイメージにぴったりだわ。ギ・サヴォアのアイディア?それとも、ここのスタッフの?せっかくだから写真を、と思ったのだけれど、店の前に止まっている車が邪魔。しかもよりによって、とってもボロボロな車なんだもの。これじゃ駄目だわ、絵にならない。帰る時にもう一度トライしよう。
ウフフンフン。久しぶりのエリックさんとの再会ね。嬉しいなったら嬉しいな!と、ドアを開けると、お友達じゃないセルヴールが2人、お出迎えに出てくる。だあれ、この人達?
「ボンソワー!予約、してありますか?」
「あ、はい。グルマンで入れてます」キョロキョロキョロ。知り合いを探す。あ、ジョンが来てくれた。
「やーあ!待ってたよ、久しぶりだね。元気だった?」
「元気よ。ジョンは?ご無沙汰してました。会えて嬉しいな」クリストフも気が付いてやってくる。
「ボンソワー!」
「ボンソワ、クリストフ!サ・ヴァ?」
「サ・ヴァ。すっごく久しぶり。いつ以来だっけ?」
「んっと、最後に来たのは確か9月。ひゃあ、3ヶ月も来てなかったんだ」
「来てくれて嬉しいよ。ほら、この子、例のパソコンの猫の写真の子だよ」と、お友達じゃないセルヴール達に紹介してくれる。
「ああ!あのチビ猫の写真(“チビ ”猫って誰???)ね。可愛いよな、君の猫」
「さ、コート脱いで。テーブルは、、、4番かな?」セーヌ川側のドアに近い角にある2人席がいいな、って頼んでおいたお気に入りのテーブル、そっか4番なのね。OK、しっかり覚えておきましょう。次回からの予約が楽だわ。
クリストフに椅子をひいてもらって、着席。いつもと違うロウソクたてが、真ん丸でチャーミング。いいなこれ、どこで買えるの?
「シャンパーニュ、アペリティフに飲むでしょ?」
「わーい、嬉しいな」ウインクしながら立ち去るクリストフと入れ違いに、ジョンがカルトを持ってやってくる。
「はい、カルト、、、。君のチビ猫は元気でいる?」
「え?誰?」
「チビ猫だよ。猫、飼ってるだろ?」
「あ、あー!あれね。元気元気。ごめん、ジョン。あの猫おっきいから“チビ猫”って言われてもピンとこないのよ」
「あはは、そうなんだ?そうだ、シャンパーニュ、飲まない?」
「あ、ありがと、ジョン。もう、クリストフが準備してくれてるみたい」
「あ、そうなの?よかった」ほんと、みんな優しいよね、ここの人たち。ところでところで、愛しのエリックはどおこ?
「ねえクリストフ、エリックは?奥?」シャンパーニュとオリーヴを持って来てくれるクリストフに聞いてみる。
「今夜はいないんだよ、エリック」
「!!!ど、どおーーーーーーーーーーーして?」シャンパーニュ飲んでニコニコだった笑顔が、一転泣き顔になっちゃう。
「今日、水曜日だよ?エリック、いる日でしょ?」
「う、ん。休みなんだ。そんな悲しい顔しないでよ。エリックの代わりに僕がちゃんと面倒見てあげるから、ね?」
「、、、、、。ありがと、クリストフ」うわーん、わーん、わーん、、、、。エリックがいないなんてどういうこと?えーん、えーん、、、。エリックの笑顔がない「レ・ブキニスト」なんて、魅力半減だよ。くすん、くすん、、、、。いないなんてひどい、、、。
「なんで?なんでお休みなの、エリック?お休みは週末のはずなのに」
「どうしたのかしら、ほんとに。あの笑顔がないと、なんだか調子でないわ」
「グスッ(あ、これは泣いてるんじゃなくて、風邪ひいてて鼻水が出ちゃった音ね)、いないんだったらいない、って言ってくれればよかったのに、、。そしたら、来る日変えたのに。そういうのが顧客サービスってもんでしょ?(そうかあ?)」
「何かあったのかしら?変よねえ」クスン。朝起きたらとおーっても痛かった喉をだましだまし、気合い入れておしゃれしてお化粧してきたのに、大好きなエリックがいないなんて。もう、どうでもいいよ。顔が一気にダーッになっちゃうよ、、、。
とか何とか言いながらも、シャンパーニュ飲んで、あいも変わらず気をそそるカルトを読んでいるうちに、ちょっとだけララランランな気分になって来る。えへ、悲しい時にはやっぱり、美味しいお酒とお料理だわね。
アントレに「セップのラヴィオル」、プラには「コション(子豚)のファルシ、ポティロン(カボチャ)入りマカロニとアンディーヴのブレゼ(蒸し煮)」、お酒は96年のマディラン。「お水は?」と聞いてくるジョンに、首を振る私たち。
「いらないの?」さらに小さく首を振る私たち。
