「今からですか？」
「うん。駄目？もうご飯食べちゃった？」
「ううん、まだですけど」
「じゃあ行こうよ、どっか。ね？お店は任せるから。モンパルナスから遠くないところがいいな」
「って言ったって、今から予約取れるところなんて、、、。うーん、ちょっと探してみます。折り返し電話しますね」
「ＯＫ。待ってる」

土曜日の９時過ぎよ、今。これから行けるところ、、、？困ったなあ、どこにしよう、、、。
うーん、やっぱり困った時にはここだよね。幸い、Ａさんの住んでいるエドガー・キネからは歩いて行けるし。よし電話してみよう。

「ロ・ア・ラ・ブシュ、ボンソワ！」
「ボンソワ、ムシュ。あの、今夜これから席取れますか？」
「アッハハハ、もちろんだよ。元気だった？」
「ファブリス？またあなた？」
「また僕さ、いつもの通りね」あなたはメートル・ドテルじゃなくって電話番なの？って真剣に尋ねたくなっちゃうよね、私が電話をする時にこれだけ例外なくファブリスが出てくれちゃうと。

結構久しぶりの「ロ・ア・ラ・ブシュ」で遅い夕食を取ることに決まる。

「１０時にならないと席空かないけど、いい？」とのファブリスの言葉に「もちろん。私もこれから用意しなくちゃいけないし、１０時過ぎでちょうどいいわ。じゃ、後でね」と、電話を切って急いで支度に取りかかる。わーい嬉しいな、久しぶりにファブリスに会えるんだ。

１０時にエドガー・キネのカフェで待ち合わせ。まだまだ空の色は明るい水色で空気も暖かく、広場を取り囲むカフェには夏のパリを謳歌する人々で溢れている。ドゥミ（生ビール）をゴクゴク飲みながら、黄昏時の余韻を楽しむ。

１０時半、「ロ・ア・ラ・ブシュ」に到着。オレンジで明るいイメージのレストランからは、サンパで気さくな騒がしさが外にまで溢れている。相変わらず大盛況だなあ。階段をトントンと登って開け放たれたドアをくぐると、真っ赤なシャツに赤と黒のネクタイを締めたファブリスが出迎えに来てくれる。

「やあいらっしゃい。待ってたよ。元気だった？」
「元気よ、ファブリス。こんばんわ。ご無沙汰してました」ギュッと握手。ちぇ、今夜も握手かい。メガネがキュートなファブリス。またちょっと、お腹が出てきたんじゃなーい？

「さ、こっちこっち。この席でいい？」ファブリスの案内で、奥の壁際の席に座る。店内満席。２回転目のテーブルもざっと見ただけで４つはある。パリの人と観光客が気持ち良く同居しているこのレストラン、本当にサンパな雰囲気でいいよね。

「アペリティフは？」
「もう飲んできちゃった」
「ダコー。じゃ、はい、カルト。ゆっくり選んでね」渡されたカルトを開き、久しぶりのパキエさんの作品を吟味。ふんふん、夏っぽくて美味しそうなものがたくさんあるなあ。ガスパッチョもいいしソモンとドラドのタルタルも捨て難い。ルジェのタルトは間違いなく私の好みだし、エビフライを食べて、この間の「ラ・ビュット・シャイヨ」のと比べてみてもいいなあ。うーん、アントレは後で考えよう。プラは、、、うん、こちらは文句なしにバールに決定！

結局アントレは「エビフライのサラダ」を二人で分けることにして、プラに「バール（スズキ）のポワレ、山椒風味」、お酒は暑い時に飲みたくなるシャブリ、プルミエ・クリュ（畑の名前は忘れた）の９７年。

まだ今一つ冷え切ってないシャブリが注がれたグラスを掲げてチンチン（乾杯）！と、モーモーが気づいてやってくる。
「あー、ボンソワール！久しぶりですねー。元気でした？」
「モーモー！こんばんわ。元気よ。モーモーは？」
「元気ですよ、とっても」ニッコリ笑顔のモーモー、可愛いなあ。このレストランのセルヴールは、ちょっと観光客ずれしちゃっているところもあって、今一つなのだけれど、モーモーはいい。悪までも控えめで、距離感のある愛想のよさが絶妙なんだ。

モーモーと交わすニッコリが数回過ぎる頃、「エビフライのサラダ」が運ばれてくる。サクサクのエビフライに丁度よく冷えてきたシャブリの相性が馬鹿みたいにいい。このシャブリ、とっても美味しいんだ。硬く、といっても硬すぎる訳でなく、そう、緊張感がある、って言った方がいいだろうか、均整の取れた構成に上品な香りがまた一層興をそそる。

