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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・グラン・ヴェフール(Le Grand Vefour)

太陽の光って、こんなに暖かだったんだぁ、、、。顔を上に上げて、くん、って太陽の匂いを嗅いじゃう。そんな素敵なお天気の昼下がり。チュニジアから帰ってきて2週間。来る日も来る日も、もういい加減うんざりするような、グレーの空に冷たい雨と風だった。このまま一気に秋に突入かと思ったら、ようやく昨日から、ふんわり暖かな空気が体を包むようになった。よかったあ。夏はまだ、終わってなかったんだね。

延期延期になっていたテラスご飯の予約を嬉々としながら入れ、ようやくやってきた夏を歓迎。もう会えないかと思っていた夏に巡り合って、一気にウキウキ気分。

夏の到来を歓迎して、思い切り素敵なテラスで盛り上がろう!とは思っていたのだけれど、もう、5月の末から入れておいた予約が今日は入っている。テラスとは関係ないレストランだけれど、大いに盛り上がる価値はあるレストラン。愛しのギ・マルタンに会いに、最新の三つ星レストラン「ル・グラン・ヴェフール」に足を向ける。

木漏れ日が目に眩しいパレ・ロワイヤルを抜ける。お散歩しても気持ちいいこの界隈、なぜか私はテリトリーではなく、めったに来ない。最後に来たのは、それこそ、前回ギ・マルタンに会いに「グラン・V」に来た時。あれはもう1年以上前。まだ二つ星だったこのレストランに来たんだっけね。その前に来たのも真冬。考えてみれば、この季節にここに来るのは初めてなんだ。どんなお料理になっているのかなあ。

そっと開いてもらったドアの向こうに足を踏み入れる。にこやかなメートルドテルの笑顔に「ボンジュ、ムシュ」。あでやかな受付のお姉さんの笑顔に「ボンジュ、マダム」。そして受付の奥に目をむけると、愛しのギが電話中。

きゃ〜っ!ギ!ギ!ギだ〜!かっぱみたい、オヤジじゃない、え、素敵?どこがぁ〜?いろんなこと言われても、やっぱり私にはギ・マルタンは麗しく愛しく見えるんだ。やっぱ、かっこいいと思うんだけどなあ。

salle受話器片手に、しわの寄る優しげな目だけで挨拶をしてくるギ・マルタンの笑顔に見送られ、客席に向かう。200年以上の歴史を築き上げてきた「ル・グラン・ヴェフール」の内装が、私はとても気に入っている。本来はあまり好きじゃない、クラシカルであでやかな内装なのだけれど、椅子の色とソファーの色の落ち着きのせいなのか、全体として非常にいい雰囲気にまとまっていると思う。天井だって高くない。大きな花なんて置いたりしないから、バランスがいいのかな。

コクトーが、ユゴーが、バルザックが、マリア・カラスが、そしてなによりもレイモン・オリヴェの魂が魔法をかけたのか、他のどんなレストランにも見ることが出来ない、一種独特の雰囲気が、ここには漂っている。

来るたびに、お料理はまあまあ、セルヴィスもまあまあ、でも非常に居心地いい。雰囲気なんだな、多分。このレストランに漂う空気がとても素敵だ、って思ってきた。とは言っても、この春に見事三つ星に返り咲いた「グラン・V」。今までとは何か違うものがあるんだろうな。楽しみ。

昔とちょっぴりデザインが変わったカルトを渡され、テタンジェのシャンパーニュに手を伸ばしたときに、頭の上から、低く柔らかな声が聞こえる。
「ボンジュー、マダム。お元気でしたか?」
キャァァァァ〜ッ!ギだわっ!ボンッ!一気に体温が二度くらい上がる。

「ボンジュー、ムシュ・マルタン。お久しぶりです。嬉しいわ、またここに来られて。なかなかテーブル取れないんですもの、最近。ああ、三つ星昇格、おめでとうございます」
「ありがとう。おかげさまで忙しくしてます。」
「あ、そうだ。夕べ、ラ・フェロヌリーでご飯だったの。パトリックがあなたによろしく、って」
「ああ。元気ですか、彼?」
「ちょっと疲れ気味。まあでも、もうすぐヴァカンスだし。あなたの方は?日本だったんでしょう、この間?」
「ええ、素晴らしかったです。東京と大阪。たくさんの人が来てくれて、大成功でした」
「当然だわ、あなたが行くんだから。私ね、初めは4日にテーブルを取っていたのだけれど、あなたが日本だ、って聞いて、慌てて日を変更したのよ。よかった、今日はお目にかかれて」
「こちらこそ。どうぞごゆっくり。楽しんでいってくださいね」

