ほんの少しだけ雨をはらんだ生暖かい風がビュービュー吹く中、「ル・ドーム・デュ・マレ」に向かってマレを歩きながら、レストラン談義。
「そうよね。予約した、受けてない、って問題は、絶対に出てくるはずでしょ?」
「うん。絶対なんてありえないもの。だから私は、大切な時なら、言われなくてもコンフィルマシオンの電話はする。予約の時にも、もう一度こちらから、曜日と日にちの確認するし」
「そうした方がいいわよね。まあ実際、いいレストランは向こうからしてくるよね、確認の電話を」
「そう言えば、昨日レジャンス予約した時、電話番号も聞かれなかったわよ。あんなのでいいのかしら?すごく軽々しい応対だったし、とてもプラザ・アテネのレストランと思えなかったわ」
「嬉しいな。楽しみね、水曜日。なに着ていこうかな。でもさ、どうなるんだろう?実際にそういう時は?」
「予約したしてない?どうなんだろうね。テーブルを一つ、押し込んじゃうのかなあ?それとも待たせるのかしら?」
「怒っちゃうお客様だって、いるわよね、きっと」
「多分ね。そういう応対も難しいわよね。はあーっ、レストラン、って大変ねえ」
その、大変なことが、数分後の自分達に降りかかってくるなんて、この時は思いもしなかった。
「ボンソワー、ムッシュ」
「ボンソワー、メドモワゼル。ええと、予約はしてますか?」
「もちろん。グルマンで入ってるはずです」
「グルマン、、グルマン、、、。ん、ないなあ。グルマン、ですね?」
「ええ。もう、3週間くらい前に電話しているはずなんですけど」
「グルマン、GOURMANT、、、。やっぱりないなあ」思わず顔を見合わせて、予約表を覗き込む私たち。ないわ。
「すみません。手違いがあったみたいで。いっぱいなんです、今夜」(そりゃそうだろう!予約でいっぱいになるから、あんなに前に電話したんじゃない!)
「そんな、、、。電話、間違いなくしたんですよ」
「ごめんなさい。でも、どうしようもないんです。9時15分、、、9時半まで待っていただけませんか?その時間なら、テーブルが空くんですが」
「何時、今?9時15分前か、、。いいよ、私は待っても」
「私もいいわよ」
「OK。待ちます。9時半ですね?」
「ええ。本当にすみません」
「じゃ、後で」
ゲイ用でないカフェを気をつけて選んで(場所柄、そういうカフェが多くって、、、)、腰を落ち着ける。
「ひゃあ、すごくない?あんな話してたから、こんな事になっちゃったのかなあ?」
「タイミング、よすぎるわね。でもさ、ひどいわよね」
「うん。考えられるのは、日にちの間違えね。ちょっと時間が空いてたから、間違えちゃったとか?」
「そうよねえ、、、。でもさあ、もっと恐いのは、こっちが電話番号を間違えてた、なーんて」
「まさか!?ちゃんと、レストランの名前、言うでしょ?それで分かるわよ、番号を間違ったとしても」
「そうだわね。うーん、それにしても、、、。やっぱりきちんと、コンファメーションをしなくちゃ駄目だわね」
「うん。心がけましょ」サンセールを飲みながら時間を潰し、9時半にレストランに戻る。
「もうちょっと。もうちょっとで空くから、これ飲んで待っててよ」と、セルヴールがシャンパーニュを運んで来てくれる。受付に置かれたピアノによりかかって、フルートを傾けながら、
「早く帰れ〜!早く帰れ〜!」と、帰りそうな客を見つめてプレッシャーをかけてみたりして、更に時間を潰す。
「お待たせしました。じゃ、こちらへ」ようやく席に着いて、ほっと一息。
やっといつもの調子を取り戻して、残ったシャンパーニュをすすりながら、辺りを観察。相変わらず大人気の「ル・ドーム・デュ・マレ」。更にテーブルを増やしたのか、丸いサルは、テーブルだらけ。いくらなんでもちょっと詰め過ぎじゃない?バルコンの二人用テーブルも、もちろん全て埋まってる。ドームになってる高い天井に、人々の喧騒が響き、だだっぴろいブラッスリーにいる感覚に陥る。
ソモンのマリネをつつきながら、お料理の決定。前回は、カルトを持ってくるのも、注文を取るのも遅くて遅くて、遅いのが好きな私ですら、これはちょっと、、、と思ったけれど、今夜はテンポがよくていいわ。まあ、2回転目の客ですものね。
お気に入りのパンが運ばれてくる。
「これ、どこから来てるの?」
「ははは、フランスですよ」
「いや、あの、そうじゃなくて、、」
「パリのブーランジュリー(パン屋)からです」
「あ、あの、、。だから、どこのブーランジュリー?」
「あ、それは知らない、僕。どこだろ?どっかこの辺りですよ。いつも、電話すればすぐに届けに来るから」、、、、。聞くんじゃなかった。「ルヴァン・デュ・マレ」じゃないかなー、って思うんだけどな。今度、バゲットを買って、味を比べてみよっと。
