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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ジャマン(Jamin)

むかし愛したトロカデロ。そりゃま、今だって大好きだけれど、訪れる回数が少なくなった。以前は一週間空けずに、トロカデロからエッフェル塔を眺めたものだったのに、ね。

ladameたっぷり2ヶ月ぶりに、エッフェル塔に向き合う。レヴェイヨン対策か、大きな広場は塀に囲まれ立入り禁止。僅かな隙間から、霧がかった大気に霞む塔を眺める。“J−32” 2000年まで、あと32日。カウントダウンの文字をはじめて見た時は、たしか五百幾つとかじゃなかったかしら?あっという間だわね、月日が流れてゆくのは。そう言えば、五百幾つのカウントダウンを見た夜も、「ジャマン」で食事をしたのよね。

「ジャマン」。ジョエル・ロビュションが、その偉大な名声を作り上げたレストランとして、その名は今世紀の歴史に残るだろう。ロビュションがレイモン−ポワンカレに移った後、置き去りになっていたこのレストランに、数年後に息を吹き込んだのが、15年間を師と共にした愛弟子ブノワ・ギシャール。若きMOF保持者は、96年秋のオープン以後、伝説となっていたレストランを着々と蘇らせ、今では押しも押されぬ、パリきってのレストランの一つに数えられている。

オープン時のミシュランの評価は星一つ。翌年には二つ目の星を輝かせた。ゴーミヨは、あろうことか初年度に15という数字をこのレストランに進呈したが、翌年16、今年は17点、と、年毎に点数を増やしている。

ジョエル・ロビュションの華麗で洗練された味の思い出に浸るなら、行くべきレストランは他にもあるが、栄華を極めつつあったロビュションの黄金時代の雰囲気と彼の亡霊に(いや、そりゃまだ生きてるけど)出会えるのは、「ジャマン」だけだ。

思いっきりオテル・コストっぽくなってしまったかつてのクレベール・パラスを横目に、ロンシャン通りに入り込む。ちっちゃな看板にボーッと灯りがともってる。「JAMIN」。久しぶりだな。誕生日の頃に来て以来。夏の終わりに一度予約の電話を入れたのだけれど、パンプルムースのソルベが用意できない、と言うので止めちゃったんだ。懐かしいパンプルムースちゃんたち、元気でいるかなあ。

salleガー。何度来ても、つい笑ってしまう、とてもとてもパリらしくない、というか、レストランでは非常に珍しい自動ドアを通って、中に入り込む。こじんまりとした受付には、花がきれいに生けられ、ガラス越しに見えるサルは、ロビュションの時代と変わらぬ内装と雰囲気を持って、ひっそり上品に華やいでいる。

んー、誰か来てくれないかなー。丁度、お客様が入った時間だったのか、誰もいない受付で10秒ほど待ちぼうけ。と、そこに、セルヴールが1人、中から出てくる。

え!?ル、ルノー!?思わず、息を呑む。びっくりするくらいルノーに似ているセルヴール。まさか本人じゃないよね、って、顔を凝視してしまう。

、、、、似てる。すごくよく似てるよ。とってもよく似てる。すごい、あんなかわいい子、この世に2人といないと思っていたけれど、似てる子はやっぱりいるんだ。

ボーッと見惚れたまま、オーヴァーを預け、出迎えに来たメートル・ドテルに案内されて、席に着く。
「ね、ねえ、Mきちゃん。この子、ルノーにとっても似てない?」カルトを持って来て、アペリティフの注文を取ってくれる彼を見上げながら、みつきちゃんに確認。
「そうなのよ、ゆきのちゃん!言おうと思ってたの。さっきびっくりしちゃったわ、あんまり似てて。目、かなあ?あと口も似てる?」
「口、だよね。ちょっと半開きな所とクッて両端が上がってる辺り。目と眉毛も似てる。鼻もちょっと上向き気味だし。、、、でもね、やっぱりルノーの方が素敵よ」
「そうねえ。この彼、ちょっと頭が大きいのよね。眉毛から頭のてっぺんまでが長すぎる」
「うんうん。それでちょっと崩れてるのかなあ。それにしても似てる。髪型まで。声も似てる。ルノーよりワントーン低いけど」
「骨格が似てるからね、声も似るのよね」
「“えせるのお”君だわ。でも、ルノーよりもずっとサンパよ、この人」トクトクトク、シュゥ、、、。テタンジェをフルートに注いでくれるえせるのお君を見ながら、ルノーを思い出す。元気なのかなあ、ルノー。「ヴェルシオン・シュド」は辞める、って、ダヴッドさんが言ってたけど、どこにいるんだろう。

