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グルマン・ピュスのレストラン紀行


「ザ・キッチン・ギャラリー」(Ze Kitchen Galerie)

12月に行く予定にしていた、ウィリアムの新しいレストラン。おりからの氷点下気温に負けて友達が寝込んでしまい、体調の悪かった私もこれ幸いと、アニュラシオン(キャンセル)の電話をいれる。
「ゴメンネ、急なアニュレで。寒さにやられちゃって。楽しみにしてたのに、、、。」
「気にしないで。早く元気になって、また来てね!」オープニングをおゆわいしに訪ねた時にハジメマシテした、メートルのセドリックが、電話ごしに優しい。しみるなあ、この優しさ。

そんなこんなで、行きそびれていたレストランに、しきりなおしの予約を入れる。オープンから3ヶ月。すでにいろいろな雑誌や新聞から高い評価を受けているレストランは、名を「Ze Kichen Galerie」という。マイ・レストランの様相をていしていた「レ・ブキニスト」のシェフ、ウィリアムと愛しいエリックが、すぐ横に作った彼ら自身のレストランなのだけれど、いろいろあって、とりあえずはエリックは「レ・ブキニスト」に残ったまま、ウィリアムがオープンをさせた。エリックの代わりに客席の責任を持つのが、セドリック。すらりと背の高い、いかにもサンパそうな青年(なのかな?すくなくともエリックよりは若いでしょう)。

KitchenGallery横のレストラン同様、コンテンポラリーなカジュアル・シックな内装で、名前のとおりギャラリーになっていて、たくさんの絵が壁をおおっている。客席奥の厨房はガラス越しのオープン・キッチン。最近のはやりだ。スタルクとベルナルドーでシンプルにセンスよくまとめられたテーブル・デコは、お水のグラスがゴブレットなところも今っぽい。カルトが、アントレ・プラ・デセールではなくて、スープ、パスタ、生魚/マリネ、焼き物それにデセールと構成されているあたりも、お客様が自分の好みに応じて、好きなものを好きなように召しあがれ、というコンセプトで、まさにフーディングの流れを地でいっているような体裁。そう、このレストランのコンセプトは、まさにフーディングだろう。エリックとウィリアムという、それぞれの分野に才長けた、感性の豊かなふたりがてがけたレストランは、フィーリングを持って食事を楽しむ、というフーディングの概念にぴったりだ。

気持ち寒さの緩んだ金曜日の夜、横のレストランでエリックに新年のビズーをせがんでちょっとおしゃべりしてから、5メートルほど場所を移動して「ザ・キッチン・ギャラリー」の扉を開ける。
「ボンソワー、ピュスボナネー!よく来てくれたね。元気だった?」入り口を入ったところのバーカウンターにいあわせたウィリアムの笑顔とビズーに迎えられる。
「ボーンソワ、ウィリアム。サヴァ?うーん、いいにおーい!なにが食べられるのかなあ、今日は?楽しみだわ」
「食べてほしいもの、たくさんあるんだよ。まずねえ、、、」と、しばらくウィリアム直々の料理説明を受け、お店の順調なすべりだしについて聞いているうちに、友達の到着。

「じゃ、またあとでね。ボナペティ!」厨房がよく見える2人用のこぢんまりとしたテーブルに案内されて、楽しそうに賑わう人々でほぼ埋まったレストランを改めて眺める。いーい雰囲気だ。お客様、みんなここが誰のレストランか知っているね。ウィリアムを慕って、横から移ってきた人が多いんだろうなあ。私もだけど。小柄でチャーミングなセルヴーズちゃんがシャンパーニュとオリーヴを持って来てくれて、チン(乾杯)!お互い、風邪が治ってよかったね。忘年会改め、新年会といきましょう。

