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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ロ・ア・ラ・ブシュ(L’O a la Bouche)

さ、寒いよ、寒いよぉ、、、。なんだか知らないけど、土曜日から、急激に寒さが襲ってる。

土曜日なんて悲しかった。
「ねえ、外、とっても寒いよ」
「うん。しかも、雨も降りそうじゃない?」
「寒いの嫌い。冷たい雨もイヤだな」
「風も強いし、、」
「モンマルトル、石畳で、雨が降ったら滑るよ」
「坂だし、、」
「やめようか?」
「うん、やめる?」
「その方がいいんじゃない?」
「OK、じゃ、今日の予定は中止、ということで皆さんよろしいですか?」
「異議なし!」なんちゃって隊の決議は速やかだ。せっかく、モンマルトルにあるパリの葡萄畑のヴァンダンジュ(収穫)をおゆわいするパレードを観に行こう、と、張り切って予定を立てていたのに、寒さと雨に負けた。なんちゃって隊は寒いのが嫌いだ。

翌日曜日以降、高い青空がきれいないいお天気が続いているけど、とにかく寒いんだ。日中はそれでも14℃くらいまで上がるんだけど、朝夜が悲惨。4℃とか、よくって5℃。トゥールーズの方なんて、−1℃なんて事になってるらしい。秋は一気に勢力を増して、今にも冬に、その座を譲ってしまいそうな気配だ。

寒さに耐えられるように、あったかいセーター着て、厚めのストッキングはいて、コートは最近お気に入りの赤頭巾ちゃんコート。可愛いんだもん、これ。真冬になったらこれ、着られないだろうし、今のうちにたくさん着ておこうっと。ラスパイユから、マン・レイとキキが住んだアパルトマンを眺めながら、モンパルナスに抜ける。今夜のレストランは、久しぶりの「ロ・ア・ラ・ブシュ」です。

お昼に電話したとき、出てくれたのはファブリスじゃなかった。こんなこと初めて。いつもいつも、電話を取ってくれるのはファブリスだったのに、、、。モーモーが辞めてる、って、この間ここに行ってきたお友達に聞いている。残念だな。優しくて奥ゆかしく、ずうずうしいセルヴールが多いこのレストランで、ファブリス以外に唯一イケていた人だったのに。まさかと思うけど、ファブリスもいないんじゃないでしょうね?

寒さに震え、ちょっとドキドキしながら、オレンジと赤が暖かく燈る「ロ・ア・ラ・ブシュ」のドアに手をかける。あ、ファブリスだ、バーにいるの。良かったあ、いてくれて。ドアを押す、ングッ、お、重くて開かないよ。力を入れ直して、ドアを開ける。

「いらっしゃいませ。あら!お久しぶり。お元気でした?」
「ああ、いらっしゃい!元気だった?」あったかい空気と、あったかいマダム・パキエとファブリスの笑顔が、ギュッと私たちを包んでくれる。

「ご無沙汰してました、マダム・パキエ。また会えて、嬉しいです。子供たちは?二人とも元気?」
「ええ、もう、元気一杯。下の子も、もうすっかりおっきくなったのよ」
「私から、って、ビズーしておいてくださいね」
「もちろんよ」
「ファーブリス!サ・ヴァ?」
「ウイ、サ・ヴァ。久しぶりだね。元気でいたの?」身を乗り出して、バーカウンター越しのビズー。

「あら、あなた達、ビズーな仲だったの?」とマダム・パキエ。
「僕たち、友達だもん」
「ねー」昔から、ビズーを出し惜しみするんだもん、このレストラン。この間ようやく、ファブリスとビズーな仲になったんだもんね。大切にしなくちゃ、この特権(笑)。

「じゃ、案内しますわ。どうぞ、、、。窓際のあちらの席か、奥のこの席。ここ、団体さんがはいるけど、これだけ空間があるから、大丈夫だと思うけど、どうかしら?」
「うーん、団体は避けたいな。窓の方でもいいですか?」
「もちろんですわ。じゃ、どうぞこちらに」

きれいなきれいなマダム・パキエの笑顔に見守られて、窓際の小さなテーブルに落ち着く。お隣のご夫婦とニッコリ挨拶。アメリカ人かな。相変わらずこのレストラン、観光客の割合がめちゃくちゃ多い。アメリカではたくさんの媒体に載っているみたいだし、また最近、日本の雑誌にも掲載されたとか。季刊誌の「ゴー・ミヨ」の夏号で、14点から13点に落ちてるんだよね、ここ。どうなっちゃってるのかしら、一体?美味しいといいんだけどなあ。

「ジュ・ヴ・スエット・トレ・ボナペティ!」ちょっとぽってり気味のお尻と背中が好ましいファブリスの笑顔にニッコリして、いっただきまーす!

