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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・ムーリス(Le Meurice)

「オテル・ムーリス」は、「リッツ」、「ル・ブリストル」、「クリオン」、「プラザ・アテネ」、それに「フォーシーズンズ」と並ぶ、パリ屈指の超高級ホテル。典雅な館には、アフリカや中近東の王族金持ちらが行き交い、それはもう、神々しいまでのきらびやかな雰囲気にいつも包まれている。

そんなホテルのダイニング「ル・ムーリス」は、ミシュランの1つ星こそついていたものの、正直な話、誰もがその名を語るレストランではなかった。他のホテルのダイニングが、すでに高名を博していたり、2000年を機に大改革を起こしてパリでもトップのレストランたちになったのに対し、「オテル・ムーリス」は2000年にホテル自体の改装はしたものの、レストラン部門の改革に手をつけていなかった。そんな「オテル・ムーリス」のダイニングが、今、パリで一番ホットなレストランになろうとしている。

ヤニック・アレノは、断言しよう、ほんっとにいい男だ。そりゃまあ、各人好みと言うものがあるかもしれないが、それを抜きにして、万人が「いい男ね」と納得する美しさ。黒系の目と髪の色を持つラテン系顔が好きな私にとっては、好みも好み、超好み。

99年の冬、当時、「ドゥルーアン」のスーシェフだったヤニックは、ボキューズ・ドールという世界的に有名な料理コンクールに挑戦した。結果は、銀メダルに終わったが、このコンクールは、ヤニックの名前をフランスに広めることになった。

同年、「オテル・スクリブ」のレストラン「レ・ミューズ」のシェフに就任。2002年には、同レストランにミシュランの2つ星をもたらし、ヤニックの名声はさらに高まった。

現在35歳。この世代を代表する、今が旬の実力派料理人だ。

2つ星を取った春に、初めてヤニックの料理を「レ・ミューズ」で味わった。笑えるほど古臭い内装のレストランで、ヤニックの料理は目の覚めるようなキレと迫力があった。鶏とフォアグラのプレスと仔豚料理を食べたっけ。パッションと愛嬌に満ちた対応をしてくれたシェフ・ソムリエとヤニックの料理が、その他の様々な問題点を全て忘れさせてくれたよね。

2度目に訪れたのは、この2月。昨春同様、緻密な火入れと味付けに、その実力を思い知り、更なる感動。サモンの燻製、サンピエールのマングー風味、ワギューのロティ。デセールも2皿も出てきて、おなか一杯で死ぬかと思ったけど、この夜はヤニックとのハジメマシテも叶い、感動はさらに高まる。くぅぅぅ〜、近くで見るとさらにいい男だねっ!

そんな彼が、8月から「オテル・ムーリス」にシェフとして移る、というビックニュースを耳にしたのは3月終わり。ブラヴォ!あの、パリでも屈指の美しさと華やかさをもったレストランでなら、ヤニックはさらに実力を発揮し、その素晴らしさを高めるに違いない。このニュースを知った日から、「ムーリス」でヤニックの料理を食べる夜を(と、ヤニックに会う夜を)指折り数えて心待ちにしていた。

夜7時半。前日の取材時にもらったレシピの疑問点を解決するために、ちょっと早くに「ムーリス」入り。張り切っておしゃれして、厨房のオフィスで15分だけのランデヴー。最中にもひっきりなしに鳴り続ける電話と出入りする料理人たちの姿に、熱い熱気を感じる。もう、ね、あまりに美しい顔を前にして、フランス語はうまく話せないし、ペンを持つ手は震えるわ、大変な有様。どうにかレシピの問題を解決し、厨房をざっと案内してもらって、上のレストランまで連れて行ってもらう。

「じゃ、いいディナーをね!また後で」苦みばしった笑顔を残し、厨房に戻るシェフ。
「ええええ!またあとでね〜!!!」

オープンしてまだ1週間。出来たてのレストランは普通怖くて来られないのだけれど、ヤニックの魅力は大きすぎる。しかも、今週は、最高のレストラン友達Mちゃんがパリに遊びに来てる。やっぱりここは、「レ・ミューズ」初体験も一緒だったMちゃんと楽しみたい。と言うわけで、ドキドキしながらの、「ル・ムーリス」事始です。

オマールのミネストローネアミューズに、ノックアウトされちゃう。「オマールのミネストローネ」。深く濃い味わいが、五臓六腑に染み渡る。たくさんの量は食べられない。スプーン5杯分のこの量でちょうどいい。でもこの小さな料理に、ヤニックの実力が全て凝縮されたかのような、強烈に印象深い料理だ。オマール、野菜、マカロニ、黒コショウががっちりと握手を交わしている、そんな感じ。完璧だ。久しぶりに体が震える料理にめぐり合う。

パエラ風リゾットアントレは、「魚介のパエラ風リゾット」。これがまた、ねえ、、、。魚介の旨みがしみこんだ、歯ごたえも完璧な米。絶妙の味付け。どうしたらこの火入れが出来るのか、真剣に聞いてみたくなる、信じられないほどジャストな火入れをされたイカやカイ。別皿には、ごく小さな小魚のフライが山盛り。この魚、それこそ「ドーム」あたりの魚専門ブラッスリーでよく食べるものなのだけど、ヤニックの手にかかるとどうしてこうまで繊細でおいしくなるのかしら?冷めてもきっちり味があるし、塩加減が絶妙。すごい〜!!!