たれ気味の目にしわを寄らせて、私のだーい好きな笑顔を残して去って行くギ・マルタン。嬉しいなあ。前に来たのはもう一年以上も前なのに、覚えてくれてたんだ。ハァーッ。心臓がまだバクバク言ってる。冷たいシャンパーニュで上昇した体温を静めて、愛しのギとの再会に興奮した心を落ち着かせる。

91年だったかな。レイモン・オリヴェが作り上げたフランス料理の歴史に名を残す名店中の名店「ル・グラン・ヴェフール」にギ・マルタンがやってきたのは。テタンジェ・グループの総裁からスカウトされた、サヴォア地方の若者は、それから数年のうちに、この老舗に新しい生命の炎をともし、新たな名声を作り上げ、そして今年ついに鮮やかに、オリヴェとともに失っていた三つめの星を取り戻した。。今はもうこのレストランの社長も兼ねるギ・マルタンは、この夏、二人目の子供生まれる予定。三つめの星と二人めの子供。まさに、2000年は彼にとって、素晴らしい年になっている。

まだ全く見てもいないカルトをひざに置き、アミューズの「コンコンブル(キュウリ)のカプチーノ」をお味見。オーヴァルの小さな器が可愛いな。これいつもは、ここのお得意のニンニクチップスを入れてある器よね。こういうプレゼン、好き。下に敷いてある、レースシートは見ないふり見ないふり。さっぱり夏向きスープ。赤と黄色のポワヴロン(ピーマン)がコンコンブルの甘みを引き出して、なかなか完成度の高い作品。

改めてゆっくりと、コクトーの絵が素敵なカルトに向き合う。ここのカルト、大きさが好き。と、思う間もなく、目の前に大きな本が差し出される。
「ご存知ですか?この間出たムシュ・マルタンの本です。マダムにお見せするように、とシェフが」3月に出たばかりの、野菜を中心としたお料理を集めたギの本。
「あー、どうもありがとう。知っていたけど、まだちゃんと見たことなかったんです。素敵ね」満足そうに去っていくセルヴールを尻目に、本をパラパラとめくってみる。あら、おいしそう。でも、カルトも見なくちゃいけないんじゃない、私たち?注文だけは、早くしなくちゃ。ただでさえ、決めるの時間かかるんだから。

ようやくきちんとカルトを広げる。んー、ア・ラ・カルト、値上がりした?アントレもプラも300フランを下回るものがない。すっごいなあ、飲み物抜かして900フランくらいいっちゃうね、これは。ア・ラ・カルトは、夜に来るときでいいや。お昼はやっぱり、お得なムニュにしましょうね。

「アリコ・ヴェール(インゲン)とポワトリン・ドゥ・ポー(ブタの胸肉)、トマト・クリ」、「ブレスのプレ(トリ)とカリカリ野菜」。デセールも今選んでね、と言われ、「フレーズ(イチゴ)とシャンティー(生クリーム)マント風味、フロマージュ・ブランのグラス」のシャンティーをグラス・ヴァニーユに変えてもらって注文。

お酒のリストから、あまり飲んだことのないサン・ジョゼフの白。それも89年という、このお酒にしては珍しいほど古いものを選んでみる。
「酸化している、という訳ではないのですが、かなり強くて芳香があります。個性がありすぎて飲みにくい人もいるとは思うんですが。果物のコンフィ、蜂蜜、これを非常に強くした感じです」と、ソムリエ君が解説したこのお酒、確かにすごい強烈。香りはたくましく、甘みと酸味がバランスよし。口に含むとその強い個性がガツンとくる。喉を通った後になお、ジワジワと口中に染み渡るこの香り、ちょっとだけシェリーっぽい酸味があるけれど、なかなかいいんじゃないの。サヴォアの山の香りのするフロマージュとよく合うんじゃないかな。