今夜のアントレは、、tete「フリュイ・セック(乾燥果物)入りテット・ドゥ・ヴォー(仔牛の頭)」。2月に一度食べたことのある料理。あの時、とっても気に入った作品だ。前回は、クレープに包まれたテット・ドゥ・ヴォーだったのに、今夜のはテリーヌ仕立て。見た感じがね、前の方が立体的でパキエさんっぽかったんだけどな。盛り付けがあんまり、可愛くない、今夜の。

フリュイ・セックの甘さとピニュ(松の実)の歯ごたえのよさに包まれて、柔らかなテット・ドゥ・ヴォーはとても美味しいのよ。テリーヌの周りが、ちょっと焦げていて、ここのカリカリ感もいい。甘くて辛い、パリパリでトロトロ。好きなのよねえ、こういうの。マーシュとポム・ドゥ・テール(ジャガイモ)のサラダも美味しいんだけど、レフォー(西洋ワサビ)のムースがあんまり好きじゃない。まあこれは、クレームの香りがするから嫌いなんだろうけど。

ヒュゲルのピノ・ノワール’95のハチミツの香ばしさとサクランボの匂いを楽しんで、テット・ドゥ・ヴォーを片づける頃には、横のテーブルのご夫妻とすっかり仲良し。サン・ディエゴに住んでいて、毎年フランスには遊びに来てるんですって。
「サン・ディエゴは最高に素晴らしい街だ!あ、違う。二番目だ。一番はやっぱりパリだよ。やっぱりパリは最高だよ!」と叔父さま。
「全くその通りよ!」と叔母さま。息子さんが京都大学で勉強していた、という、このご夫婦、それはもう、とてもとても楽しくお茶目で、私たち、料理もそっちのけでお喋りしてしまう。

あんまりおしゃべりに夢中になって、お皿に目を向けないでいたら、叔母さまのちょっと残っていたお料理、下げられそうになっちゃう。「ああ、だめよ。まだ食べるの!」とセルヴーズを下がらせる叔母さま。
「私たちちょっと、お料理に集中した方がよさそうですね」と、真剣にお料理に取り組む。けどまた、5分後には、お喋りが始まっちゃう。

turbotプラは「カリカリのピエ・ドゥ・ポー(豚足)を乗せたチュルボ(ヒラメ)のポワレ、ポム・ドゥ・テールのピュレ添え」を、本日の料理より。
「チュルボねえ、この間の「レ・ゼリゼ」の信じられない味を覚えているから、ちょっと可哀想なんだけど、まあ、、、」
「うーん、確かに、立場悪いよね。まあ、あれとは違うものとして食べれば?」
「そだね。うん、大好きなピュレもついてるし、ピエ・ドゥ・ポーも好きだし」と、選んだチュルボ、お隣のご夫婦も選んでいて、大絶賛。まだアントレを食べていた私たちに、
「味見する?すごく美味しいわよ、この魚」
「ありがとう。私も同じの頼みましたから」
「ああ、ナイス・チョイスだよ、君!」

うん、美味しい、チュルボ。よく作ってある。「レ・ゼリゼ」のそれとは比べちゃいけないよね。なんせ、値段からして3倍近く違うはずだし(笑)。カリッと焼き上がった優しい白味魚。上には濃い目の味のピエ・ドゥ・ポーの細切れが乗ってる。ホロホロの魚の身と、カリカリの皮とピエ・ドゥ・ポーがいい感じ。そして、あれ、ちょっとまた、美味しくなったんじゃない?という、ピュレのトロトロ感。あーあ、また、甘くて辛い、そしてカリカリでトロトロになってしまった。ほんと、好きだよねえ。

Mきちゃんの「パンタード(ホロホロ鳥)のコトコト煮」も美味しいわ。アツアツで秋のキノコたっぷり。私に味見をさせてくれよう、と、フォークに肉を乗せてこちらに渡そうとするところに、横の叔父さまが、自分のお皿を差し出して、僕にもちょうだい(^^)、みたいな顔してる。4人で大笑い。いいなあ、こういうお茶目なご夫婦。

奥の方に入った団体はすごい。15人くらいかな。私たちに遅れること数分で入って来て、そのまま席につかず、テーブルを囲んで立ちっぱなしで30分以上、アペリティフで盛り上がっている。カクテル・パーティーだわね、これじゃ。私たちがプラに取りかかる頃にようやく椅子に座ったけれど、それはもう、大賑わい。お誕生日なのかな、お花やプレゼントが横に積み上げられている。英国人らしい。楽しそうなフェットだな。でもやっぱり、席、こっちにしてよかったよ。いくらなんでも至近距離であの騒がしさは勘弁して欲しい。ちょっと寒くても、ブルヴァール(大通り)が見える、こっちの窓際の席の方がいいよね。

