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グルマン・ピュスのレストラン紀行


JAMIN(ジャマン)

「ジャマン」はやっぱり素晴らしい。

96年夏に、そのキャリアの絶頂で引退を果たしたジョエル・ロビュション。日本でレストランを手がけ、メディアで活躍を続けてはいるが、実際のフランス料理界の現場においては、数件のレストランでアドヴァイザーとして名をとどめているばかりで、この世の天国のような彼の才気ばしった料理を口にすることは出来ない。

パリで復活、という話は、もうずいぶん前から出ていて、場所まで限定されているけれど、一向に具体的な話は出てこない。しかも、新しく出来るそのレストランは、オートクチュールなガストロノミー・レストランではなく、カジュアルに楽しんでもらえるレストランだということだ。

カジュアルが悪いとは言わない。でも、最高の材料、最高の技術、そして最高のサーヴィスを擁した、重厚な上品さにあふれる「ジョエル・ロビュション」で味わう幸せとは、質が違うものであることには間違いない。

たった一度だけ訪れた「ジョエル・ロビュション」と、たった一度だけ挨拶を交わしたジョエル・ロビュションの思い出はあまりにも鮮烈で、私のレストラン体験における忘れられない一シーンになっている。

存在しない料理に思いを馳せてもしかたない。存在する料理に話を向けよう。

ジョエル・ロビュションは引退してしまったけれど、恐ろしく正確で緻密、厳格で繊細な彼の料理のエスプリをきちんと受け継いだ弟子たちが、今や業界の花形スターだ。実際、彼は弟子に恵まれている。というより、彼の教育がよかった、と言うべきなのか、とにかく、今やきら星のごとく若きシェフ達と育った弟子達。

ロビュションの引退とほぼ時を同じくしてオープンした「アストール」は、初年度からミシュランの星を二つもらい、エリック・ルセルフが、呆れるくらいに忠実にムシュの味を守っている。

一昨年、星を二つに挙げ、去年はMOF(最優秀職人賞みたいな、素晴らしく権威あるタイトル)を勝ち取った、フレデリック・アントンは、ブローニュの森に佇む白亜の館で、「プレ・カトラン」の厨房を取り仕切っている。

私の愛した「ル・レジャンス」のエリック・ブリファーもムシュの弟子の筆頭だった。彼も、開店と同時にミシュランの星を二つもらった。彼ももちろんMOF取得済み。

そして「ジャマン」。

ロビュションが独立して初めて作ったレストラン。1年目で一つ目の、2年目には二つ目の、そして3年目には三つめの星を輝かせたロビュションが創った極上の宝石。ごく小さなサルに、居心地のいいテーブルが10少々。ロビュション色のエメラルド・グリーンが素朴な優しさを添えた、いともコージーな空間だった。95年にロビュションが「ジョエル・ロビュション」という名の、威風堂々とした素晴らしい美食の殿堂に移ってから、しばらく灯りの消えていた「ジャマン」。

ムシュが「彼になら、このレストランを譲ろう」と、絶大の信頼を置いたのは、ブノワ・ギシャール。エリック・ブリファーと時を同じくしてムシュの傍らで働いた、まだ若い人物だ。当然彼もMOFのタイトルを持っている。「ジャマン」という名を残して、ブノワ・ギシャールが自分のレストランを開いたのは、96年秋。97年度のミシュランで一つ、98年度で二つ、と程なく評判を確かなものとし、地味にでも確実な道を歩んでいる。

行くたびに感動しているレストランなのに、なぜか訪れる回数は少なく、前回ここに出向いたのは一年も前になる。客席数が少なく、予約が取り難いのも事実。また、ここで熱愛しているパンプルムースのタルトとソルベがよく姿を見せるのが冬なので、なんとなく夏には足が向かなくなるのかもしれない。

「30日ですか?申し訳ありませんが、もうコンプレ(満席)です」と、硬く上品な声でセルヴールが告げるのに、「そこをなんとかお願いします」と泣きついて、尊敬する「ジャマン」にテーブルをゲット。優しく、柔らかく、決して華美ではなく、しっとりとした上品さと、ちょっとレトロな雰囲気にあふれるレストランに合わせ、控えめなおしゃれをしてトロカデロへ向かう。

どうしても思わず笑ってしまう、ここの雰囲気に似合わない自動ドアを入ったところで左手の扉が開く。
「ボンソワー。ようこそいらっしゃいました」いつも変わらず、凛と美しいマダムが挨拶に立つ。いつ見てもほんとにきれいよね、マダム・ギシャールって。ちょっと髪の毛を伸ばし気味にして、また雰囲気変わっていい感じだわ。
「ボンソワ、マダム・ギシャール。わー、リス(ユリ)がとてもいい香り」
「メルシ。もう週の終わりだから、咲きほころんじゃって」受付の横に飾られた大きな花器から、ユリをとした花々があふれている。ユリの香りがふわりと辺りを包む。客席でのユリは最悪だけれど、他の場所でならユリの存在は大歓迎だ。

