ごめんなさい、今回は写真なし。次回はかならず、ね。(過去の日記にはもちろん写真もありますよ)
1年と4ヶ月も、「ジャマン」に来ていなかった。
20世紀後半最高の料理人と誉れ高いジョエル・ロビュションが、料理の歴史に伝説を残した店。この店から、ブリファー、アントン、ルセールら、今の料理界を代表する綺羅星の料理人が巣立って行った。そして、ロビュションの聖地である「ジャマン」という名の店を師から継いだのは、愛弟子ブノワ・ギシャール。
オープンは、97年の秋だったかな?2年間のパリ滞在を終えるときにオープンし、行けずじまいで泣く泣く日本に戻ったのを覚えている。初めてこのレストランを試したのは、じゃあ、翌年の夏だっただろうか?それともこのときはヴァカンス中だった?であれば、98年の春?忘れちゃったね、初めて来た夜を。でも、その時の幸福感は覚えてる。過不足の全くない、あるべきものがそこにある、感動を覚える料理だった。誠実で緻密、妥協のない料理を、ロビュション時代の面影を忠実に引き継いだサロンで楽しませてもらった。
店の方は、1年目に☆、2年目に☆☆と順調に成長し、メディアに語られる機会こそ少ない地味な店ではあるが、極上の☆☆レストランとして、フランス料理を愛する人々から高い尊敬を受けている。
大好きな店に、1年4ヶ月も行かなかったのは、最後に行った時に生まれて初めて、この店にちょっとだけがっかりしたから。完璧なレストラン、と思っていただけに、がっかりは大きく、ま、いいか、と、ついつい足を遠ざけてしまっていた。
「ジャマン」へのお誘いを受け、久しぶりにこの小さな店に足を向ける機会が持てた喜びは大きい。懐かしい人に会いに行くような、ちょっとドキドキして照れながら、ペパーミントグリーンの店に入り込む。
あ、やっぱりいいね、この店に流れる空気は。ごく小さなサロンに、30席あまりをしつらえた、とても親密な空間。グリーンとピンク、濃い木目の色が、落ち着いた優しさをかもし出す。あ、嬉しいな。一年半前の冬に新しくなっていた、妙にモダンでこの店に不似合いな花瓶とロウソクが撤去されてる。花瓶は以前のものを思い出させるクラシックなシルヴァー製に変わり、ロウソクは立っていない。ちょっぴり残念だけど、花瓶に免じて許そう。あの、クラシックなランプを私はとても愛していたけれど、人生、妥協が必要だ。
メートル氏がカルトを渡しに来る。「ご機嫌いかがですか?」と親しげに微笑みながら。この店の性格上、最後に来たときと従業員がほぼ変わっていないのは確かだろう。だとすれば、見知らぬ顔に見えるこのメートル氏も、以前、通っていたときにいた人のはず。でももう、1年4ヶ月も来てない上に、その前だって、年にせいぜい2回しか通ってなかった、そんなゲストのことを覚えているってある?疑問を持ちながらも、にっこり笑顔を返しながら「ええ、あなたは?」と言ってのけ、薄い紙で仕立てた、何の飾りもないシンプルなカルトを受け取る。
ここのカルト、とても好き。ギシャールの性格が出てるよね。会ったことないけど、料理を見れば分かる。飾ることを好まず、誠心誠意を込めて、自分の仕事に打ち込む職人。素朴な中にパッションが湧き出ている。「ランブロワジー」のカルトを開いたときに受ける印象と似ている。
ギシャールの料理との久しぶりの対面に心が躍る。全て食べたいものばかりだ。ああ、どうして、ホントにどうして、こんなに長い間、来なかったんだろう?