と、窓に視線を向けると、ビュンとファブリスが駆け足で通り過ぎる。どしたんだろ、あんなに急いで?まだ駆けてるよ、あ、ちょっと、速度が落ちた。でもまだ走ってる。あーあ、見えなくなっちゃった。何か急用?近くにあるビストロで何かあったのかな?数分後、小走りに戻ってくるファブリス発見。腕にバゲットを一本、抱えてる。窓越しに目が合って、バゲットを振るファブリス。思わず笑っちゃう。なんだ、パンが足りなかったんだ。私たちの、たくさん残ってるよ。もう食べないから、これも使う?

figueデセールの登場。「フィグ(イチジク)のホイル焼き、ミエル(ハチミツ)のグラス添え」。秋色たっぷりのこのデセール、おーいしーのー!フィグをホイルで包んで焼いただけの、いたって単純なデセールなんだけど、程よく焼けて甘みを増したフィグの熱くねっとりと濃厚な感触、これに華を添える、たっぷりのミエル・グラス。これは美味しい。とても美味しい。すごく美味しい。おうちでも作れるね、きっと。よし、金曜日の、なんちゃって隊の鍋パーティーのデセールに作ってみよう。それにしてもフィグって、なんかこう、官能的な果物だ。刺激が強いっていうか。そう言えばこれ、食べ過ぎると鼻血が出ちゃうんだよね(笑)。

一足先に席を立つご夫婦に See you!して、カフェを飲みながら、ゆっくりおしゃべり。お客様も少なくなり、ようやくちょっと手が空いたファブリスを捕まえて、モーモーの消息も聞いてみる。
「辞めちゃったって聞いたわ?残念だなあ。今、どこにいるの?」
「旅行代理店で働いてるんだ」
「レストラン、辞めちゃったのね、、。どうしてだろう。ファブリス、モーモーのこと、いじめたんじゃないのぉ??」
「そーんなこと、するわけないじゃない」
「ほんとかなあ(笑)???」

本当に、モーモーがいなくなって、残念だ。このレストラン、マダム・パキエとメートル・ドテルのファブリスは非常にいいのだけれど、他の従業員がみんな、いまひとつ。一人だけいるセルヴーズは、典型的な女性セルヴィスをする。つまり、がさつで雑。決して悪い人ではないんだけれど、セルヴィスにおける優しさとか丁寧さとか、そういう要素が著しく欠けている。ちょっと、いやかなり、気になるんだ、このポイントが。セルヴール達の方は、観光客ずれしちゃってて、優しくてサンパナのはいいのだけれど、なれなれし過ぎる。邪魔よ、ずうずうしい!って言いたくなるときがあるんだ。もう少し、お客様との距離をきちんと取ってよね。難しいね、セルヴィスって。

こんなセルヴィス陣の中、モーモーは良かったのよねえ。奥ゆかしくて控えめで、優しくて丁寧で。ファブリスも可愛がっていたのにな。とてもセルヴィス向きの人だったのに、残念ね、レストランを離れてしまって。

明日は早起きしなくちゃいけないので、12時前には、席を立つ。
「楽しかった?いい夜を過ごせた?」
「もちろんよ、ファブリス。ありがとう」と、ビズーする私たちを見て、ずっと側に来ないように牽制していたのに、ついに近くによって来てしまった、ずうずうしさではこの店一番のセルヴールが、「えー、ファブリスとはビズーするんだー!?」あったりまえじゃない。この店でビズーしたいな、って思うのは、ファブリスとマダムだけだわ。あなたももう少し、ビズーしたいな、って思われるように、態度を改めてちょうだいね。

マダム・パキエとファブリスは、本当にいいマダムとメートルだ。パキエさんも素晴らしいキュイジニエ(料理人)だ。核となるこの3人がしっかりしているから、このレストラン、いいのよね。セルヴールを少し入れ替えてくれると、もっと好きになるんだけどなあ。ま、いっか。ファブリス達がいるだけでも、十分いいもんね。また来るね、ファブリス。今度予約の電話を入れるときは、あなたが電話を取ってちょうだいね。

ピューピュー冷たい風が舞い上がる夜更けのパリ。あったかい「ロ・ア・ラ・ブシュ」に戻りたい誘惑を振り切って、震えながら夜道を歩く。さ、寒いよ、寒いよぉ、、、。


mar.5 oct.1999



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