「なんて女の子たちだ!」と、お水用のグラスを下げるジョン。あ、灰皿もいらないから持ってってね。最近特に、お水はいらない、っていうと、びっくりされるというか笑われるというか、、、。「いらない」っていうのが恥ずかしいから、聞いてくれなければいいのに、って思っている、今日このごろの私たち。
お腹が空っぽの所へのシャンパーニュはすぐにまわる。しかも今日は、体調がイマイチ。気をつけなくっちゃね。美味しいパンを噛りながら、アントレの到着を待つ。
「セップのラヴィオル」という名前から想像していたものとは全然違うものが運ばれてくる。フロマージュが入ったラヴィオルとポワレしたセップ。これがセップの香りかぐわしいエミュルジオンのフォンに入ってる。いつもおまけにもらう、キノコとジャガイモのヴルーテに似てるね。私は、セップが入ったラヴィオルを想像していたのな。ラヴィオル・ドゥ・ロワイヤンと呼ばれるこのラヴィオルのフロマージュが、私はそーんなには好きじゃない。このくらいならば大丈夫だけれど、基本的に、あったかくなったフロマージュってちょっとだけ苦手。
強すぎないセップの香りが効いたスープは美味しいな。でもちょっと、お腹がガボガボになっちゃう。次が入るかしら?子ウサギのテリーヌにしておけばよかったわね。
8時半過ぎに入った時には、半分くらいしか人が入っていなかった「レ・ブキニスト」。観光客に大人気のこのレストラン、オープン時間も早いので、普段なら8時半でワイワイガヤガヤ満員状態。9時くらいには2回転目の客が入るのだけれど、そっか、今は、観光客が少ない時期だものね。そうは言っても、9時半を周る頃には、遅目の予約客も勢揃いし、数少ない観光客の席が2回転目に入りはじめる。周りから英語が全然聞こえない「レ・ブキニスト」って、初めてじゃないかしら?
周りのテーブルに次々に運ばれてゆく美味しそうなお料理に目を泳がせては、「あ、やっぱりあれにしておけばよかった」と後悔したり、「ねえ、あれは一体なあに?」と目を見開いたりしながら、プラを待つ。
「ヒッ」息を呑むMきちゃん。
「え?」顔が固まる私。
「プティ・シュープリーズ(ちっちゃな驚き)だよ!」満面笑顔のクリストフ。
「ムールとシイタケのヴルーテ。この葉っぱはね、ムタール(マスタード)の葉っぱさ。ボナペティ!」
「ご、ご親切にどおも、、、」満足そうに頷いて去ってゆくクリストフ。
「さっきピュスちゃん、今夜はシュープリーズがないはず、って言わなかった?」
「言いました、、、。だってだって、今日はエリックもいないし、しかも、私のさっきのアントレ、スープ系だったから、絶対に、おまけのヴルーテはないと思ったんだけど」
「えーん、親切が辛いよお。食べきれない、、、」
「もうスープは、さっき堪能したのに。それにこれ、ムール。私、苦手なのよね。ああ、大変!しかも、ディルが散らしてある。私が唯一食べられない香草なのに、、、。いじめられてる気がしてきた、、、。わーん、エリックがいないのがいけないんだよー」
だってさあ、原理は、さっきのアントレと全く同じなんだよ。要は、具入りのヴルーテ。どうせおまけをくれるなら、もう少し違ったものだったらよかったのに。嬉しいよ、そりゃ嬉しいよ。とってもありがたいけれど、今夜はちょっと。体調も不安定だし。
慎重にディルとムールをどけて、スプーンを口に入れる。ん、おいし。さっき食べたフォンとは、きちんと味付けが違ってる。ちょっと塩が濃い目だけれど、典型的な冬料理の味だわ。初めて食べる、ムタールの葉っぱが結構美味しい。クレソンみたいな苦みがあって、面白い。おっきいのね、ムタールの葉っぱって。
残したムールをスプーンで隠したお皿を下げてもらって、すっかり水分でアップアップになったお腹に、更にワインを一口。マディランの「シャトー・ブスカス」。南西部の強さと重さを持ったマディランは、もともと私のお気に入り。じっくりとした熟成香、動物臭さと焦げたような草の匂いとエピスの香りを持つ、このシャトーの’96年は、とても立派なおりこうさんワイン。なんだかなあ、夏には絶対に飲まないけれど、冬になると恋しくなるのよね、マディラン、って。この質でのレストラン値段192フランは、ご立派です。
「エ・ヴォアッラー!」忙しさの中に身を置いて気分が高揚してきたのか、いたくハイ・テンションなジョンがプラを運んでくる。体調がよくない上に、水物でお腹がガボガボな所への、内臓をふんだんに使った子豚ちゃん料理はちょっときつい。栗とフォアを混ぜ込んだものを柔らかな肉で巻いて煮込んだ料理。晩秋らしい彩りだわ。美味しいんだろうけどさあ、フォアの匂いに負けちゃう。なんてったって今日はほら、私ちょっと、よわぞうだから。
