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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ブキニスト(Les Bookinistes)

ゆっくりとヴァカンスが明けてゆく。姿が見えなかった人たちも、ちらりほらりとパリに戻ってきている。

「チュルキ(トルコ)に行ってきたんだよ。すっごくよかった。きれいな女の子がいっぱいいたし。あ、でも心配しないで。何にもしてないよ。アッハハハ!」と、元気な声でヴァカンスの報告をしてくれるエリックに会いに「レ・ブキニスト」へ。

「いらっしゃい、ピュス!元気だった?」先月ここに来た時にたっぷりと面倒を見てくれたキャロルが出迎えてくれる。「ギ・サヴォア」から移ってきたキャロルは、爽やかでからっとしていてきっぷがよくて、そう、ダヴィッドさんが女になった感じ。女性から受けるセルヴィスは、なんとなく、べたべたしてお尻が重たい感じで、スマートじゃなくて、好きじゃない。でも、キャロルはさっそうとキリリとした、女臭くないセルヴィスをしてくれる。この間は、帰りにショコラをたくさんお土産にくれたっけ。

「ボンソワー、キャロル。サ・ヴァ?ヴァカンスは?もう終わっちゃったの?」
「ほんのちょっとだけね。もうとっくに終わっちゃったわ」
「働かされてるんだ?」
「まあね。さ、あの席でしょ?エリックは、ちょっと出かけてるの。後で戻ってくるから待ってて、って」

2人で来る時には窓際の角っこのテーブル、3人の時にはその横の丸いテーブル、って、ここでの指定席を決めている。
「シャンパーニュ、ね?」と、ウィンクしながらバーに向かうキャロルと入れ違いに、Iさんたちの到着。久しぶりの挨拶交わして、程なく運ばれてきたシャンパーニュのフルート片手に、チン!ご無沙汰していました。

「お料理、運ぶわよ。ワインはどうする?そっちで決める?それともこちらで選びましょうか?」と、キャロル。
「へ?お料理、決まってるの?」
「ムニュ・シュープリーズ(お楽しみコース)なんでしょ、今夜は。なにか食べられないものはある?」聞いてないよ、そんなこと。エリックが決めてくれたのかしら。

「いいじゃない。面白そうだし」
「何が出てくるか、どのくらい出てくるか、全然分からないのっていうのも、楽しいかもしれませんね」
「じゃあ、お酒も向こうに任せましょうか」お料理もお酒も選ばない夕食なんて、めったにない。楽といえば楽だし、なんだかワクワクする。たまにはいいかもね、一瞬先が見えない食事を楽しむのも。

thon「スタートに、「トン・ブラン(白いマグロ)のマリネ。コンコンブル(キュウリ)とオリーヴとラディ(ラディッシュ)を散らして。アンショワ(アンチョビ)のペースト乗せトースト」です。ボナペティ!」口元に傷を作ったセルヴールくんがにっこり笑顔で運んできてくれたのは、びん長マグロを厚めに切ってオリーヴオイルでマリネした一品。甘みのあるトンに、爽やかな野菜達がまとわりついて、夏らしく、あっさりとでも素材の完熟度が存在感のある料理。添えてある、アンショワペースト乗せトーストがイケたりする。こんなペースト、家の常備菜に置いてあるといいな。

スタートとしては完璧な皿が下げられ、続いて運ばれてくるのはveloute「フヌイユ(ウイキョウ)の冷製ヴルーテ、甲殻類風味。トマトペーストを塗ったトースト」。このお皿、時々デセールにも使うのだけれど、気に入っている。なんてったって、中に入る量が少な目なのがいい。

ふわりとフヌイユが香るヴルーテにはオリーヴオイルがアクセントにかけられていて、これまた清涼感あふれる、好みの料理。小さな貝とエビが、具として中央に飾られている。自分では間違っても注文しない貝を、久しぶりに食べるなあ。こうやって食べると、美味しいし決してイヤじゃない。この量だからなんだけどね。冷たいヴルーテとオリーヴオイル、というのは、私の大好きな組み合わせ。何にもリクエストしなくても、こんなに相性のいい料理が出てくるなんて、素敵だなあ。

