今週に入って毎日、寒くて暗くて冷たい雨が降っている。これ以上こんな天気が続いたら頭がおかしくなっちゃうよ、と、真剣に悩みはじめた祝日の木曜日の午後、ようやく空には薄い水色が漂いはじめる。これから週末にかけて、パリは寒いけれどお天気はいいのだだそうだ。ふうぅ、よかった。
とたんに機嫌がよくなって、いそいそと右岸まで買い物に行っちゃったりする。久しぶりの右岸のデパート街は、ノエル(クリスマス)のデコラシオンもきらびやかに、売り場もノエル雰囲気たっぷり。祝日の今日を含むこの週末は、ノエルのお買物の開始時期。華やかな喧騒に包まれて、ノエルのためのショッピングをする人たちで、デパートも大通りも人でごった返している。ロウソク選んで、レストラン用のアクセサリーを衝動買いして、みんなへのプレゼントも包んでもらう。いいよね、ノエルの時期って。心がポカポカあったかくなる。
午後の買い物ですっかり気分も治っちゃって、幸せ気分でレストランに向かう。
猛烈に寒い夜道をてくてく歩いて15分。モンパルナスの裏側にある魚料理の専門店「ラ・カグイユ」で、今夜はMこさんとMみちゃんと夕食。
「あれ?このレストラン、入り口は一体どこにあるの???」どうしても、レストランの入り口が分からない。垣根に覆われた、ガラスの壁越しに、席に座っているみMこさん達の姿が見える。気が付いてくれないかなー、なんて、垣根の隙間から「Mこさーん」と呟いたりしてみるけど、ははは、全然見てくれないよ。わーん、寒いよ寒いよ。入り口はどこ?
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、裏にも回ってみた挙げ句、隣のレストランの入り口と勘違いしていたドアが入り口だと、ようやく理解し、無事中へ。ううぅ、凍えちゃった。
ポカポカの店内は、明るくてきぱきした雰囲気でいっぱいだ。カジュアルなおそろいの服に身を包んだセルヴール達は、「僕たちの笑顔を堪能してね!」とばかりに、そろってニコニコ笑顔を振り撒いているし、一生懸命頑張りました、って感じの、海を意識した内装も好感が持てる。ちょっとだけオープンになっているキッチンからは、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「遅くなってゴメンネ。入り口がわかんなくて、ずっとこの辺ウロウロしてたの」と、Mこさん達にご挨拶。
「それよりさ、ピュス。ほら、あそこ」Mこさんが指差した先には、このレストランを紹介してくれたSさんとAさんが、奥のテーブルに座って嬉しそうに牡蠣をつついている。私たちが今日ここに来ると知って、じゃあ、と、彼らも予約を入れたらしい。ご挨拶して、席に着く。小さな貝をサッと炒めたアミューズに合わせてミュスカデを一杯アペリティフにもらって、魚づくしのカルトの研究の開始。
いつものことながら、熟考に熟考を重ね、注文を取りに来たセルヴールを3回返し、質問のため2回呼び寄せ、2通りの候補を選び出す。ちっちゃな魚のフライにソモンのポワレ、もしくは、ラングスティヌのから揚げにブランダード。セルヴール君の勧めにしたがって、涙乍らに小魚とソモンにさよならを告げる。いつかまた、会える日もあるよ、、、。
「すごいよね、料理に対する姿勢が、二人ともとっても真剣だわ」と、美人スチュワーデスのMみちゃん。
「ほら、私たち、貧乏だから。一回一回の食事の重要性が高いのよ」と、こちらも元スチュワデースのきれいなMこさん。
「せっかくこれからの数時間を一緒に過ごす相棒なんだもん。やっぱ、少しでも好みの子(料理)と一緒の方がいいじゃない。選ぶのも真剣になっちゃうよ」と、美人二人に囲まれて、ちょっぴり嬉しいピュス。
大会議の末にようやく決定したお料理に比べ、お酒の選出はあっさり決まった。だってだって、素敵なお酒、見つけちゃったんだもの。甘口ワインの中で飛び切りのお気に入り、ジュランソンのドメーヌ・コアペが作った、辛口のジュランソン。こんな、挑発的なお酒を見ちゃったら、そりゃもう、試さない訳にはいかないでしょう。
「うわあ、色が黄金だ。シャルドネみたい。香りは、、、甘いわよ、これ。とっても」
「飲んでみて、口当たりは、ちょっとしめって腐った草、って感じだと思う。ゲヴルツみたいでしょう。香りは甘口、味は切れのある辛口」
「ん、そうだね。香り、いいなあ。アプリコット系。葡萄は何使ってるの?」ソムリエールさんの資格をとっているMみちゃんと、敏腕醸造家ラモントー伯爵のジュランソンを愛でる。
お酒に見惚れているところに、アントレの到着。丸ごとのラングスティヌ(手長エビ)を、高温でサッとから揚げにしたものが、うじゃうじゃとお皿にひしめいている。並べられたカトラリーには目を向けず、両手でいただきまーす。カリカリのシッポと手。柔らかで甘い身。ん、美味しい。頭の部分も食べられるんだろうけれど、私はちょっと止めておこう。単純といえばあまりにも単純な料理だけれど、これが素直に美味しいんだ。
戻した干だらを、ジャガイモとニンニク、ミルクで和えるブランダードは、私が大好きな料理の一つ。ニンニクの丸揚げを横に添えた、クラシックなブランダードに舌鼓を打ち、Mこさんのタイのポワレの付け合わせ、根セロリのピュレに何度も手を出し、Mみちゃんの魚ポトフの、帆立の甘みに感動して、お魚づくしの夕食は美味しく進む。
クラシックなデセールを取り揃えてある中から、プロフィトゥロール(シューアイスのショコラソースかけ)を選んで、パクパクパク。
広い店内は、ほぼ満員。年齢層はそれなりに高いけれど、モンパルナス的な人々が多いかな。地元に愛されているレストラン、って感じ。カジュアルで気のおけない、私の好みに入る雰囲気ではないけれど、とても居心地がいいレストランだ。なによりも従業員のサンパさがいいよね。
「どっかに飲みに行きませんか、って、Sさんが言ってるんだけど」と、飲んで気分がよくなったのか、満面のにっこり笑顔でAさんが私たちのテーブルにやってくる。じゃあ、行きましょうか?
カフェをパスして、ラディションもらって、ますます寒さが厳しくなった夜気に震えながら、モンパルナス界隈に足を向ける。明日の午後からお仕事のMみちゃんとは、ここでさよなら。バイバイMみちゃん、またパリで遊ぼうね。
セレクトまで歩いて、あったかい店内に飛び込む。冷え切った体をあっためなくちゃ、と、シャンパーニュのマール(ブランデー)で体温を上げて、4人でおしゃべり。温厚にニコニコなSさん、あでやかにニコニコなAさん、のりよくニコニコなMこさん(そして私はどんなニコニコなんだろう?)、3人の兵庫人に囲まれて楽しいディジャスティフの時間。
行き付けの鮨屋にキープしたはずの一升瓶のお酒が、まだ残っているかどうか確かめがてら、すぐ側にある鮨屋のカウンターに場所を移して、どうにかまだ残っていた日本酒で飲み直し。寒いからね、飲んで体をあっためなくちゃ。
心配だから、と、タクシーが捕まるまで一緒にいてくれた、保護者みたいなSさんとAさんにありがとうございますとさよならして、家に向かう。冷たい空気に輝くモンパルナスの灯に抵抗するように、空にはうっすらと星が輝いている。明日は、お天気になるんだね。
jeu.11 nov. 1999