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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ボワイエ"レ・クレイエール" (Boyer "Les Crayeres")

ホテルのプールで泳ぎ、ハマムでたっぷり蒸気を浴びた後は、素敵なバスルームでゆっくり寛いで、軽くお昼寝。もうちょっとベッドにいたーい、と思いながらもウキウキとおめかし。タクシーに乗って着いた先は、白亜のお城だった。

ポムリー家所有の広大な敷地に立つエレガントなお城は、まさにノーブルなシャンパーニュのイメージ。「メドモワゼル、ボンソワール」と優雅なエントランスに導かれ、受付のマダムからメートル・ドテルに引き渡され、連れて行かれた先は、ロココ調の内装がクラシックかつエレガントな、優美なサラマンジェ(食堂)。

アペリティフのシャンパーニュの繊細な泡と冷たさに舌が惹かれながらも、目は取り囲む内装に釘付けだ。一体どうやって掃除をするんだろう?って不思議なくらいに高く優雅な装飾を施された天井からは、重々しいカーテンが優雅にドレープを描いている。大きな暖炉に付いている鏡は、天井のシャンデリアの柔らかな光を演出。大きな大きな花のアレンジメントも、この部屋の空間の中ではちょうどいい。壁を飾る絵画は、マダム・ポムリーの肖像画。ギリシャ神殿を思わせるような白亜の柱の奥には、さらに二つの小さめのサラマンジェが見える。二人にはちょうどいい大きさの、小さな花器の置かれた丸いテーブルに落ち着き、しばし辺りに見惚れる。

「ボンソワール・メドモワゼル」とカルトを掲げる年配のメートルの声に、お伽の国のお城からレストラン「ボワイエ」に感覚が戻る。「全ての料理をお二人で分けられるようにも出来ます。ご希望があれば、お申しつけ下さい」とメートル。あら素敵。気になるお料理はたくさんあるし、じゃ、そうしましょ。合わせるシャンパーニュは、ロデレールのブリュット、90年。

boyerpfアミューズ後の一品目、「ブルターニュ産オマールのサラダ、タブレ添え」。歯ごたえのきちんとある薫り高いオマールの、胴と鋏の身。オマールの香りを染み込ませてピンクに染めたタブレは、「これがタブレ??」というような優しい味わい。サフラン風味のオリーヴオイルが、オマールとタブレをきれいにまとめ、乾燥トマトがアクセント。素材、料理法、仕上げ共に完璧な、ひょっとしたら完璧すぎてつまらない、と言われてしまいそうなくらい、紛れもない3つ星レストランの王道料理だ。

二品目、「フォアグラ入り鴨のブイヨン」。スプーンでフォアグラを食べるのは初めて。素晴らしいだしをとった鴨のコンソメに季節の野菜が浮かび、中央には、ポアレされたフォアグラ。食べるにつれ、フォアグラの脂がブイヨンに溶け込んでゆき、味が少しずつ濃厚になってゆく。鴨の逞しさが、フォアグラの重さを支えている。鶏のブイヨンだったら、フォアグラが一人で自己主張してしまっただろう。ソラマメやニンジンの甘さを噛み締めながら、フォアグラの口当たりを楽しむ。

お魚は本日のお料理から「ルジェ(ひめ鯛)のポアレ、ジャガイモのピュレ」。最高のオイルを使って焼いただけのルジェの、魚にしては非常にしっかりとした風味が、口中に広がる。何て美味しいルジェなんだろう。こんなルジェを、南ではなく、この、北の街で味わえるなんて感動的だ。

そしてピュレ。「ボワイエ」というクラシックなレストランでこんなものに巡り合えるとは思ってもみなかった、バターとそしてオリーヴオイルの両方を混ぜ込んだピュレが出てきた。オリーヴオイルのみで作ったピュレなら、トゥールーズの「ミシェル・サラン」で食べた。オリーヴオイルがピュレからにじみ出る、素敵に南の味がする軽くて生き生きと躍動的な、いかにもサランさんらしいピュレだった。それに比べてここのピュレは、、。

良質なバターの風味が鼻孔と口を楽しませた後、喉を通る時には、さらりとオリーヴオイルが後ろ姿を見せている。二つのアブラの美点を見事に組み合わせた、決してクラシックで正当な道を外れることなく、それでいて見事にオリジナルな作品だ。ポアレしたルジェにピュレなんて珍しい、なんて思っていたけれど、この、オリーヴオイルの香りでルジェにパシッと合っている。

お肉は「ブレスの鶏、トリュフソース」。この料理が、私の描いていたムシュ・ボワイエ像に一番近いかな、トリュフを散らし丁寧に仕上げられたクリームソースがかかった鶏肉。残念なことに、ルジェの段階で、ほぼお腹が一杯になっていたところへの、このクラシックなお料理は重過ぎて、きちんと味わうことが出来なかった。

デセールの前に、従業員について。

私たちを担当してくれたのは、かなり若い30歳そこそこのメートルと彼とペアで働くこれまた若いセルヴール。この二人、なかなか素敵にディネを盛り上げてくれた。メートルは、髭は濃いくせに肌はとってもきれい。「雪のような肌だよ、見て!」と、彼のことは「ゆきちゃん」と呼ぶことにした。ゆきちゃんはいつも笑顔で、深い絨毯を優雅に歩いては、完璧に私たちのセルヴィスをしてゆく。話術にもたけ、楽しい短い会話を挟みながら、客との距離を少しずつ縮めてゆく。痒いところに手が届く、そう、ダヴィッドさんのようなセルヴィスをしてくれる。

なかなかのボー・ギャルソン(ハンサム男)のゆきちゃんは、どうも残念なことに、ペアを組むセルヴールと「そういう関係」らしい。ほんと、フランスにいる素敵な男の人は、どうしてみんなホモなの!?

