homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・ムーリス(Le Meurice)

7月14日も過ぎて、パリはすっかりヴァカンス気分。レストランも次々とヴァカンスの看板を掲げ始めている。この先8月末までは、パリの食事に悩む日々。飢え死にしそうな一ヶ月を乗り切るため、ヴァカンス前、バレエプログラム的に言うと今シーズン最後のレストランは、とびきり印象に残るゴハンにしたいものだ。

で、慎重に選んだ結果、ヤニック&カミーユ君の店に白羽を当てる。なんやかんや言って、好きなんです♪遊びに来たり、お茶しに来たり、カジュアルランチしに来たり、おやつを引き取りに来たり、仕事しに来たりと、頻繁にこのホテルに来てはいたけれど、レストランできちんと食事をするのは3月以来だ。

夏至からもうひと月が過ぎたけれど、相変わらず日が沈むのは22時を過ぎてから。20時過ぎに訪ねた店は、まるでランチタイムであるかのように、チュイルリー公園からさんさんと陽が注いでいる。

アレックスがアメリカに戻ってしまった後に支配人に就任したウィルフリッドが、満面の笑みで歓待してくれる。 ウィルフリッドは、ピコちゃんち、パトリスのところ、そしてジルちゃんのところと、高級店を渡り歩いてきたサーヴィスマン。私は、ジルちゃんのところでハジメマシテをした。ジャン−ポールがいなくなった後の支配人だった。思えば、ジャン−ポールの後、アレックスの後と、ウィルフリッドは、私の溺愛する支配人の後釜になってばかりだねえ。

フォーシーズンズ的というか、華やかで明るくて感じのよい、でも細かいところまではなかなか気づかないタイプ(笑)。いい人だし気に入っているけれど、所詮、アレックスやジャン−ポール、さらに言えばエリックのような最上のサーヴィスマンからは1〜2歩離れたところにいる。
「お元気でした?いらっしゃるのを楽しみにしていたんですよ。来てくれて嬉しいです!さあ、どうぞこちらへ。ああ、お荷物を、、、。ストールはそのままで?」
「メルシー、ウィルフリッド。元気でした?どお?みんなにいじめられてない?シェフを筆頭にみーんな意地悪だからねえ、ここ(笑)」
「いやもう、本当に。毎日針のむしろです、、、」と、悲しい目をしてうつむくウィルフリッド。横から、なじみのメートル氏が、
「所詮彼はよそ者ですからねえ。まだまだうちのスタイルを理解できないんですよ。困ったものです、ふう」と大げさに肩をすくめてため息。どうやらうまくいっているようだ。よかったよかった。

シャンパーニュ夏はやっぱりピンクシャンパーニュでしょう。いやまあ、年中ピンクシャンパーニュを飲みたい派だけど、夏だとなんとなく言い訳しやすい。と、ビルカールの赤味の濃いプチプチを掲げ、ヴァカンスに、ヤニックに、カミーユに乾杯!キリリと冷えたプチプチが鼻腔をくすぐり喉を心地よく滑り落ちる。体内に清涼感と快感がめぐる。いや〜、極楽極楽。

合いの手は、鴨燻製&熟成コンテのクグロフ仕立てのケーク。好き♪クグロフ型に入ったプレゼンもかわいい。そういえば、この間「ル・サンク」でゴハンを食べたら、これとほぼ同じものがアミューズで出てきたっけ。真似されるのはよい証拠だ。

夏カルトを一応眺めて、ア・ラ・カルトの料理に思いを馳せながらしばしうっとりするけれど、今夜食べるものは、もうひと月も前から決めてたんだ。6月から夏限定で出しているファルシ・ムニュ・デギュスタシオン。野菜タップリの、タパス感覚ファルシ(詰め物料理)を7皿とおやつ2皿の、とっても魅力的なコースを提案していて、内容を聞いたときから、絶対これ食べる!と決めていた。

