homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ブキニスト(Les Bookinistes)

今夜はここでご飯だ。そう思っただけで、エヘエヘ楽しくなってしまう。予約の電話入れる時も、コンファメーションする時も、着替えて家を出る時も、セーヌを横目にレストランのドアを開ける時も、ワクワク感いっぱいでこのレストランに思いを馳せる。

「ボーンソワー、いらっしゃい!」明るくサンパな従業員達の歓待を受けるところから、期待は現実に取って代わり、それから数時間、楽しさと優しさと美味しさがゆりかごになって、私に楽しい夢を見させてくれる。まったくここは、いつ来ても気持ちのいいレストランだ。

このランクのレストランでは、ダントツに気に入っている「レ・ブキニスト」。限りなく私の好みに近い料理への愛情と、エリックへの愛情と、どちらがより多く私をここにひきつけるのかは分からない。多分エリックだと思うんだ。一度だけ、彼がいない夜にここに来たことがある。他のみんなが精一杯歓待してくれはしたけれど、なんだか、太陽を失い人工照明だけを当てられた花になった気がしたっけ。

笑っちゃうくらいに寒い寒い1月のパリ。なんでまたこんなところで待ち合わせしちゃったのか、自分を呪いながら、ビュービュー風が吹きつけるポン・ヌフ渡って、セーヌの左岸に辿り着き、寒さに身をこわばらせ、「レ・ブキニスト」のドアを開ける。

ドオォォォォーッ!体中にこびりついていた凍てついた冷気を押し流すかのように、温かな空気と暖かな挨拶が雪崩のように覆い被さってくる。
「ボナンネー!元気にしてた?」チュッチュ。
「ククー!いい新年だった?」チュッチュチュチュー。
「やあモナムール。新年おめでとう」ギューッ!チューッ!最初のはステファン(だっけ?)、次のはジョンから、そして最後のはもちろん、エリックからのご挨拶♪

にぎやかに新年の挨拶かわし、連れを紹介して、オーヴァー脱がせてもらって4番テーブルに着席。すばやくロウソクに灯がともされ、シャンパーニュが運ばれ、あっという間に乾杯の時間。3分前の、寒さに痛めつけられた体が嘘のように、とろんと力が抜けて店の暖かな雰囲気に溶け込んでる。黒オリーヴを口にほうり込み、シャンパーニュで口を潤し、店や従業員についての解説を挟みながら、カルトを日本語に訳す。

ここのカルト見るの、だーい好き。これでもか!といわんばかりに、私好みの料理が並ぶ。ここと「イヴァン」なんだよね。カルトに載る料理名に次から次へとうっとりさせられてしまうのは。それくらい、使う素材、料理法、ガルニにいたるまでの一皿の構成が、私の好みにしっくりとくるレストラン。

今夜もまた、嬉しい悲鳴を上げながら、たった二つしか選べない料理の選択に四苦八苦。二つまで絞った後の、最後の選択にいつも苦しむ。それはもう、「ル・サンク」のショコラと「グラン・ヴェフール」のショコラ、どちらかしかもらっちゃいけません!と宣言されているのと同じだ。(そうか?)答の出しようもない絶望的な窮地に立たされたあげく、ええい、もうどっちでもいい!と、当てずっぽに料理を選んでしまったりする。

そんな苦しみの中から料理を選び、こちらはいとも簡単なお酒選びを済ませ(たくさんの種類、置いてないんだもん)、疲れきった頭をなでてもらおうと、エリックを探してきょろきょろ。遠くで忙しそうにしているエリックから極上のウインクもらって、すっかり頭もクリアーに。いそいそとアントレの到着を待つ。

maquerou今夜選んだアントレは、「マクロー(サバ)のミルフォイユ仕立て、ナスのカヴィア添え」。マクロー?好き。ミルフォイユ?私は、この言葉にとても弱い。ナスのカヴィア?ナスと離乳食好きな私が、この料理を選べない訳がない。すっごく美味しそうに思えた、「ランティーユ(レンズマメ)を添えたフォア・グラのポアレ」は友達が取るというので勇気を奮って諦め、いかにも私の気をそそる、サバ料理にアントレの時間を任せる。

ジョエル・ロビュションが「ルレ・デュ・パルク」に息吹を吹き込んでいた頃、あそこのスペシャリテだった「マクローの薄いタルト、香辛料の効いたオイル」を今でも恋しく思い出す。決して高級ではないマクローという魚の甘みと脂っこさをとてもうまく引き出し、すばらしいオイルで味をつけてサクサクのパイタルトの旨みと絡めたこの料理は、私のとびきりのお気に入りだった。今夜のミルフォイユは、もちろん「ルレ・デュ・パルク」のタルトのような洗練さはないけれど、これはこれでとても好みのいいお味。

