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グルマン・ピュスのレストラン紀行


「ザ・キッチン・ギャラリー」(Ze Kitchen Galerie)

「パリの夕食は2回だけ、どこに行きたい?」とすぴちゃんに尋ねると、「当然「ジャマン」は外せない。それにウィリアムの新しいレストラン」とのこと。それでは、金曜日に「ジャマン」を入れて、木曜日に「ザ・キッチン・ギャラリー」に行きましょう。コート・ダジュールでのひとときを懐かしみながらも、少しずつパリの空気に染まっていく。買い物に精を出してお菓子屋さん巡りを楽しんで、うん、パリも悪くない。たまになら、ね。でももう決めたんだ。来年の春は、コート・ダジュール1週間!パリはいらない。

「レ・ブキニスト」で腕を振るっていたウィリアムが、支配人のエリックと共同で「ザ・キッチン・ギャラリー」をオープンさせたのは、2001年の10月だった。訳あって、エリックが「レ・ブキニスト」に残ってしまったのが残念だが、「ザ・キッチン・ギャラリー」はオープンと同時に人気に火がつき、わずか数ヶ月後に発売されたルベイ・レストランガイド2002で“ベスト・コンテンポラリービストロ賞”の栄誉を得た。当然だわ。それだけ評価される価値はある。自分自身のレストランに活躍の場を移し、ウィリアムはますます脂が乗ってきた。アジアのアクセントをつけたというにはあまりにアジア素材を多用し、フュージョンというにはあまりにフレンチ的な彼の料理は、とても“ウィリアム風”。アジアに一度も行ったことがないと聞くとびっくりしてしまうくらい、アジア素材をうまく使いこなしながら、基本はあくまでフレンチ。彼独特の感性が皿に溢れている、どこからどうみても“ウィリアムの料理”なのである。

コンテンポラリー・アートに囲まれたオープンキッチンの内装を興味深く眺め、セドリックとはじめましてして、ウィリアムとの再会を喜び、すぴちゃんは満足げに席に就く。まずはシャンパーニュでチン(乾杯)!

ほぼ2ヶ月おきに変わるカルト(メニュー)。3月に早春カルトになってから、まだ一度しか来ていない。2週間後にはまた新しくなる予定なので、このカルトの料理を食べられるのは、今日が最後になるでしょう。気合いを入れて料理選びに取りかからねばね。厨房の様子を眺めたり、シャンパーニュをすすったり、その他もろもろのセルヴールたちとご挨拶をかわしたり、いろいろと雑念が入りながらも、料理選びの難しさに、幸せな悲鳴をあげる。あれも食べたい、これも食べたい、こっちも試してみたいなあ、、、。

うっとりとカルトを眺めていると、横のテーブルの会話が耳に入ってくる。
「、、、美食評論家か、、、、、。思うに、、、、、レストラン・ガイドの、、、、、」母娘らしき2人連れが、なんだか興味深い話をしている。なんとなく、視線を感じる。私たちのこと話てるんじゃないよね、まさか。

patte断腸の思いでいくつかの料理を断念し、選び抜いた今夜の料理は、「ラプロー(仔兎)の煮込みのパスタ」から始まる、、、、、、、、予定だったのだけれど、かわいいセルヴーズ(サーヴィス係)ちゃんが並べたカトラリーはフォークとナイフ。すぴちゃんはスープだし、私のパスタにはナイフはいらないはず。怪訝な顔していると、セルヴーズちゃんがにっこり笑う。
「明らかに、シェフからのビックリがあるみたいね」このセルヴーズちゃん、はじめて来たときに気に入った子だよねえ、多分。基本的に女性のサーヴィスは好きじゃないけれど、彼女の動きはお尻が軽くてとてもきれいな上に、これがまたよく気がつく。週に半分くらい働いている、と前に会ったときに言っていたけれど、確かにそれ以来一度も会ってなかった。多分そうだ、きっとそうだ。髪型かわってるけど、きっと彼女。あとで名前、たしかめてみよっと。

drade運ばれてきたのは、「ドラド(タイ)のマリネ、キャベツとマンゴー」。うわーい嬉しいな!これ、頼もうかどうか、散々迷ってやめちゃったんだ。さすがウィリアム、私の好きなものをちゃんと知ってる♪とろんと薄ピンクのドラドのマリネ、酸味嫌いの私には、ほんの少し酸っぱすぎるけれど、なかなかいい出来。サラダ用の固いマンゴーは千切りにしてあってコリコリ感が楽しい。周りに敷かれたビーツのソースの赤紫が鮮やかできれいね。初夏にふさわしい料理だわ。いいアミューズ代わりになる。