アントレは「ヴネゾン(ジビエ類)のテリーヌ」。思ったよりもさっぱり味のテリーヌは、獣肉の滋味がいい感じ。周りに置かれた、セロリ・ラヴ(根セロリ)のサラダ、クエッチュ(プラムの一種)のコンポート、シャンピニオンソテー、グロゼイユのアルコール漬け、ピニョン(松の実)ソテー、チャツネー、それにサラダが付け合わせ。この付け合わせ達が、それぞれとても上手くテリーヌの味を引き立てている。特に、チャツネーの周りに振られた胡椒が絶品!ピリピリと新鮮な刺激たーっぷりの黒胡椒。イズラエル(パリの有名な香辛料店)が近いもんね。よく利用してるんだろうな。さすが、エピス(香辛料)使いに優れたシェフ、と評されるだけのことはある。この胡椒使いは、素晴らしい。
風邪気味プラス、お腹空かせてサンセールとシャンパーニュも飲んでしまっているので、お酒は軽目にペルナール・ヴェルジュレス。サクランボやまだ固めのイチゴの香りに酸味がちょっと強く出過ぎてるかな。今夜は飲み過ぎは禁物。控えめにね、控えめに。
「ヴォアラー!」能天気なセルヴールが運んできたのは、端っこの方に、ちょこんと何かが乗ったお皿。
「はい、仔牛の脳みそ。あなたのプラはこれだけですよ。ボナペティー!」ウィンクしながらキッチンに入り、ちょっとしてから小さなマルミットを持って出てくる。「これも欲しい?しかたないなあ」なんて言いながら、蓋を開ける。あ、いい匂いだー。どうでもいいけど、このレストランの従業員は、彼を初めみんな、客との距離が近すぎる。
今夜のプラは、とっても冬らしく「テット・ドゥ・ヴォー(仔牛の頭)のマルミット煮込み」。
「えっと、、、。はい、これが耳。頬肉。ジャガイモ、、、カブ、、それにキャロット。ゼラチンのところと、、、ポワローもね」と、マルミットから取り分けられたテット・ドゥ・ヴォーと冬野菜達。うきゃー、美味しそう!でもね、あれがないよ。あれがまだ来てないのよ。
「あのー、ポティロンのピュレは?」
「だめだめ!君たちにはあげないよ!」
「イジワルー。欲しいったら欲しい」
「分かった、分かった。待ってなさい」甘い甘い、まるでスウィートポテトのような味のする、ここのポティロンのピュレ。この間食べた時に、とっても気に入ったもの。カボチャの器から小皿に取り分けてくれたピュレを目の前にして、では、いただきまーす。
まずは、トロトロリンのピュレをなめて、味を確認。んー、おいし。続いて、テット・ドゥ・ヴォーに立ち向かう。このレストラン、本当に野菜料理上手だ。Mこさんのマリアージュの時も、この間来た時も、野菜の火の通し方と味に脱帽したっけ。
今夜の野菜も最高に美味しい。特にニンジンさんの柔らかな甘みときたら!こちらもトロトロリンの頭肉も、軽くコリコリさの残った耳も、外はサックリ中身はドロリの脳みそも、どこからどこまでも美味しい仔牛ちゃん。
「美味しい?」
「美味しいです」
「前も来てましたよね?あっちの席だったでしょ、この間は。マリアージュにも来たよね?」
「ええ。いつも美味しくって、大好きよ、ここの料理」
「それはよかった。そうだ、写真、撮ってあげるよ」
「いいです、別に」
「撮ってあげるってば!さ、カメラ貸して!」うるさいなあ、もう。食べてる最中なのに。なんだかなあ、ここのセルヴィス陣は、本当に馴れ馴れしいんだ。あのね、私たちは客なの、友達じゃないの!と、思わず言いたくなっちゃうような、ずうずうしさで接してくる。仲良くしてくれるのは私達だって嬉しいけれど、あくまでも客と従業員という関係を基本に置いておいて欲しい。距離が近すぎるのよ。
もちろん、レストランとの関係が濃いところならば、いくら距離が近くてもいいのだけれどね。「イヴァン」やエリックの所の人たちに肩を抱かれるのはいいけれど(っていうか、嬉しい?)、ここの人たちに抱かれると、ちょっと!って思う。
パクパクパックン、パクパックン。気を取り直して、仔牛ちゃんに向き直る。美味しいな。こってりと冬の味なんだけれど、バターやクリームを使う料理ではないので、私も大丈夫。仔牛ちゃん本来が持ってる脂のこってりさなんだ。チュルト(蟹)のソースの味の濃さが、時にアクセントになってこれまたいける。
でもね、そろそろ止めておこうかな。お腹ももう一杯だし、これ以上食べたら、ちょっとよくない気がする。無理は禁物、体調もよくないんだから、、、。と、カトラリーを置き、お皿が下げられるのを待っている間に、サーッと気分が悪くなってくる。あ、まずい。これはまずい。とりあえずお水をもらって飲んでみる。効果なし。胸の辺りがとってもイヤな感じだ。「ピュスちゃん、大丈夫?タクシー呼んでもらう?」と心配そうなMきちゃんの声が遠くに響く。首の後ろと指先がスッと寒くなる。やばい、貧血になりそうだ。
「と、とりあえず、トイレに行ってくるね」ふらふらになりながら階段を上がり、トイレに座る。どうしよう、このまま立てなくなったら、、、。頭、上がるかな?そおっと頭を上げてみる。あら、上がった。手を洗ってみる。あら、気持ちいい。大きく深呼吸してみる、あら、頭に空気が入ってい感じ。爽快な気分だわ。もう一回、深呼吸。あら、吐き気もおさまった。頭もすっきり。やだわ、治っちゃった!