「お酒はどうしましょうか?」と、名前を知らないソムリエ氏。そういえば、この店の従業員の名前を、私はほとんど知らない。知っているのは、ウィルフリッド(ウィルと呼びたいところだが、そう呼ぶとイヤな“ウィル”を思い出してしまうので、ウィルフリッドと呼んでいる)、新入りシェフ・ソムリエのニコラ、それに名前を覚え間違っていなければ、背の高いエリック。それだけ。まあ今までは、ひたすらアレックス!アレックス〜!!アレックスゥゥゥ!!!だったから、他の人たちがどうでもよかったのかもしれない。
「どうかしら?南がいいかな。あんまり飲めないと思うのだけれど、南のドゥミ、あんまり選択肢、ないですよね、、、」
「お2人なら、1本大丈夫ですよ。皿数もあるし。飲みきれなくても問題ないし。ヴァン・ド・ペイですが、ラングドックで素敵なお勧めがあるんです。ぜひ味見してみてください」
「ダコー、楽しみだわ」お酒を、ソムリエに任せるの、好き。もちろん、好奇心旺盛で質のいいソムリエに限るけどね。彼らは総じて、私など全く知らないドメーヌの、飛び切り美味でお値段もサンパなお酒を出してくれる。パンを選び、バターの説明を受け、お水を注いでもらい、ようやく、食前の儀式完了。楽しくおいしい時間の本番がいよいよ始まる。

トマト1皿目、トマト。オレンジトマトのガスパッチョ、ちっちゃな赤トマトのファルス(中身)は緑トマトのマリネ。3つのトマトの微妙に異なる甘みと酸味を、いろいろなテクスチャーで楽しむ、ごく軽くさわやかな料理。夏っぽくっていいね〜。

2皿目、クルジェット。ソース仕立ての上に、クルジェットの花に包まれたエビのムーステリーヌ。このエビのムースが極上。口の中でふわりと溶けていく感覚とエビの濃厚な香りに、クルジェットのにおいが混じる。傷1つ染み1つないつややかな花は、おなじみのフリットにも仕立てられている。いやはや、美味です。クルジェットの花1皿目に続き、スパイスを軽く効かせて、ちょっぴりエキゾチックなニュアンスも出している。お肉イマイチ、野菜&魚大好きな友達は、横でむせび泣いている。うん、気持ちは分かるな。

3皿目、アーティチョーク。ヤニックの得意料理で何度か食べたことがある、アーティチョークのギリシア風。中にはエビとカニが詰まっていて、ほうれん草で覆っている。軽い酸味を効かせた野菜のデ(さいころ大の大きさ)と合わせてあって、これまた軽い甘みとさわやかな酸味のハーモニーが絶妙。いかにも南ヨーロッパ的なイメージの、夏らしい素敵な料理。

この頃から、おなかの調子は絶好調。なにやら次々とおいしいものがあてがわれ、すっかりご機嫌。次は何?次は何?とおなかが脳に質問を飛ばしてくる。ラングドックのワインは、南の土地で作られた酒ならではのかわいらしい甘みをほんのり感じながらも、シャルドネらしい潔さを持っていて、暑い夏と夏向きのこのコースに本当によく合う。あんまり飲めないから、、なんて言っていた割には、もう半分以上空いてる?おかしいなあ。

4皿目、ナス。大好きなバレエダンサーベスト3は、カデール、アレッシー、ヤンヤンだけれど、野菜に置き換えると、カデールはジャガイモ、ヤンヤンはグリーンピース、そしてアレッシーがナスにあたる。くしくも、イタリアで忌み嫌われたナスに該当するのがアレッシーだー、と、バレエ友達でもある今夜のゴハン友達と笑う。何かのペーストと(何のペーストか忘れた。ナス自体だったか、リコッタとかだったか、アンチョビだったか、、)重ねてミルフォイユ仕立て。上に、ミニナスのスライスを乾かしたのとパルミジャーノが乗っている。期待した割には、味は普通だったかな。ナスの味はまあまあ。パルミジャーノは、もう少しいいのを使えばいいのに。

