きれいな色を集めたバラの花束持って足取り軽く、空気はいまだにキリリと冷たいけれどすっかり陽の長くなったパリをラララランラン小躍りしながら、「ル・コントワール」に飛び込む。
「オープンおめでとー、イヴ!」
イヴ・カンデボルド。オテル・ドゥ・クリヨンの総料理長という華麗な経歴を経た彼が、街外れに開いた「ラ・レガラード」は、極上のビストロ料理を食べさせる店だった。高度なテクニックと最高の食材を使った、気取らずサンパで素晴らしく美味な家庭料理は、あっという間に大評判になり、夜毎テーブルは3回転。いつ電話しても予約が全然取れない、超人気レストランになった。ネオ・ビストロと呼ばれるこの手のタイプの店は、「ラ・レガラード」以降、数多誕生したが、これらの店の始まりでありこの流れを牽引したのが「ラ・レガラード」だ。
人気絶頂の最中に、突然イヴが店を手放したのは1年くらい前。え、ちょっと待ってよ。私まだ、一度もイヴのゴハンを食べたことないのに。電話してはコンプレ!と言われ続け、もういいや、まあそのうちいつか、なんてうかうかしているうちに辞めちゃった。とほほほほ、、、。
嘆きまくる数多の食いしん坊たちに、そのうち、今度はオーベルジュみたいな形で復活しますから!と、慰めの言葉をかけつつ、現場を退いたイヴ。そのうちっていつよ?フランス人の“そのうち”ほど当てにならない言葉はない。2年後、3年後?長い待機の時間を覚悟していた私に、「あのね、イヴが復帰するよ。オデオンにあるホテルレストランを買ったんだ。もうすぐ彼の料理がまた食べられるよ」と、素晴らしい噂を友達がささやいてくれたのは、クリスマスの頃だったか。さっそく件のホテルにかけつけ、ちょうど居合わせたイヴにはじめましてして、新しい店の話を聞いた。
その後何度かククー!しに寄り、ようやく「決定!5月中旬にオープンだ」と満足げなイヴの言葉を手に入れ、早速初日のテーブルの予約を入れる。だって、イヴが復帰した、なんていう話がパリ中に広まったら最後、2度とこの店の予約が取れなくなっちゃうもんね。まだみんなが知らないうちに、この店で、ようやくイヴの料理とのはじめましてがしたいもん。
シックなホテルに併設したカフェを使った店は、平日の昼から夜早い時間までと週末は夜中まで、ノンストップでブラッスリーとして機能する。タルティーヌや豚足、テリーヌ、カンデボルド家ご自慢のシャルキュトリー、ブランダードなど、肩のこらない田舎料理&カフェ料理が並ぶ。
平日の夜は、一度店を閉めて、テーブル数を減らしクロスをかけ、食器類もシックに、プチガストロレストランとして営業。1日一回転のみ、日替りで1コースのみを提供する。テーブル数は全部で20くらいかな。あとはテラス席。ね、予約が取れなくなるに決まっているでしょう?
記念すべきオープニングのディナーに、嬉々として駆けつける。20時半ちょっぴり過ぎ。一番乗り!と思ったら既に1組のお客様。いつも遅れてくる、この店のオープン情報を最初に教えてくれた例の友達も珍しくも時間どうりに到着してる。喜色満面のイヴとスタッフにおめでとう!して、着席。キリリと冷えたプチ・シャブリが間髪おかずに、パネ(ニンジンとサツマイモの合いの子みたいな根菜。アメリカ防風といか言う)とベトラーヴのチップスとともに目の前に置かれる。イヴに乾杯!
