モンパルナスからエトワール方面に向かう6号線から、薄い雨空に煙るエッフェル塔を眺める。カウントダウンの数字は[102]。そっか、もう、あと102日で、2000年を迎えるんだね。何だか久しぶりだなあ、この線に乗るの。ひょっとして、2ヶ月くらい来ていないのかな、トロカデロに。
大好きなトロカデロにこんなにご無沙汰していたのには、訳がある。夏の終わりに来ようと思った「ジャマン」は、ぞっこんに惚れているパンプルムースのソルベを夏はやっていないと言うので予約を取り消したし、「ルレ・デュ・パルク」には何度もランデヴーを取り付けたのに、いつもお天気が私とあの中庭の逢瀬を邪魔したし、、。なんやかんやいって、すっかりご無沙汰していたトロカデロに、嬉々として降り立つ。
水気の多い空気の向こうに霞むエッフェル塔がきれいだな。思わず立ち止まってちょっとうっとり。トロカデロの雰囲気をたっぷり吸い込む。
今夜の予定は、「ドッカムス」で飲んだ後、ダヴッドさんの所で軽くお食事。ま、トロカデロの基本コースですね。とりあえず、シャンパーニュを愛でる前に、ダヴィッドさんの所に寄って、テーブルの予約だけしていく。
「ボンソワ!」
「あー、ボンソワール!お元気でしたか?」ニュメロ・トロワくんが、重いドアを開けてにっこり笑顔で迎えに来てくれる。ダヴッドさんは、というと、あいも変わらずお電話中。ビシッとダヴィッド・ウインクを投げてくれる。本当にまあ、ダヴィッドさんって、いっつも電話に出てるよね。ニュメロ・トロワくんに、1時間後に来るね、って、告げて、「ドッカムス」に向かう。
こちらもすっかりご無沙汰していた「ドッカムス」。バーに入ると、あれ、椅子が変わってる。前はもっと紫っぽかったのが、壁の色に合わせて緑になってるぞ。うーん、ますます「ラデュレ」化してきたね。
今週のシャンパーニュは「フィリポナ」。ロゼと90年のブリュットを味見する。美しいフォルムのフルートに注がれた泡立つシャンパーニュを見ていると、思わず笑みがこぼれてくる。ああ、シャンパーニュって何でこんなに、人をドキドキさせるのかしら。ロゼの色はオレンジに近く、軽い香り。梅、ベリー系の香りがうっすら。喉越しはあっさり。
開けたてのブテイユから注がれたブリュットの方は、ミレジムならではの、木の実臭さがプンプン。喉に残る後味がちょっと強すぎるけど、アマンド、ノワゼットをはじめとする、各種木の実の香りはなかなか素敵よね。ソモンのかけらとアマンドをつまみながら、シャンパーニュと語らう素敵なひととき。
前にここで出会った、元イヴァンのグレゴリー君は、やっぱりここを止めているらしい。ブルノーが言っていたように、「イヴァン」に戻ったのかな。残念だけどね。あの美しいくエキゾチックなグレゴリー君、ちょっと廃頽的なこのバーに似合っていたのに。まあ、彼が「イヴァン」に戻っているなら、ブルノーは大喜びでしょう。
ロウソクの暗い明かりと素敵に生けられた花、柔らかな音楽と人々のざわめきに包まれて、1時間ほどをシャンパーニュと仲良く過ごした後、ダヴッドさんのレストランに向かう。
「やあやあやあ!久しぶりじゃない、元気だった?あ、今、席、空いてないんだよ。バーでちょっと待っててくれる?ん?空いてる?OK。奥のあそこでいい?今、ニコラが案内するから。え、ニコラ知らない?今、紹介するよ。ダコー?ニコラ!」ガーッと一気にまくしたてる、ダヴッドさんの早口でこもった言葉の洪水を受け、件のニコラくんが、奥の席に案内してくれる。横とちょっと離れた所に、ベベ2匹。相変わらず「ラ・ビュット・シャイヨ」には、ベベが多くて嬉しいな。
「ジゴ・ダニョー(仔羊の腿)のロティ、ブレッドのグラタン添え」に「ポム(リンゴ)の薄いタルト」、これに、ギー・サヴォア印のボルドーを合わせて今夜のディネ。
ほとんど生に焼いてもらったジゴは、仔羊の香りが華やかでいいね。タンニンがちょっと気張っている、ボルドーらしいチャーミングなお酒が、今が秋だ、という事実を、一生懸命、私たちに教えてくれている。
シナモンの香りが素敵な、極薄のポムのタルトは、元々このレストランのお気に入り。「ヴォアラ!」と運ばれてきた、タルトの香りが、甘くて素敵よ。あれ、でもこれ、グラス・ヴァニーユがついてないよ。昔はついてたのに、、、。今夜の担当のニコラ君に、「グラス・ヴァニーユが欲しいのよ」と頼む。
「もちろん!タルトに乗っけますか?それとも別皿に欲しい?」
