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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ブキニスト(Les Bookinistes)

雨風吹き荒れる夜、「レ・ブキニスト」の扉が開かれる。
「ボーンッソワッ!」
「ボンソ、、、あっれー、ジョン!?ジョンじゃない!びっくり!なんでいるの?」
「夜も働くようになったんだよ。ひっさしぶりだねえ」
「ほーんと。一年、、そんなには経ってないか。嬉しいな、また会えて」

マイラヴ・エリックに先立って飛び出してきたジョンと再会のご挨拶。この春くらいから、昼しか働かなくなっていたジョンは、長いまつげが美しい、優しくサンパなセルヴール君。英国とアフリカ辺りが交じってるのかな、端正な骨格に浅黒い肌がよく映える。控えめに、でもじりじりと近寄ってきつつその存在感をアピールする、マイラヴ・エリックとククーして、相変わらずあねごっぽいキャロルとサリューして、その他もろもろにボンソワーして、テーブルへ。

4番テーブルがふたりで来る時の指定席だけど、3人の時はそのお隣の丸テーブル。と、あら、4番テーブル、丸になってる。今までは四角だったのに。いいないいな、丸いテーブル好きよ。大柄なアメリカ人男性ふたりに押しつぶされそうになってる小さな丸テーブルににっこり笑顔を向ける。待っててね、今度はそこに座ってあげるからね。

すでにホテルの部屋で、ミュロのプティフールつまみながらテタンジェを一本空けてきてるっていうのに、性懲りもなく、またまたフルートを手に持つ私たちって、ほんとにただのシャンパーニュ好き。貢献してるよね、いつかシャンパーニュ地方から表彰してもらいたいものだ。

少しずつ人が増えてくる楽しい喧燥を耳にしながら、お料理選び。ほんとに楽しいねえ、このひとときって。いつも思うけれど、カルトを広げている時間が、レストランで一番楽しい。シックでモダンな内装を愛で、テーブルで赤く灯るろうそくと花を眺め、ペチャペチャおしゃべりしているうちに、アントレの到着。

thon「トン・クリュ(生のマグロ)、カレー風味のアンディーヴとリンゴのサラダ」が、今夜のアントレに立候補してくれたお料理。おーいしんだ、これが!マグロの赤みを粗く叩いたものの上に乗ったサラダ。間違いなくこの一皿、マグロではなくサラダが主役。透明感ある白のアンディーヴとリンゴに、赤いトン。周りを飾るケイパーがかわいい。ああ、冬のサラダだなあ、とひとくち口に入れると、ほんのり甘くそして確かに辛いカレーの香りがふわりと口内に広がる。これがまあ、ちょっと驚くくらい、なかなかいい味。

「お、美味しい、、、」思わず顔を上げてつぶやくと、正面からも同じ言葉が漏れている。そちらの呟きは、「カボチャとセロリを詰めたマカロニ、パルメザン風味」に向けられたものらしいけど。

なーんていうんだろう。ほんとに何てことないサラダなのに、リンゴとアンディーヴの風味が、みごとに柔らかなカレー味に溶け込んで、なんともいえない美味しさ。時折、歯にカリカリッと香ばしいクルトンがまた絶妙。クルミではなくクルトンなところが、なんだかまたポイントアップ。甘く脂が乗ったトンと、柔らかなくせにほんのりピリリの辛みが素敵なサラダをウットリ眺めながらいただく。なんてまあ、ここらしい一皿。ほんと、いつも思うけれど、ここの料理って、手が込んでる、というか、よく考えられている。他のレストランには、ありそうで絶対にないものが出てくることが多い。すぐ分かるよね、これは、シェフ・ウィリアムの作品だ、って。

verouteアントレへの感動に浸っていると、フォークとスプーンがセッティングされる。うー、なにくれるんだろう、今夜は。このカトラリーだとスープものだよねえ。今日あるスープは、ムールのピスタッシュ風味のヴルーテだったけ。お願い、すこーしだけにしてね、ほんのすこーしだけ。お腹がプラまで持たないわ。なーんて言ってたくせに、「どうぞ、召し上がれ」と目の前に運ばれてきた料理をひとくち食べたとたん、「すっごーい美味しい!」と目を輝かせる3人。で、気づいた時には、スープの器はすっからかん。

ドロリと濃厚なヴルーテには、香ばしいピスタッシュの味がたっぷり。ナッツならではの甘い油の香りが、たまらなくいい。上に飾られたムールは、私は別になくてもいいけど、とにもかくにも、とても嬉しい一皿。味の濃すぎない素朴なヴルーテ。でもちゃんと、風味がある。ここのヴルーテ、よくごちそうしてもらうけれど、毎回しみじみ美味しいなあ、ってため息ついちゃうんだよね。このランクのレストランで、この味はやっぱりすごいよねえ。

barbueはじめは、ガチガチだったけれど、少しずつ慣れてきて美味しさを見せびらかしはじめるピュイイ・フュイッセを楽しみつつ、プラを待つ。本日のおすすめから、「バルビュ(ヒラメの一種)、アンディーヴのムニエル添え」。

バルビュといえば、「ル・ジャルダン」。期待の「き」の字も持たずに初めてここに出向いた夏の夜、アミューズ以降全てに感動の嵐だったけれど、この時食べたバルビュも忘れられない。多分これが、今までで最高のバルビュ体験。

