「結局、カフェ・レストランみたいなものなんじゃなあい?」
「ちょっと奇をてらって『エル・ビュジ』っぽい料理を作ってるのよ、きっと。所詮敵う訳がないのに」
「なんか、重みがなさそうだよね。浮ついてるイメージがある」
「気が進まないなあ」
「双子のシェフ二人ともに、同じくらいすごい才能がある、っていうのも、信憑性ない」
「まぁ〜ねぇ、、、。ま、でも、せっかくモンペリエに来てるんだもの。一応は試しておかなくちゃね」
「でも見て、この壁の色。ピンクよ、、、なんて胡散臭い」
「ん〜、ますますイヤになってきちゃったなあ。まあ、これも一つの経験、ってことで?」
「そうそう。とりあえず、試してみましょうよ」
8月、盛夏。暑さが頭に直接染み入ってくるような、土曜の昼下がりのモンペリエ。強烈な太陽の光に閉じた目が耐えられなくなる頃にゆっくり起きて、夕食用の買い物にマルシェに行く。家に戻ってブランチ食べて、昼過ぎには海に向かう。柔らかな波の音を聴きながら、泳いでシエストして本読んでボケっとして過ごす数時間。
6時くらいに家に戻って、シャワー浴びて夕食の支度。各種オリーヴ、ニース風サラダ、アンチョビトースト、サーディンのフライ、ラタトゥイユ、トマトソースのパスタに鶏のオリーヴ煮、生ハムメロン、完熟ブルニョン、アニョーのハーブ焼き、エトセトラエトセトラ、、、。
近くの酒屋に毎日通って仕入れていった、サンパな南のワイン達を開けて乾杯し、まだまだ太陽が威張っている空を眺め、8時のニュースを見ながらアペリティフの時間が始まり、長い長い夕食へと時は移る。
こんなおのんきな日課を10日ほど繰り返し、いよいよ明日はパリに戻るという土曜日。「ジャルダン・デ・サンス」でのお昼ご飯に赴く。
97年の「ミシュラン」で3つ星昇格。「ゴー・ミヨ」でも97年に《今年のシェフ》に選ばれた18点レストラン。こんなきらびやかな評価に逆行するように、耳に入ってくる噂はあまりいいものではないことが多かった。というよりは、いい噂を聞いたのは、優秀な南のワインを取り揃えた、そのカルト・デュ・ヴァンについてのみだった。笑っちゃうくらいに何の期待も持たず、モンペリエの外れに建つホテル・レストランに足を向ける。
「二人とも、なんでそんなにこのレストランに批判的なんですか?初めてなんでしょう、ここ?可哀想なレストラン、、、、」モンペリエの素敵なヴァカンスに招待してくれたNちゃんが、私たち二人の、あまりにも投げやりな様子を不思議がる。
「んー、なんとなく感じるのよね。胡散臭いというか、ピンと来ないというか、、、」
「そうそう。相性が悪いんじゃないかな、って感じ。なんかしっくり来ないのよ。分からないけどね。ひょっとしたら、素晴らしい!って感動するかもしれないけど」
「そうそう。ま、オンヴェラ?」
雰囲気のいい重厚な趣のロビー。高い天井と光量を落とした照明、ドレープの美しいカーテンが素敵だ。あら、なんかいい感じじゃない?と、ちょっといい気分になりながら、奥のサルに入る。うわ、太陽に目が眩む。暗いロビーからは想像も付かない、光に溢れた光景が目の前に広がる。高い高い天井。ガラス張りになっている三方の壁越しには、眩いばかりの芝生と樹々やテラス。
正面には小さな池があり、丘になっている芝生の中央を通って、水が流れ込んでいる。二段になっている広いサルには、真っ白なナップのかかった大き目のテーブルが点在。周りを彩るのは、パステルピンクやグリーンのアーティスティックな椅子。モダンでシンプルで明るく開放感に溢れている。こんなイメージを持ってサルを眺めながら、メートルに連れられて、10人ほどいる従業員が口々に挨拶をよこす中、池を正面にした、素敵な席に案内してもらう。
外の景色が最高だ。屋内にいながらして、まるでテラスでのお食事。圧迫感のかけらもない、どこまでも開放感に溢れている。なんかいい感じじゃない?