「鶏の白ブタン、カレーとバナナ風味」をつつきながら、ギシャールの味への記憶を手繰り、料理を選択。相変わらず魅力的なムニュも捨てがたいけれど、今夜はア・ラ・カルトで行きましょうね。
スタートは「オマールとインゲン、マッシュルームのサラダ」。ごく単純なサラダに、ギシャールの力量をひしひしと感じる一皿。冷製に仕立てたオマールと、火を通したインゲン、生のマッシュルームを、トリュフ風味を効かせたドレッシングで和えただけ、と思われるのだけれど、とても心にしみる。変に飾らず、これが一番おいしい、というポイントを見極め、ごく自然に仕上げている。
自己主張や気合を全く感じさせず、まるで食材が自分たちの意思で集って味付けをし、料理になった、といった感じ。1人の誠実な職人が意識を集中して食材に対峙した結果が皿に乗っている。敬服する。
アントレの欄にあった「フォアグラのポワレ、イチヂクソース」を、メインとしていただく。ここのフォアグラ、好き。今夜もその期待を裏切ることのない、すばらしい仕上がり。強いて言えば、中がもう少しだけ火が通っててもよかったかも。表面のカリカリ度は完璧だけれど、中央部分がかなりぬるめ。
味的には全くもって問題なし。しびれるよ、この官能的な食感と甘味に。トロリと舌の上で溶けていくフォアグラに、ねとりとしたイチヂクが絡み付いて、口の中はもう、恍惚状態。バルサミコかな、刺激性の甘味がさらに加わり、それはもう、例えようもない美味しさ。エロティックな料理だよね、温かなフォアグラって。
アーティスト(芸術家)ではなくアーティザン(職人)が作る官能的な料理は、そのイメージと反比例するかのように、より一層刺激的で色っぽい。
料理で恍惚を味わったあと、デセールでまたひとしきりの幸せに浸る。
シャリオに乗って運ばれてくる各種のお菓子たち。基本的にシャリオ・デセールは嫌いだし、他の店ではそもそも、あまりお目にかかれないサーヴィスだけれど、「ジャマン」だけは、シャリオがいい。何度か、皿盛りデセールを頼んだことがあるけれど、イマヒトツなんだよね、シャリオの充実度と美味しさに比べると。
シャリオに鎮座する10種類ほどのお菓子をすばやく一瞥し、眉をひそめる。ない、、、パンプルムース(グレープフルーツ)のタルトが、、、。
固まった私の表情を見て、シャリオを運んできたメートル氏が申し訳なさそうに告げる。「申し訳ありません。今夜はパンプルムースのタルトがないんです」。
やっぱりこのメートル氏は、以前からいる人なんだ。来るたびに、「パンプルムース!パンプルムース!」と大騒ぎしている私を覚えていてくれたのね。
「タルトはないけれど、ソルベは用意してありますので」と、慰めの言葉をかけてくれる。うん、ありがと、嬉しいよ。せめてソルベだけでもいてくれて。
気を取り直してお菓子を選ぶ。
「ショコラ・ミルフォイユ、イチヂク・タルト、モモのクラフティ、それにパイナップルとピスタチオのシブーストもね!」
「かしこまりました。アイスクリーム類は?パンプルムースだけですか、それとも3種全て?」
「3つとも食べたいです♪」
恭しく頷いて、タルト類を切り分け、氷菓をお皿に盛り付けてくれる、メートル氏。ん、氷菓の横にひとつだけあるタルトはなに?
「お砂糖タルトです。サン・カロリーですよ」といたずらっぽく笑う。
「そっか、サン(“〜なし”のの意)カロリーなんだ?見た目に似合わず、ヘルシーなのね(笑)」
「違いますよ、サン(“100”の意もある)カロリーなんです。ボナペティ」と小さな一切れを切り分けてくれる。
どれもこれも美味。パンプルムースタルトがない悲しみも、すばらしいクラフティやシブースト、タルトたちが癒してくれる。パンプルムースソルベの苦味のきいた美味しさは相変わらず私好みだし、ヴァニーユのアイスクリームも大好きだ。ポワール(洋ナシ)のソルベも悪くない。
アントレ2つだと、まだおなかに余裕があるのか、勢いよくデセールを平らげ、さらに運ばれてきたプチフールやショコラたちにもいそいそと手を出してみる。
この店、シェフ・パティシエが日本人。その話は以前から聞いていたけれど、会ったことがない。今度ぜひ一度会ってみたいな。どんな人なのかしら。ジルちゃんやロランみたいに、皿盛りデセールの醍醐味を味合わせてくれる、才気ばしったアーティスト系のパティシエも大好きだけれど、こういう、シンプルなブティック菓子のお菓子を美味しく作ってくれる、アーティザン系のパティシエも好きよ。
動きがきれいで、クラシックで優しいサーヴィス陣は、いつ見ても惚れ惚れするくらいにいい動きをしている。立ち位置がとってもいいんだよね、このレストラン。こんな狭い空間なのに、お客様の邪魔になるシーンが全くない。食事時間が始まってから顔を見せたマダム・ギシャールも、相変わらず美しくあでやかな笑顔を見せてくれるし、この店に流れる空気は、本当にすばらしい。
久しぶりの「ジャマン」の味と空気に包まれ、ひどく幸せな夜。名残を惜しみつつ席を立ち、マダム・ギシャールとメートル氏の見送りを受ける。
「パンプルムースタルト、なくて本当に申し訳ありませんでした」とメートル氏。
「次回はぜひ。予約時にリクエストするわ」
「今度、お茶の時間にでもいらしてください。パンプルムースだけを召し上がりに(笑)」
「ほんと!?そんなこと言うと、私、ほんとに来ちゃいますよ(笑)」
「ええ、ぜひどうぞ」
よく出来たメートルだね〜。こういうチャーミングなことを言えるサーヴィスマン、大好き。空気の流れがよくて居心地のいい店には、必ずといっていいほどいいメートルがいる。パトリスやモントゥリエさん、ジェローム、ロジェ、エリックにダヴィッド、ロラン、ステファン、、、、。(さて、何人分かるかな?)
自分のエスプリを正しく伝えてくれる、質の高いメートルに恵まれて、ブノワ・ギシャールは幸せだね。もちろん、あんなステキな奥さんもいて。そして、ブノワ・ギシャールという類まれな職人と喜びをともにしている、マダム・ギシャールとくだんのメートル氏(名前、なんていうんだろう?)もまた、とても幸せだよね。
「ジャマン」のすばらしさに改めて感動した夜。「ジャマン」びいきのスピちゃん、次回はぜひまた行かなくちゃね。この店と再会させてくれたKさん、本当にありがとうございました。
Ven.12 sep. 2003