今夜のバルビュは、あれと比べてはかわいそう。お値段だって比べられないし。でもよく出来てるんだ。頭と内臓だけ取ったバルビュに、やさーしくやさーしく火を通してる。口に入れるとほろりととろける、バルビュの食感、私は大好き。繊細で淡白な甘みを殺さないよう、控えめにオリーヴを加えた焼汁。優しさの固まりみたいな料理、いいなあ、好き好き。別皿にやってきたガルニのアンディーヴ、変えてもらうの忘れちゃった。アントレもアンディーヴだったし、火の通ったアンディーヴはあまり好きじゃないから、ブロッコリーのピュレにしてもらおうと思ってたのに。ま、いいや。

バルビュも好きなお魚だけど、なんてったってモン・シュシュ(お気に入りっ子)なお魚はバー(スズキ)。「バーのロティ、オレンジソース添え」を味見させてもらう。んー、これこれ!パリパリの皮に、ねっとり歯に吸いつくような独特の粘着性。この、歯に触れた時の、ニェチャッって感覚が大好き。レンゲに添えられたオレンジソースがまた!思わず、バーを頼んだあなたは偉いわ!って、肩を叩いちゃう。

chocolat幸せいっぱいでデセール選択。ジョンおすすめの「とろとろショコラのココナッツ風味」に、グラス・キャラメルつけてもらっていただきます。案の定、というかいつもの通り、途中でグラスが足りなくなって、エリックさ〜ん、とエリックの視線を捕らえようとするけど、今夜のエリックはおお忙しで、全然かまってくれない。クスンクスンと泣いてるところにやってきたジョンにグラスおねだりして、消えちゃってたろうそくも代えてもらう。

デセールが終わる頃、ようやく遊びに来てくれたエリックを囲んで、おしゃべりタイム。なーんと今度の春、「レ・ブキニスト」の横に新しいレストランが出きるんだって。名前はまだ秘密。儲けてるんだねえ、ギ・サヴォアってば。

「で、エリックはどっちにいるの?私はどっちのレストランに行けばいいの?」
「両方をケアするんだよ。一度見てみて、好きなほうにしなね。シェフも両店面倒見るんだ。一応、今のスゴンが向こうのシェフなるけど」
「すごいねー、人気店だもんね、ここ。ギ・サヴォアもいいけど高すぎるし、あそこは」
「そうそう。あっちに一回行くならこっちに四回来るべきだよ」
「まったくそのとおり。こっちにはエリックもいるしねー。キャロルもいるし、ジョンも夜に戻ってきたし」
「昔みたいだろ?」
「うん。クリストフとフレデリックが欠けてるけど。元気にしてるのかな?」
「クリストフは、カップ・ヴェルネにいるよ。ほら、彼女がフィアンセなんだよ」と、エリックが指差すのは、今夜のテーブルのサーヴィスを気持ちよくこなしてくれていた、背が高くショートカットのかっこいいお姉さん。
「ほんとに?うわあ、おめでとう!クリストフによろしく」
「ありがとう。伝えるわ」
ちょっとはにかんだ笑顔が可愛いキャロリンという名のセルヴーズちゃん。ちょっと男っぽくてかっこいい系の彼女に、優しいとぼけた笑顔が可愛いクリストフかあ。
「でかしたよね、クリストフってば」
「ほんとよ、よくやったわよ」しみじみ頷く私たち。

楽しいお喋りが続く中も、エリックは自分の本分を絶対に忘れない。2回転目に入った横のテーブルから、スプーンがカタンと落ちる。あ、なにか落ちた。と、私たちが思うより先に、熱弁を振るっていたエリックは、「ちょっと失礼」と横のテーブルに。客に笑顔で頷いて、さっとスプーンを拾い、新しいのを取りに行ってセッティングし直してにっこり。「お待たせ」と、こちらに戻ってくるまでの一部始終にかかった時間は、15秒、ううん10秒くらい。まるで何事もなかったかのような、スマートなエリックの仕事。すごい、、、。彼の観察力と気配りは、いつもながらものすごい。

思わず、舞浜の「スプーン」での一幕を思い出す。落としてしまったカルトを目掛けて遠くから駆け寄ってきた数人のセルヴール。レースの勝者がカルトを手に、「お客様、汚くなってしまったので新しいのをお持ちします」。こちらは、「すみませんでした(汚くしちゃって)」と罪悪感に襲われる。「お待たせしました」と、“きれいな”カルトを持った嬉しそうなセルヴールが再びやってくるまでに、いったいどれくらいの時間と空気の乱れがあったかしら?

サーヴィスってそういうものじゃない。スマートに空気のように、そしてなにより自己の満足ではなく客の満足を考えながらやるものだ。そういう風にやれば、「スプーン」での一幕は起こるはずがないんだけどな。

アントレの味見がしたいな、って、お皿を交換した時、私にはセッティングされていなかったスプーンを、すっとテーブルに置いてくれたジョンの手際もみごとだった。こういうことなんだってば。余計な言葉はいらない。見てるよ、気にしてるよ、あなたのためにいるよ、という気持ちが伝わる動作をしてくれればいい。

食後のお茶を手に、あいかわらず人の送り迎えに忙しいエリックが、それでも時折、笑顔で手を振ってくれるのに答えながら、彼のようなメートルが日本に現れるのはいつなんだろう、と、思わず深いため息を吐いてしまうのでした。

いつもいつも、とびっきり楽しい時間を、本当にありがとう。心から感謝してます、マイラヴ・エリック。


mar.21 nov.2000



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