homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


ラ・ビュット・シャイヨ(La Butte Chaillot)

6号線をトロカデロで降りる。足が完全に方向を覚えているメトロの構内を歩いて、アヴェニュー・クレベールに続く出口に出る。

トロカデロ、大好きだ。どうしてだか分からないけど、メトロをトロカデロで降りて外に出た瞬間に、いっつも幸せな気分になれる。昔、通いに通ったレストランが4件もこの地区にあるからか、よくお使いに通った銀行が昔ここにあったからか、トロカデロはいつも幸せな気分を私にくれる。

アヴェニュー・クレベールをちょっと歩いたところに「ラ・ビュット・シャイヨ」はある。

開店前の7時過ぎ。誰かいるかなー?受付を覗くと、あ、毛のない頭が見える。すぐ分かるよ、この頭じゃ。
「よお。何、今夜は食べに来てくれたの?」電話中のダヴッドさんが顔を上げてウィンクしながら笑顔を向けてくれる。
「うん。でも1時間後。いい?」
「もちろん。待ってるよ。じゃ、後でね!」
今夜は久しぶりに、本当に久しぶりに、「ラ・ビュット・シャイヨ」でご飯を食べる。

でもその前に、今夜のメイン・イヴェント、アペリティフの時間を楽しみに行こう。「ラ・ビュットシャイヨ」から歩いて1分。ドッカム・ホテルのシャンパーニュ・バーが、今夜のアペリティフ会場だ。

4月から始まったこのシャンパーニュ・バー。金と緑を基調とした英国調の小さなサロンで様々なシャンパーニュを楽しめる。普通のクラスのシャンパーニュから、各メゾンの特級品まで、結構な数の銘柄をそろえている。週変わりで、一つのメゾンのシャンパーニュを数種類、グラスで楽しませてくれる。木曜日の夜には、メゾンから担当者がやって来て、その一週間グラス売りされることになるシャンパーニュの説明会を開く。

人気のないバーの奥の椅子に深々と座ると、イタリア系の黒髪が美しいソムリエ君が、テーブルのブジ(ロウソク)を灯し、カルトを手渡してくれる。一通りカルトに目を通す。クリュグの「クロ・ドゥ・メニル」、ボランジェの「RD」など、宝石のようなシャンパーニュ達が解説付きで、ワイワイガヤガヤひしめいている。うっわあ、よだれが出そうだ、、、。でもね、こんなお高いシャンパーニュ、グラスでないと飲めないよ。

今週のグラス・シャンパーニュは、Jacquesson & Fils から3種類。ブリュットと89年のミレジムを味わってみる。

champagne美しいフォルムのフルートが2つ運ばれてくる。黒髪くんが、丁寧にブテイユ(ボトル)を見せてくれて、優しくゆっくりと、まずはブリュットを注ぐ。抜栓されたばかりのシャンパーニュは勢いよくきめこまかな泡を吹き上げ、クリスタルのフルートの中ではしゃいでいる。続いて、ミレジムが持ってこられ、こちらも丁寧なエチケット(ラベル)提示の後、黒髪くんによって、厳かにフルートに注がれる。

いいなあ、こういう光景を見るのって大好き。シャンパーニュが可愛がられている、黒髪くんと私たちに。

シャンパーニュを目の前で注いでくれるのはとても嬉しい。フルートに注ぐ瞬間が、一幅の絵のように優雅で美しいシャンパーニュ。奥で注がれて持ってこられてしまうと、なんとなく盛り上がりに欠けるというか、興ざめだ。たまにすごくいいレストランで、この儀式に立ち会えると、これから過ごすレストランでの数時間が祝福されたみたいで、とっても嬉しくなる。

こんな思いを巡らせながら、しばらく躍り上がる泡を眺めてから、手を伸ばす。まずはブリュットの香り。ツンと柑橘系の香りが鼻を刺す。続いて、酸味の強いリンゴ。ミレジムの方は、生臭さ、ハチミツ、と言ったところか。口に含むと、泡の感覚は同じ。味は前者が思い切りさっぱり、後者がコクがしっかり。