ピーマン気を取り直して5皿目、赤ピーマン。これも大好きな野菜。グリーンピースと赤ピーマンとアスパラガスとソラマメは、同率3位かも。ジャガイモとナスは不動の1,2位だけど。ダンサーも同じだなあ、カデールとアレッシーは不動の1,2位だけど、後は、場合によって多少上下するもんね。スープに仕立てた中に、チビ赤ピーマンがおなかにブランダード(タラのペースト)を忍ばせて鎮座している。色も形もかわいい。味は、ヤニックにしては珍しく塩が少なめ。本当にぎりぎりで、塩を振ってもいいくらい。甘いピーマン、離乳食のようなブランダード。南仏やバスク地方、スペインの香りがタップリで、ヴァカンスに行きたい気分を盛り上げてくれる。

6皿目はお魚。ルジェ、これ、生なのかしら?それともかるーく燻製してあるの?とにかく、見た目も食感もほとんど生のルジェに、エビやらオリーヴやら野菜やらハーブを散らし、肝はペーストにしてトーストに塗ってある。ソースはオリーヴオイルとなにやらちょっと甘めの液体。はっきりって、今ひとつピンとこなかった。

リゾット7皿目はお肉。鶏の足をちょっぴり、だーいすきなパスタのパエリヤ風に乗せてあって、目の前でイベリコハムをスライスして上から散らしてくれる。熱で脂が透明になり始めたイベリコハムがイケル。パエリヤも久しぶりで嬉しいな。初めてここでゴハンを食べたとき、アントレで頼んだよね。柔らかく手風味のよい鶏もマル。言うことありません。

「え、これでもう料理終わり!?」
「嘘でしょう?まだおなか、ぜんぜん平気だわ」バターが下げられ、パンくずが処理されるのを見て、思わず愕然とし、同時に驚く。ポーションが小さいとは言っても、一応7皿も食べた。アミューズも食べたし、お酒もタップリ飲んだ。パンもパクパク食べた。なのに、びっくりするくらい、おなかが悲鳴を上げていない。好きなものばかり食べたから?バランスがよかったから?テンポがよかったから?よく分からないけど、まあいいや。おなかも心も幸せなんだから、かまいやしない。

そしてテーブル上の主役は、ヤニックからカミーユ君に移る。まずは、プチフールたち。フレーズデボワをあしらったマカロン、赤い果物を添えたフロマージュブランのソルベ、それにショコラに入ったムースはパッションだった?忘れた。おしのぎおやつとはいえ、侮れないおいしさに、うっとり。あっという間に、全部食べ終わる。おなかすいたよー!もっと何か食べさせてー!

デセールその1は、アプリコット。

アプリコットロティとソルベ仕立てに、アプリコットの仁のエミュルジョン。フレッシュアーモンドを散らした、なんともいえない甘酸っぱさのアプリコのロティがご機嫌に美味。後で聞いたところ、プロヴァンスやラングドックなど、南仏のいろいろな地域から、つど極上のものを入れている、と。素材力に限りないこだわりを持つカミーユ君らしい。ソルベは、彼のおやつにしては普通かなあ。まあでも、得意とするところではないからね、氷菓は。氷菓はやっぱり、カミーユ君の兄にあたるジルちゃんにかなう者なし。あとはアランとロランかな。ソルベの下に敷いてあるクランブルは感涙もの。カミーユ君は生地ものがとてもお上手。これは逆に、ジルちゃんが不得意とするところ(と私は感じる)。それぞれ、得意分野があるのです。

デセールその2は、フランボワーズ。

ギモーヴ(マシュマロ)シャルトルーズという香草のお酒を使ったギモーヴとソルベに、フランボワーズをあしらった、シグニチャーおやつの1つ。シャルトルーズとギモーヴをここまで昇華させたのはすごいと思うけれど、どれもこれも、私が大好きな食材ではないので、感動するには至らない。と言っているうち、おやつ終了。こんなちょっとのおやつじゃ足りない!大体、カミーユ君を堪能しきっていない!こんなんじゃ、やってらんない!