「別皿がいいな」
このニコラ君、なんとなく「ラ・ビュット・シャイヨ」っぽくないんだよね。可愛いしサンパだし優しいんだけれど、んー、何て言うか、雑?お酒も注いでくれるし、いろいろと気も遣ってくれるんだけど、根本的な笑顔が「ラ・ビュット・シャイヨ」っぽくないんだよね。うん、つまり、エリックの教育を直に受けてない、ってことかな。ニュメロ・トロワ君みたいに昔からここにいて、エリックと一緒に働いたことのある子とは、ほんのちょっと、笑顔の質が違うんだ。
タルトも全部食べ終わって、お腹一杯。マントのアンフュージョンを頼む。早く来ないかな、マントちゃん。心待ちにしているところへ、ニュメロ・トロワ君がやってくる。手には、熱々のガトー・ショコラ(チョコレートケーキ)のお皿を二つ持って。
「はい、お茶の前に、ね!?」このレストランらしい笑顔をたっぷりと私たちの上に振り撒いて、ショコラの匂いがプンプンする、ケーキを置き去りにして去って行く。
「たあぁ、、、。どうしてさあ、くれるのがデセールなんだろう?お酒だったら、大歓迎なのに」
「そうだよね。これがシャンパーニュだったら、いくらでもいただくのにねえ。まあでも、デセールで良かったじゃない?プラなんかが出てきちゃったら、どうしようもなかったけど、デセールなら、何とか食べられる」
「そうだね。だいたい、文句言ってる場合じゃないよね。うん、私、これ、元々大好きなんだ。アツアツショコラとグラス・ヴァニーユの相性がとってもいいの。いただきまーす!」ダヴィッドさんにありがとうして、ガトーをパクパク。
程なく運ばれてきた、生のマントのお茶を飲んで、ふうぅ。お腹一杯。美味しかったよ。満足満足。
木曜日に行く予定の「レ・ゼリゼ」に、うっとりと思いを馳せながら、待ち合わせの確認をして、じゃ、会計しようか。あれ、受付にいるの、「ヴェルシヨン・シュド」のアランだ。遊びに来てるんだ。ルノー、元気かなあ。
ニュメロ・トロワくんに会計してもらって、受付に。らしくないニコラ君にコートを着せてもらって、らしいニュメロ・トロワくんとにっこり笑顔を交わして、「待ってて、すぐ行くから!」と、またまた電話中のダヴッドさんを待つ。
「ごめんごめん、待たせて。楽しかった?」
「うん。デセール、ありがとう、ダヴィッド」
「いいんだよ、そんなの。ところで、ルノーの所には行ってるの?」とニヤニヤ。
「、、、、。行ってないよ、だ。元気、ルノー?」
「ああ。あいつ、もうすぐ、辞めるんだよ、あのレストラン」
「え、そうなんだ。どこ行くの?また、サヴォアさんの所のどっか?」
「ううん、違う。どこだか知らないんだ、俺も。後2週間は今のところにいるから、行って聞いてきなよ」
「いいです、別に、、、、。それよりね、最近、エリックの所、よく行ってるんだよ」
「そうなの?元気、エリック?あそこ、いいだろ?」
「うん。ご飯も美味しいし、エリックをはじめ、みーんな優しいしね」
「エリック、いいよなー」と、思わせぶりなウインク。
「うん、いいよねー」と、思わせぶりな視線を返す。思わず爆笑。うんうん、エリックって、ホントにいいよね。なんてったって、ダヴィッドさんの育ての親だもの。
ダヴィッドさんて、やっぱりいいよなあ。硬派、って言葉が、ほんとに良く似合う。セルヴィスをしてくれることは稀。きちんとお話できるのは、こんばんはとさようならの挨拶の時くらい。セルヴィスのシャンパーニュやデセールだって、いつも他のセルヴール君が持ってくる。これが、エリックや、例えば「イヴァン」のパスカルなんかだったら、「遊んで遊んで、もっと私にかまってちょうだい!」と、ブーブーブーするところだけれど、ダヴィッドさんには、間違ってもそんなこと思わないもんね。かまってくれないのがダヴィッドさん。距離感があるのがダヴィッドさん。それでも、ダヴィッドさんがいる、っていうだけで、やっぱりレストランの雰囲気は変わるし、やっぱり今でも、私はダヴィッドさんを一番、メートル・ドテルとして、アプリシエしてるんだよね。
久しぶりに、ダヴィッドさんの雰囲気に浸って、すっかり満足してメトロに向かう。降ったり止んだりしていた雨は、どうやら止んだらしい。満月になりかけの艶やかな月に、早足で流れてゆく薄い雲が途切れることなくかかっている。きれいだな。見惚れちゃう。トロカデロで見る月は、ダヴィッドさんのウインク同様、いつも私の心をくすぐるんだ。
mar.21 sep. 1999