燻製サモンにカリカリジャガイモ、カヴィア添えMちゃんが食べた、「燻製ソモンのジャガイモ包み、ポワローのクリーム、カヴィア添え」も、ヤニックの代表作。これは、この2月に「レ・ミューズ」でいただいて、感動しまくった料理。軽い燻製のソモンにクリームのまろやかさがピッタリの傑作だ。

スズキプラは「スズキの赤ピーマンソース」。とびきり新鮮な一本釣りのスズキをごく軽く焼いて、きっちりソースに絡めた作品。基本的に、スズキは塩コショウ、オリーヴオイルでいただきたい私にとって、このソースの色と量はちょっと怖い。びくびくしながらフォークを口に運ぶけれど、どうやら杞憂だったみたい。アントレ2種ほどの感動はないものの、クラシックをベースにしたヤニックらしい、安定感と深みのある味付けでおいしいよ。

ジャガイモが感動的付け合せのカエルの足は別に普通。なにかのチーズをベースにしたムースも普通。別皿サーヴィスの風船ジャガイモは絶品中の絶品!また塩だ、塩使いがうますぎる〜。微妙に味覚を刺激する。

料理で十分すぎる満足を味わってしまい、デセールはパス。昨日、ちょっとだけ味見させてもらって傾向はなんとなく分かったし、プチフールもたくさんあるだろうしね。

スコットランド人パティシエが作るお菓子、悪くない。食後にふさわしく、シンプルで控えめ、そして上品で。

プチフールその1プチフールも同じ雰囲気。パッションフルーツのクレームブリュレ、フルーツタルト、パンデピス&ヌガーのたった3種類に限定されたプチフールたちは、どれもいい。特に、パンデピス&ヌガーの組み合わせは初めての経験で楽しいね。

さらに、ショコラで作った実物大のカカオの実に、紙のように薄く仕立てたキャラメルが詰まったものが出てくる。かーわいね、このカカオ型ショコラ!

プチフールその2ショコラにつめた、ごく薄キャラメルがもう・・・「ショコラの部分もどうぞ召し上がってくださいね」という、メートル氏の言葉に従ってバリバリとショコラを割って食べているところに、いい男の登場♪
「あはは、ショコラ、食べてるんだ?」笑うと、もともとしわのある口元と目元にさらに素敵なしわが寄って、ますます魅力的になるね、この男。
「だって、食べられますよ、ってメートル氏が言うから、、、。あんまり食べる人、いないんですか?」
「うん、みんな躊躇するみたいだよ」そーなんだー。おいしいのに、こんなに。もったいない。

しばらくおしゃべりに花を咲かす。テーブルクロスと花のデコレーションはこれから変えていく予定だって。なによりです。特に花は、ほんと、早急に何とかした方がいいと思う。ボンサイを中央に飾りたいんだってさ、ヤニックは。ボンサイ?似合うのかなあ、この豪華絢爛なサロンに。

クラシックをベースにしながらモダンなイメージを加えた、完成度の高い料理。シンプルなデセールも悪くない。サーヴィスもマル。アメリカ西海岸仕込みのメートルは、気さくで優しくエレガント。この職業に必要不可欠な、観察力を持っている。シェフ・ソムリエもかなりいい人物。その他のサーヴィス陣も、若いソムリエ1名以外は、特に問題なし。パンもきっちりおいしいし、食器類もこのクラスのレストランにふさわしい。金、ガラス、モザイクを駆使した内装にはうっとりとため息が出るばかり。

うん、いいね。来年の「ミシュラン」で2つ星でしょう、この調子なら。シェフを代えたばかりの店にあまり優しくない「ミシュラン」だけれど、これはどこをどう取っても、堂々の2つ星レストランだ。

優しいメートルにおねだりして、ショコラのフェーヴをオミヤに持たせてもらう。食べかけのを持って帰れれば満足だったのに、きれいな丸ごとのカカオを、「オテル・ムーリス」のチャーミングな紙袋に入れて2つも持ってきてくれる。ヤホー!アリガトー!ウレシー!マタクルネー!

ヤニック・アレノは、本当に実力を持ったシェフだ。この世代きっての才能ある料理人が、いよいよその才能にふさわしい居場所を得た、と言う感じ。レストラン業界に、新しい熱い波が寄せはじめたのをひしひしと感じる。今後の彼の活躍に乞うご期待!


Mer.11 sep.2003



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