「美味しい。OKです。あんまりひ、、、」
「ボン。これ、冷やしませんよ。室温くらいの方がいい感じに香りが出るので」
「ええ。まさしくそれをお願いしようとしたところ。ぬるめの方が美味しいですよね、きっと」
一種類だけのパンが運ばれ、カトラリーがアントレ用に変更される。ゴージャス系の飾りが施されたカトラリーも飾り皿も、このレストランのはよく合っている。全体で見たときに、とてもバランスがいいんだ。白い陶器に生けられたオレンジのバラが何とも愛らしい。

アントレ用に並んだカトラリーのその横に置かれた深めのスプーンに眉をひそめる。
「んー、、、なにかなこれ?アミューズはさっきのコンコンブルだよね?」
「なにか来ちゃう?ひょっとして?」
「そうでないことを祈るわ。私今日、きちんとフロマージュいただきたいし」とかなんとか言っているうちに、ニコニコ笑顔のセルヴール氏が、目の前に、ふんわりいい香りのお皿を置く。
veloute「ヴォアラ。ムシュ・マルタンからです。プティポワ(グリーンピース)とトリュフ、ラードン(ベーコン)のヴルーテです。ボナペティ(召し上がれ)!」
「ど、どうもご親切に、、、」

あちゃ〜、食べきれるかなあ。今日はフロマージュを食べるし、アプレ・デセールのガトー・サヴォアもたっぷり食べたいのに。ご厚意は嬉しい。本当に嬉しい。こうやってレストランで優しくしてもらうの、とっても感謝してるんだけど、いかんせん、ただでさえ量が多い料理におまけはきついんだ。シャンパーニュとか、デセールワインとか、それともお土産になにかくれるとか、そういうのは大歓迎なのだけれど、料理をなにか出してくれちゃうのって、お腹への負担がめちゃめちゃ大きいんだ。

それでも、最初から、いつもこれを出してくれる、っていうのが分かっていれば、それを加味して料理を決めるのだけれど、こういういきなりのシュープリーズは、とても嬉しい反面、料理を残しちゃうんじゃないか、という不安がいつもつきまとう。今日だって、もしこれが出てくる、って分かっていれば、アントレ、別のものにしたのに。

とまあ、なんとも不埒でわがままなことを考えながら、きれいな緑の液体をスプーンで口に運ぶ。んー、おいし。でもちょっと塩が強い。ラードンのせいだ。ラードン、なくてもいいのにね。プティポワの甘みとトリュフのアクセントで十分美味しいのに。所詮は柔らかで愛らしいヴルーテ、お酒とけんかしちゃう。このお酒、フロマージュにはぴったりだろうけど、アントレにもどうかなあ。もう少し時間たつといいのだろうけれど。デキャンタージュしてもいいくらいかもね、これくらいのならば。

haricoアントレのデコラシオンは、クラッシックなこのレストランの雰囲気に合っている。オレンジのトマトクリを敷き詰めた上に、きれいに蒸し上げた豚肉とアリコ・ヴェールのサラダ。アリコ・ヴェール、ゆで過ぎなくせに、なんともいい感じの味付けで悪くない。日本っぽいアリコ・ヴェールだなあ、太目 で。お肉のきれいな柔らかさは、いかにも「グラン・V」っぽいけれど、端に塗ったアメリカのホットドックに使いそうな味のマスタードが面白い。これがアクセントになってるんだね。クリの味はまあ普通。こんなもん?決して感動はしない。

bresse感動しないのは、プラのブレスの鶏も同じ。ちょっとフュメ(スモーク)したような、味の染みた肉を、コンフィの要領で焼いてある。パリパリの皮が美味しい。肉自体は、せっかく筋肉質でたくましいブレス鶏を、わざわざ下味つけなくてもいいのにな、という感じか。美味しいけどね。鶏の味だけだったら、もっとよかったのに。

ガルニ(付け合わせ)のカリカリ野菜、野菜のフリットかなにかを想像してたらとんでもない。生!キャロットとコンコンブル、それにラディ(ラディッシュ)。これらの薄切りを、思いっきり浅漬けにしたイメージかな。味はいい、それなりに。でもなんか、私たちから見ると、あまりにも日本的よね。