コートを預け、サルへ。客席数40ちょっとの小さなサルは、すでに8割方埋まってる。みな、嬉しそうにひそやかに歓談にふけって、、、、ないね。中央のテーブル、ちょっとうるさいよ。「ジャマン」というレストランには、華やかすぎる喧燥は似合わない。そういううるさいおしゃべりは、もっと豪華絢爛なレストランでやってください。ここには、あくまでも奥ゆかしく上品で地味な振る舞いが似合うんです。

「私、壁側に座りたい。ほとんど座ったことないんだもん」テーブルに案内されながら、スピちゃんにお願いするのに、スピちゃんたら聞こえない振りしてさっさと壁際に座っちゃう。ぶー。今度ここに来る時には、一緒に来る人にあらかじめ、ベンチシートに座りたい、って念を押しておくもんね。

ドゥッツのシャンパーニュが注がれる。こうやって、テーブルでちゃんと注いでくれるの、好きだな。こじんまりとしたカルトを手にする。ここのカルト、だーい好き。この控えめなサイズがたまらなくいい。大体、えてしてレストランのカルトって大きすぎる。グラスにぶつかりやしないかと、いつもひやひやしてるんだ。ここのカルト、それから愛しのギーの「グラン・V」のとか「ランブロワジー」のもいいよね。「ル・レジャンス」のも小ぶりですてきだったっけ。あれ、もらっておけばよかったなあ。

シンプルな料理と、ゆっくりじっくり向き合って、あーだこーだ味を想像して楽しむ時間がゆるゆると流れる。ゆるゆる、、、。

amuseアミューズが運ばれてくる。あっという間。パクン。ん、うま。時が流れる。ゆるゆるゆるゆる、、、、。
「来ないね、注文」
「そだね。あ、パンが来た」パンを選んで、さらに待つ。さらに時は移ってゆく。ゆるゆるゆるゆるゆるゆる、、、、。
「お腹すいたよぉ、、、」情けなさそうな声に反応してか、ようやく注文を取りに来てくれるセルヴール。メートルじゃないのよね。メートルはさっきから忙しそうにサルを周っていて、とても全部のテーブルを見きれないんだ。確かに一人じゃ大変だよね。

ひとしきり説明してもらったところで、しばし熟考。ううむ、、、。このラングスティヌはとてもおいしそう。こっちのアニョーもいい感じ。でもなあ、相変わらず、ここのムニュ(コース)が魅力的なのよね。安いんだ、これがまた。うん、ムニュで行こう。

「ジャマン」のムニュは日替わりで、注文時に解説をしてくれる。美味しそうに感情を込めてセルヴール君が解説してくれた、今夜のムニュの構成は以下の通り。
甲殻類のヴルーテ
サン・ピエール(マトダイ)のポワレ、ポティロン(カボチャ)のピュレ添え
カネット(仔鴨)のロティ、紫キャベツを添えて
フロマージュのシャリオ
デセールのシャリオ

すぴちゃんがあまり飲めない、というので(飛行機、ビジネスだったそうで、美味しいワインをたっぷり飲んできたらしい)、赤のドゥミ。白はグラスで。フルートが下げられ、シャブリがグラスに注がれ、本格的にディネが始まる。

soupeまずは、ヴルーテ。ここのムニュに出てくるヴルーテ、いつも飛び切り美味しい。カリフラワーだったりホタテだったり、味は毎回違うけれど、基本のフォンとトロリと滑らかな食感は変わらない。あくまでも優しく、でも基本はしっかり、というのがここのヴルーテの特徴。主素材の風味が濃すぎないところがとてもいいんだ。

味が出やすい甲殻類。これのいいところばかりを凝縮したような、まろやかで口当たりよく、素晴らしい出来のヴルーテ。ひとくち食べて、感動のため息。ふうぅ、、。続けてスプーンを器に運ぶ。あ、なにか当たった。なにかなー?サン・ジャック(ホタテ)だ!薄切りのが隠れてる。美味。さらに探ると、ウルサン(ウニ)のかけら、それにごろりと大きなラングスティヌ。ほんの一瞬だけ火を通しただけの、素晴らしく甘くて味のいいラングスティヌが、感動的。

