Yりちゃんご一行様とのお夕食会二日目。
「ぴゅすちゃんが行ったことなくて、試してみたいところでいいわよ」というお言葉に甘えて、今年度の「ゴーミヨ」を読んでから気になっていた「ル・サフラン」にテーブルを予約する。
オペラ通りの裏側にひっそり佇む、名前の通り明るいサフラン色で統一された小さなレストラン。昔はビストロかカフェだったのかしら、古い施設を一生懸命改装した、という感じの内装だ。
「ごめんなさい。コート預かってあげたいのだけれど、もう一杯なんですよ、コート掛けが」というおじさんセルヴールの言葉に違わず、9時に入った私たちのテーブルを残し、席は全部埋まってる。
席に着いてアペリティフ。Yりちゃん、Kるみさんと私は、相変わらずのシャンパーニュ。引き続き冒険精神旺盛なO夫妻は、サフラン入りシャンパーニュ。とりあえず乾杯してカルトを開く。
昨日とはうって変わって解説が楽なカルト。だってね、アントレもプラも3つずつしかないのですもの。しかもとてもシンプルな料理名。シャンパーニュで喉を潤す暇もなく、1分で終わる料理解説だ。ムニュ・シュープリーズ(びっくりメニュー)の内容にプラス2分。計7分の速効カルト解説。
おしゃべりしながら料理を待つ。客席30あまりののキャパに対してセルヴールが2人だけ。大忙しで働いているけれど、なかなか料理がこない。ソムリエも兼任だから、もう一人従業員がいるといいのにね。椅子もテーブルもカルトもカトラリーもお皿もお花もセルヴィエットもグラスも内装も、全てがお金かかってなくて安っぽいけれど、人の雰囲気はそんなに悪くない。お料理、どんなだろう。早くこないかな。
アントレは「ジャガイモとフォアグラの重ね焼き」。薄くスライスしたジャガイモとフォアグラをオーヴンしたもの。フォアグラが溶け出し、甘みがジャガイモに染み込んで、美味しいよ。周りのジュ(ソース)がよく出来てる。単純といえばあまりにも単純な料理で、私にも作れそうだけれど、ポイントのソースが絶対出来ないな。
プラは「仔羊のロティ、カリフラワー添え」。薄切りの仔羊の風味はいいし、カリフラワーもとても美味しい。そしてまたソース。このソースがまたしてもいい感じ。見た目は、本当にシンプルな料理で、羊をロティして薄切りにするのとカリフラワーをさっと茹でるのなら、私にだって出来るけど、やっぱりソースにプロらしさを感じる。
アントレもプラも、フランスにしては量が少な目。これくらいだったら、お腹に負担なく、最後まで美味しく食べられるな。パンがもう少し美味しいといいのだけれど。
お酒は、シルヴァネールとラランド・ドゥ・ポムロルの、ん〜どこのシャトーだったっけ???とにかく素晴らしく美味なお酒だった。昨日の「ガヤ」に比べ、笑っちゃうくらいに安い値段のお酒を取り揃えた、カルト・デュ・ヴァンだけれど、「カーヴ・タイユヴァン」から仕入れているらしいそのお酒達は、さすがにいい質のもの。
このラランド、確か300フランしなかったんじゃないかな。ラランドとはいえ、ポムロルらしいふくよかでじっとりと沈み込んでいく甘さが、鼻と口内を喜ばせている。好みのタイプよ、このお酒。
またしても、デセールをパスするKるみさんとOさんを尻目に、私たちYトリオは、きちんとお菓子もクリア。洋なしのバヴァロワにカラメルがかかった素朴なお菓子を、美味しく戴く。
厨房からシェフが出てくる。コック帽を外し、頭をひとふり。とたんに、長い長い金色のきれいな髪が流れ落ちる。そうだ、このレストランは女性シェフだったんだっけね。
しばらくの後、私たちのテーブルにやってくる。
「ごめんなさいね!本当にごめんなさい」シェフ。
「は?」私。どうしたどうした?なんでこのシェフ、私たちに謝るの?ぽかんと口を開けていると、シェフが続ける。
「お料理出すのがとっても遅れちゃって、本当にごめんなさい。たくさん待ったでしょう?申し訳なかったわ」