ゆきちゃんの彼は、まだ少しぎこちないながらも真剣にセルヴィスをする姿に好感が持てる。客ともコミュニケーションはもう一息!っていう感じだけれど、そこはゆきちゃんが二人分をこなしている、と言った感じ。ピュレを取り分ける際、ちょっとお皿で形を崩してしまった彼を目にするなり、遠くから音もなく近寄って来て、
「さ、僕が取り分けますね。失礼しました、彼まだ新しいから、、。時々起こっちゃうんですよ、こんなことが。ごめんなさい」と、彼からピュレの入った銀のプレートを受け取り、にっこり私たちに微笑みセルヴィスをするゆきちゃん。
そしてその後、「失敗しちゃった」みたいな照れた顔をしている彼に、「駄目じゃないか、もうっ!」っていう感じで、軽く睨みながら微笑むゆきちゃん。それに微笑み返す彼、、。事ある毎に微笑みを交わすゆきちゃんと彼を見ているだけでも、十分楽しいレストランだ、ここってば。

デセールは「焼いたアプリコのキャラメル風味」と「蜂蜜の香りの冷たいヌガー」。美しく美味しいけれど、初めの3つのお料理にはかなわない。

「カフェはサロンでどうぞ」とゆきちゃんに導かれ、素敵な螺旋階段を横切り、「あ、待って、写真取りたい」と、ゆきちゃんにカメラマン役を押し付け、素晴らしいドローイング・テーブルの横を通って、バー・サロンへ。ゆきちゃんにお相手をしてもらうのはここまで。ミシェルという名のゆきちゃんは、
「じゃ、どうぞいい夜をお過ごしください。また、いらしてくださいね」と、にっこり笑顔を残して帰っていった。

光をかなり落とした空間に点在する、心地よいソファに身を埋める私たちに「どんなカフェになさいますか?」と、ゆきちゃんに引き続いて私たちのお相手をしてくれるのは、バー・サロン専任のメートル。カフェとプティ・フールは置いておいて、どうにもこうにもおしゃべり好きなこのメートルと楽しい時をたっぷり過ごす。

レストラン、お料理の話から、「ここにも日本人が働いているんですよ」と日本の話。「専門料理」なんてマニアックな日本の料理雑誌を毎月取り寄せているらしく、バックナンバーを見せてくれ、特集記事について、しばらく語り合う。

「ミシェルやあなたを初め、このレストランの人たちは、本当にみんなサンパですよね」
「ええ、いいことだと思いません?これ、ムシュ・ボワイエの方針なんです。慇懃なセルヴィスではなくって、お客様とたっぷりコミュニケーションをとるセルヴィスをするのが。その方がお客様も、それに私たちも楽しいでしょ?」と、メートル。料理とセルヴィスの関係について話しは盛り上がり、「やっぱり、セルヴィスあってのお料理ですよね!」と合意に達する。

将来、レストランのセルヴィスについての文章を書いてみたい、と言う私に「素晴らしい!是非やってください。でもダメだよ、ムシュ・ボワイエの前ではそんなこと言っちゃ!」とウインクしながら指を口に当てるメートル。

この素敵なサロンに時を忘れていつまでもいたいけれど、もう1時近い。帰らなくっちゃ。このレストランのホテルにお部屋を取れなかったのは、非常に残念。とても素敵なお部屋なのに、たったの19部屋しかないのだ。急に決まった旅行だったので、テーブルはどうにか取れたがお部屋は駄目だったのだ。
「でも、泊まっているのは「オテル・タンプリエ」でしょ?あそこも素敵じゃないですか、プールもあるし。ここが一杯の時、お客様にはあそこを紹介しているんですよ」とメートル。ま、ね、確かに、タンプリエもとっても素敵なホテルだけれどね。でもやっぱりここに泊まりたかったな。

「どうぞまた、近いうちにいらしてくださいね。今度は、お仕事で。セルヴィスの取材をしにね!」とバーのメートルにエントランスまで見送られ、そこから車までは受け付けのメートルの案内の元、タクシーに乗り込む。
「おやすみなさい、メドモワゼル」
「おやすみなさい、楽しい夜をどうもありがとうございました」
「こちらこそ。また、お目にかかれるのを楽しみにしております」。バタンとドアが閉められ、車は走り出す。夜の闇に白い壁がかき消されるまで、すてきな時間を過ごさせてくれた白亜のお城を名残惜しげに見つめていた。

ハード、ソフト、そしてお料理。全てのバランスが申し分ない、エリートな3つ星レストランでの素晴らしいひとときだった。


dim. 6 sep. 1998



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