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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ローベルジュ・ドゥ・シュヴァル・ブラン( L'Auberge de Cheval Blanc )

「モン・デュー!嘘だろ?君かい、ピュス!?」
「ククー、ほんとに私よ!元気にしていた?」

南に向かうTGVは大好きだ。大海原が揺れるように、ゆるやかに途切れなく起伏を作る葡萄の丘陵。厳しいミストラルの洗礼を受け、いっせいに南に傾いている糸杉。刈り取りの時期をじっと待っている、重い頭を垂らした向日葵。建物の色がいっせいにひなびたレンガ色に変わると、そこはもう、プロヴァンスの入り口、アヴィニオン。

久しぶりに握るハンドルにワクワクする。あー、車運転するの、大好きだ。予想以上に鋭く皮膚の中に食い込もうとする太陽の光に悪戦苦闘しながら、水草の絡まる大きな風車が運河を飾る、リル・シュル・ラ・ソルグに入り込む。

週末のアンティーク・マルシェ(市)が有名な小さくて愛らしい街は、周辺からやってきた人々で賑わい、路という路は大混雑。やっとの思いで小さな車を止め、頭を突き刺すような強い光を受けて鮮やかに輝くマルシェを散策。

出だしから暑さにやられ、ふらふらになった頭を抱えて南に下る。メロンで有名なカヴァイヨンを超えたところにある小さな小さな街、シュヴァル・ブラン。今日の昼下がりは、この街にある、初めて行く、でも、絶対に美味しい、と分かっているレストランで過ごすんだ。

「びっくりした?」
「そりゃびっくりするさ。嬉しいよ、来てくれて。さ、こっちへ。サブリナ!来いよ!誰がいると思う?」
「アナイスは?おっきくなったでしょうね」
「ああ、すっごく。後で会ってやってよ」サブリナのだんな様。アナイスのパパ。そう、エルヴェのレストランです、Oさん。

仕事でパリに住んでいた頃、笑っちゃうくらい通いまくった「イヴァン」。鏡の横の18番テーブルで、いったいどのくらいの時間を、楽しい人たちに囲まれて過ごしただろう。笑いにあふれる「イヴァン」の、四角いテーブルに乗っていたのは、いつだって、シェフ・エルヴェが作ってくれる、素敵に美味しい料理だった。そりゃまあ、創作したのはイヴァンだし、エルヴェがお休みの時だってあったけれど、エルヴェがいる時にはいつも、彼らしさがほんのちょっぴりプラスされた、それはそれは私たちにぴったりの、心に染みる料理を出してくれた。

もう5年も前になる、はじめてエルヴェに会った時のことを思い出す。ひょこっと、奥の方に出てきてこちらに笑顔を向ける小柄なキュイジニエさん。
「誰あれ?」
「コミじゃない?」なんて、失礼なことを話していたら、豪快なジェロームが寄ってきた。
「ワッハッハッハ!楽しんでる?僕らのシェフを紹介するよ。ほら、あれがエルヴェだよ」
「エルヴェ?彼が?」Oさんと目を丸くした。とことことこ、と近寄ってきて、にっこり挨拶。
「僕エルヴェ。よろしくね」

エルヴェのご飯を最後に食べたのは、パリを離れる前夜。2週間にわたり5回も「イヴァン」に出向いて、夜毎、フェットをして過ごした気がする。96年11月。1日だったかな、2日だったかな。あの時が、エルヴェの作る「ラングスティーヌのラヴィオリ」を食べた最後だった。あれから4年弱。こんなにも長い時間を経て、ようやく再会するエルヴェの料理に、期待と不安が錯綜する。

atomo暖かみのあるオレンジと黄色で明るく可愛く飾られた店内。エルヴェの人柄がよく表われているね。テーブルに置かれたオブジェも、セルヴィエットを結ぶロン・ドゥ・セルヴィエット(ナプキンリング)も、お茶目でキッチュで、とても彼らしい。半分は地元、半分は観光客かな、という感じの客であらかた埋まった店内の、すみっこのテーブルに座って、エルヴェが書いた詩が裏に記されたカルトを開く。

トマトやクルジェットのカナッペをつまみ、冷たいシャンパーニュで、太陽にやられた頭を冷やす。あんまり飲んじゃいけない。今日はこれからまだ、運転しなくちゃいけないし。

サブリナがセルヴィス。厨房はエルヴェの弟。エルヴェは、外と中、臨機応変に両方こなす。人を雇うのは、とんでもなくお金がかかるし、出来るだけ自分達で、ということなんだろう。くるくるくるくる、大忙し。話をする暇もない。
「あとで、客が引けたら、ゆっくり話そうね」オープンして、まだ、数ヶ月。最初の一年は、大変だよね。

tomato「お待たせ!」アントレの「トマトの薄いタルト」が目の前に置かれる。うわぁ、エルヴェの料理だ、、、。ちょっとドキドキしながら、カトラリーを手に取る。

口の中いっぱいにプロヴァンスが広がる。味の濃いトマト。香り高いハーブ。みずみずしいオリーヴ。アツアツサクサクのパイに、プロヴァンスの豊かさが満載。シンプル。とてもシンプル。でも、すっごく美味しいのよ。