なんと、このシェフ、料理の遅れのことを謝ってるんだ。そりゃまあ、カルトを見せてくれるのも、注文取るのも、それぞれの料理が来るのも、確かに遅かった。でもねえ、こんなこと時々起こることだし、そんなのにイライラしてたら、どうしようもないものね。こんなことで謝ったシェフ、私、初めて見たわ。シェフが謝っている旨、みんなに通訳すると、みんなも驚いて首を振る。
「そんな、シェフ、気にしないでください。それより、料理が期待通り美味しくて、とても楽しかったです、私たち。ゴーミヨで記事を読んでから、ずっと来たかったんです。よかった、今夜来られて」にっこり笑って、シェフ、私のおでこにチュッ。向いの席で、Oさん、目を丸くする。Oさんも、おでこにチュッ、してもらいたかったのね、きっと。
暫くシェフ・キャロルとおしゃべり。とてもサンパで人当たりのいいシェフ。予約の電話を入れた時に出てくれたのは彼女だ。
「5人?誕生日か何かかしら?だったら、お菓子とか、きちんと作っておきましょうか?」とても優しくていい感じの電話だった。
18区にレストランを開いていて、バスティーユに移り、去年の夏から1区に引っ越してきたのだそうだ。おしゃべり好きで優しくて素敵な女性シェフと話が弾む。
「お待たせしちゃったお詫びよ」と、キャロルからサーヴィスされたシャンパーニュをカフェ代わりに、お夕食の締めくくり。気がつくと、私たちが最後のお客様。嘘でしょ?まだだって、12時過ぎだよ?早いなあ、客の帰りが。
あんまり長居しちゃシェフ達に悪いよね、と、私たちも帰り支度。今夜もまた、Kるみさんに多いに笑わせてもらって、笑い過ぎていたいお腹を抱えて、シェフとさようなら。ごちそうさまでした。
お料理はまあまあ。シンプルなものばかりだけれど、味はしっかり美味しい。セルヴィスは可もなく不可もなく。内装や調度、食器類その他は、好みじゃないわ。安くあげるにしても、もうちょっとセンスよく出来るといいのにね。
寒いパリの真夜中。ホテルに向かって歩きはじめたところで、Kるみさんが言う。
「ねえねえ、今夜がぴゅすちゃんとの最後の夜だよ。このままでいいの?どっかに行かなくていいの?」ナイス、Kるみさん!私もね、このままバイバイじゃ、ちょっと寂しいな、と思っていたの。ここぞとばかりに、即答。
「そうですね!じゃ、行きましょうか。んー、ここからなら、リッツかな。バー・ヘミングウェイでいいですか?」とたんに、みんなから歓声。
「おー、いいね!ヘミングウェイ、行ってみたかったんだ」
「わー、いいじゃない!」
「行こう行こう!ヘミングウェイ!」バー・ヘミングウェイは人気者だったのね。
プラス・ヴァンドームまで歩いて、オテル・リッツに入る。いつ来てもいい匂いのリッツ。たっぷりと、大好きなリッツの匂いを嗅ぎながら、長い廊下を通ってバー・ヘミングウェイへ向かう。蓄音機の音楽がかき消されそうなくらいに、賑やかなざわめきが中から聞こえてくる。そっか、土曜日の夜だものね。混んでるんだろうな。
トントンと階段を降りて中に入ると、クリストフちゃんがお出迎えに来てくれる。
「ボンソワー!いらっしゃい。1人なの?」
「ううん。5人なんだけど。一杯だね、駄目かな?」
「んー、ちょっと待ってみる?今の段階では、誰もラディションしてないけど、ちょっと待ったら空くと思うよ」
「オッケ。じゃ、外にいるね」
「迎えに行くよ」
バーの外にある小さなロビーで、優雅にウェイティング。通りすがりのリッツの客が奏でるピアノを聴きながら、フコンフコンのソファに身を埋めて、クリストフちゃんが来るのを待ちながら、写真撮影大会。ほんとにね、リッツは写真の撮りがいがあるわ。
「洗面所もね、とっても素敵なんですよ、リッツって。あれが私の部屋だったらいいなあ、って思ってるの」なんて言ってたら、洗面所に行っていたOさんが、「俺、写真、撮っちゃったよ」。分かる分かる、その気持ち。本当に素敵な洗面所。
程なくヨアンが呼びに来て、中に入る。
「君たちのために、カウンターを空けたよ」と、にこにこヨアン。ずらっと5人でカウンターを占拠して、改めて飲みなおし。ヨアンの冗談を聞きながら、お気に入りのラムとシナモンのカクテルを楽しむ。笑って喋って飲んで、楽しく時間は過ぎてゆく。もう2時をまわったし、もうそろそろ帰りましょうか?