初日のゴハンをなににするか、4月に来たときも5月に来たときも、イヴはあーだこーだ散々迷ってた。5月はじめに「多分これで行く」と見せてくれた案とほとんど変わらない料理たちが、ポストカードになっている小さなメニュー表に、日付けとともにプリントされている。かわいいな、このカルト。ポストカードに使ってしまうのはもったいない。今日この日にしかもらえないカルト。あとでイヴにサインしてもらって記念に飾っておこう。
「鶏のブイヨン、タピオカとキノコ、ラヴィオリ入り」が、私にとってのイヴの初料理となる。コクのあるブイヨンに味覚と体がホッとする。オリーヴオイルをたっぷり加えて香りを華やかに。レバーだかフォアグラだかが詰まっているラヴィオリの皮の歯ごたえがいい。なんてことないけれど、ピッチリと美味。食事をスープで始めるのは、なんだかとても気持ちがいい。
続いて、「カニのゼリー寄せ、クルジェットとウイキョウのムース、カヴィア沿え」。メタリックに輝く食器がインパクトたっぷり。メタルに透明なジュレがキラキラ映えてる。カニと野菜の甘味、ウイキョウとアニスが加えるアクセント、カヴィアの塩味。全てがトロンと交わってするすると溶け合う、そんな感じ。夏の訪れを予感させる、爽やかで、かつ味の深みがある、素敵な料理だ。
あっという間に満席になった店内は、たまたまこの店を選んで運よく席をもらえたらしいアメリカ人だかイギリス人の1組を抜かして、みんなイヴの親戚だったり友人だったり。ジャーナリストなんていやしない。私たちにしても、今夜はジャーナリストでなくてただの、イヴ好き食いしん坊として来てる。いいよね、イヴを慕う人たちがみんな集って、ワイワイガヤガヤ楽しんでるのって。この店にパンを卸しているプージョランさんも来てる。お手製の、超巨大なパンを持参して。相変わらずいい男だなあ。20年くらい前の彼の写真、見てみたいな。
今夜の主役は、「サラー産牛のヒレ、ロッシーニ風」。美食家ロッシーニにちなんだ、フォアグラのポワレを重ねた牛肉だ。ウルトラクラシックなこの料理に、このご時世、お目にかかれる機会はなかなかない。僕はクラシックな料理が好きだし、クラシックな料理しか作れないから、と言うイヴの面目躍如といった感のある、極上な1品に、一口食べた瞬間思わず奇声が上がり、幸せが体中に満ち溢れる。おーいーしーーーーーーーっ!
食材の質のよさ、味付け、焼き方。この3点は、フランス料理の基本でありすべてだ。この3つのポイントさえ抑えれば、素晴らしい料理が出来上がる。この料理は、まさにその通り。肉質のよさ、それを見極めた火入れと味付け。フォアグラの質のよさ、そして軽くコンガリとした完璧な火入れ。何も言うことがない。あわせるソースのコクとまろやかさ、力強さ。付け合せの野生のアスパラガスとジロール茸の繊細な香り。いや〜、ほんっとに素晴らしい。これぞ、フランス料理!
わんさかフロマージュが載ったプレートがテーブルの横に運ばれる。お好きなものをお好きなだけ、だ。嬉々として、案の定選びすぎる私、、、。ルブロッションがひどく美味だ。カリンのゼリー、ミニサクランボのジュレをお供に、パクパクパク。プージョランさんのパンがどんどんなくなる。
ポンポコリンのお腹に最後は、ヌガー仕立てのタルトに軽いクリームとフレーズデボワ、バジルのソルベを添えたお菓子を詰め込む。普通かな(笑)。料理があまりにおいしい上に、デセールにどうしても厳しくなっちゃうので、普通。あ、ソルベはおいしい。クラフティーとかフランとかショコラのムースとか、そういうの出してくれるといいのに。「ラ・レガラード」より、ワントーンシックというかガストロ的にしているので、おやつもちょっぴり脱クラシックしてるのだろうな。ベタベタクラシックでいいのになあ、、、。
パリの高級レストラン御用達のコンフィズリー、ジャナンさんのパッション&ヴァニラキャラメルを頬張って、ヴェルヴェンヌのお茶飲んで、おいしく長いディナーの時間がようやく終わる。おいしかったー、しみじみと。才気走るとかそういうんじゃない。誠実にひたむきにおいしい、いかにも職人の仕事、といった雰囲気の料理に、心は休まり胃は喜びに狂う。
もうこの頃には、イヴも厨房から出てきて、あっちのテーブルこっちのテーブルと周り歩いてはおしゃべりを楽しんだり賞賛を受けたり。一仕事終えてうっすら顔に汗をにじませたイヴの顔は、料理をするのが楽しくてたまらない、人に自分の料理を食べてもらうのが好きでたまらない、1人の料理人の顔。
「人が、店に来てくれるお客様が恋しくなっちゃったんだ」と、思ったよりも早かった現場復帰の理由を語ってくれたイヴ。仲間たちに再び囲まれて本当に嬉しそうだ。
さて、次にこの店にこられるのはいつだろう?思い切り話題になってしまう前に、もう一回くらい来ておきたいなあ。ブラッスリーの料理ラインナップも魅力的。大好きなブランダードやブーダンを食べにこなくてはね。復帰してくれにありがとう、イヴ!
mar.17 mai 2005