どうしてそんな怪我したんだろう?まるで、子供が走ってて勢い余ってつんのめって転んで出来たような傷が痛々しいセルヴール君が、まさに子供のような笑顔で次の料理を運んでくる。
thon2「トン(マグロ)のソテー、カープル(ケイパー)風味。クルジェットのカヴィア仕立てです。ボン・コンティヌアシオン!」

中がほんのり生に残したトンに、ジュの旨みとカープルの酸味が上手く絡まっている。酸味が苦手な私は、カープルという文字がカルトにあると、まずはそれを無視してかかるけれど、さっきの貝に引き続き、普段食べない苦手なものの、嬉しい再発見だ。ふーん、それなりに美味しいものなんだね。酸味、と言っても、こうやって使えばそんなに気にならないし。

ナスを焼いて、オリーヴオイルを混ぜて実をつぶしたものを、ナスのカヴィア仕立てと言ってよく出すが、それをクルジェットで作ったガルニ。夏野菜は美味しいねえ。トロトロに甘いクルジェットとオリーヴオイルの相性は、全く非の打ち所がない。

各料理に、とても上手くオリーヴオイルを使っているここの料理たち。オリーヴオイルの産地や種類について、Iさんたちと盛り上がる。今度一緒に、オリーヴオイルの専門店に行って、いろいろ味見しましょうね。

「美味しかったですか?」と、怪我セルヴール君。この名前じゃ可哀相だ。名前、聞こう。
「マキシム、っていいます」
「美味しかったわ、マキシム。ねえ、ところで、エリックはまだ帰ってこないの?」
「エリック?んー、今日は休みじゃないかと思うんですけど。まだ一度も姿見てないし」
「うそぉ?だってだって、さっきキャロルは、ちょっと出かけただけ、って言ってたけど」
「あー、どうだろ?僕は知らないんです。キャロルに聞いてみますよ」マキシムの言葉にすっかり不安になってしまった私。エリックがいなくちゃ、いやだ!いやだよ!!いやだーっ!!!

まあ、そんな不安は杞憂だった。程なく、元気よく入り口に飛び込んできたのは、まぎれもないエリックの姿。すぐに気がついて挨拶しに来てくれる。
「ボーンソーワー、ピュス。サ・ヴァ?楽しんでる?」
「楽しんでます。姿が見えなくて寂しかったわ、エリック」他のお店で、パソコンシステムがトラブったらしく、その始末に借り出されていたんだって。やれやれ、エリックが戻ってきて、やっと本来の「レ・ブキニスト」らしくなったわ。

心配事がなくなり、心おきなく料理に集中できる。お肉料理は、veau「ヴォー(仔牛)のスペアリブ、シトロネル風味。各種野菜を添えて」。ヴォーのスペアリブ、って初めて食べる。ブタよりも、味が淡白かなあ。脂のところはどうでもいいけれど、肉の部分は、美味。甘目のソースにシトロネルの香りがアジアティックだわ。

コート・ドゥ・リュベロンの97年の赤の2本目を注文して、お肉を終える。このお酒、前にも飲んだことがあるけれど、結構いい。この地区は、10年ほど前にAOCに認定されて、頑張っている最中の地域。グルナッシュやシラーの強さが、のんきな土地柄に育てられ、激し過ぎず強すぎず、味のあるのんびりとした田舎の好々爺、みたいな雰囲気に出来上がっている。
「この週末、ここにいくのよ」って、一本目を持ってきてくれたマキシムに言ったら、
「じゃ、ちょうどいいですね。今のうちに雰囲気に慣れてください」って、コルクを抜いてくれた。

carpaccio「おしまいに、「フレーズ(イチゴ)のカプチーノ風、グラス・ヴァニーユ添え」です」。コンフィチュール(ジャム)になる手前の手前、くらいのトロトロ加減のフレーズに、溶け気味のグラス。溶けてるじゃん、って思ったけれど、この溶けたところがフレーズに交わって、めっちゃ美味。スペア・ミントのツンとした香りが興を添える。お砂糖がほとんど入っていない自然のフレーズの味に、ヴァニラの香り高いクレームがいいねえ。グラス好きの私、フレーズが半分以上残っているのにグラスがなくなる。