シャンパーニュを飲んで、えせるのお君が本当にえせだと納得し、ようやくカルトに目をむける。が、ん?なんかとっても煙臭いよ。右隣に目をむけると、オヤジ3人連れ。まあなんて珍しい。ビジネスディナーだ。このオヤジ達、最悪。何の断りもなく煙草をスパスパ吸い(一応さあ、食事中なら、こっちにも一言断りがあったっていいじゃない!)ガハガハ笑い、しかも、皿が下げられ次の皿が来るまでの間もなお、煙草に火を付ける。招待されているオヤジは特に下品極まりなく、料理が運ばれる間、せわしなくカトラリーをいじってみたり、だらだらと椅子に寄りかかってみたり、携帯を鳴らしたり、と、もう、極めつけの、最悪客の見本。ただせさえ、ビジネスディナーが少ない国なのに、よりによってまあ、よくもこんな奴をこの上品でレトロな雰囲気漂う「ジャマン」に連れて来てくれたわね!

反対隣の、こちらはまさにこのレストランにピッタリ!みたいな、上品な老夫婦も、オヤジ達のテーブルに顔をしかめ、「あれはちょっとないんじゃない?信じられないわよね」と、私たちに耳打ち。全くだわ!こんなオヤジ達にもなお、にっこり笑顔で灰皿を替えてあげちゃったりしているえせるのお君。あんな人たちに、灰皿なんて替える必要ないよ。

思い切り雰囲気を乱しているオヤジ達のことは強引に頭から追い払い(ああでも、煙草の煙は漂ってくるし、そわそわとせわしない貧乏揺すりは目に入るし、、、。かなり耐えられない存在だわ、この人達)、アミューズに向き合う。

「ヴォライユ(鶏)のソーセージ仕立て、カレーソースです。どうぞ召し上がれ」どうしてもルノーにオーヴァーラップする笑顔を満面にたたえて、えせるのお君がアミューズを運んでくる。柔らかなムース状のソーセージに炒めたポワローとカレーソース。カレーがちゃんと辛くて、偉い偉い。ふんわりソーセージも口当たりよく、いい感じ。でもねえ、シャンパーニュに合わないんだ、このカレーソースが。ほんと、カレーって難しいよね。

「お酒、どうしようか?」
「ボルドー以外、って気分」
「何でもいいわよ。そうだ、せっかくだから選んでもらおうよ。パンタード(ホロホロ鳥)に合うお酒って、実はよく分からないもん」
「いいね。そうしましょう。じゃ、お任せで」
「いかがしましょうか?」ソムリエ氏。
「今夜のパンタードに飛び切りあうお酒、なにか選んでくださいな」
「えっと、、、では、ペサック・レオニャンのこちら、いかがですか?比較的軽く状態いいですよ」
あははは、よりによってペサック・レオニャン?
「あ、ごめんなさい。出来れば、ボルドー以外で探していただきたいんですけど」しばらく悩んだソムリエ氏が選んでくれたのは、91年のミネルヴォア。これを、デキャンティングしてセルヴィス。既に柔らかなオレンジ色を持った、芳香さとフェミニンさを持ち合わせた、しっとりと柔らかなお酒。ミネルヴォアって、南西部のお酒達の中で、特にフェミニンな要素が強いよね。

langoustineアントレが運ばれてくる。「ラングスティンヌ(手長エビ)入りシューフレール(カリフラワー)のクリームスープ」。「ジャマン」のクリームスープは私のお気に入り。いろいろな種類を食べてきたけれど、今夜のシューフレールのスープも、はっとするような美味しさ。ロビュションのイメージを強く持つ冬野菜、シューフレール。冬の甘みたっぷりのシューフレールと、それに負けないくらいの甘さと弾力を持つラングスティンヌのポワレが入っている。

上に散らしたシソは、このレストランのトレードマーク。あくまでも丁寧に、そして上品に作られたクリームスープ。優しく暖かなこのレストランを料理で体現すると、まさにこのスープになるだろう。

「今夜はカルトの料理の他に、パンタードのロティがありますが、いかがですか?お2人様用ですが」オーダーを取る時に、メートル・ドテルがこう言った。
「パンタード?」キラリ、と目を光らせる私たち。
「いただきます、それ」

decoupage楽しみにしていたパンタードの丸焼きを、えせるのお君が運んでくる。私たちに見せた後、おもむろにデクパージュ(切り分け)の作業に取り掛かる。まだ慣れないのか、メートル・ドテルが1人、えせるのお君の指導に当たる。真剣な表情で、鶏のあっちこっちを切り分け、最後の火を通し、お皿に盛りつける。頑張れ、えせるのお君!