ローストの具合が素晴らしいアマンド、ソモンのかけら、チーズシューを摘まみながら、ゆっくりと2つのシャンパーニュの味比べを楽しむ。

「どう?何か質問はある?」とやってきた黒髪くんと、いろいろおしゃべり。なかなかサンパで素敵な黒髪くんは、グレゴリーという名前。
「来る前に電話してくれれば、どこのメゾンのシャンパーニュをその週に出すか教えるよ。秋にはねえ、リュイナールも来るし、モエも来るの決まってるんだ。まだ日付はアレンジしていないんだけど」と、いろいろと解説してくれたり、今後の予定を教えてくれたり。

雰囲気がなかなかイケているグレゴリーに、オープン間もないこのバーの前には、どこにいたの?と聞くと、
「初めはね、マドレーヌで働いてたんだ」
「マドレーヌ?ルカ・キャルトン?」
「そう」
「どうだった?有名だけど、セルヴィスとか、あんまりいい噂聞かないけど、、、」
「うーん、でもまあ、いいレストランではあるよ。一回行ってみなよ」
「あんまり気が進まないけど、、、。どのくらいいたの、グレゴリーは?」
「9ヶ月」
「短いじゃない。居心地悪かったんでしょう?」
「いやあ、そんなこともなかったけど、、。でも確かに、短かったよな」
「で、その後は?ここ?」
「ううん。シャンゼリゼにいたんだ」
「どこ?」
「イヴァンのところ」
!!!
「うそ」
「ほんとだよ」
「うそでしょ?」
「ほんとだってば」
「ほんとに?」
「ほんとに。なんで?」
「私、しょっちゅう行ってるんだよ、「イヴァン」。でも会ったことないよね、私たち?」
「まじ?俺、4月に辞めたんだよ。2年くらい働いてた」
「ぜーったい、会ってるよ、私たち。最近確かに、あんまりご飯は食べてないけど、遊びにはしょっちゅう行ってるし、、。ステファンとかファブリスとかと仲良しなんだけど」
「ファブリス?俺、すっげー仲良しだったよ。な、デリ知ってる?」
「デリ?黒人の人だよね?ロランの彼でしょ?」
「そうそう!」

びっくりびっくり。こんなところで、元「イヴァン」と会うなんて。でも言われてみれば、グレゴリーの雰囲気は「イヴァン」にピッタリだ。ちょっとゴージャスで意地悪そうな感じがあって。「イヴァン」の話で大いに盛り上がる。

「何で辞めちゃったの?「イヴァン」良くなかった?」
「いやあ、イヴァンはとってもサンパだし、ファブリス達も良かったんだけどさ、問題はパトリックなんだよ」
「マネージャーのパトリック?」
「そう。知ってる?」
「あんまり仲良しじゃないけど、この間遊びに行ったとき、いろいろお喋りしてくれた」
「そう。あいつがね、、、。ブルノーだってあいつと上手く行かなくって辞めたんだぜ。ロランだって」
なんてこった!あの優しくて大好きだったブルノーがいきなり辞めちゃったのは、意地悪パトリックのせいだったのか、、、。

あーだこーだといろんな話をしているうちに、9時近くになる。居心地のいいとても素敵な空間だけれど、ああ、もういかなくっちゃ。ダヴッドさんが待ってるもん。
「もう行くね。楽しかった。ありがとう、グレゴリー」
「また来るでしょ?」
「もちろん!居心地いいし、シャンパーニュ大好きだもん」
「電話してね。「イヴァン」のやつらによろしく」
「OK。でも、夜とか寄ればいいじゃない。今度は「イヴァン」で会おうよ」
「いいね、それも」
「パトリックがいないときにね?」
「ビヤンシュール(もちろん)!」

アペリティフを堪能して外に出る。9時近くでまだまだ陽の落ちない初夏のパリだけれど、どうにもこうにも寒いんだってば!何とかしてよ、この天気、、、。何だって、夏至も迫った6月に、ワンピースの上からウールのカーディガンをはおらなくっちゃいけないの?テラスでのご飯はどうなっちゃうの??