かな〜り魅力的な料理が並ぶカルト。横と同じで、あまりに好みの料理が並びすぎて、選び出せないよ、、、。嬉しい悲鳴をあげながら、ゆっくりカルトをひも解いて、今宵これからの3時間近くを幸せに過ごすためのパートナーとなる料理を選びにかかる。ほどなく、
「きまりました?」とセルヴール1がやってくる。「まだ」
数分後、「お決まりですか?」とセルヴール2が続く。「ごめん、まだです。時間かかるの」「気にしないで、ゆっくりどうぞ」
さらに数分が過ぎ、「さて、決まったかな?」とセルヴール1。「まだなのー。あと2分!」「アハハ、ゆっくり決めて」と、その直後、タイミングよすぎるくらいに、まさに入れ違いでセルヴール2がやってきて、「どお、決まった?」思わず笑い出しちゃう私たち。
「アッハハハ。だから〜、決まってないって言ってるじゃないねぇ?」日本語ってこういうとき、便利だね。
「ごめんなさい、まだなの、、」フランス語に切り替える。
「いいよいいよ。しっかり選んでね。決まったら合図してくれる?」
「ダコー」どうでもいいけど、このセルヴール1と2、どっちかが絶対にセドリックなんだけれど、なんせ人の顔を覚えるのが苦手な私。3ヶ月前に会ったセドリックがどっちだったか全然覚えてないんだ。困ったなあ、呼びかけられないじゃない、、、。ウェルテル以上に悩みに悩み、どうにか料理を決定してホッとする。さ、もう、オーダー取りに来てくれていいよ。そういう時に限って、1も2も全然こっちに気づいてくれないんだよなあ。困ったねえ、と苦笑しているところに、アペリティフを持って来てくれたセルヴーズちゃんがすっと横に立つ。
「アロー?お決まりですか?」いいセルヴーズちゃんだ♪セルヴーズちゃんが注文を取ってくれて一息ついた頃、1と2がそれぞれテーブルにやってくる。
「決まった?」
「もう頼んだ、セルヴーズちゃんに」
「さて、オーダー取っていいかな?」
「さっき、セルヴーズちゃんが取ってくれた」わざとやってるのかい?と思うくらい、笑わせてくれるサーヴィスだ。

さてと、お料理がやってくる。わんさかある魅力的な料理とウィリアムのオススメをも退けて、このレストランで初めて口にするのは、lentillechataigne「ランティーユ(レンズマメ)とシャテーニュ(栗)のヴルーテ(ポタージュ)」。昨年の夏に感動に打ち震えた「クルジュとリコッタ、アーティショーのヴルーテ」が忘れられず、あの感動を再び、と、かなり気になったパスタとマリネの料理たちを押しのけて選んだ一品は、期待に違わない、ううん、期待していた以上にすばらしいスープだった。
「うひゃー、こんなにたくさん食べられるかなあ。スープって、おなか膨れちゃうんだよねー」
「わかるわかる、交換しよう、途中で?」なんて言いながらスプーンを口に運んだ瞬間、鼻のてっぺんあたりから、嬉しさに耐えきれない小さな悲鳴をあげてしまう。
「キュゥゥゥゥ〜、、、。すっごーっくおいしいんですけどっ!!!」ドロリとした液体がのどを流れていくと同時に、とっておきのおいしい笑顔が顔に広がっていくのが自分で感じる。
「すーごーいー、おーいーしーーーーー!!!」涙が出そうだ。ランティーユとシャテーニュをつぶしてフォンで伸ばしただけ(それとも、フォンで煮込んでからつぶすのかな?料理はわからん)だと思うんだけれど、どーしてこんなにおいしいの〜???二つの食材の元の姿を思いださせる、素材の強い風味。ザラリとした舌ざわりの中に、しあげにスルリと回した黄金色のオリーヴオイルのなめらかさが光る。固形の具のなにも入っていない、ひどくオーソドックスなヴルーテはでも、味わい深く胃と心に染みていき、これを創造したウィリアムへの尊敬と賞賛が一段とたかまる。

感極まってガラス越しの厨房に目をむけると、ふとウィリアムがこちらを見てくれる。すかさず、「おーいしーよー!」の顔。「気に入った?よかった」の顔を、ウィリアムが返してくれる。いいなあ、オープンキッチンって。感動をその場でシェフに伝えられる。それにしても、きびきびと働くウィリアム以下厨房のスタッフを眺めるのの、なんと気分のいいことか。壁を飾る絵なんかより、ガラス越しの彼らの方がよっぽど、眼を喜ばせてくれる一幅の絵だ。

