極上の鮨、品のいいお蕎麦と小料理、サンパなフランス料理、感涙もののお菓子、大好きな洋食などなどを楽しんだ日本とさようなら。おいしかったよ、また秋にね!で、パリ戻って最初のレストランは「ラミ・ルイ」。極上ビストロを初体験する。
「ラミ・ルイ」は、パリで一番有名なビストロだ。今は亡きオーナー、ルイにまつわる逸話。三つ星レストランに負けるとも劣らずの恐ろしく高い勘定書。二人で食べても十分過ぎるようなたっぷりとした量。名物ビストロというか、すでに伝説ビストロになりかけている、一種独特の店だ。ずっと昔から行きたいと思っていたレストランだけれど、その高さと量を考えると、誰も誘えなかった。よっぽどの胃袋と食欲、レストランへの愛情を持っている人とでないと行けないよ。
とまあ、このレストランを訪れることは一生ないかもね、と半ば思いかけていたところに、嬉しいお誘い。
「ピュス、ラミルイに行ったことある?」
「ない。前から行きたいんだけど、なんだかスゴイところみたいだし、誘う相手もいなくて躊躇してばかり」
「同じ同じ。ねえ、行ってみようよ。金曜日のディナー、ここにしない?」
「もちろん!でも、今からでテーブル取れるかなあ?」
「試してみる。祈ってて」祈りが通じたのか、運よく予約ができた。意気揚々というよりは戦々恐々としながら、不慣れなカルティエを「ラミ・ルイ」へと向かう。
8時過ぎ、今だ日の残るパリの春。日本にいた2週間の間にグングン日が長くなり、おまけに夏時間にもなった。なんだか、一気に春がやってきたようだ。いいねえ。一番乗りかな、と思った店内には、すでに一組お客様。年のころは40代のおじさま二人。襟にセルヴィエット(ナプキン)をしっかりと挟んでエスカルゴの大皿を目の前に、なんとも嬉しそうだ。うぅ〜ん、ニンニクの香りが食欲を刺激する。昼ごはん、ほとんどなにも食べてないもんね。さあ、なにが食べられるのかな〜。
キビキビとした動きが気持ちいいセルヴール君が席に案内してくれる。ストーブの横の、横並びの席。コートを預けると、くるりと丸めてひょいとテーブル越しに投げる。コートの飛んだ先を目で追うと、汽車のような荷棚にきちんと収まってる。おお、見事な飛ばし方!これが、「ラミ・ルイ」名物コート置き場だ。
なんだか、映画のシーンの中にいるような、非現実的な雰囲気が支配しているレストラン。白服に身を包んだセルヴールたちも、典型的なビストロ様式の内装も、徐々に集ってくるお客様たちも、他のレストランには存在しない、「ラミ・ルイ」カラーをまとっている。後から気づいたことだけれど、私たちのテーブル以外は全て常連客。1つのテーブルの空きもなく埋まった店内には、ルイが生きていた頃となんら変わっていないはずの空気が支配している。うひゃ〜、見事だなあ。なんてまあ、ドラマティックなのでしょう。そんじょそこらのビストロとは違う、ものすごい個性的な空間だ。
稀有な雰囲気を楽しみながら、料理選び。旬のアスペルジュも、いいにおいを撒き散らしているエスカルゴも、恐ろしくおいしいに違いない自家製フォアグラも、ものすごく魅力的。でもなー、聞きかじっているその量の多さを考えると、アントレはパスするのが賢明というもの。断腸の思いでアントレたちを退けて、プラの欄を熟読する。アニョー(子羊)、ピジョン(鳩)、カイユ(ウズラ)などなど、魅力的な肉らが並ぶ中(当然、魚なんてありはしない)、やっぱりこれかな、とビストロ料理の王道、「プレ・ロティ(鶏のロースト)」を選択。アントレも含め、一皿40〜70ユーロといった、三つ星レストランも顔負けな大げさな値段が並ぶ中、このプレ・ロティは二人で69ユーロと、カルトの中でずば抜けてかわいらしい値段設定。鶏はしょせん鶏なのかしらね。
ムラン・ア・ヴァンをすすりながら、周りのテーブルに運ばれ行くアントレたちを恨めしげに眺める。
「アントレはいらないの?鶏、時間が少しかかりますよ。軽いアスペルジュでも?」と言うセルヴール君の言葉に従ったほうがよかったかなあ。鼻とお腹をソワソワさせながら、待つことおよそ20分。ようやく私たちの目の前においしそうな匂いが充満する。
「エ、ヴォアッラ!あなたたちのプレですよ」運ばれてきたそれは、生前はさぞかし見事な体だったのでしょう、と感心するような大きなプレの下半身。堂々とした大腿部がなんとまあおいしそうなこと。
「どっちからいきますか?大腿部それとも足?」
「足からいきます♪」極々シンプルにロティされた鶏に薄茶の焼き汁。手際よくさばかれた足がゴロリと皿に乗り、クレソンが添えられる。ボナペティ〜(いただきます〜)!