さて、改めてアントレが運ばれてくる。うきゃー、いい匂いだ!食べなくても分かっちゃう。多分、このパスタは、私を感動に陥れるはずだわ。期待通り。ひとくち食べて目をむき、ふたくち食べて喉を鳴らし、みくち食べて天井を仰ぎ、よくち食べてため息を吐く。
「すぴちゃん、これおいしい。とってもおいしい、、、。」そのすぴちゃんは、キノコとアジア野菜が入ったスープを前に、恍惚状態に陥っている。
「おいっしいっ!」どうやら、私に負けずおとらず、ウィリアムの料理に感動しているようだ。仔兎、って好き。これも南仏料理だもんね、好きなはずだ。リエット風に、でもあっさりと煮込んだ仔兎にバジルの香りをつけて、ねじれたショートパスタに絡ませている。この兎の煮込みが最高においしい。ああ、これ、原形の料理もどんなにおいしいことか、、、。パスタとの相性もいいんだね。確かに、これが“兎のコンフィ、バジル風味”という料理になれば、ガルニ(付け合わせ)はタリアテレあたりになるだろうし。いい感じに茹で上げられたパスタに仔兎の脂とエキスが染み込んでいて、噛むごとに口の中においしさが広がる。うっとりするおいしさだ。これを食べられるのが一度限りなんて、悲しすぎる。お昼にふらりと来て、これだけ食べようかな。

それぞれの料理を食べ終わって感動に打ち震えていると、横の母娘と目が合う。
娘:「おいしかった、それ?」
私:「最高!ここのシェフ、本当に才能があるのよ」
母:「分かるわ、とっても。すごくいい匂いしていたわ」いい感じの母娘である。

barプラは「バー(スズキ)のポワレ、野菜のソテー添え」を2人で半分こ。
「これで半分量?十分だよね、これで」と、すぴちゃんが呆れ顔。確かに、魚は半分の大きさだけれど、ガルニは一人前つけてくれるから、これで十分満足できる量になる。一皿の量は、日本に比べると明らかに多いし、デセールまでおいしく食べようと思うと、こうやって一皿を半分こするのでちょうどいい。こんがりと焼けた皮が美味。じっとりと歯に絡みつくような身の食感がたまらない。ああ、バーって本当に好きだ。フランスで食べる魚の中で、ダントツに愛している。数年前に「レ・ゼリゼ」で食べた、驚愕するほどにおいしかったバーを思い出す。ああ、「レ・ゼリゼ」に行っていないなあ。アランがいなくなっちゃったから、なんとなく足が遠のいてしまっている。そろそろ1年ぶり?行きたいなあ、、、。でも、ウィリアムのバーもかなり美味。皮のパリパリ感と身のねっとり感のコントラストがすばらしい。オリーヴオイルとバジルのソースも軽やかに、中華料理風にソテーした野菜類もなかなかいける。ポップな色調も鮮やかな、ウィリアムのエスプリに溢れる一品だ。

私たちのテーブルにデセールが運ばれる頃、横のテーブルの母親のところにバーが運ばれる。皮をはがして食べはじめるのを見て、あああ、おいしいのになあ、そこが一番、、、と、悲しそうな顔をしている私たちに気づいたか、
「皮がね、どうしても食べられないのよ。いつまでたっても慣れないわ」と肩をすくめる。
「おいしいのにねえ、そこの部分が」と娘。娘はよく分かっている。

今夜は、料理選びは完璧だった。仔兎もスズキも文句なし!まさに、私好みの料理だった。さあて、デセールも大当たりになるかなあ?
mangue「ヴォアッラー!マングー(マンゴー)とマングスト(マングスティン)、マングーのクリーム添えだよ。ボナペティ!」どうしても名前を覚えられないセルヴール君がデセールを運んでくる。シンプルにカットしただけのエキゾチックフルーツにスプーンを入れる。と、マングーが固くてスプーンが敵わない。かったいなあ、このマングー。これスプーンで食べるもの?でも、さっき、横のテーブルのオジサマは、これ、ちゃんとスプーンで食べてたよねえ、確か。一度諦めて、マングストとクリームをたいらげ、再び、今度はフォークとスプーンの両方を使ってマングーに再挑戦。相変わらずかたくななマングーは、しぶしぶとその身をひとかけら食べさせてくれたけれど、それ以上は、私の口に入るのをがんと拒む。いいけどさ、別に。固くて酸っぱいし、このマングー。でもちょっと変。

