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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・プレ・ドゥジェニー ゛ミシェル・ゲラール"(Les Pres d'Eugenie ゛Michel Guerard")

ピレネー山脈を彼方に望みながら、細い山道を辿って行くと、ウジェニー・レ・バンという名の小さな小さな村に到る。村の半分以上を占めるというゲラール家の敷地には広大な庭にホテルが4つに、レストランが3つ。ハーブ畑にプールとテニスコートが2つずつ。そして大規模なエステサロン。とても小さなこの村は温泉が出ることもあって、療養所としても有名である。

ゲラールさんちのエステサロンはとてもとてもゴージャス。グレコ・ロマン風の趣味のいい素晴らしいサロンだ。ある程度年のいったブール(ブルジョア)な方々が1週間、2週間といった単位でここで優雅に療養して気持ちの良いテラピー(「キュル」とここでは呼んでいる)を受けているのだ。

ゲラールさんは3つ星のレストランの他に、これまた素晴らしい味のキュイジーヌ・マンスール(痩身食事)を提供するレストランも持っている。これがフランス人には大好評。うっとり気持ちの良いキュルを受けた後はさっぱり美味しいキュイジーヌ・マンスール。たまには「レ・プレ・ドゥジェニー」でとろけるような素晴らしいお料理を堪能。うーん、最高の贅沢ですね。テニスやプール、近くにはゴルフ場もあるし、ゲラールさんの所有するシャトー(ワイン醸造所)やシェ(酒蔵)も見学することが出来る。

午前中はたっぷりグラス・マチネ(朝寝坊)して、ゆっくりゲラールさんのプティ・デジュネ(朝ご飯)を食べて(もちろん、ダイエットメニューもあります)、午後はキュルに身を任せ、夕方は美しく響く小鳥達のさえずりを耳に、敷地内のお散歩やシャトー見学。気がつくと、「あら、もうアペリティフの時間だわ。着替えなくっちゃ」なんて、夕食のお料理への期待に胸を膨らませながら、いそいそとシャワーを浴びる時間だ。いいですねえ、こんな優雅なヴァカンスを送ってみるのも。

さ、私たちも用意が出来た。レストランに行こうか。

「ボンソワール、メドモワゼル。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」と、可愛らしい受付のマダムの案内で、まずはアペリティフを楽しむために、サロンへ通される。

fleuresふかふかのソファーに身を埋め、小さなパイをかじりながら、花をあしらったプレートで運ばれてきた、クレーム・ドゥ・ペッシュ(桃のリキュール)を落としたシャンパーニュで喉を潤す。アミューズのオマールのマリネでゲラールさんの料理の世界を想像つつ、さて、カルトをじっくり検討しようか。

ああ、あれも食べたい、これもおいしそう、まあ、こんなものが、あら、これは何かしら、うーん、あなたがそれなら私はこれ食べようかしら、うーん、誰もこれ取らないの?じゃ、やっぱりこっちにしようかな、あ、それもやっぱりたべたいよねえ、、、。と、たーっぷり時間をかけてカルトを楽しむ。「お決まりですか?」と何度、メートル・ドテルが私たちのテーブルに足を運んだことだろう。「ごめんなさい、まだなんです。余りにも魅力的なカルトで、、」と言い訳する私たちに「どうぞごゆっくり」と、にっこり微笑むメートルの優しい笑顔が魅力的だ。いいね、こういうエレガントな笑顔に、3つ星たる所以があるんだな、と改めて思う。

どうにかこうにかお料理を選んでほっと一息、と思う間もなく、次はカルト・ドゥ・ヴァンだ。こちらは簡単。今夜は飲むお酒をあらかじめ決めてきている。トュルサンと言う名の、この辺りの村のお酒。AOCではないのだが、遠からずAOCに昇格するだろうと評判高く、特にゲラールさんが所有する、シャトー・バッサンは、トゥルサンの中でも別格。ソムリエの勧めに従い、今夜は、バッサンの特級品を試してみることにする。特級品といっても、ボルドーのクラッセ(級付けされているもの)なんかに比べると、悲しいくらい可愛らしいお値段。お料理一品のお値段よりも安いくらいだ。

「どうぞテーブルへ。用意が出来ております」と、案内されたのは、壁に大きなタピスリーがかかる、古風でありながらエレガントな空間。中庭に面した奥のテーブルで、椅子を引いてもらう。4人に十分な大きさのテーブルに、ちょっと荒めに織り上げられた薄いベージュのナップ(テーブルクロス)とセルヴィエット(ナプキン)。このセルヴィエットが大きめなのが好感が持てる。テーブルの上には、7、8本の瓶に真っ赤なバラが一輪ずつさしてあり、横には石造りの黒いウサギちゃん。これがまたとっても可愛い。いかにもゲラールさん、って感じだ。カトラリーは銀。プレーテッドじゃなくって、純銀。(もっとも、クトー(ナイフ)のナイフ部分だけはステンレスだけどね。)薄く黒味を帯びて鈍く光るカトラリーの柄の部分には、ごく細く、M.G.のイニシャルが彫り込まれてある。なんて美しいのだろう。うっとりとカトラリーに見惚れているうちに、アントレが運ばれてくる。

potage「なんていい匂い!」と思わず歓声を上げたのは「ジャガイモとトリュフのポタージュ」。大きなジャガイモの中身をくりぬいてオーブンした中に、細かいトリュフを混ぜ込んだジャガイモのポタージュ。何ともクリーミーでいて舌触りよく、トリュフのたまらない香り。まるで舌の上でとろけるような、このお料理を夢中になってキュイエール(スプーン)ですくっては口に運ぶ。ああ、幸せが舌から喉に、そしてお腹に流れ込んでゆく。

