シピーは可愛い。とっても可愛い。ぎゅうすると、ポキッと折れちゃいそうにちっちゃくて可愛い。うちの猫は、ぎゅうしても、全然へっちゃら。うちの猫がシピーの上に乗っかったら、シピー、きゅ〜って潰れちゃうだろうな。

今夜のレストランを決めあぐね、じゃあ、シピーの所にしようか、と、電話してみる。
「ル・ディヴァン、ボンソワッ！」ちょっとハスキーな、威勢のいい声。
「ボンソワ、マダム。今夜、まだ席ありますか、３人なんですけど」
「１０時過ぎじゃないと駄目ね」
「１０時ですか。んー、ちょっと遅すぎるなあ。どうしよう、、、」
「ちょっと待って！その声、あなたでしょ？元気なの？」
「うん、あなたも？」
「元気よぉ、変わらず！いらっしゃいよ、ね？９時半くらいに」１日中、買い物に明け暮れて、ベッドでぐったりしているりーりとすぴに顔を向ける。

「９時半か１０時、いい？」
「いいよ〜」眠たそうな声が返ってくる。
「ＯＫ。じゃ、９時半過ぎに行く。シピーは？」
「超元気！会えるわよ。じゃああとでね、待ってるわ」久しぶりだ、「ル・ディヴァン」。１月以来？シピー、おっきくなったかな。

９時半過ぎというよりは、１０時前。パスツールの駅に降りる。このあたり、とても好きな地域。住みたいな、って思ってる。ぶらぶら歩いて、暗い小道にそこだけ明るい「ル・ディヴァン」の前に立つ。開け放たれたドアの向こうには、あいも変らず、うじゃじゃの人だかり。だーかーらー、こんなに人が入ったら、レストランの床が抜けちゃうってば。

人の多さに気おされて、中に入った所でボーッとしてると、カウンターの中から、マダムが見つけてくれる。
「ククー！いらっしゃい！さ、奥に入ってよ。アペリティフでも飲んで待ってて！なに飲む？え、ゲヴルツ？ダコー！」いつも通り元気一杯笑顔一杯の、チャーミングなマダムと久しぶりの挨拶して、カウンターの奥の方に移動。サラミをかじり、冷たいゲヴルツをちびちびやりながら、早くテーブル空かないかなー、今日のご飯はなにかなー、と、カウンターに肘を突いて、レストランの雰囲気を楽しむ。すぴとおしゃべりしながら。りーり？りーりは横でウェイティングしているインド人につかまってる。頑張って、英語の勉強してください。

待つこと２０分。ようやく、マダムから声がかかる。
「おまたせ！さ、どうぞ」いいな、と思っていた、角の小さな丸いテーブル。嬉しいな。りーりが残したゲヴルツを引き取り、お料理決めて、セルヴィエットを膝に広げる。

ブジ（ろうそく）の光だけに照らされた、いい感じに暗めのサルを眺め、いつもながらにセンスのいい花や調度品を愛で、可愛いカルド・ドュ・ヴァンを開いて新たにお酒を頼み、すっぽりと「ル・ディヴァン」モードに入り込む。

ぐったりと茹で上がった太いアスペルジュは、まあ、ご愛敬。柔らかいの、好きだもんね、フランス人。軽くあぶって澄ましバターをジュッとかけた、小さな舌平目のムニエルは、上出来。ガルニのピュレは、はじめてきた時からの私のお気に入り。なーんてことない料理だけど、やっぱりそれなりに美味しいんだよね、ここ。気取りがなくって、安くっていい。なんてったって、３皿で１００フランだもの。

リンゴのタルトを頬張るすぴたちを片目に、私は、さっきから横のテーブルで、強烈ないい香りを放っているカーマンベール。ここで、フロマージュ食べるの、初めてね。これがまた、とーっても美味しそう。こんなに状態のいいカーマンベール、なかなか見られないよ。６分の１ほど切り取られているカーマンベールの切り口から、とろ〜りとろりと、クリーム色のチーズがはみ出ている。ざっくりと、大きく切り分けて、自分のお皿に移す。皮をはがすのももどかしく、たっぷりとバケットになすりつけて口に運ぶ。

シュペー・ボン（すっごい美味しい）！！！ここまでで既に、４杯ほど重ねていたいろいろな地域のお酒のせいですっかり気分よくなったところに、このフロマージュはまさに甘露。これは美味しい。りーりは強すぎで食べられなかったけど、すぴちゃんはご機嫌。

もう一切れ、大きな固まりを切り取って、お皿に移し、嬉々としてナイフを入れる。たまらないね、このフロマージュ。どこで買えるんだろう。
「ノルマンディーの知り合いの農家から届けてもらってるのよ」と、何故かいつも太陽にやけた感じの肌に真っ白な歯がこぼれるマダムが教えてくれる。彼女をマダム、っていうのは、何だか不思議。同じ年なんだ、私と。チャキチャキでいつも笑顔で、気のいいお姉さん、って感じ。旦那は大柄で、まるでラグビー選手。

ガラスに入った可愛いカフェを飲む夜中過ぎ、ようやく人も減りはじめ、そろそろシピーの出番かな。
「シピー、もう、お昼寝から起きたかなあ？そろそろ連れてきても大丈夫じゃない？」
「そうね、これくらい人がいなくなれば、踏まれないわね。待ってて、連れてくるわ」

程なく、私の膝の上にはシピーが鎮座。シピー、全然おっきくなってないねえ。膝に乗せても、全然重さを感じない。しっぽ振りながらじっと膝の上に座っているシピー、かーわいいったら。横のテーブルからちょっか出されたり、すぴやりーりの腕に移されたり、大忙しのシピー。私たちを見送りがてら、夜中のピピ（オシッコ）しに外にお散歩に出て行くシピーにビズーしてもらって、すっかりいい気分になってパスツールの通りに向う。

このレストランに来ると、楽しいわ、お酒は飲むわで、いつも結構いい気持ちになっちゃう。昔は、すぐ近くの「フィリップ・ドゥトゥルブ」に通いまくって、やっぱり幸せ一杯な気分で帰路についたし。いい気持ちで歩くことが多いから、この界隈が好きなのかなあ。トロカデロが好きだったのも、同じ理由？そんなことを考えながら、おみやげに、ってそれぞれもらったミュゲ（スズラン）のブーケを振り上げてタクシーを止める。

お腹一杯。美味しかった。楽しかった。シピー、可愛かった。

mer.3 mai 2000

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