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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ゼリゼ(Les Elysees)

暦の上でも秋が始まる。数字を突きつけられ、否応なしに、夏とお別れしなくちゃいけない。生まれて初めてだわ、こんなにも夏に気持ちがしがみついているのって。海で焼けた肌がまだ黒くって、秋色と喧嘩してるせいなのかなあ。ああ、やっぱり、パリに戻ってきた後、ホワイトニングしておくんだった、、、。

まあ、ね。泣いてもわめいても秋が来る。来るものはしょうがない、精一杯歓迎してあげましょう。で、今年の「ビアンヴニュ・オトン」のフェットは、精一杯おめかしして「レ・ゼリゼ」で開催。ちょっと待てよ、俺の歓迎会だろ〜?って、オトン(秋)が苦情を申し立ててしまうくらいに夏っぽいドレス来てレストランに向かう。

いいじゃない、別に。コートと靴、それにアクセサリーだって秋向けだよ。秋のお洋服、持ってないんだもん。許してよ、これで。薄ら寒いシャンゼリゼに降り立ち、見上げる空には、真ん丸までもう一歩、といったところの月が冷たく白く輝いてる。あーあ、秋の月だわね。夏に見た月は、もっと優しく輝いてたよ。やれやれ、と頭を振りながら、「レ・ゼリゼ」へと足を速める。8時の予約を8時半に変更してもらった上に、今もう、9時だよ!

salleカツン、と靴が、「オテル・ヴェルネ」のロビーの床に触れると同時に、耳に飛び込んでくるピアノの弾き語りとレストランのざわめき。ああ、夜の「レ・ゼリゼ」の音だ。これを聴いているだけで気持ちが柔らかくなる。

引き寄せられるようにレストランの方へ向かう。あ、アランだ。レストランからピアノの方に歩いている。ふ、と、こっちに気がつき、優しい笑顔を満面に浮かべて両手を広げてやってくる。
「ボンソワール、マドモワゼル!お元気でしたか?またお会い出来て嬉しいです」
「私もよ、ムシュ・モゼー。またここに来られて嬉しいわ」
「ええと、、、。今夜の予約はムシュ・プライスの名前で入れてますか?3人で?」
「ええ、そう。それです」
「お待ちしてました。どうぞこちらへ」

ベル・エポックの流れるように優雅でクラシックなサルは、既に満席。ピアノが「さくら」を奏でる中、アランのエスコートで階段を降り、周囲の従業員達と「ボンソワール」しながら奥のテーブルにつく。椅子を押し戻す加減が、アラン、上手いんだよねえ。

「カルトをどうぞ、マドモワゼル・グルマン」にっこりアラン。すごい、名前まで覚えてくれてるんだ。今夜の予約はムシュ・プライスで入っていて私の名前は出て来てないもんねえ。ま、確かに覚えやすい名前ではあるんだ、「グルマン」って。「ピュス」の方は、覚えるのにみんな四苦八苦してるけど。

おゆわいごとにはやっぱりシャンパーニュ(っていうか、いつでもどこでもシャンパーニュだけど、、、)!と、にっこり頷きながら、とりあえずは木目細かくあ和が立上るフルートを掲げて乾杯。はあぁ、美味しい。シャンパーニュって本当に、どうしてこんなに素敵なお酒なんだろう。

ゆっくりと時間をかけて、魅惑的なカルトを吟味。アランにたっぷりと質問を浴びせかけて悩んでもめて、熟考して決定して、その決定を覆して、協議して交渉して、なだめて納得して確認して、、、。30分はたっぷりかかっただろうか、アランを含め4人の大会議の末、今夜のお料理、無事に決定。やれやれ。アランもきっと、やれやれ、と思ったことだろう。

セルヴールが2回に分けてお皿を持って来てくれる、ソモン・フュメとカヴィア、フォアグラの厚切りのカナッペのシャンパーニュ・アミューズをつつく。フォアグラのトロトロさ、ソモンの塩気に顔をほころばせ、ひとごこちついたところで、お酒のカルト。全員が選んだお魚に敬意を表して、白いお酒の中からの選択。秋をおゆわいする今夜は、絶対に官能的でしっとりした赤いお酒を飲もう、と決めていたのに、やっぱりここのレストラン、南っぽいルセットのお魚料理に心引かれるから、どうしてもお酒も白くなっちゃうよ。ごめんね、秋くん。ジャドの作ったピュリニー・モンラシェ’88年。

注文をとって下がっていたアランが、ソムリエ君の退場と入れ違いにやってくる。両手に持つ銀のお盆には、ドデーンと立派なオマールがうごめいている。
「こちらが、マドモワゼル・グルマンのアントレに使われるオマールです」
「ひゃあ〜、おっきいねえ」と覗き込む、私たち3人。
「ねえアラン、彼、ブルトン(ブルターニュっ子)ですよね?」
「もちろんそうですよ」
「嬉しいな、私ブルトン、大好きなの。この子のお名前は?」
「オマールくんです」
「OK。クークー、オマールくん!サ・ヴァ?私があなたを食べるのよ。しっかり美味しくお料理してもらってね!」オマールくんにオーヴォア言って、アミューズを待つ。