ヴルーテが運ばれてくる前、横のテーブルの叔父様の目の前に置かれた「ラングスティンヌのフリカッセ」をうらやましく見ていた。おっきなラングスティンヌを一つ食べて、叔父様がつぶやいた。
「セ・トレ・ボン(とても美味しいよ)!」
二つ目食べて、こう言った。
「セ・テクセラン(素晴らしい)!」
三つ目食べて、さらに言葉は続く。
「セ・デリシュー(美味だねえ)!」四つ目食べて、「うう〜ん、、、」と目を剥き、五つ目食べて「セ・パルフェ(完璧だ)!」と言い放った。

さらに残ったラングスティンヌを平らげて、至福の笑顔を見せている叔父様を、いーなーと見守っていた私たち。うれしいな、ヴルーテにラングスティヌが入ってて。

ここのスープを毎日食べられると、どんなに幸せかしら、、、。すぴちゃん、いたくご満悦。なぜもっと前に連れてきてくれなかったのか、と責められる。だって、席が取れなかったんだもん。

pierreさて、お魚の登場。サン・ピエールという魚は、あまり自分では頼まないものなのだが、久しぶりに口にするこの魚の、なんてまあ美味しいこと。バターでサックリポワレされた白い身が、オレンジ色も鮮やかなポティロンのピュレの上に乗っている。魚の上には、さらに、コンカッセして軽く火を通したポティロンが散らされ、なんだかとても可愛いわ。いただきまーす!

いいなあ、、、。これだよね、これが、「美味しい料理」っていうものだよね。すぴちゃんと見つめ合って頭を振る。たまらない、もう。身のしっかりとして味のあるサン・ピエールは、中は柔らかく外はカリリといい感じで焦げ目がついてる。もっと欲しいなあ、としみじみ思ったポティロンのピュレは、トロトロで味わい深い。上に乗った方のポティロンは、柔らかく甘く。周りのソースが絶品。バター嫌いの私をして、バターの風味のよさを痛感させてくれる、ぎりぎりまで淡く軽やかなバターソース。確実で正確で、上品で染みる。まさに、ロビュションの血をひく「ジャマン」の味だ。とっくに飲み終わったシャブリの代わりに、シャルドネのグラスをいただき、ふくよかな香りと魚の相性のよさを楽しむ。

「いかがですか?お楽しみいただいていますか?」ネクタイの絞め方も上品なメートル氏が横に立つ。
「とっても。いつ来ても、ここで過ごす時間は本当に素晴らしいわ」
「ありがとうございます。どうぞごゆっくり」

canetteカネットが運ばれてくる。うひゃ、周りにポワレしたフォアグラがたくさん乗ってるよ。いーい匂いだなあ、このソース。甘く柔らかく、って感じだね。さっそくカトラリーを手にして、仔鴨ちゃんの胸肉に立ち向かう。

美味しいけど、焼き方がイマイチ。ロゼって頼んだのに、これじゃあ、ビアン・キュイに近いア・ポワンだよなあ。すぴちゃんのア・ポワンで頼んだものは、完全にビアン・キュイ。「だめだね、これは」すぴちゃんのご意見は厳しい。でも、お肉食べて、フォア・グラ食べて、ソース食べて、すぴちゃん意見撤回。
「かなり美味しい。とても美味しい。すごく好みのタイプの料理だわ」
「でしょ?絶対ここはすぴ好み、って思ってたもん」
「ううぅ。エール・フランスで食べなきゃよかった。このフォア・グラだって、すごく美味しいのに、もう食べきれない」後悔の色濃く、フォア・グラをほんの少し残すすぴちゃん。

カネットが焼過ぎなのは残念だけれど、肉の味の良さ、紫キャベツの柔らかで繊細な味、上に乗ったリンゴのポワレの甘さ、トロリと舌を滑るフォア・グラ、それに、極上のソース、と、すてきな魅力が絡み合った、素晴らしい一皿。

お酒、なんだったっけ?忘れちゃったよ。今一つ、花開かなかったことは覚えてる。寝ぼけたままのお酒だった。ローヌのどっかだったっけ?エルミタージュかコルナス?ああ、コルナスだったかもなあ。すぴちゃん、覚えてたら教えてね。さっくりフロマージュをクリアして、デセールの時間を迎える。

dessertシャリオで出てくるデセールは嫌いだ。レストラン・デセールは、やっぱりお皿を含めたデコレーションの妙も堪能したいもの。シャリオだと、味が交じったりして、ハーモニーもなにもあったもんじゃないし。だいたい、シャリオ・デセールが用意されている高級レストランて、そんなにないのだけれど、ここみたいにたまにあるんだよね。シャリオ・デセールなんて、まずどこででも頼まないのだけれど、ここだけは特別。だってさ、だーい好きなパンプルムース(グレープフルーツ)のタルトは、シャリオに乗っかっているんだもの。