ポティロンを中に詰めた太めのマカロニは、可愛くっていいわね。慎重に慎重に、体調と相談しながら、3分の2ほどを食べたところで、カトラリーを置く。
「ごめんね、残しちゃって。今日はあんまり体調がよくないみたいなの。もう、アントレとシュープリーズでお腹一杯になっちゃったし」
「セ・パ・グラーヴ(いいって、気にするなよ)!んじゃ、デセールに行こうぜ!」
「はーい!」
ショコラ・ブランのグラス、食べたいな。あ、でも、一緒についてくるピスタッシュのマカロンはいや。こっちのショコラとカフェのフィナンシエに、グラス、つけてもらおっと。ショコラ・ブランにありがちな、ちょっとアーティフィシアルな味が気になるけれど、フィナンシエは美味しいよ。あったかくってクルミや果物が入ってて。
Mきちゃんの、マンゴーのスープ、ココナッツクリーム添えも、可愛くって美味しそうだな。今度はこれにしよっと。
お茶を飲んで、寛ぎの時間。ふと外を見ると、クリストフが、例のボロボロ車のドアを開けて、ちょっとだけ動かしてる。ああなんだ、あれ、クリストフの車だったのね。じゃあ、私たちが帰る時も、あの車はまだそこにあるってことね。ちぇー、じゃあ今夜は、写真ダメだわ。可愛いノエルのデコラシオンは、また今度、撮りに来ましょう。
お気に入りのヴァローナのショコラをたくさんもらって、そろそろじゃあ、帰ります?エリックもいないしね。クリストフがラディションに来てくれる。
「どっちが払うの?」
「今夜は私」
「オッケ!んじゃ、コードお願い」ピピピピ。
「はい。ねえ、クリストフ。なんで今日、エリックお休みなの?寂しいよ、エリックがいなくて」
「なんでって、まあ、エリックだってたまには休むよ」
「だって、水曜日、普通だったらいる日じゃない、エリック。今日はたまたまお休み?いつもはいるんだよね?」
「んっとね。1月から来るんよ、エリックは」
「なにそれ?どういうこと?じゃ、今はずっとお休みしてるってこと?」
「うん、そう、、、」
「そう、って、、、。いつからいないの?」
「もう2ヶ月になるかなあ」
「どうして!?エリック、病気か何かなの?」
「あ、いや。元気元気、エリックは元気だよ。ちょっとね、家族の問題って言うか、、、あんまり詳しくは話せないんだけど」
「そうなんだ、、、」
「とにかくエリックは元気だから!心配するなよ」
「うん。エリックと連絡取ることがあったら、よろしく伝えてちょうだいね」
「了解」
「どうしたんだと思う、エリックさん?」
「家族の問題でしょ、、離婚かなあ!?」思わず顔をほころばせる私たち。
「だったら私たち、次の彼女に立候補するわよねえ?」私。
「あ、ピュスちゃん。私は、ダヴィッドさんの方がいいわ」とMきちゃん。あ、そうですか、、。ニヒルな一匹狼ダヴッドさん。エリックの教え子だったダヴッドさん。Mきちゃんは実を言うと、知り合いのメートル達の中で、ダヴィッドさんを一番気に入っている。さすがだね、なんて趣味がいいんだろう、Mきちゃんは。
「ま、でも、離婚じゃないわね。離婚くらいで3ヶ月もお休みしないわね」
「うん。多分、奥様か子供に何かあったのかもね、、、。お母様かも。重い病気とか?」
「う、ん。大丈夫かなあ、エリック。早く、問題がなくなるといいね、、」
夜中を過ぎて、ようやく店内も半分くらいの人になった。じゃあ、そろそろ行きましょう。クリストフが、コートを着せてくれる。
「今夜はプティ・シャプロン・ルージュなんだね!とっても可愛いよ」クスンクスン、、。エリックのための赤頭巾ちゃんだったのに、、、。
「エリックに、くれぐれもよろしくね。いなくてとっても寂しい、って伝えてね」
「任せとけって。忘れずに言うから」
「約束だよ?」
「約束したよ。元気だからさ、エリックは。安心してよ」
「ありがと、クリストフ。ごちそうさまでした」チュッチュ。ん?そこのテーブルに置いておいたハンドバックがないわ。ドアのところで笑ってるジョンが怪しい。
「はい、ここまで持って来てあげたよ、君のバック」
「どーもありがとね!ジョン」
「またすぐ来てね」チュッチュ。
「もちろん」
「じゃ、明日の夜来る?あ、ビズーは4回だよ」チュッチュ。
「明日の昼に来るわ。ごちそうさま、ありがとう」
「サリュ!」
「チャチャオ!」
通り雨があったらしく、水の匂いが石畳を覆っている。終電に、まだ間に合うね。この季節にしてはあったかなパリの夜。
左岸の小路をブラブラと、ウインドーを楽しみながら駅に向かう。
早くエリックに再会できますように。
mer.8 dec.1999