「ねえ、ラディションって、どうやって頼めばいいの?」Oさん。
「ヨアンの視線を捕らえて、手をサインするみたいに動かせば持って来てくれますよ」私。
「分かった」Oさん。Yりちゃんとおしゃべりをしていると、OさんとYみさん、Kるみさんが、ドッと笑い声を上げる。
「なになに、どうしたの??」Yりちゃんと私。
「聞いてよー!可笑しいの!」また、クリストフちゃんがやってくれたらしい。
ヨアンが近くにいなかったので、丁度レジの辺りにいたクリストフちゃんの視線を捕らえて、Oさんはサインをする真似をしたらしい。と、クリストフちゃんは、分かりました、とばかりににっこり可愛く笑って、おもむろに、ポケットからボールペン出してOさんに差し出したのだそうだ。
話を聞いて、Yりちゃんと私も爆笑。Yりちゃんなんて、大笑いして、ハンドバックを下に落としちゃって、中身が散乱。あなたの責任よ、クリストフちゃん。あなたって、本当に相変わらず、、、。肝心の本人は、何があったかも知らず、涼しい顔して、奥の方のテーブルの注文を運んでたりする。
「ねえ、どうする、これ?」ボールペンをもてあますOさん。
「まあ、せっかく貸してくれたんだから、とりあえず何か書いてみれば?で、返しましょうよ」
「うん、そうですね。可哀想だもん、そのまま使わずに返しちゃったら」と、数秒後に、また爆笑が起きる。
「なになに?今度は何?」Oさん、Yみさん、Kるみさんが、死にそうに笑ってる。
「こ、このボールペン、、、。書けないの。インク出ないのよ、、」爆笑がYりちゃんと私に移る。ク、クリストフちゃん、、、?あなたってやっぱり、春に会った時から、成長してなかったのね。少しは、バーマンらしくなったと思っていたのに、、。
笑い転げている私たちの所に、ヨアンがやってくる。
「なになに、どうしたの?僕のこと、笑ってるのかい?」パタリロ眉毛を動かしながら、顔を近づけてくる。
「ち、違うよ、ヨアン。クリストフが、、、」
「なにやったの、あいつ、また?」
「あのね、、、」と、ラディションたのんだら、ボールペン持って来たところまでを話す。
ヨアン爆笑。「あ、あいつは相変わらず、、」
「まだだよ。続きがあるの」と、しかもインクが出なかったことも話す。
ヨアン大爆笑。「あ、あのバカ、、」もう、くじけちゃってるヨアン。先輩なんだからさ、あなたがコリンと一緒にクリストフちゃんをきちんと育ててくれなくちゃ。
ひとしきりクリストフちゃんネタで笑い転げ、無事ラディションして、帰りの挨拶。これからクリストフちゃんとヨアンは、飲みに行くんだそうだ。
「一緒に行かない?」
「んー、もう2時半でしょ?いい。明日もお昼にランデヴーがあるから」
「んじゃ、また今度ね。Mコと4人で?」いいけどさあ、そのメンバーにはロマンは入ってないの、ロマンは?
レヴェイヨンの時に会った、バー・ヴァンドームで働いているロマン。こんな素敵な人がオテル・リッツにいたなんて知らなかった!と、感動したんだ。
「彼にまた会いたいな。彼は元気?」
「ハハーン」目をキラキラさせてパタリロ眉になるヨアン。
「元気だよ。よし、じゃあ、ロマンとMこと君と俺の4人で、今度遊ぼう」え、それはちょっと、、、。私はいいわよ、ロマンがいれば。でもさ、Mこさんは、クリストフちゃんがいなくちゃイヤなんじゃないかしら??ま、いいや。その話はまた今度ゆっくりね。
ごちそうさまして、ヨアンとクリストフちゃんにさよならして、バー・ヘミングウェイを後にして、出口に向かう。あーあ、どうして私はリッツから出て行かなくちゃいけないのかしら?こんなに好きなのになあ。ここで暮らせたら、本当にいいのにな。客室がいい、なんて贅沢は言いません。洗面所でいいですから、お願い、ここに住まわせてくださいな。
sam.15 jan.2000