さっくり優しくバターのいいところだけ香るようなパイに、とろとろナスのカヴィア。オリーヴオイルの香りが鼻をくすぐる。真っ白な身が美しいマクローが数切れ、軽くマリネされて上に乗っかってる。マクローの上にはさらに、生野菜が鎮座。子供が積み木で作った山みたいな料理だわ。可愛い。上に乗った野菜のドレッシングが、酸味に弱い私にはちょっと強すぎるのが難点だけれど、ミルフォイユの周りにサラリと引かれたレモンクリームのソースはイケル。嬉々として山を切り崩し、パクパク口に運んでご満悦。フォアグラとランティーユをスプーンで口に運ぶ連れの顔もご満悦。美味しい料理は、顔をほころばしてくれるね。

thonプラはトン(マグロ)。こちらは、コルヴェール(青首鴨)との深い葛藤を経て、選びきった。カリフラワーを細かくして炒めた上に、こちらも火を通した赤キャベツ。その上に鎮座する、ごろりと巨大なトンには、浅く火が入っている。上にはケイパーとハーブ。ケイパー以外は、全て好きー。カルトには、ケイパーが乗ってるとは書いてなかったよ。書いてあったら、青首にしたかな。

程よく脂が乗ったトンに、カリフラワーと赤キャベツの甘みがいい感じ。全体に絡めれらたオリーヴオイルの香りが、ここの料理らしい軽やかな印象を与えている。ん、うま。でもこの量、飽きちゃうな。トンっていつも途中でもういいやって思ってしまう。確かに美味しいけれど、半分でもいい。プラに比べると、ちょっと落ちる?

デセール選ぶ前に、ちょっとお手洗い。階段の途中、年の頃は6つ7つ?可愛い男の子が一人座ってる。あら可愛い。好みのタイプ♪お手洗いから出て、階段を上がる時にもまだその子がいる。彼の脇をすり抜け、2,3段上がったところで、足を止める。んー、声かけとくか。とっても可愛いし。目がたれ気味の辺り、好みだ。くるりと後ろを振り返って、にっこり笑顔で
「サ・ヴァ(元気)?」こちらを見上げ、ちょっと疲れたような笑顔で
「ウィ、サ・ヴァ」と答が返ってくる。
「そ?よかった。じゃね。サリュ!」たったこれだけの会話かわして、席に戻る。

毎夜のことながら、人でいーっぱいの「レ・ブキニスト」。ちょうどこのくらいの時間は、早めの客が帰りはじめ、2回転目を待つ客がバーにあふれ、賑わいがピークに達する。楽しい喧燥に身を委ねながら、デセールカルトを広げる。

と、おや?あれはなに?ちょっと離れたテーブルに運ばれていく、なんだか私に向かっていたくアピールしているデザート。首をかしげていると、どこからともなくエリックがあわられ、耳元でささやく。
「君が気になってるのはね、果物のクレーム・ブリュレとフロマージュ・ブランのグラスだよ。ミニバナナとマンダリンとマングスティンのブリュレなんだ。きっとピュスはあれに興味を示すと思ってたよ」

どこにいたのか知らないけれど、ちゃーんと私の目の動きを追っててくれたらしい。エリックの観察力と気のつき方には、いつもながらに舌を巻く。何も言う必要がない。あのね、あのね、ともたもたフランス語を探しているだけで、なにが欲しいのかちゃんと分かってくれることが多い。ダヴィッドさんもそういう感じ。さすが、エリックが面倒見ただけあって、その辺りの上手さは完璧。惜しむべきは、なぜそういうテクニックを、ルノーは継承しなかったのか。あの2人に散々教え込まれたはずなのに、、、。ま、あの2人とルノーを比べちゃいけないか。かたや、私がトップクラスのサーヴィスマンと評価している2人。かたや、生意気な可愛さだけがとりえの(もっとも、生意気に同意してくれる人はたくさんいるけど、可愛さについては、みな首をかしげるばかりだが、、、)ルノーだもの。人間、持って生まれた才能ってあるものだ。

迷わずこれを今夜のデセールに決めて、早く来ないかな、とワクワクドキドキ。「ヴォアーラ!ボナペティ!」と目の前に置かれたそれは、期待を裏切ることなくすばらしい作品。

brulesコンセプトがまず、好き。ミニバナナの皮にはバナナ味のブリュレ、マンダリンの皮に入ったブリュレはマンダリンの香りが漂い、マングスティンの皮の中身も、ちゃんとその果物味がするブリュレ。可愛いブリュレ達が並ぶ横に、ガラスの器に入った真っ白なグラス。白い皿の空いたところへのソースのあしらい方も可愛くない?

