木曜日からのヴァカンスの、今日が最終日。数日前から始まったカンヌともあいまって、パリの街からはパリジャンとショービス界の人々の姿がめっきり減っている。お天気が今一つ盛り上がらず、お散歩もピクニックもだいなし。寒いんだ、ここ数日のパリ。薄いコートが手放せない。せっかく、一年で一番美しい季節を迎えたのにこれじゃあねえ。ああ、早くテラスでの夕食に行きたいな。夏のワンピースを着てさ。
あったかいお茶を飲みに行きましょうか、と「マリアージュ・フレール」のドアをくぐる。
さすがにヴァカンス。ちょうどお昼時だというのに、3組くらいしかお客様がいない。
「どうぞ、好きなテーブルを選んでね」とにっこりメガネのセルヴール君に促され、天井から太陽の光が落ちるお気に入りのテーブルに向かう。
ストン、と、大好きな椅子に座った瞬間、満足一杯の溜息が出る。ピュスだったら、ゴロゴロと喉を鳴らすところかな。ほんっとにこの椅子、最高にいい座り心地だ。何てことない、ただの木の椅子なのにね。木が柔らか味を持っているんだ。
「この椅子、大好き」とカルトを持って来てくれるメガネ君に告げる。
「そうでしょ!いいでしょ!この椅子、本当に最高でしょ!お客様はみんな、この椅子大好きなんだよ。どうぞごゆっくり」とカルト類を置いて行ってくれる。
パンプルムスのジュースから始まる今日のブランチ。お気に入りのジュースをコクコクと飲んでいると、お茶が運ばれてくる。ディンブラ高原の畑の一つで取れるお茶。透明感のある赤茶のお茶を一口飲んで、椅子に座ったときよりももっと大きな溜息を吐いてしまう。
美味しいんだ、これ、とてもとても。マリアージュっぽいかぐわしい香りのしないお茶。立ち昇る湯気から香るのはごく控えめな優しい紅茶の香り。コクリと喉を流れた後には、ダージリンのような刺激が残るわけでもない。何て言うのかしら、、、。柔らかくコクがあり、味と香りのバランスが絶妙。鮮やかすぎず輝きすぎず、そう、フランスの紅茶ではなくてイングランドの紅茶、という感じ。小さい頃から大好きだったのは、こういう英国らしいお茶だった。一口飲むごとに笑顔がこぼれる。何て美味しいんだろう。
ソモン・フュメのかきタマゴも紅茶のジュレをつけて食べるスコーンとブリオッシュもみんな美味しい。ひとしきり食べたところで、おやつに突入。
「さ、ガトー選びに来てよ」とメガネ君の召集に答えて、お菓子のシャリオのところに行く。
「これがね、フレーズとピスタッシュのタルト。こっちはタルトタタン。これは春の果物のガトー。のっかてるのはねえ、パンプルムースでしょ、フレーズでしょ、エキゾチックフルーツでしょ。それからこれが、うーん、なんだこれ?フレーズとなんかのタルトだねえ。僕も全部は知らないんだよ。それからこれが、、ええと、、、果物のムースだ。中の果物は何かなあ?こっちはおなじみの、フランボワーズのシブースト。あ、今日はショコラのお菓子はないんだ。ごめんね。それから、ミルフォイユ。後は、フィナンシエやマカロン類。さ、どれにする?」
フレーズとなんかのタルト(なんか、はルバーブだった)と春のフルーツのケーキ。うーん、美味しいねえ。お友達が取った、シブーストも相変わらずいいねえ。途中でお気に入りのお茶がなくなっちゃって、うぇーん、、、。ミルティーユ・ソヴァージュ(クワの実かな)のお茶を分けてもらう。
普段よりずっと閑散としたサルで過ごす午後の時間は、いつも通りとてもとても心地いい。
大好きな椅子、椅子と同じくイングランドから取り寄せた、重さが手に心地よいカトラリー(こういうものって、イングランドがやっぱりいいのだろうか?「ジャック・シボワ」の素晴らしいナップやセルヴィエットもやはり、英国から持って来ていた)、お茶目で優しいメガネ君のセルヴィスと楽しい会話、センスのよい内装、お茶の香り、、、。こんな素敵なものたちに囲まれ、仲良しのお友達と尽きる事なく続くお喋り。何て楽しいひとときなんだろう。
たっぷりお茶をのみ、お菓子を食べ、飽きるほどおしゃべりをして、気がつくと4時前。ブランチに3時間半もかけちゃいけないよねえ、と、笑いながらラディションを頼む。
「楽しんでもらえた?たくさん食べて、たくさん飲んだ?」と、ちぢれ髪セルヴール君。
「とても楽しかった。また長居しちゃった。椅子があんまり気持ちよすぎて」
「どうぞどうぞ、いくらでも長居してってよ」
「ありがと。また来ますね」
階段を上がって上ブティックをぶらぶら。あれ、メガネ君だ。
「やあ、ルボンジュール(またこんにちは)だね!」
「こっちにいたんだ?早番で、もう帰っちゃったのかと思ってた」
「いやいや、僕はね、どこにでもいて何でもするんだよ」
「働き者なんだ?」
「まーねー、、、、」(ちょっと語尾が怪しいぞ!)
このお店の話をいろいろしてくれる。
「このお店、他の2軒に比べて圧倒的に居心地いいな」
「うん。あっちの2軒は、いつ行っても混んでるし騒がしいし、結構なんでもぞんざいだし、、、」
「そうそう、セルヴィスもあんまりよくないしね」
「だから僕、こっちに移ってきたんだよ。前はあっちにいたんだ」
「あ、ごめん。そうだったんだ?」
「いや、でも、ほんとだもん。この店のセルヴィスとは違うでしょ?」
「うん。椅子も違うしね!」
「そうそう」
お友達への誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってくれ、素敵なポット達の解説をしてくれ、月末から始まる創業145周年記念のいろいろなセレモニーの説明もしてくれる、とてもサンパなメガネ君。
「日本のお茶のセレモニーもやるんだよ」
「ここで?」
「うん」
「誰がするの?」
「僕だよ、僕!」
「ほーんとーにーー???」
「うそでーす、、、。知らない。聞いてくるね、ちょっと待ってて」と、わざわざ奥まで聞きに行ってくれる。前回、素敵なセルヴィスをしてくれたメートル氏がいなくってちょっと残念に思っていたけど、メガネ君もいいぞお。
「日本人の若い女性だって」
「へえ、そうなんだ」
「来る?」
「来る来る」
「じゃ、また近いうちにね」
「またね。とっても楽しかった。ごちそうさまでした」
「どうもありがとう」
冷たい風が吹くシャンゼリゼには、ヴァカンスといってもやっぱり人がいっぱい。5月とは思えない寒さに震え、シャンゼリゼを下る。あーん、お茶を飲み過ぎた。おトイレに行きたいよお。たっぷり4、5杯は飲んでるもんね。
美味しかったなあ、それにしても。楽しかったなあ、それにしても。またすぐに、あの椅子に座りに行きたいな。
dim.16 mai 1999