パンプルムースのタルトとソルベ。はじめて「ジャマン」に来て以来、一度も欠かしたことのない、溺愛しているお菓子達。パンプルムースの苦みがきれいに生かされた、素晴らしいデザートだ。さあ、いらっしゃい、パンプルムースちゃん達!と、嬉々としてシャリオを迎える。

シャリオの上には、いろいろなお菓子と並んで、愛しのパンプルムースちゃんが、愛らしいピンク色に光ってる。おお、パンプルムースちゃん!元気そうでなにより。相変わらずおいしそうねぇ、あなたってば。

パンプルムースのタルトを含め3つほどお菓子を選んで、さらに、グラス類が入った、銀の筒に目を向ける。
「ヴァニラとキャラメルのグラス、ソルベはアナナ(パイナップル)です」と、セルヴール君が説明。
「あれ?パンプルムースちゃんは?」
「すみません。今夜は用意していないんです」
「え〜っ!?ないんですか、パンプルムースちゃん?」
「ええ。今夜のソルベはアナナだけなんです」

がーっかり、、、、。ショックでうなだれたまま、アナナのソルベを口に入れる。と、一気に目が輝く。
「おーいしーよ!これ、すごくいいね!」なんてことない。パンプルムースのソルベが上手なレストランは、アナナのソルベを作るのも、とってもお上手なのでした。

キャラメルのグラスも美味しいし、ショコラのタルト、ミルフォイユも美味だけれど、今夜のスターはアナナに決まりだ。パンプルムースのタルトは、いつもより少し甘みが強い気がする。あの苦みが素敵なのに。

とーぜん、お代わり。たっぷりすくってもらったソルベを前に、エヘエヘな私たち。そんな私たちに、横の叔父様は興味津々。「なにおいしそうなもの食べてるのー?」って顔してこっちを見てる。仕方ないなあ、教えてあげるわ、叔父様。
「アナナのソルベ、召し上がりました?素晴らしく美味ですよ」
「それはそれは、、、」さっそくセルヴールに、アナナのソルベをリクエストする嬉しそうな叔父様。ちなみに、彼はもう、自分の皿盛りデセールを食べた後なんですけどね。

アナナのソルベを愛でながら、叔父様とおしゃべり。すぴちゃんは、唯一知っているフランス語のセンテンスを披露して、叔父様と一緒にカメラに収まる。他の言葉も覚えればいいのに、、、。

マントのアンフュージョンの香りを楽しみながら、プティ・フールをつまむ。ふと気がつくと、店内は静けさに包まれている。見渡すと、店内には誰もいない。私たちと、セルヴールがひとり、はじの方で仕事してる。うそぉ?だって何時、いま?え、1時?あれれ、、、?注文までに時間がかかったとはいえ、こんな時間だったとは。

ラディションして、メートル氏と少しおしゃべりして、席を立つ。
「遅くまで、ありがとうございました。とても美味しかったし、とても幸せでした。ムシュ・ギシャールによろしく伝えてくださいね。あ、シェフ・パティシエにも」
「ダコー。今度いらっしゃる時には、パンプルムースのソルベが食べたい、ってあらかじめリクエストしてくださいね。そうすれば、用意しておきますので」
「メルシ。楽しみにしてます。じゃまた。ボンソワ、ムシュ」
「メルシー・ボクー、メドモワゼル。ボンソワー」

「ジャマン」は本当に、しみじみ素晴らしいレストランだ。これからは、もっと頻繁に通うよう心がけよう。人気のない寒い街をてくてくてくてく。やばいよ。12時前には多分行ける、って言っちゃったよ。しまったなあ、こんな時間になってるなんて。閑静な16区を足早に通り抜け、8区へ入り込む。行き先はジョルジュV。目的は、すぴちゃんとパトリスの顔合わせ。

「ル・レジャンス」に行ったことのないすぴちゃんとパトリスは、今夜がはじめまして。目の覚めるような華やかな回廊のソファでシャンパーニュいただきながら、あれこれおしゃべりを楽しむ。得意のフランス語を駆使して、パトリスともカメラに収まり、すぴちゃんにっこり。更に、廊下に佇むガードマンに目をつけ、彼とも見事に写真撮影を話したすぴちゃん。確かにボー・ギャルソン(ハンサム)なガードマンだけれど、びっくりしただろうなあ。写真一緒に撮りたい、なんて言われたのは、きっと初めてだろう。ネームプレートを外して、にっこり笑ってくれるガードマン氏に、メルシー・ボクー。

ようやく腰を上げ、タクシーに乗って家に着くと、もう3時半過ぎ。初日からやけにテンションの高い、冬のヴァカンスのはじまりでした。


ven.30 dec.2000



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