トントントン。軽やかに階段を降りて、席に戻る。
「復活!したみたいよ、私」
「ピュ、ピュスちゃん?」
「なんだかよく分からないけど、とにかく、もう気分いいの」
「よかった。今ね、階段降りてくるの見て、あ、なんだか調子よさそうだわ、って思ったの。足取り軽かったし」
「ごめんね。心配かけちゃって」
「ううん。よかったわ、ほんと。ほら、顔色もよくなったもの」
お腹が一杯になってうぅ〜な感じとかお腹が痛いとかっていうのは、たまにあることだけれど、こういう風に、気持ちが悪くなって貧血気味になるのは、とーっても久しぶり。それこそ、前回のパリ滞在時以来だ。ひゃあ、びっくりしたなあ。あっという間に気分が悪くなって、ちょっと恐かった。やっぱりね、体調よくない時の、お酒と食べ物には気をつけなくちゃね。
すっかり元気を取り戻し、デセールのお時間。ついさっきまでは、「とてもとてもデセールなんて、、、。早くタクシー、、、」って感じだったのに、嬉々として、デセールの到着を待つ。
今夜は、ガトー・ナンテ(ナント地方のお菓子)に、お気に入りのカカオのグラスをつけてもらう。アマンドの香りがちょっと濃厚だけれど、よく出来た素朴なお菓子。私はでもやっぱり、カカオのグラスにエヘヘヘヘ。
「残してるじゃないか!さっきのプラも残したし!だめだよ。きちんと食べないと、君らに皿洗いをさせるぞ」と、セルヴール。
「いいよ。じゃあ、私、洗います」
「じゃ、私が拭き役ね」
「ビヤン。おーい、今夜はこの子達が皿洗いしてくれるってよ!」
「おー、それは助かるなあ。んじゃ、よろしくね」と肩をポン。字だけだとよく伝わらないかもしれないけれど、やっぱりちょっと、変に距離が近すぎるの。馴れ馴れしさにもいろいろあるんだわ。愛想よくてサンパだけど、ちょっと嫌い、こういうセルヴィスは。
マントのお茶をすすって、お腹もさっぱり気分もさっぱり。さっきの気持ち悪さが嘘のようだわ。相変わらず、あーだこーだと馴れ馴れしい従業員達とサヨナラするために席を立つ。
「今夜はすみませんでした。ご迷惑を掛けて」
「いいんです。たまにはありえることですよね」そんなことよりも、もう一度、従業員教育をしてね、って感じよ。ダヴッドさんに頼んでおこうか、私?
お料理はさすがにとても美味しい。今日食べた170フランのムニュ・カルトは、お値段敵にとっても魅力的。190フランでなく、170フラン、というところが、いいんだよね。お酒も可愛らしいものを置いているし、建物はとても素敵だし、本当にお値打ちレストラン。セルヴィスと、椅子や食器はちょっと気に入らないけれど、まあそれを考えても、やっぱりおりこうさんレストランだわ。
小雨が交じりの風が相変わらず強い。オテル・ドゥ・ヴィルまで歩
いてタクシーを待つ。そう言えば、今夜はここで、ミス・フランス
が決まったんだ。誰になったのかな。
夜が更けると共に、ますます風と雨が強くなる。窓に叩き付けられ
る雨風の音に夜中に何度も起こされた、冬の嵐の夜でした。
sam.11 dec. 1999