皿を下げに来たセルヴール君が、手つかずのまま残ったマングーを見て眉をひそめる。
「おいしくなかった?」
「っていうか、あまりに固くてスプーンで食べられなかった」
「え!?おかしいよ、それは。ゴメンネ。すぐ、シェフに伝えて、新しく作ってもらうから待ってて」ピュ〜ッと風のように去っていったかと思うと、ウィリアムが飛んでくる。
「ゴメン、ユキノ!間違って、サラダに使う青マングーを出しちゃったみたいなんだ。申し訳ない!」
「あはは、どうりでスプーンが立たなかったはずだわね」笑っているところに、改めてデセール登場。見た目は、さっきと全く同じマングーなのに、今度はするりとスプーンが入る。ジュクジュクした甘い果物をおいしく味わってごちそうさま。

ミントのお茶を飲んでいると、娘が話しかけてくる。
娘:「ちょっと聞いてもいいですか?」
私:「ウィ?」
娘:「あなた、ひょっとしてレストランガイドブックを作ってたりしません?」
私:「えー、どうして?確かに、記事を書いたり、ネットでレストランガイドを作ったりはしてるけど、、、」
娘:「やっぱり!絶対そうだな、って最初から思っていたの」と、したり顔で手を打つお嬢さん。びっくりするなあ、どうして?やっぱり、最初の頃に小耳に挟んだ会話の断片は、私のことを話していたんだ。すぴちゃんに、事の次第を通訳すると、すぴちゃんもびっくり仰天。

「なんかね、そうじゃないかな、って感じたの。私もレストランに行くのが大好きで、ピンと来たのよ」と娘がにっこり笑うと、
「そうなのよ。この子がね、さっきから、きっと横の人はクリティック・ガストロノミー(美食評論家)だって、言い張るの。大のレストラン好きで、そういうことに関しては勘が働くんですって(笑)。」
「そうなんですか?でも、ビックリしちゃったわ、ほんとに」

ジュリ(例のかわいいセルヴーズちゃんと同じ名前)という名のこのお嬢さん、年の頃は20代前半か、パリの西部を中心に、本当にいろいろなレストランを知っている。
「え、じゃああYYYはもう行った?」
「行った行った!サモンのポワレが最高だったわ」
「あ、私も同じの食べた!じゃあ、XXXは?私、この間行ったけれど、客層がすごかったー」
「ああ、あのAがデザイナーのところね?私も夜中過ぎに行って飲んできた。食べる、という感じじゃないわよね」
「同感」
「ねえ、そう言えば、VVVは?私、すごーく好きなの」
「ああ、いいねえ!でも、かなり玄人好みの店よ(笑)」
「たしかに(笑)。で、あなたの妹さんはどこが好きなの?」
「PPPとか、かなり気に入ってるなあ」
「ああPPPね!」
「あら、それどこ?」これはママのセリフ。
「知らないのママ?ほら、トロカデロからちょっと行ったところにある、、、」取りとめなくレストランの話で盛り上がる。信じられない。こんなにレストランの情報に通じているフランス人に会ったの、はじめてだ。しかも、彼女まだ20歳過ぎだよ!?ただいろんなレストランを知っているだけでなく、レストランに対する評価が、かなーり共感できるのも嬉しい。グラン・ゼコール(大学院みたいなもの)で金融を勉強している最中。将来は、エリート銀行員になるのでしょうね。

今夜はジュリのお誕生日なんだそうだ。お誕生会は週末の明日、友達を呼んで盛大に行なわれる。
「今日は、プレお誕生会なの、ママと2人で」
「お誕生会にふさわしい店よね、ここは。で、明日は?どこでフェット(パーティ)するの?」
「チウで。知ってるでしょ?大好きなの、私」
「もちろん。おいしいタイ料理でおゆわい、いいじゃない。あれ、そう言えば、つい最近2件目ができて本店はそっちに移ったんじゃないっけ?」
「そうそう。ケ(河岸)にできた新しい方で食事よ、もちろん」
「いいなあ。私もまだ、新しい方、行ってないわ」
「どんなだったか、報告するわね!」話が止まらない。私のサイトが日本語オンリーと知って、ひどく残念がるジュリ。ゴメンネ、フランス語じゃあ書けないよ。いつか、ふたりでガイドブック作りましょうよ!と話が盛り上がったところでお別れの時間だ。

いやあ、今夜も遅くまで、楽しんじゃったね。見送りに出てくれるウィリアムとセドリックと、ひとしきり固いマングーの話で笑ったりしているところに、ジュリ母娘も席を立って出てきて、またにぎやかなお喋りが始まる。楽しい夜を演出してくれた、レストランの人間と隣り合わせになったお客様にありがとう。レストランって本当にステキだね。

jeu.2 mai 2002



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