美しい本のようなカルトを読みながら、アペリティフの注文を待つが、誰もやってこない。1時前に入った私たちは2番のり。たくさんいる従業員達は、暇そうに奥の方に固まってる。ねえちょっと、誰か私たちのテーブルの面倒を見てよ。ようやく、連れて来てくれたメートルの視線を捕らえて、テーブルに呼び寄せる。
「ウイ、マダム?」
「アペリティフ、注文してもいいかしら?」
「もちろんです」もちろんなら、もっとはやくに注文を取ってくださいね。既に運ばれている、アペリティフ用のアミューズが冷めちゃいます。新しく持って来直して欲しいくらいだ。
ようやく運ばれてきた、程よくに冷たいシャンパーニュを手に持って、チンチン!明日がお誕生日のNちゃんに、一日早いけどボナニヴェルセール!心の中ではこっそりと、今日がお誕生日のルノーにボナニヴェルセール!
夏とシャンパーニュの相性のよさに改めて敬服しながら、シャンパーニュを楽しんで、アミューズをつまむ。ブランダードの一口コロッケに続き、トマト味とイカ墨のミニパイ2種。サックリふんわりバターの香りと、トマト、イカ墨のしっかりした味が溶け合って、とても美味しい。あれあれ、なんだか想像と違うわ。
アントレ、プラともに、軽く10を超える作品を並べているカルトをじっくり研究。南らしい香りと食材をふんだんに使って、なんだかとっても美味しそう。椅子に座り直して、気合いを入れて真剣に、料理選択に取り組む。
たっぷり時間をかけてお料理を決め、注文表を持たないメートルに、選んだ料理を告げる。いっつも思うけど、注文の暗記って、何人分まで出来るのかしら?料理のカルトから目を上げる頃には、閑散としていたサルのテーブルは全て埋まり、秘めやかで楽しげな談笑が耳に入ってくる。そこかしこで、幸せな夏の週末の午餐が繰り広げられ始めている。
どうして3つ星レストランのテーブルで造花と向き合わなくちゃいけないんだろう???と、テラコッタに飾られたドライフラワーからなるべく視線を逸らせながら、お酒選びに入る。話に聞いていた通り、レオン・バラルのフォジェールから始まり、日常用ワインの産地であるこの地域で発見された、綺羅星のような素晴らしいお酒を多々そろえている。これはすごい、かなりすごい。他の地域の品揃えも素晴らしい。
あ、あれ?エルミタージュ、シャーヴの白が3つも取り揃えてあるわ。とぉーっても好きなこのお酒、えへ、地域は外れるけれど頼んじゃいましょう。なかなか巡り合えないお酒なんだもの。
横顔が彫刻のように美しいソムリエさんに、臭みが出て来ているミレジムを選んでもらって、ようやく、1時間近くに及んだ長い長い楽しい作業から開放される。さ、これからしばらくは、目の前に運ばれてくるものを享受する時間だ。
田舎臭さ漂うモンペリエの一体どこに、こんなスマートな人たちが住んでいるの?と、誰かに聞きたいくらい、二人の例外を除き従業員はスマートだ。立ち振る舞い、身のこなし方、顔の表情など、絶対ペリエっ子って感じに見えない。客の方は観光客と地元の人、半々くらいかしら。地元の人らしき人たちも、これまた、モンペリエの市街地ではお目にかかれないような雰囲気の人たち。面白いね、この地におけるこの雰囲気の客層は。
「ジャルダン・デ・サン」の客層については、ずっと前から興味を持ってた。「ミシュラン」の3つ星レストランは、パリとモンテカルロ、ランス、ストラスブールのレストラン以外は、車でなくては行けないような人里離れた村にあるのがほとんどだ。そんなレストランにはもちろん圧倒的に観光客が多い。
先に挙げた地域に関しては、パリ、モンテカルロは言わずもがな、ランスはシャンパーニュ関係の各国人で賑わうし、ヨーロッパ会議の本拠地であるストラスブールにもヨーロッパ各国から要人が集まるので、それなりに、客層の想像がつく。