見るからに可愛いうえに、味がまたグー。ブリュレ大好き!な私ではないけれど、これくらい少しずつ味のヴァリエーションが楽しめるタイプだったら歓迎だ。バナナがいいかも。あ、でも、マングスティンがやっぱり美味しい。うー、やっぱりマンダリンが砂糖の香ばしさに一番よくあってるかなー。と、それぞれの味を楽しみながら、時折思い出したかのように、フロマージュ・ブランのグラスをつつく。

これはいい、とても好き!多分、「レ・ブキニスト」歴代デセールの中で、1,2を争う好みの一皿かも。食べ終わった皿を目の前に、思わずパチパチパチと拍手しちゃう。

すっかり満ち足りて、お茶の時間。ようやくちょっと暇になったエリックが、おしゃべりしに来てくれる。あーだこーだ話すうちに、エリックが言う。
「今夜はね、悪いけど先に帰らせてもらうよ。息子連れてきてるんだ。誰も面倒見るひといなくてさ。初めて連れてきたんだ」エリックさーん。言ってよぉ。あなたの子供なら、私喜んで面倒みるってば。と心ひそかに呟く。
「ほんと?どのテーブル?誰と来てるの?」きょろきょろ辺りを見回す私。
「ここじゃないよ。厨房においてきた」

あ!さっきのあの子だ!絶対そうだ、間違えない!
「階段にいる子でしょう?さっき下に降りる時に見て、ハンサム坊やだなあ、って、思わず声かけちゃったわ。エリックの子供だったのね。どうりで、私好みだったはずだわ」
「アッハハ。うん、可愛いだろう?」
「すごく。名前、なんていったっけ?」
「ジェレミー」そうだ、前に聞いたことがあった。顔もいいけど、名前もいいじゃない。ジェレミーって名前、好きだ。
「ちょーっと私、ジェレミーと遊んできまーす!」エリックと友達ほったらかしにして、そそくさと階段を降りる。

いたいた。つまらなさそうに、ひとりで階段に座ってる。と、いきなり叫び声。
「僕は見捨てられてるー!」かわいそうに、ジェレミーったら。友達もいないし、パパは仕事だし、飽きちゃってるんだね、ここにいるの。
「ジェレミー?」声をかけてみる。
「ウィ?」たれ目の顔がこちらを見る。やっぱ可愛いじゃん。よく見るとパパに似てるよ。パパもたれ勝ちの目がチャーミング。
「なに言ってるの?誰もジェレミーのこと、見捨ててないよ。パパだっているじゃない。時々様子見に来てくれてるんでしょ?」
「そーだけどさー」いじけ気味に答えてくる。

階段に並んで座り込んでしばらくとりとめない話をしていると、エリックの登場。
「ほら、パパが迎えに来たわよ、ジェレミー」嬉しそうに、ジェレミーがエリックにまとわりつく。
「ジェレミー、迷惑かけたんじゃない?」エリック。
「まさか。楽しくおしゃべりしてただけだもんね」私。こくんと頷くジェレミー。
「もう帰る、パパ?」
「ああ、したくしなさい。さ、コート着て。ピュスにビズーして」可愛いビズーが頬に飛んでくる。

「またね、ジェレミー。そうだ、私来週から日本帰るから、ポケモン・グッズ持ってきてあげるね」ニチャ〜っと満面の笑みがジェレミーの顔に広がる。
「なにが好き、ジェレミーは?ピカチュウ、カラバスがいい?それともニャースとか?」
「僕ね、僕ね、ミューツーがいい!」思わずぐっと詰まる。
「ミ、ミューツーかあ、、。日本でもねえ、ミューツーはなかなか見つけるの大変なのよ。頑張ってみるね」
「あ、みつかんなかったら、別にピカチュウでも全然いいからね」と、慌ててフォローしてくれる。なんてまあ、可愛いんでしょう。
「で、パパはなにがいいかなー?サラマン?それともサーシャとかオンディーヌ?」
「オンディーヌがいいよ!ね、パパ?」なんでピュス、ポケモンにそんなに通じてんだよ?と呆れと尊敬の入り交じった視線を向けてくるエリックは無視して、2人でポケモン談義。

ようやくコートを着せられたジェレミーとバイバイして、客席に戻る。ヴァローナのチョコレートかじりながらミントのお茶飲んで、美味しいパンについていろいろ話していると、しっかり防寒対策させられたジェレミーがバイクのヘルメット片手に、エリックの知り合いのお客様にご挨拶してまわってる。外に出る時に、にっこり笑って手を振るジェレミー。その目には、"ポケモンよろしくねー!"とメッセージが宿ってる。こちらもにっこりバイバイ。"まかせてー!"とメッセージを込めながら。

めずらしく、エリックに見送られるのではなくエリックを見送り、さらに寒さを増したに違いない街に出るのをいつまでもためらいながら、おしゃべりに花を咲かせて、ぐずぐずといつまでも大好きなレストランにい続けたのでした。

今夜も楽しい夜を、ありがとうね!


mar.16 jan.2001



back to listレストランリストに戻る
back to list6区の地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeA la フランス ホーム
Copyright (C) 1999 Yukino Kano All Rights Reserved.