「トンのお腹(つまりトロの部分)の夏野菜、パルメザン添え」という、ひどく美味しいアミューズに眉をあげて大きな溜息ついて、お酒の味見。ピュリニーらしい、といえば、あまりにもらしい、力強く風雅に煙る黄金の液体。10年も寝かされていたピュリニーは、たっぷり寝た後の翌日のようにお肌ツヤツヤに潤っている、という感じで、生き生きとした熟成の魅力たっぷり。久しぶりにいいピュリニーに触れた私なんか、その魅力に圧倒されてしまいそうだ。

「オリーヴ、ユイル・ドリーヴ、ラードン(ベーコン)、ロックフォール、カンパーニュ。今夜は何になさいますか?」と、前回顔馴染みになったセルヴール君。ん、とね、今日はユイル・ドリーヴにしようかな。

ここのパン、本当に美味しい。まあ、昨今の高級レストランで、パンがイマイチ、何ていうのは許されないことだけれど。

homard程なく、先ほどのオマールくんと再会。美味しくその姿を変えたオマールくんは「オマールと小イカ、イタリアのコキアージュ(貝)のサラダ」に変身。プリプリのお腹の肉、柔らかな爪の肉。風味豊かで新鮮な、素晴らしいオマール。これに添えられた、小イカとコキアージュは、これ、この間のお昼に食べたキャビオの付け合わせと同じかな。柔らかくどこまでも甘いイカちゃん達。殻に入ったスープの薫り高さが圧倒的なコキアージュ。ああ、私がもっと、貝好きだったら、恍惚状態になっちゃうんだろうなあ、これ。中央に飾られたサラダ菜関係が、これまた美味しいんだ。

貝のスープでべたべたになった指をランスドゥワですすいで、ちっちゃなタオルで指を拭いて、グラスへ手を伸ばす。あれ、もうお酒ないの?ソムリエ君をよんで、お酒の注文。

アントレが下げられ、プラを待つ時間がちょっと長い。来週まで工事中の厨房が、上手く回っていないのだろうか。アランに聞く所によると、レストランのキャパは40〜50。今夜はもちろん40。アラン、ソムリエ君たちを含め、サルには10人は従業員がいるから、外が回らなくなることはない。中だよね、追いつかないのは。10月4日から、厨房の改装も終わり、レストランはフル回転するらしい。

2本目のお酒、とっくに抜栓はすんでいて、クーラーの中で寛いでる。プラを待ってるのかな。でも、喉渇いた、早く飲みたい。遅れているプラなんて待ってられない。アランに頼もう、と目を上げると、そこに、サルを歩きながらこちらを伺うアランのニッコリ笑顔。視線を送る。

「ウイ、マドモワゼル・グルマン?」
「あのね、喉渇いたの」
「あれ、お酒は、、。ああ、あそこか。分かりました」すぐにソムリエ君に指図してくれて、私たちのグラスにはさっきよりも薄めな黄金の液体が注がれ、無事、喉の渇きは収まる。

シャサーニュ・モンラシュエはシャトー・ドゥ・ラ・マルトロイの「グランド・ルショット」’92。ふあぁ、、、。今まで持っていたシャサーニュのイメージが転がっちゃったよ。くさいきれの香りの中に漂う、甘く濃厚な香りが誘ってる。飲み込んだ後の、余韻には軽い甘さと上品な爽快感が残る。とても好みだ、このお酒。

嬉々としてお酒を楽しんでいると、ようやくプラが運ばれてくる。右から丁寧にお皿が運ばれた後、きちっとしたお料理の説明。こういう所、本当にこのレストラン、満点だ。

bar「バール(スズキ)のセップ茸そえ」が今夜のプラ。2月に味見したバールのあまりにも見事な美味しさに再会したくて選んだバールだったけれど、ちょっと、味付けが好みじゃなかったかな。バールは美味しいよ、気が遠くなるくらい。ふっくらと柔らかく、口の中でとろけるバール。この魚、淡白なだけに、味付けが幅を利かせる。

今日のバールは秋らしく、見事なセップが脇役。日本でいうと松茸に当たる存在のセップ。選りすぐりのセップは薫り高く、味見をした他二人は、あまりのかぐわしさに溜息をつきっぱなしだったのだけれど、私にはちょっと香りが強すぎた。この香りがバールにも移っているので、全体がセップセップ。バールの上に乗った野菜のエチュヴェは素晴らしいし、ジャガイモを焼いたものもとても美味しい。ああ、でもね!やっぱりセップなのよ、この料理のポイントは。好きじゃないなら選ぶな!って感じだけれど、バールにつられちゃったのよねー。