はぁぁぁぁ〜。この国には、どうしてこうまでおいしいものがあるんだろう。こんなにおいしい鶏のロティ、今だかつて食べたことがない。甘く香り高く、ジューシーな肉。噛んだときのつややかできめ細かい肉質がたまらない。思わずこぶしを握ってしまう、感激もののプレ・ロティ。ああ、さすがは「ラミ・ルイ」だ。じんわりと感動。
付け合せのジャガイモ料理がまたスゴイ。3人分はあろうかという細めのフリットのお味もさることながら、「おいしいよ、フリットとこれと、ひとつずつにしたら?」とオススメされたポム・ベアルネーズが絶品!絶品ということばではもう、説明できないなあ。あきれるくらいにおいしくて、もう、体中が喜びに満ち溢れちゃう、というしろものだ。薄切りにしたジャガイモをココットで、ガチョウのラードで焼き上げたもの。焼き上がりをひっくり返し、フレッシュな新ニンニクとイタリアンパセリのみじん切りをたっぷり乗せた、これもまたシンプルな一品。これのおいしさときたら、、、。ああ、こうやって書いているうちに、味を思い出して唾が沸いてくるよ。フランスにきてそのおいしさをしみじみ認識するようになったジャガイモのほっくりとした甘味。滋味深い甘味とコクを持つラードが、ジャガイモにしみている。中はほこほこ、周りはカリッカリになったジャガイモに、風味たっぷりのニンニクとパセリ。一生、これしか食べられなくてもなんら後悔はない、と断言できそうなくらい、感動的なおいしさ。ああああああ、食べて!食べてほしい!!このおいしさ、食べてもらわなくちゃ分からないよ!!!言葉では表現できない、、、。
舌をやけどさせながら、夢中になってジャガイモと鶏を味わう。焼き汁に絡めたジャガイモがまた一段とイケル。鶏とジャガイモそれぞれの、柔らかさ、甘さ、コクを思う存分堪能する。
「いいよ、残り食べて。私多分、半分以上食べちゃってるし」
「いいよいいよ。半分こしよう。はい」
「そお?」お互いに譲り合いながら、心の中では、ほんとは全部食べちゃいたいよ〜!と思いながら、ポム・ベアルネーズを完食。さすがにフリットは半分くらい残しちゃったけどね。おいしいけれど、ベアルネーズに完全に負ける。お皿を下げにきたセルヴール氏は、ベアルネーズの皿を見て眉を上げる。
「オララ!全部食べたんだ?ブラヴォ!」
「もちろんよ。あんなおいしいもの、残せるはずがないわ」
聞きしに勝るものすごい量の鶏とジャガイモを赤ワインとともにお腹に収め、もう死にそう。デセールが入る余地なんてあるはずない。入ったときにエスカルゴを食べていたおじさまたちは、その後巨大な牛肉を平らげ、お皿山盛りのイチゴとフランボワーズを生クリームとともに食べきっていた。だからそれ、3人分だってば、、、。デセールにははっきり言って魅力感じない。おいしいんだろうけど、ただの果物とかクレーム・ブリュレ。量ばっかり多くて20ユーロはないでしょう?あと2ユーロ足せば、ジルちゃんの、現在世界で一番おいしいデセール(ロランがサボってるからね、、、)が食べられちゃうもん。でも料理は確かに絶品だ。あれだけおいしいプレ・ロティとポム・ベアルネーズを、この先どこで食べられるだろう?ここ以上においしく食べさせてくれるところがあるなら教えてほしい。
「それにしても、よく前々日で予約取れたねえ。満席じゃない」
「実はね、予約してあったんだ。もう2週間も前から。すっごく行きたくて。ピュスがいやだって言ったらキャンセルしようと思ってたけど、きっと行く!って言ってくれると思ってた(笑)」持つべきものは、食いしん坊な友達だ♪周りのテーブルは、美食と大食の喜びに満ち溢れた常連客の笑顔だらけ。楽しげに従業員と言葉を交わしながら料理に陶酔している。しっかし、よくまあこれだけの量を食べるよねえ。イギリス人カップルが一組。あとはみんなフランス人。イギリス人がどれだけの量を食べたのか(残したのか)チェックしなかったけれど、フランス人たちはなにも残さない。ガルガンチュアのゴロワ精神を血に持っている人たちだものね。美食の喜びに恍惚としている彼らを見ていると、この国の食文化の奥深さをしみじみと感じるね。
またすぐに来なくては!他のみなさまたちのように、常連にならねば!と決意。一月後の5月3日、意気揚々と「ラミ・ルイ」の扉を再び開ける。
前回気になっていた「ピジョン(鳩)とプチ・ポワ」をトライ。一緒に行ったスピちゃんは、「鴨のコンフィ」に付け合せは当然ポム・ベアルネーズ。ピジョンは、まあ、普通だったかな。期待がめちゃめちゃ高かっただけにちょっと残念。プチ・ポワはなかなか。鴨のコンフィは、プレ・ロティ同様、極上中の極上。スピちゃんをして「今まで食べた中で最高のコンフィ」と言わしめた。ポム・ベアルネーズ?そりゃあもう、もちろん美味。前回に比べ、ニンニクの辛味が強いのがなんだけど、そのおいしさは健在。スピちゃんと二人、死にそうになりながらも、プチ・ポワもベアルネーズも完璧に食べきる。
お皿を下げてくれるにーさんが、
「すごいね、全部食べたんだ、ベアルネーズ?残す人、多いんだよ」と感心してくれるのに自慢げに笑みを返し、体中からニンニクの匂いを発散しながら、「ラミ・ルイ」を後にし、夏のような陽気のパリをふらつく。スピちゃんは、今夜日本に経つ。飛行機、横の席になった人はかわいそうだなあ。
フランスはおいしい。ドレスを着て優雅で洗練された三つ星レストランを楽しめるかと思えば、腰周りユルユルの洋服で口と手を脂だらけにして料理を堪能できもする。そんなこの国が、私は大いに気に入っている。
ven.4 avril 2003