素晴らしいシャブリに恍惚としながら、エビフライをつつく。と、テーブルがちょっとガタガタするのが気になる。直してもらおう、とモーモーに視線を送るが、こういう時に限って全然こっちを見てくれない。モーモーのバカ、、。やっぱりこういう時に頼りになるのはメートルだね、と、ファブリスを目で追うが、これまた奥の方で急がしくしていて、こっちの方まで来てくれない。ファブリスのバカ、、。ガタガタが気になって美味しくご飯が食べられないじゃないかー。

４度目くらいの挑戦でようやくモーモーの視線を捕らえる。
「どうしたの？」と首をかしげるモーモーに、
「テーブルがガタガタするの」と訴える。
「オーララ！すぐ直すよ」と、ワインのコルクを持ち出し、ナイフで削って、隙間に埋めてくれる。
「どう？これでいいかな？」
「完璧。メルシ、モーモー」
「どういたしまして。ボン・コンティヌアシオン！（直訳で、よい続きを！つまり、どうぞ食事の続きを楽しんでね、って感じの意味かな）」

「ラ・ビュット・シャイヨ」のよりもソースの多いエビを食べ終わり、続いてバール。これがまた美味しい！キャヴィア・ドーヴェルジン（ナスのピュレみたいなもの）とトマトのバターコンフィを下敷きにして、でーんと大きなカリッと焼かれたバールの切り身。所々に乾燥させた山椒の実を潰したものが散らしてある。

バール、焼き方完璧、皮もパリパリ、身の甘みもいい！トマト、こんなバターの風味だったら私も大好きだ、夏の甘みが満載！オーベルジン、トマトに比べると味が控えめだけれど、オリーヴオイルの香りがいいねえ！山椒、口中に香ばしさを撒き散らして、エクセラン（素晴らしい）！いやあ、パキエさんの才能が見事に花開いた一品だ。さすがだなあ。いよいよ魅力が増してくるシャブリとバールで幸せいっぱい。

あれ、そう言えば、マダム・パキエの姿が見えないな。
「モーモー、モーモー、ね、マダム・パキエ、今夜はいないの？」
「ああ、彼女ね。足をちょっとひねっちゃったんだよ」
「えー、大変。大丈夫なの？」
「うん、大した事はないんだけど、今日やっちゃったから、一応今夜は大事をとって家にいるんですよ」
「そっか。早く治るといいね。マダムがいないと、やっぱり寂しいよね」お大事に、マダム・パキエ。

キンキンに冷え、テンションが高くなったお酒にこっちもつられる。素敵にいい気分になってデセールの「ノワゼット（ハシバミ）のサブレ、バジリク風味のフレーズ（苺）、グラス・ヴァニーユ添え」を戴く。グラスに乗った、オレンジを焼いたものがとっても魅力的。バジリクの香りと飾られたマントの香りが、すがすがしくっていいね。

美味しいカフェを飲んで、最終メトロの時間を気にする頃になっても、今夜はまだまだそれなりにお客様が残っている。夏なんだね、やっぱり。

ラディションしてドアに向かう。バーに残っていたモーモーとバイバイ。
「ごちそうさまでした。またね、モーモー」
「どうもありがとう。また来てくださいね。ファブリス、外にいますから」
「ダコー。おやすみ」この夜幾度となく交わしたニッコリの交わしおさめをして外に出ると、ファブリスがいる。

ヴァカンスのことやネクタイの趣味、「ヴェルション・シュド」や「ラ・ビュット・シャイヨ」の話で盛り上がる。
「で、アランは元気にしてる？」
「元気元気。元気過ぎるくらいよ。はりきってるよー、新しいお店で」
「料理は？美味しかった？」
「うん、まあまあかな。初めは美味しかった。二回目はまずかった」
「はっははは。うちの方が美味しいだろ？」
「うん。あ、そう言えば、この間久しぶりにビュットシャイヨでピュレ食べたんだ」
「そういや今夜は、食べなかったね、ピュレ」
「だってさ、やっぱりね、ビュットシャイヨのピュレの方が美味しいよ、、」
「オーララ！フランク（パキエさんの名前）が聞いたら気を悪くするぞ」
「だってさー。ルセット変えちゃったでしょ、ムシュ・パキエ？」
「まあね、人それぞれのルセットがあるからね」

しばらくお喋りして、お別れの時間。
「じゃ、またね、ファブリス。ボン・ヴァカンス！」
「来てくれてありがとう。またね」ぎゅっと握手、と思ったら握手しながら、
「オン・サンブラッス、プリュト」と、ビズーに切り替えてくれる。おー！ようやくファブリスとビズーが出来るようになったぞー。
「ボンニュイ、気をつけてね」
「うん。マダム・パキエにどうぞよろしくね。ボンニュイ、またね」

昼間かと思うくらいに人で溢れているモンパルナスを散歩しながらメトロの入り口に向かう。吹く風が気持ち冷たいのは、こちらに向かいつつある低気圧のせいかしら。今日からソルドも始まり、いよいよ夏らしくなってきたパリの夜。

sam.26 juin 1999

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