今夜の喝采は、ロベールが取った「チュルボ(ヒラメ)のポワレ」に捧げられた。これはすごい。誠にすごい。今まで食べたチュルボの中で、群を抜いて美味しい。3cmはあろうかという、分厚いチュルボの切り身。これをタップリのユイル・ドリーヴで焼き上げたのだろか、外側はパリッと香ばしく香りよく、中は、ほろほろとしたチュルボの触感が甘さを包んで残ってる。ナイフを入れるごとに立ち昇る、香ばしさと甘い香り。一口の味見じゃもの足りず、もう一口、味見にもらう。

あーあ、2月にニースの「シャントクレール」なんかで食べていらい、食わず嫌いになってたんだよなあ、チュルボ。「シャントクレール」のバカー!だから行きたくない、って言ったのに、あんなレストラン、、。チュルボに申し訳ないことしたなあ。あまりの美味しさに、脱力。お酒にではなく、チュルボに酔っちゃうわ。

え、お酒まだ残ってるの?じゃ、フロマージュ、いただこうかな。とろとろフロマージュ達と、今夜はクルミパン。残っていたシャサーニュを愛でて、お腹いっぱい。ここまでで、シェフ・アランの出番は終わり。ここからは、シェフ・パティシエ(お菓子のシェフ)・アランの出番よ。

今夜のパティシエ・アランのデセールは、「ミラヴェル(プルーンの一種)のパン・ペルデュ、カネル(シナモン)のグラス添え」。今更言葉を捜すほどもなく、とにもかくにも素晴らしい!の一言に尽きるのさ、彼のデセールは。このデセールではカネルのグラスが特に絶品。

味見したシトロン・スフレも、彼っぽくってすごかったなあ。処理をしていない食べられるレモンの皮の中に入れたスフレ。この皮の想像を超える味、一生忘れないよ。

dessertそれにしても、このカネルのグラス、美味しいな。もっと欲しいな。メートル・アランはどおこ?よし、アランと目が合った。これで来てくれるぞ!と、思ったら、アラン、こっちをみて「ああそうだ、ちょっと待っててね!」と、厨房の方に行っちゃう。あ、あの、アラン、私、アイスクリームが欲しいんだけど、、、。あ、そう、、行っちゃうのね、、、。いいんだ、いいんだ、、。クスン、と、食べ尽くしてしまったグラスの残骸に目を向けていると、ソムリエ君が、デザート・ワインを運んで来てくれる。
「どうぞ、こちら、アランからです」ありがと、アラン。でもね、私、アイスクリームが欲しいのに、、、。
「どうもありがとう。ああ、いい香りね、生臭くて甘い。ジュランソンだ。大好き、この生臭さ。ドメーヌは?」
「コアペです」前言撤回!アイスクリームよりやっぱりコアペのジュランソよ!「嬉しいな、大好きよ。コアペ。アランにメルシ、って言ってくださいね」言ってる側から、アランがやって来る。

「どうもありがとう、アラン。コアペ、大好きなんです。嬉しいな」
「よかった、お気に召して。ところでさっき、何か言いかけてたでしょ?ご用は?」
「あ、うん。あのね、アラン。私たち、このカネルのグラス、もっと食べたいんですけど。とっても気に入っちゃった、これ」
「OK。すぐに持ってきますよ。お待ちください」ニーッコリ笑顔。運ばれてきたグラスは、素敵なクリスタルに盛られ、それだけで一つのデセールになってしまいそうな、優雅な雰囲気を漂わせてる。

カネルだけで作ったとしか思えないような、強烈な香りのグラスを平らげ、プティ・フールとお茶のお時間。お茶のリストから、生セージのアンフュージョンを選んで、プティ・フールに立ち向かう。

さすがは夜、この間は出てこなかった、びっくりタマゴがあって嬉しいな。この、クリームのお菓子、大好きよ、私。各種のプティ・フールも文句のつけようなく上出来。むせ返るようなセージの香りを楽しみながら、ゆっくりと食後の時間を過ごす。

今夜は、私の嫌いなセルヴール君は担当じゃなかったし、がさつな女性セルヴーズもいなかった。私たちのテーブルを取り囲んでくれたのは、アラン以下、素晴らしく教育の行き届いたセルヴールばかり。満点のセルヴィスでしたね。テーブルの花、それから、サルの壁際に所々置かれた観葉植物には、相変わらず頭をかしげてしまうけれど、それ以外は完璧。素晴らしいレストランだ。

アランがそっと近づいてくる。
「マドモワゼル・グルマン。僕はこの後、ちょっと用があるので、申し訳ありませんが、先に失礼します。今夜は、楽しんでいただけましたか?」
「もちろんよ、アラン。とても楽しかった。いろいろとありがとう」
「こちらこそ。是非また、いらしてくださいね。お待ちしてます。それでは失礼します。ボンソワール、メドモワゼル、ムシュ」
「ボンソワール、ムシュ・モゼー」

引き際まで鮮やかでスマートなアランを見送り、私たちも帰りの時間。ナッツのお砂糖がけと素敵なピンクのバラの花をお土産にもらって、タクシーに乗り込む。寒いね、外。そうだ、そう言えば、今日は「ビアンヴニュ・オトン」をしに来たんだったっけ。すっかり忘れてたよ、秋のことなんて。


jeu.23 sep. 1999



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