という表情が顔に出たのか、それとも、ちょっと前に、「今夜は誰もミルフォイユ、食べていないのね、、、。かわいそうなミルフォイユ、、、」と、周りのテーブルに運ばれるおやつを見ながら、ウィルフリッドにそうつぶやいたのが効いたのか、テーブルには3度おやつ用のカトラリーが並べられ、ん?なにかな?とワクワクするまもなく、遠くから、フォイユテ生地が山のように詰まれたミルフォイユ用のシャリオがしずしずとこちらに近づいてくる。

「エ、ヴォッアラ〜!最後にはやはりミルフォイユを少々、ですね」とウィルフリッドがにっこり。嬉しい〜、やった〜、ララララ〜。この店で、標準量のおやつで満足したことがない。必ずといっていいほど、2つ目のおやつを食べてみたり、ミルフォイユをおすそ分けと称して目いっぱい食べてみたりと、カミーユ君の世界にどっぷり漬かることを、私は自分に課している。いや、そんなの、課さなくても別によいのだけれどね。でもでも、最初に彼のお菓子を食べたときに、食後でなかったとはいえ4つも平らげて、その場で彼のお菓子に恋に落ちた私としては、いまさら1個とかじゃ、味覚も気持ちも収まりがつかなくなっているんだ、きっと。

普通の生地、クリームはショコラ、カフェ、ヴァニーユの3種、ソースはショコラ、あしらうナッツも、ピスタチオ、ピーカンナッツ、ピーナッツの3種、と、お好みミルフォイユを作ってもらい、いそいそとナイフをフイユテ生地に入れる。作りたてのミルフォイユのおいしさを知ってしまうと、ブティックでミルフォイユを買うのがイヤになってしまうのが悲しい。(あ、でも、エルメのはやっぱり好き♪ミュロさんのも悪くない。)そのくらい、レストランで食べさせてくれる作りたてのミルフォイユはすごいんだ。

今まで食べた中で、最高のミルフォイユは、間違いなく「アルページュ」。日によっていろいろあるけれど、オーソドックスなヴァニラ味が私は一番好き。その次が、カミーユ君のミルフォイユだよね。季節ごとに、クリームが変わったり、ナッツが果物になったりするけれど、カルトから決して外れることがない、まさにこの店の名物おやつ。初めて見たときは、それはそれは感動したものだ。あんなミルフォイユのプレゼン、見たことなかったもの。お客様の目の前で、好きな味で仕立ててくれる、まさに名前の通りの、“お気に召すままミルフォイユ”。サーヴィス毎に焼いているというから、逆に言うとあまった分はどんどん捨てている、ということ?毎サーヴィス後に引き取りに来るのになあ。信じがたいおいしさのカヌレとマドレーヌとチーズケーキも、なんなら一緒に引き取りますけど?

ミルフォイユを平らげると、さすがにおなかはパンパンパン。いつもどおりの食べ過ぎ状態に陥る。うっすら緑色がかった歯ごたえのよいマドレーヌをほおばり(オリーヴオイル入りなんだとさ)、ミントのお茶をいただく。目くるめくような宴の時間の終了を告げる、このほっとするひと時は、いつも幸せと悲しさが入り混じる。今過ごしたばかりの幸せに思いを馳せつつ、それが終了する一抹の名残。ヴァカンスが空けたら、またすぐにこられるといいなあ。

すっかり満ち足りて、カミーユ君にククしに厨房にもぐりこむ。白状なヤニックはすでに帰ってしまっている。元気そうなカミーユ君に、たくさんのブラヴォー!をささげ、おやつの話とヴァカンスの話を楽しんで、バイバイ。いいヴァカンスを過ごしてね、カミーユ君。そしてまた秋には、涙が出そうにおいしい、サロンドテのお菓子たちを、まずは食べさせてください。あなたの焼き菓子なしには、私はもう、生きていけない体になってしまったのだから。

極上の夜を、どうもありがとうございました、「ル・ムーリス」の皆々様。おかげさまで何とか夏の間、おいしい思い出に浸って飢え死にせずにすみそうです。


mar.19 juillet 2005


back to listレストランリストに戻る
back to list1区の地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeA la フランス ホーム
Copyright (C) 2004 Yukino Kano All Rights Reserved.