これはもらわなくては、と、遠くのテーブルにいるエリックに視線を送る。ククー!なんて笑顔で手を振るエリックに更に視線を投げると、足早にこちらに向かってきてくれる。同時に、近くにいたマキシムも視線に気がつきこちらへ。一足先にやってきたマキシムに、グラス・ヴァニーユの追加をお願い。

しばらくしてからお皿に3つ、グラスを乗せて持ってきてくれる。それぞれに一つずつ、お皿に落としてくれたグラスを、スプーンでフレーズにかき混ぜ込んで、残りのフレーズを楽しむ。

「それもうおしまい?」まだ残っているフレーズを見て、キャロルが聞いてくる。
「ううん、まだだけど」と、視線を上げると、新たなデセールを手に、マキシム達が待ち構えている。

「さっき、このデセールで終わり、って言ってましたよね、マキシム?」
「エリックが気を利かせてくれたんじゃないの?もっと食べたいのかも、って」丸いテーブルに、デセール2種類×3人分のお皿は窮屈だ。急いでフレーズを食べ終えて、新しくやってきたお菓子に取りかかる。

macaronブルニョン(ネクタリン)のスープにペッシュ(モモ)のグラス。上に乗ったマカロンはアニス入り。あーん、ブルニョン好きよ。ペッシュ好きよ。この季節、私は本当に、狂ったようにブルニョンとペッシュばかり食べている。両方とも、白と黄色があるけれど、私は白が好き。冷たい夏果物に、アマンドとアニスの香りがねっとりとしたマカロンがいい口直しになる。

飲みなおしに行くので、カフェはいらない、と言ったら代わりに出てきたシャンパーニュをいただきながら、美味しかったご飯を振り返る。

全部で6皿。でもお腹は平気。3人とも、ほぼ残さず食べきった。一皿の量が、フランス人には少なすぎるくらいなのが、私たちにはちょうどいい。これだけいろいろなものが楽しめると、嬉しいよね。プレゼンテーション的にも、いろいろ見られるし。もちろん、自分達で好みの料理を取ってムニュを組むのもいいけれど、今夜みたいに、お店任せで、まったくのムニュ・シュープリーズ(お楽しみコース)にしてもらうのもなかなか楽しい。

「ピュス、僕の兄と義姉を紹介するよ」ほぼ2回転した客があらかた引けた頃、エリックが座り込んで話をテーブルに座っていたのは、彼のお兄さん夫婦。
「彼女はね、「ラ・ビュット・シャイヨ」時代からの知り合いなんだ」
「そんな昔から?」
「ええ、かれこれ5年くらいになるかしら?エリックが店を移っちゃったから、私も移っちゃったんです」
「あはは、僕らもだよ」
「ラ・ビュット・シャイヨ」やパキエさんの話で盛り上がる。

「それじゃあ。お目にかかれて嬉しい、、、でした、、あれ?」
「お目にかかれて“嬉しかったです”だよ、ピュス」
「それそれ。メルシ、エリック。お目にかかれて嬉しかったです」
「こちらこそ、ボン・ソワレ」んじゃあ、そろそろ、次ぎ行きましょうか?みんなにメルシーとボンソワーして、楽しかった「レ・ブキニスト」を後にする。

車に乗って西へ西へ。着いた先は、アヴニュー・モンテーニュ。アヴニュー・モンテーニュ、と言えば、「プラザ・アテネ」。「プラザ・アテネ」と言えば、「ル・レジャンス」、だったのは、4月までの話。私のシンデレラ城はなくなってしまったけれど、お気に入りの「バー・アングレ」が、まだここには残っている。今月いっぱいまでは、パトリスもいるしね。

こちらはブルターニュでヴァカンスを過ごしてきたパトリスとおしゃべりして、9月に、新しいレストランでの再会を楽しみに、暗い暗い「バー・アングレ」で夜を締めくくる。本当は、テキーラやラムが飲みたいところだけれど、葡萄から出来るお酒をたっぷり摂取した後の、これらのお酒は危険、というのが、最近身にしみている私。殊勝に、シャンパーニュ・ベースのカクテルなんて可愛いものを飲みながら、楽しいお喋りを楽しんだのでした。

ご馳走様でした、Iさん。


jeudi 24 aout 2000



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