はんぶんこね、なんて言ってたくせに、気がつくとスープ皿のあらかたをさらってしまっている私。しぶしぶ、でもこの感動を早く共有したくて、友達とお皿を交換。「なにこれ〜?おいしすぎるぅ、、、、」と、感動の笑顔を見せてくれる友達を、幸せな気分で見守る。友達の頼んだ「カニとアンディーヴのサラダ」も、ウィリアムらしい作品でもちろんかなり美味なのだけれど、もう、ヴルーテのあまりのすばらしさに頭はクラクラ。この瞬間、決めてしまった。来週ゆうたんが来る時には、ここに連れて来てこのヴルーテを絶対に食べてもらおう、と。

「どだった?」セルヴール1がお皿を下げに来る。
「感動的。ウィリアムは天才。特にヴルーテ、最高」
「よかった。伝えておくよ」
「どだった?」セルヴール2がワインをつぎ足しに来る。
「すごいわ。大好き、ウィリアムの料理って」
「よかった。伝えておくよ」うーむ、セルヴール2かなあ、セドリックは。背の高い方。少しずつ、思い出してきたぞぉ。

セルヴールちゃんが、お肉用でないカトラリーを並べてくれる。しかしこのセルヴーズちゃん、ほんとによくできたサーヴィスをしてくれる。どこから連れてきたんだろう?わーい、なにが出てくるのかなー?と楽しみにして待っているところに、
artichaud「ヴォアッスィー、トン(マグロ)のマリネ、アーティショーのヴィネガー、よ。ボンヌ・デギュスタシオン!」
「メルシー・ボクー♪」おまけで出してくれたお料理は、ウィリアムがさっき「ぜひ食べてみて!」って言ってたもののひとつ。タタキの状態にしたマグロのスライスが、ヴィネガーの上に乗っている。あっさりとした味のマグロに、ヴィネガーというよりきちんとソースになっているアーティショーがなかなかいいんでないですか。ワサビも使ってるね、これ?

veauプラは、「ヴォー(仔牛)のばら肉、ポティマロン(栗カボチャ)のピュレ」。オレンジ色もあざやかなピュレの上に、ドンドンドンと3切れ、こんがり照り焼きになったお肉が並ぶ。とろけるように柔らかなお肉の、甘目の味つけが好みだ。ママが作ってくれる豚の角煮を思い出すねえ。ポティマロンのピュレは、ヴルーテ同様オリーヴオイルでアクセントをつけてあって、これはこれでおいしいのだけれど、別にこの甘いヴォーのつけ合わせでなくてもいいような気がする。甘みが重なっちゃうのかなあ。なんとなく違和感。種類の違う甘みが同居した、って感じで。この甘いソースのお肉なら、オーソドックスなジャガイモのとろとろピュレの方が似合うと思うけど、どうでしょ、ウィリアム?いやでもしかし、おいしいのですよ、とても。お友達の「鴨腿のコンフィ、胸肉の串焼き」も上出来。腿の柔らかなしたては、さすがのものだ。

珍しく頼んでみたシノンの赤もさっぱりしっかりおいしくて、料理、お酒、サーヴィス、お客様、内装、雰囲気と、レストランを構成する各パーツが同じレヴェルとタイプと目的を持っている希有な店ならではの、バランスよさからくるすばらしい居心地を体と意識にたっぷり感じる。macaron「キャラメルシナモンのアイスクリーム、マカロン添え」をうっとりと口に運ぶ頃には、幸せいっぱい夢いっぱい。すでに、来週ここに来る時のことを想像して、エヘエヘしてしまう。

金曜日の夜。まわりのテーブルは2回転しているところも多く、まだまだ楽しげな喧燥の静まらないレストランにちょっと感動。すごいなあ、ウィリアムは。オープンと同時にこんな、完成度の高いレストランを作ってしまって。
「希望はね、しっかりとずっと持ち続けていれば、遅かれ早かれ必ず叶うんだよ。どんな邪魔が入ろうとね」と、意志の強そうなあごを引いて、何度もこのレストランについて熱く語ってくれた夏から秋の日々を思い出す。エリックがいないのだけがひどく残念だけれど、ま、そちらもおいおい、話がつくでしょう。エリックがこの店で出迎えてくれる日が楽しみだ。

テーブルを立ちがてら、厨房の横でウィリアムとおしゃべり。あまりに感動的だったヴルーテの話から、目配りがよく出来ているおりこうさんのセルヴーズちゃんの名前(ジュリっていうんだって。)や、セドリックを確認して(やっぱりセルヴール2だった!)、楽しくおしゃべり。そんな間にも、厨房もサーヴィスも忙しそうに、私たちの間をすり抜けていく。