時間がかかったけど、ようやく目の前にパンタードが置かれる。ロティされたパンタードの身、ラードでソテーしたジャガイモとフォア・グラ、それに、これも「ジャマン」のトレードマークの生野菜のサラダ。薄く柔らかな皮、ジューシーで滋味のある肉、しっかりと味付けされたジャガイモ、ドレッシングがお上手なサラダ。おーいしいねえ。pandadeフォア・グラは、一切れでよかったな。冬の味覚の代表選手みたいなパンタードを、とても上品に、そして正統的に味わう。

香ばしいハチミツの香りと焦げた木の香りを漂わせるミネルヴォアは、あくまで控えめにたおやかに、こちらもまたしっとり上品なパンタードをひきたてる。

「フロマージュ、召し上がりますか?」と、えせるのお君。どうでもいいけど、本当にルノーに似てる。ねえ、ひょっとしてあなた、ルノーの従兄弟?ムシュ・ピケっていう名前じゃないの?
「もうお腹一杯。いいわ、フロマージュは」
「でもデセールは?これはいるでしょ?」
「もちろーん!」とたんに顔がほころぶ私たち。
「デセールを食べに来てるのよ、ここには。あの、パンプルムースのタルトとソルベを食べずには帰れないわ」
「あ、ご存知なんですか?」
「ええ、大好き。いつも、これが楽しみで来てるの。ところで、あなたはいつからここで働いているの?会うの、初めての気がするんですけど」
「3年になります、ここにきてから」
「3年?一度もセルヴィスしてもらったことないですよね」
「僕、上の個室を担当することが多いんです」3年ってことは、オープン当初からいるって事?知らないよ、一度も会ってないよ。会ってたら、絶対に覚えているはず、こーんなにルノーに似てる子だったら。くうう、だったらいつも、個室で食べるんだったよ、、、。

grenouilleルノーと違って、とてもサンパで優しく愛想のいいえせるのお君が、お菓子のシャリオを押してくる。全部知ってるくせに、改めて説明なんかしてもらっちゃったりして、えせるのお君のセルヴィスを楽しむ。

初めて見るクレーム・キャラメル、オレンジのタルト、それに、世にも素晴らしいパンプルムースのタルト。グラス関係は、カラメルのグラスとパンプルムースのソルベ。ああ、久しぶりだね、パンプルムースちゃん。うっとりしながら、タルトにナイフを入れる。いつもより、ちょっとだけ焼きが甘い気もするけれど、相変わらず素晴らしい、の一言に尽きるタルト。ホントにもう、これ以上シンプルで美味しいタルトに出会ってみたいものだ。ソルベというよりグラニデに限りなく近い氷菓は、パンプルムースの苦みをきちんと残した傑作。

ああ、どうしてこんなに、ここのパンプルムースちゃん達は美味しいのかしら。他のお菓子たちが、霞んで見えなくなっちゃうよ。シャリオ・デセールを食べることなんて、まずないのに、このレストランだけは特別。このパンプルムースを食べるために、いつも普通の皿盛りデセールを諦めている。

パンプルムースに心も舌も震えたまま、食後のお茶をもらう。いつもの通りのマントのアンフュージョン。あはは、思い出すね、前回のことを。あの夜、食後のお茶を持って来てくれたのは、まだコミ(見習い)だった男の子。一生懸命お茶の中身を確認したあげくに間違って注いで、しかもあんなに色が違うのに間違えにも気付かず、私たちは、大笑いしちゃったっけ。その後の彼の反応、メートル・ドテルの反応のあまりの可笑しさに大受け。あの夜一番の思い出になっちゃったよね。

件のコミ君は無事にセルヴールに昇格したらしく、今日は、私たちの反対側のテーブルを担当している。よかったね、一人前になれて。あの調子だと、どうなることやら、って、心配してたのよ。えせるのお君が間違えることなく注いでくれたお茶を飲みながら、お客様のだいぶ引けた店内を見渡す。

レトロクラシックな内装。昔懐かしい、銀の一輪挿しに生けられた、グラデーションがきれいなバラの花。ガラス張りの仕切り。優しく簡素な花々の絵。存在する全てが、淡く柔らかな雰囲気に包まれてる「ジャマン」。ジョエル・ロビュションの面影が残るこのレストラン、いつまでも変わらず、今の姿をとどめて欲しい。

いつもながらにあでやかなマダムとお喋りして、おみやげのパンをもらって外に出る。アヴニュー・クレヴェールに出たところでタクシーを待つ。道を挟んだ向かいには、ダヴィドさんのいる「ラ・ビュット・シャイヨ」。元気かなあ、ダヴィッドさん?と、考えていた所に、中から人が出てくる。あ、あの薄い金髪はニュメロ・トロワ君だ。もう仕事終わったの?12時を回ったばかりなのに、早いね。道の向こうからこっちに気付いて、首をかしげてにっこり笑顔。丁度止まったタクシーに乗り込みながら、ニッコリ笑顔を返す。ごめんね、今夜はそっちのレストランじゃなくって。ダヴィッドさんは元気かしら?また今度、遊びに行くね。

エッフェル塔のイルミネーションはまだ消えてない。そっか、まだ1時前だものね。アルマ・マルソーの橋から、12月最初のエッフェル塔を愛でながら家路につく。


mar.30 nov.1999



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