皮が香ばしくて美味しいパンをほとんど食べずに、どうにかこうにか、フロマージュまでお腹を持たせる。このレストランのフロマージュ、とっても魅力的なのですもの、外せない。ギ・マルタンの故郷、サヴォアのものをかなり多く取り揃えている。アルプス山脈のお膝元のこの地方のフロマージュは私のお気に入り。

ボーフォール、トム・ドゥ・サヴォア、ルブロションを切り分けてもらい、クルミの薄いパンをもらって、本領を発揮してきた、つややかなお酒を注いでもらっていっただっきまーす。あまりにもミルキーなルブロションは、クルミとお酒に負けてしまったけれど、トムがいいねえ。この山の草の香りプンプンのフロマージュに、雄々しく香るサン・ジョゼフがぴーったり。完璧ですね、このマリアージュは。ウキウキで最後のfromageフロマージュのひとかけらとお酒を終えて、デセールに移行。

なかなか出てこないデセールを待ちながら、店内をうっとり眺める。お昼らしい客層、つまり、団体や子供連れが入っているからか、威風堂々の三つ星!って感じがしない今日の「グラン・V」。50席に足りないくらいのキャパに対して、セルヴール達は10人を超える。これはいくらなんでも多すぎ。暇をもてあますセルヴール達が次から次へと、「サヴァ、メダム?すべて上手く行っていますか?」と、顔を覗き込むことひっきりない。タイミングをちゃんと見てよね。一度なんて、ちょうど口に鶏を入れた瞬間に聞いてきたよ、よりによってメートル・ドテルが。口もごもごさせながら、「ウィー」って頷いちゃう。

ここのメートル・ドテル、影薄いのよねえ。過去2回も、印象に残る従業員がいなかったけれど、メートル・ドテルからしてインパクトがない。華やかで由緒ある、この美しいレストランにはちょっと役不足な感じ。パトリスの転職先、ここなんかいいんじゃないかなあ。あの、ゴージャスで明るい雰囲気は、ここに合ってると思う。ギャグのセンスは、プラザ・アテネに置いてきたほうがいいとは思うけれど。

みーんな、それなりにお上品でそれなりに優しくてそれなりによく出来た従業員達。そんな中で、今日ピカイチに印象に残ったセルヴールがいる。

dessertココナッツのサブレと、マントのソースが絶品のデセールを終え、だーい好きなガトー・サヴォア(サヴォア地方の素朴なお菓子。レモン入りシフォンケーキみたいなもの)をバクバクと平らげ、お茶を頼むとき。

「カフェはいかがですか?」
「出来れば、アンフュージョンがいいな。マントはあります?」
「もちろんありますよ」あるに決まってんじゃんかよ!ここをどこだと思ってんだよっ!って感じの言い方。決して、イヤな感じじゃない。でも、なんだかその自信に満ちた言い方が可笑しくて心に残る。

お茶の注文を奥に伝えた後、ショコラのトレイを運んでくる。
「ショコラはどれにします?カネル、フランボワーズ、マント、アマンディーヌ、ノワール、、、」
「ノワールと、それからマント」
「お茶もマント、ショコラもマント!?」
「好きなんです、、、」この言い方がねえ、、、。なんていうのかなあ、なんだかダヴィッドさんを彷彿させるんだよね。両方マント?ケッ、芸がねえなあ、みたない感じ?イヤじゃないのよ、別に。笑いを誘うだけ。

ここのショコラ、本当に美味しいんだ。これ、ここで作ってるのかなあ、だとしたらすごいよ。これだけでお店開ける。そんじょそこらのショコラティエ(チョコレート屋)顔負けの逸品を作ってる。欲しいね、これ。

例のセルヴール氏を目で呼ぶ。
「マダーム?」
「このショコラなんだけれど。自家製ですか?それともどこかで手に入るの?」
「もちろん自家製です」(こころもち胸を張って自信たっぷりに)
「すごいわ。とっても美味しい。出来れば分けてもらいたいのだけれど、買えるかしら?」
「ああ、差し上げますよ」
「でも、それじゃ悪いわ」
「マダムがそうやって丁寧に頼む以上、プレゼントするのが当然です」(自身にちょっと陶酔する感じに)
「メルシ・ボク。ご親切にどうもありがとう、、、」
「いえいえ。ちょっと待っててくださいね。包んできます」奥に下がって行くセルヴール氏。