「ゴメンネ。まだ忙しいんだよね。もう行くわ」
「おくるよ、外まで」そうだ、来週の予約を忘れずに入れなくては。
「火曜日ね、、、OK。料理、どうする?デギュスタシオンにしようか?」
「いいね。でも、ランティーユのヴルーテは組み込んでくれる?もう一度食べたいし、連れて来る友達にもぜひ食べてもらいたいの」
「ダコー。席は?3人なら、あそこでいいかな?」
「任せるわ」 そう、今日3時間を過ごした限りでは、このレストランマイ・テーブルを決めあぐねた。どのテーブルがお気に入りになるかしら?ゆっくり決めていこう。少なくとも、全員から厨房が見えるテーブルがいい。
「今夜は来てくれてありがとう。またね」
「こちらこそ。ホントにおいしかったー。ごちそうさまでした、ウィリアム」
「じゃ、また来週ね。ボン・ウィークエンド、ピュス!」
「セドリックもね!チャオ!」嬉しいなあ、やっと名前が呼べた、、、。

2人に見送られて、満ち足りた夜を過ごさせてくれたレストランをあとにする。こんなに素敵な、少なくとも私には相性ぴったりのレストランを作ってくれて、本当に嬉しい。これからしっかり通わせてもらおう。まずは来週を皮切りに。

moule翌週の火曜日、ゆうたん母娘と再び「ザ・キッチン・ギャラリー」を訪れ、「ムールと赤ピーマンのヴルーテ」に例の「ランティーユとシャテーニュのヴルーテ」(ウィリアムったら、ランティーユね、ってお願いしたのに忘れて、特別に作った他のヴルーテを出してきた。めちゃめちゃおいしかったけれど、やっぱりランティーユも食べてほしくて、ヴルーテ2品が続く今夜の夕食)、「トンの半生」(この夜の方がソースがおいしかったね)、「きのこソースのパスタ」に「兎のミンチの串カツ」(これがまた!!!スープ2皿でおなかいっぱになってしまい、不本意にも残してしまったのだけれど、みごとに美味でした!今度、これをもういとど食べるぞー。カルトが変わっていなければ)と続く料理を平らげ、いつお腹がはちきれるかと、ドキドキしながら席を立ったのでした。

バーでウェイティングしていた女の子、ん?どっかで見たことが、、、?と思ったら、なーんと「スター・アカデミー」のジェニファー!!(っていっても、フランスに住んでないと分からないよねー。今、一番旬なアイドル、って感じかな?)
「ね、ね、あれ、ジェニファーでしょ?」とオーヴァーを着せてくれるセドリックに耳打ち。
「そうだよ」とばかりにウィンクが返ってくる。ママとパパと一緒にテーブル待ち。どう考えても、私たちのテーブルに座るんだよね、ジェニファー?素敵においしい料理を、ボナペティ!

翌日、エリックのところで食事をして、ウィリアムの才能を痛感する。
「2番手のシェフもウィリアムっていって、僕たちはグラン・ウィリアムとプティ・ウィリアム、って呼んでたんです。プティ・ウィリアムの料理もなかなかだよ。本日のおすすめなんかは、結構彼の作品だったし」と、「レ・ブキニスト」でウィリアムと一緒に働いていた友達は言っていたけれど、そうかなあ?少なくとも翌日食べたプティ・ウィリアムの料理は、お気に入りのテーブルと大好きなエリックの存在を考慮しても、今までみたいな感動はなかったよ。おいしいはおいしいけれど、チャーミングじゃなくなった。夜中過ぎ、エリックたちにバイバイして通りに出たところで横を見ると、ちょうどウィリアムとセドリックがお客様を見送りに外に出てくる。
「あー、ピュースッ〜!」と手を振るセドリックとウィリアムの笑顔にフラフラと引き寄せられ、今夜の締めくくりも前夜と同じ状況になってしまう。だって、こっちの居心地かなりいいんだもの。あーあ、早くエリックが横に移ってくれますように、、、。

心から愛せるレストランを作ってくれたウィリアムとエリックに、こころからありがとう!これからの発展を、祈っています。


ven.18, mar.22 jan. 2002



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