寒いよ寒いよ、とつぶやきながら、「ラ・ビュット・シャイヨ」の入り口に立つ。と、ダヴィッドさんがさっそうとお迎えに上がってくれる。
「ボンソワー!元気?」
「元気よ。ダヴッドも相変わらずお元気そうで何より、、、」とチュッチュ。満面に笑顔をたたえたダヴッドさんに迎えられて一気にあったかくなる。

「今すぐ、テーブル作るから。ちょっと待ってて」店内を見渡すと、ほぼ満席。金曜日の夜とはいえ、このレストランがいまだにこんなに流行っているとは知らなかった。いつも夜遅くにしか寄ってなかったもんね。パキエさんが「ロ・ア・ラ・ブシュ」に移ってからしばらくは、結構閑散としていたのになあ。また上手く稼動しているんだ。そう言えば、パキエさんがいなくなってから、ここでご飯を食べることがなくなって、遊びにしか来てなかったんだっけ。あれ?ひょっとして、ここでご飯食べるのって、久しぶり、って言うレベルじゃなくって、実に3年ぶりくらいなんじゃない?去年、トゥールーズに行く前に来たときも飲んで帰っただけだったし、、、、。わーお!そっかあ、もう4年近くになるんだ、ここに初めて来た時から。エリックもいたんだっけなあ、あの頃は、、、。

なんて郷愁に浸っていると、
「OK。準備できたよ。おいで!」とダヴィッドさんの笑顔が目の前に飛び込んでくる。ダヴィッドさんは全然変わらないなあ。頭のはげ具合も当時のままだし、ちょっと貫禄がついた程度だ。この人きっと、とっつあん坊やだわ。

「アペリティフは?シャンパーニュ、飲むでしょ?飲むよね?」と、有無を言わさずシャンパーニュが運ばれてくる。どうもありがとうね、いつもいつも。今しがた堪能したシャンパーニュと比べては可哀想だけど、やっぱり、ね。まあ、これはこれで、可愛らしくって素直なシャンパーニュではあるけど。

ゆっくりとカルトを広げ、お料理を決める。オーダーを済ませて、店内を観察。ちぇー、今夜は可愛いロバンはいないのかなー。ベベ(赤ちゃん)が一人いるけど、ちっちゃすぎて、遊ばせてもらえないなー。

相変わらず観光客が多い中、16区のマダム、ムシュ達が確実に戻って来ている。パキエさんがいなくなった後、一度はこのレストランを見限ったクラスの人々だ。ということは、お料理、美味しくなったんだね。

期待しながらアントレを待つ。

、、、、来ない。

気を取り直して待つ。

、、、、まだ来ない。

あーん、お腹が空いたよー、ダヴッドさーん、、、。悲しい目をダヴィッドさんにむけるが、にっこり笑顔を返されるだけ。くすん、言葉で言わなくても、何でも分かってくれるダヴィッドさんだったはずなのに、、、。やっぱり通ってなかったからなあ、あうんの呼吸が出来なくなっちゃったのかしら。

ganbasようやくアントレの「エビフライ、サラダ添え」が運ばれてくる。このレストランのスペシャリテ、昔はよく食べていたよね。数年ぶりに食べるエビフライはやっぱり美味しい。ただのエビフライなんだけ、フランスでは新鮮だ。ギ・サヴォアのブランドのグラーヴの赤も、サンパで飲みやすくなかなかだ。

pindadeauプラは「パンタドー(ホロホロ鳥)のロティ、プティポワ・ア・ラ・フランセーズ(グリーンピースのフランス風)」。何てことのない家庭料理だけれど、これがなかなか素敵な味だ。いいね、無理していない、っていう感じが好感を持てるよ。

美味しいプラだけど、これだけじゃ不満足。やっぱりこのレストランに来たら、ピュレ・ドゥ・ポムドゥテール(じゃがいものピュレ)が食べたいよ。ここのピュレを、私はパリ中で一番気に入っている。ここで食べる度にいっつも、いや食べに来なくても、シャンパーニュをごちそうになりながら、ピュレを味見したい!って言っては食べさせてもらってっけ。

もう3年近く食べていないここのピュレ。パキエさんは残念ながら、「ロ・ア・ラ・ブシュ」に移ってから、ピュレのルセットを変えてしまったけれど、「ラ・ビュット・シャイヨ」はそのままかしら?