美味しさの余りに、粗塩で固定された器の部分のジャガイモまで食べて、感嘆の眼をジャガイモの残骸に向けていると、メートル氏がつと近寄ってくる。
「お気に召しましたか、マダム?」
「ええ、もちろん。とてもおいしかったです。ゲラールさんは素晴らしいですね」
「メルシ、マダム。もしよろしければ、もう一皿いかがですか」
「え?どういうことです?」
「気に入っていただけたようなので」と、にっこりメートル氏。

!!!こんな事があっていいのかしら???それはもう、喜んで戴きます!本当に美味しいんだもん、これ。それにしてもなんて優しいレストランなのかしら。これが「イヴァン」にいるのだったら、もちろん「もっともっと!もっとちょうだーい!」ってわがままいう所だけれど、ここは初めてのお店、しかも3つ星の最高級レストランだよ。こんなレストランでまさか、お料理をサービスしてくれるなんてすごいね。

とにもかくにも、程なく運ばれて来たジャガイモちゃんと喜びの再会。「また、皮まで食べなよ!そうしたらまたくれるかもよ」と友人。いい考えだけど、やめとく。プラがお腹に入らなくなっちゃう。美しい銀のキュイエールでひと匙ひと匙、その、素晴らしい、の一言に尽きる味を忘れないようにゆっくり味わう。幸せが口中に溢れる。さすがにきちんとしているな、と思うのは、私が二杯目のジャガイモちゃんを堪能しているときに、他の3人の前にも、ちゃんと飾り皿が置かれていること。こんな所にも、ゲラールさんの評価が高い所以があるのです。

ジャガイモの感動覚めやらぬまま、ボーッとしているとゲラールさんがテーブルに挨拶に来る。可愛らしい小柄なゲラールさん。パリの郊外にレストランを開いていたが、美味しいものの食べ過ぎで太ってしまった。心配した奥さんが、温泉が湧き出て療養所としても有名な、彼女の実家であるこの村に移り住むことを提案したのだそうだ。そしてこの村で「キュイジーヌ・マンスール」を実現させたゲラールさん。今のゲラールさんは全く太っていない。彼は身を持って、「キュイジーヌ・マンスール」の効果を知らしめた。こんなゲラールさんとおしゃべりをして写真を一緒に撮る。ゲラールさんはちょっとイヴァンに似ている。優しいトーンの話し方といい、すぐに人に触ってくる所といい、、。優しくお茶目な感じの叔父様だ。

プラは「アッシ・パルマンティエ」。銀の器に上品に鎮座して運ばれてきたこのお料理は、ビストロなんかでよく出てくる、とても庶民的なお料理。いわゆる、挽き肉とジャガイモのピュレの重ね焼きだ。こんな普段着のお料理があるなんて、と、アッシ・パルマンティエの大好きな私はジャガイモが続いてしまうのも構わずに、ついつい頼んでしまった。

これがやぱり、ただ者ではない。挽肉の代わりに、鴨のコンフィを下に敷き、上にはとろけるように柔らかなピュレ・ドゥ・ポムドテール(ジャガイモのピュレ)。所々にトリュフのスライスが乗せられ、一番上は、薄く丸くカットされたポム(ジャガイモ)が飾っている。鴨の脂がピュレに溶け込み、トリュフが全体の香りに華やかさを加える。これを口に感じたときの幸せを、どう表現したらいいだろうか。素材同士の仲のよさにびっくりしてしまう作品だ。

hachi友人のバール(スズキ)がまた最高。アスペルジュやフェヴ(ソラマメ)など、春野菜と一緒に蒸し上げられたバールの切り身。バジルのソースが、柔らかでのんびりしている魚と野菜にきりりとしたアクセントを添えている。春野菜のアロマをたっぷり吸い込んだ真っ白なスズキと野菜とソースの緑。「ヴィーヴ・ル・プランタン(春万歳)」とでも名前をつけたくなっちゃうようなお料理だ。

ゲラールさん家のトゥルサンは素晴らしい。強すぎない新樽の香りに囲まれて、柔らかな春の匂い。軽い蜂蜜の甘さに軽い酸味。決して主張が強いお酒ではないが、ゲラールさんとゲラールさんのお料理らしい、愛らしく優しい、上品なお酒に仕上がっている。レストラン値段で240フラン。めちゃくちゃカリテ・プリ(コスト・パフォーマンス)がいいお酒だ。

painperduデセールは「パン・ペルデュ」が最高。パン・ペルデュというお菓子も、とても家庭的で日常的なお菓子。これがまた、ゲラールさんの魔法で、素晴らしく美味しい、そして洗練されたお菓子に仕上がっている。ペッシュ・ブランシュ(白桃)の赤い果物のソース添えもミルフィーユも美味しかったが、パン・ペルデュにはシャポー!(脱帽!)

petit fours優しく上品で、エレガントなゲラールさんの巣晴らしお料理と、これもまた同じ形容詞がぴったりの、メートル、ソムリエ以下セルヴールの良く出来たサービスを心から楽しんで、席をサロンに移して食後のコーヒー。可愛らしいプチフールをつまみ、アルマニャックを混ぜ込んだクリームを落としたカフェを楽しみながら、今しがた過ごした幸せな3時間を振り返る。

久しぶりの、お料理、サービスとも心から満足できるレストランだ。次は何時、ここを訪れることが出来るだろうか。この、人里離れた山の中のレストランに。是非、そう遠くないうちにまた、ゲラールさんに会いに来たい。優しく柔らかく、そう、まるで、気持ちの良いテラピーのような、体と心に優しく、幸せを与えてくれるゲラールさんの芸術作品を味わいに来たい。


samedi 18 avril 1998



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