モンペリエという、観光地として脚光を浴びている訳ではなく、トゥールーズやボルドーほどは大きくないけれど、かといって決して小さい村ではない、こじんまりとした大学の街に位置する「ミシュラン」の3つ星に、一体どういう客層が集まるのか、ちょっと気になってた。思ったよりも地元の人々に愛されている、いい雰囲気を持ってるレストランだね。
アミューズが運ばれてくる。涼しげなガラスに入った「ココ(白インゲン)のヴルーテ」。オリーヴオイルがきらきら光って、きれいだな。出汁が濃く、口当たり滑らか。ん、美味しい。とっても美味しい。技術もセンスも味もいい。あれえ、変だな。何でこんなに美味しいの。
シャーヴの白との久しぶりの再会にドキドキしながら、お酒の味見。ミレジムは忘れちゃったけど、ハチミツが緩慢に腐っていったような、そんなシャーヴらしさが凝縮した、とてもとても私好みのエルミタージュ。シャーヴの造った黄金の液体は、しっとりと張り付くように、私の喉を流れてゆく。
素晴らしいパンたちに、ブラヴィ!と拍手を送りながら、アントレの到着を迎える。どれもこれも、字だけで既に愛敬を振りまいていたアントレ達の中から選び出した「鴨のフォアグラ入りジャガイモのボンボン、フヌイユ(ウイキョウ)のピュレ添え」。カリッと焼かれた細切りジャガイモのボンボンの中に、熱でトロリとなったフォアグラ。周りを飾るバルサミコの甘みに、ジャガイモとフォアグラそれぞれの甘みが際立ち、素晴らしく美味。フヌイユのピュレが、甘く強くなりがちなボンボンを、優しく牽制してくれる。
「、、、、、。美味しい。とっても美味しい。すごく美味しい。どうして?なんでこんなに美味しいの?」
「ピュスちゃん、これもとっても美味しいの。どうしよう、、、。ちょっと食べて見て」と、食べさせてもらった「夏野菜のエチュヴェ(蒸し煮)」も、ふっくらさっくり、野菜の本質を引き出したような、鮮やかで見事な作品。「鴨とオマールのモザイク仕立て」も、見た目に美しく、味もソツなく美味しい。
「な、なんか、考えていたのと違わない?」
「うん、、、。はっきり言って、この段階までは、料理だけに関して言えば、ちゃんと3つ星だわ。思っていたより全然いい」
「同感、、、」
まあでも、私たちのカンに狂いはなかった。完璧だったのは、このアントレまでだった。
禿げ鷹みたいな、すごく面白て笑いを誘う(本人はいたって、真面目なのだが)セルヴールがプラを運んでくる。「サン・ピエール(的鯛)のポワレ、ナスのカネロニとパルメザン添え」が私が選んだプラ。ナスに惹かれて選んだ料理だったが、やっとやっと半分を食べた所で、フォークと魚用スプーンを持つ手が止まってしまった。
ブイヤベースなんかに入れるととっても美味しい、非常にいいフュメ(出汁)が取れるサン・ピエール。南で美味しいお魚らしく、あっさり焼くか、魚のスープに泳がせてくれればよかったのに、なにを考えたか、濃厚なバターソースに浮かべてしまっている。バターの匂いを嗅いだ瞬間、私の食欲は撃沈された。ひどい、こんなソースだなんて、カルトに書いてなかった。サン・ピエール、といえば、南風にアレンジされて出てくると思っていたのに。あんまり好きじゃないパルメザンはどけちゃえばいいや、って思ってたし、、、。
どうにかこうにか、バターの上に浮き出ている、パリッと焼かれ非常に薫り高く美味しいサン・ピエールを食べはじめる。くうぅ、美味しい。下の方は、バターの味に支配されてる。せっかくの、繊細なサン・ピエールが可哀想だ、、、。バターソースの中で息絶えたナスのカネロニは食べられるはずもなく、魚の下に隠しちゃった。ここ、モンペリエなのに、、、。どうしてこんなに、バターで魚を溺れさせちゃうの?