んー、なんていうのかなあ。笑顔はほとんど見せない。見せてもごくわずか。注意してみていないと、見過ごしちゃう。こちらに媚らず、あからさまな優しさはほとんど出さない。でもなーんだか、いいんだよね。思わず、こちらから、もっと優しくしてねっ!って追いかけたくなっちゃうような。

香りいいマントのお茶のみながら、そんな話をしているところに、彼、再登場。
chocolat「どうぞ」直径20センチくらいの四角いケーキの箱を受け取る。ズシッと手にかかる重さに、ちょっとびっくり。重いよ、これ。そっとふたを開けてみて、思わず2人して嬉声を上げる。
「キャーッ!こんなにたくさん!?」
「すっごーい。なにこれ?」このレストランのシンボルの絵がプリントされた箱の中には、ボンボン・ショコラがずらーり。薄いノワールを抜かしても、30個あまりのボンボン・ショコラがぎっしりと並んでいる。
「こ、こんなにたくさん、、、?ありがとう、本当にご親切に」
「今日全部食べちゃだめだよ」とウィンク。おっとー、ここで初めて、ニヤリとした分かりやすい笑いと冗談が出たね!やったー、もうお友達だ。

お土産にショコラをもらうことはよくあるけれど、こんなにたくさん、しかもこんなに美味しいショコラをいただいちゃうなんて、幸せだあ。この間「ル・ブリストル」でマーシャルさんにせっかくいただいたショコラは、オテル・リッツで盗まれちゃったしね、ついてなかった。わーい。この先一週間分のおやつが出来たよ、しかも極上の。嬉しいなったら嬉しいな。

ふと気がつくと、私たちが最後の客。変だなあ、どうしてこうなるんだろう。入ったのは1時前。どう考えても、最後にはならないと思っていたのに。例のセルヴールしにラディションを持ってきてもらう。添えてある、オリジナル・カードが、いかにもここっぽくてステキ。

「ステキね、これ。可愛い」と、仲良しモードの笑顔をセルヴール氏に向けるけど、無表情のままかすかに頷くだけ。んー、やっぱり仲良しになれないのかな?

と思うまもなく、目の前に、カードがもう一枚差し出される。
「どうぞ。お2人ですからね。一枚ずつ」いー奴だー!おまえらなんてどうでもいいぜ、って顔しながら、押さえるところはきちんと押さえている。いーなあ、なんだか。今日は、後半しかセルヴィスしてくれなかったから、あんまり話す機会もなかったけれど、次回はもっと仲良くなろうね。影の薄いメートル氏は、もう、どうでもいいからさ。

ラディションして受付へ。9月に来られるといいな。
「秋のテーブルはどんな感じ?まだ取れます?」
「2002年までいっぱいだよ」とセルヴール氏。おお、また冗談が出た!もう大丈夫、すっかりお友達モードだね。
「うそばっかり。9月にまた来たいな、って思ってるんですけど。どうかしら?」予約表をめくってくれる。
「んー、金曜日はもう全部駄目。他の日は、中旬過ぎなら今のところ入れられるかな。今なら、ですよ」
「ダコー。予定アレンジして、早めに予約入れますね」
「分かりました」
「これ、本。どうもありがとう、素敵な本ね。ムシュ・マルタンにどうぞよろしくね。シャンパーニュもごちそうになっちゃって。ヴルーテも美味しかったし。ありがとう、会えてとても嬉しかった、って伝えてください。ショコラもありがとうね。あんなにたくさん、すっごく嬉しいわ」
「どういたしまして。ではまた9月に。お待ちしています。ボン・アプレミディ(素敵な午後を!)」
「もう過ごしちゃった、あなたたちのおかげで。素敵な午後だったわ。ありがとう、オーヴォワ」
「オーヴォワ、メダム」

私にしては珍しく、名前を聞かなかったセルヴール(だって、やっぱりちょっと怖い感じなんだもん、、、)。名前も知らない彼が持たせてくれたずしりと思いショコラの箱とカード、愛しのギ・マルタンとそのエキップが与えてくれた、楽しかった午後の満足感を抱いて、ピュスが待つ家に足を向ける。

穏やかな午後の日差しはまだまだ暖かく、やっとやってきた夏の空気を全身に感じて、ますます幸せになったのでした。


mer.19 juillet 2000



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