ピュレを頼もう、とダヴィッドを探す。「ピュレが欲しいです!」って顔をしてみたのに、やっぱりダヴィッドさんはすぐに分かってくれない。昔だったら、「ピュレだろ?すぐ持ってくるよ!」って感じだったのになあ。やっぱり浮気しちゃいけなかったのかなあ、、。

二回も目を合わせてやっと来てくれるダヴッドさん。
「なあに?」
「ピュレが欲しいの」
「ああ、もちろん。昔みたいにね!」とウィンク。ありがと、ダヴィッドさん。運ばれてきたピュレは、昔みたいに美味しかった。フロマージュたっぷりのコクのあるピュレは、これ以上ないくらいまろやか。これが「ラ・ビュット・シャイヨ」の味だなあ、と、しみじみ思いながら、懐かしいピュレを一匙一匙確かめるように口に運ぶ。

デセールの「パンプルムースのグラタン」をつついて、カフェを飲んで、ごちそうさま。今夜はロバンもいないことだし、最終メトロの前には帰ろう。

ダヴィッドさんにラディションを頼むと、「すぐ行くよ!」
、、、、、来ない。
おーい、ダヴィッドさーん。私たち、メトロがあるうちに帰りたいのー。もう一回頼んで、ようやくラディションを済ませる。クスンクスン、、、やっぱりダヴィッドさんと上手く息が合わなくなってる、、。またこれから通わなくっちゃいけないのかなあ。まあ確かに、お料理はまた美味しくなっているし、セルヴール君たちも優しいし、ダヴィッドさんもいるしね、居心地はとってもいいのだけれど。でもさあ、やっぱり昔が良すぎたからね。ルノーもいてエリックもいて、なによりもパキエさんのお料理だったし。

ドアを開けてくれるダヴィッドさんに、
「ね、ダヴィッド。ところで本は、、、?」と、この間頼んでおいた本のことを聞いてみる。
「ああ、あの本!!何てこった!ごめん、まだ出来てないんだ。悪い、ほんと。申し訳ないけど、もう一回名前書いてくれる?今度こそすぐにやっておくから!」と、がーっと一気にまくしたてるダヴィッドさん、おかしいったらない。

「観察力があって頭が良くって、身のこなしもいいしユーモアもあって、まさにメートルドテルの鏡!って、ピュスちゃんが絶賛してるのに、イメージがとんどん変わっていくー。やんちゃぼーずみたい、、、。可笑しすぎるよー」と、大笑いのMきちゃん。「でも、すっごくステキだよね、ダヴィッド!」その通り!ダヴィッドさんは本当に本当に素敵なんだから。顔中に素敵さがにじみ出てるんだから、彼は。

ダヴィッドさんにギュッってビズーをしてもらって、トロカデロに向かう。幸せに浸ったまま眺めるエッフェル塔は今夜も美しい。そうか、分かったぞ。私がエッフェル塔を大好きな訳が。幾度となく過ごした「ラ・ビュット・シャイヨ」での幸せな時間の後に、必ず目にしていたエッフェル塔。「イヴァン」からの帰りのタクシーでも必ず横を通ったエッフェル塔。幸せ一杯に包まれいるときにいつも見ているんだもの、好きな訳だ。久しぶりにゆっくりと、暖かく光る塔を眺めて、メトロの階段を降りる。


ven.11 juin 1999



back to listレストランリストに戻る
back to listサロン・ドゥ・テ、バー他に戻る
back to list16区の地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeA la フランス ホーム
Copyright (C) 1999 Yukino Kano All Rights Reserved.