Mちゃんのお魚も、これまたバターにしてやられている。あーあ、お肉食べればよかったな。アニョー好きのNちゃんは、美味しそうに、柔らかな仔羊ちゃんを口に運んでいる。
ま、こういうこともありますわ。選択ミスよ。デセールいきましょう、デセール!
デセールに先立って、きれいな色の小さな器が運ばれてくる。「レザン(ぶどう)、キウイ、マングーのデセールです」と、セルヴールがテーブルに置いたのは、色も鮮やかで可愛いデセール。マングーのソルベ、キウイのコンフィ、レザンのジュレが3層になっていて、冷たく口当たりがよく、酸味と甘みが溶け合いとっても美味しい。一緒に運ばれてきたプティ・フール共々、なんだか「エル・ビュジ」の真似っぽいけど、うん、これは美味しいな。デセールも楽しみだわ。
期待を込めて、デセールの到着を迎える。
ガラスのお皿に美しく盛りつけられ、艶やかに光る「トマトのコンフィ、カラメルソース」の美味しそうなことったら!パックン、と、トマトを一口。
、、、、、、。んー、いまいち。別にまずくはないけどさ、かといって、思わず見惚れちゃうような、美味しさもない。ただのトマト、って感じ。「アルページュ」のトマトのデセールの方が、ずっと感動的だ。バジリクが入ったカラメルのソースは美味しい。ヴァニーユのグラスも上出来。スパイラルになったチュイルはちょっとべたつく。もっと細く作ってあればいいのに、「レ・ゼリゼ」のオレンジ・チュイルみたいに。がっかりだな、アヴァン・デセールは、とても美味しかったのに。
お茶飲んで、プティフールつまんで、食後のひととき。セルヴールたちの品定めしたり、角の席で1人で食事をしているいい感じの女性に目を向けたり(今思えば、「ゴーミヨ」とかの調査員風だったなあ)、夕暮れを控えいよいよ勢力を増したように見える太陽の木漏れ日を目で追ったり、、、。
ふと気が付くと、残っているのは私たちだけになっている。禿げたか君を含め、セルヴール達も、ほとんど引き上げたようだ。帰りましょうか、タクシー呼んでもらって。3人の写真を一枚撮ってもらって席を立つ。皮張りの椅子が気持ちいいソファーに身を埋め、お気に入りのロビーを眺めながらタクシーを待つ。
夏の光に溢れるサルの居心地はとてもいい。ガラス越しのピトレスクな風景も素晴らしく、見飽きることがない。本来あんまり好きではないガラス製の食器類も、好感が持てる。テーブルの花は大嫌い。
セルヴィスは、それなりに洗練されているが、ほんのちょっと緊張感が漂っているかな。夏向きのセルヴィスでないことは確か。お酒のリストは完璧。素晴らしい取り揃えだ。
料理、これは難しいけど、センスはあるんだと思う。技術もあると思う。好み?って聞かれると、よく分からない、って答えちゃう。アントレまでとプラ以降の評価が大きく分かれてしまう。思っていたよりいいじゃない!から、思っていた通りだね、まで、食事を楽しんだ数時間のうちに、評価がかなり変わってしまった「ジャルダン・デ・サン」。いずれにしても、このレストランを思い出す度に、夏の太陽を受けて輝く樹々を思い出すだろう。まあ、来られるのであれば、また、試してみたいレストランだったね。
街に戻るタクシーの中。ふと、車内の時計を見て、目をこする。太陽の高さからは想像も出来ないが、時計は間違いなく5時過ぎの表示になっている。昼間が永遠に続きそうなキラキラ光る夏の食事には、いつも腕時計は家においてけぼりだ。
sam.7 aout 1999