すぴちゃんに味見させてもらった「野菜のカリカリ仕立て」も、プロヴァンス野菜の魅力をこれでもか!と出してきた作品。ごく薄のトーストの間に、火を通したナスやポワヴロン(ピーマン)、トマトなどの夏野菜を挟み、ミルフォイユ状にしたもの。それぞれの野菜の旨みと、それを飾る南のハーブ。カリカリした香ばしいトースト。おいしーよー、エルヴェ!

lapin続いて運ばれるのは「ラパン(ウサギ)のロティ」。あっさりしたラパンに、爽やかでこくのあるバジルとオリーヴのソースがぴったり。上に乗せた、揚げたポワローがいいアクセント。こういう、優しいウサギの料理は好きだな。

早起きしたのがたたったのかしら。それとも時差ぼけ?いやいや、日射病になったのかな。なんだか知らないけれど、かなりお腹いっぱいになってしまう。まあ、確かに、アントレの量、すごかったしね。ウサギ、最後まで食べきれずに、ちょっと残してしまう。エルヴェの作った料理を残すなんて、今までにあったかしら?

quatrequartデセールは、「プロヴァンス風カトルカー(パウンドケーキ)」。
「うわぁ、可愛いんだ。なんてエルヴェらしい!」出てきた瞬間、思わず笑い出してしまった、それはそれはお茶目なデセール。彼が送ってくれる、年末のカードのイメージだ。ハーブをたっぷりと入れたホロホロのガトー。アプリコのソースとモモが、夏を演出。お皿の周りに散らされたミントがいいなあ。

ああ、お腹がいっぱいでなければ、ちゃんと食べるのに、これはちょっと食べきれない。すぴちゃんたちの、「ムロン(メロン)のスープ、キャラメル風味」くらい、あっさりとしたものの方がよかったかも。このスープは傑作だ。

日曜日の正餐の時間。店は9割埋まった。うん、このくらい入れば、上出来じゃないかしら。いつもどのくらい、お客様来てるのかなあ。

ようやく客が引け、静かになった店内で、近況報告。お店のことをエルヴェとサブリナと話す。休みなんて取る暇もなく大変らしいけど、自分の店を開く時って、そういうものだよね。

味は問題ないし、お値段も安め。今日のムニュなんて、3品で134フラン。めちゃめちゃお値打ち。内装や雰囲気は、とっても可愛くていい感じだし、絶対大丈夫。もう少ししたら、必ずガイドブックや新聞に取り上げられて、軌道に乗るよ。頑張ってね、2人とも。

お昼寝から目覚めたアナイス、ついに登場。12月に会った時には、まだ生後数日だったので、虫みたいだったけど、いまはもう、すっかり一人前の赤ちゃん。コロコロと真ん丸で、エルヴェとおんなじ目をしてる。すっごく可愛くて、いい子。みんなで夢中になって、抱っこ大会。上の子も出てきて、ワイワイガヤガヤ。すっかりお兄さんになったヤッシン、アナイスの面倒をよく見てくれるらしい。

アナイスにヤオール食べさせて、ヤッシンにデイジーの仕組みを教え、なんだかここ、保育園の様相を呈してきた。かーわいいんだ、2人とも。連れていっちゃいたいくらい。2〜3日預かれば、エルヴェたちも嬉しいんじゃない?仕事をしながら、子供の面倒を見るのも大変だ。

「ピュスが来てくれて、ほんと、嬉しかったわ。エルヴェの家族は、リヨンの側に住んでいるから簡単に来られるけど、私はパリジェンヌだから、友達や家族も、なかなかここまで来てくれないのよ。パリは遠いわ、、、」と、軽いため息つきながら、サブリナが言う。

そうだよねえ。知らない土地で、お店にかかりっきりで、近所の人たちと友達になる暇すらないんだろう。ほんと、大変だと思う。

ねえねえ、だから、子供たち、3日ほど預かろうか?パリに帰る時に、またここに寄って、置いていくよ。って、本気で言いそうになっちゃったけど、ダメダメ。すぴちゃんと私のことだから、そのままパリに連れて帰りかねない。犯罪者には、なっちゃいけないしね。

久しぶりに、たくさんの遊び相手を得て、嬉しかったんだろう。ちょっぴり寂しそうなヤッシンの笑顔と、エルヴェとサブリナの優しい笑顔、それに、極上の赤ちゃん笑顔を見せてくれるアナイスと、しぶしぶオ・ルヴォアール。

「来てくれて、ほんと、嬉しかったよ。パリのみんなによろしく。そうだ!Mはどうした!?」
「知らないわよ。手紙出しても、全然返事くれないし。今度日本に行ったら、連絡してみる。じゃあまた。頑張ってね、お店。応援してるから」
「ありがとう。元気でね。サリュ!」
「オーヴァ、エルヴェ!」

カヴァイヨンからほんのちょっと南に下がったシュヴァル・ブラン。この小さな街にある「ローベルジュ・ドゥ・シュヴァル・ブラン」は、誰にも自信を持って勧められる、美味しくて気のおけない、居心地のいい素敵なレストランだ。オーナー・シェフの人柄、そのもののような。


dim.27 aout 2000



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