「さあ、どうぞ。席に案内するよ」
「あ、ごめんね。挨拶しに来ただけ。この間言ったじゃない。今夜はね、ルレで食べるの」
「え、ルレ・プラザ?今夜はソワレがあるからプリヴェになってるよ」
「またまたぁ、冗談言っちゃって。全く上手いんだからっ!」
「いや、ほんとに今夜は貸し切りになってるんだよ」
「だから、冗談でしょ?え、まじめな話?」
「まじめな話、、、」
「うっそ。だって、先週末に電話で予約したのよ」
「あれぇ、んー、ちょっと問題が起こったみたいだねえ、、、」目のたれたクリストフとの、こんな不安な会話。そんな、冗談でしょ?「ルレ・プラザ」、今夜はプリヴェ??だってだって、予約の電話したの、先週末よ!?
困り果てた顔をした、ディディエとパトリスのお出まし。
「ボンソワー!サ・ヴァ?ね、ルレに予約してあったんだって?おかしいなあ。今夜はあそこ、貸し切りのパーティーなんだよ」
「そんなぁ。ちゃんと予約したのに、、、、」
「ごめんね。何か手違いがあったんだ、きっと。本当に申し訳ない。どうかな、僕たちの所で食べていかない?テーブル、用意するよ?」
「でもでも、私たち今日、ちゃんとお洋服着てないし、ちょっとそちらには行けないわ。気が引けちゃう、、」
「でもじゃあ、今夜、どこで食べるの?」
「これから考える、、、」
「そっちのバーで何か飲んで、よかったら、軽い食事でもどう?クラブ・サンドゥイッチが美味しいよ」
「ううん、いい。迷惑駆けたくないし。大体、パトリス達が悪いんじゃないもの」
「まあそう言わずに。同じホテル内でのことなんだし。本当にごめんね。ね、食べてってよ」
「いいわ、本当に、、、」
「じゃあ、せめてシャンパーニュだけでも、ね!?」なんだか訳の分からないうちに、プラザ・アテネのバー・アングレーの一角に腰を落ち着かせる。なんでこんなことになったんだ?
ちょっと早めに家を出て、今日は珍しく、「フーケ」なんかでアペリティフを取ったりした。あまりにも観光地化した「フーケ」だけれど、去年の夏にはガルシアが1階のレストランの内装を手がけたし、ちょっと中を覗いてみたかったんだ。地上階のカフェで白ワインを飲みながら、横に座った、不動産業を営む叔父様のお話に耳を傾け、1階のレストランを覗かせてもらう。じゃあそろそろ行きましょうか、と、今夜のレストランである「ルレ・プラザ」を目指したんだ。
プラザ・アテネのメイン・ダイニングは、言わずと知れた、愛すべき「ル・レジャンス」だけれども、このホテルにはもう一件、「ルレ・プラザ」というレストランがある。「ル・レジャンス」に比べて、圧倒的にビストロなこのレストラン、それでも、「ゴーミヨ」では14点もついていたりして、前から気になってはいたレストランだった。
一度くらいは、ガストロならぬビストロのこちらを試してみよう、と、先週末に今夜の予約を入れた。ホテルの外からの入り口もあるけれど、「ル・レジャンス」の人たちに挨拶してから行こう、と、ホテルのロビーを突っ切り、「ル・レジャンス」の前で、クリストフと挨拶をした時から、今夜の歯車が狂い出した。
「どうしよう、、、」
「どうしようか、、、。何か、思い当たるお店はなあい?」
「んー、急に言われても、、。すっかりルレの気分でいたし、、」
「そうよねぇ。はあぁ、全く。どうしよう?」回廊にしつらえられた、バー・アングレのフコフコ椅子に身を沈め、ご馳走してもらったシャンパーニュをすすりながら、溜息。困った。今夜の代替レストランを、一体どこにすればいいのか見当がつかない。シャンパーニュのフルートとポータブルを両手に持ちながら、あっちだこっちだとコンタクトを取り、それでもどうにか、この近くのレストランに行くことに決まる。
「どうした、どこに行くことにした?」コートを羽織って玄関に向う私たちの所に、心配そうな顔をしてパトリスとディディエが出てくる。
「エル・マンスールに行くことにしたわ」
「どこ、それ?」
「このすぐ近くよ。知らない、パトリス?北アフリカ料理やさん」
「あれ、そこって、もう閉店したんじゃなかったっけ?」してないよ、それどころか、、、。と、言おうとした所に、渋くてニヒルなディディエが口を挟む。
「何言ってんだよパトリス。この間のミシュランで一つめの星を取ったところじゃないか」
「あーそうか!そうだ、潰れたのは、ショ、ショー、、なんだっけ?」
「ショーザン?」
「そう、それそれ!」
「違うよ。ショーザンもまだあるよ、、」
「あれぇ、、、?」はあぁ、と溜息を吐くディディエ。大丈夫かい、パトリス?まあ、そんなこんなのすったもんだがあった挙げ句、プラザ・アテネの一つ向こうの通りにある、モロッコ料理レストラン「エル・マンスール」が今夜のディネの場所となりました。
今年の「ミシュラン」で、外国料理部門で唯一1つ目の星を取った「エル・マンスール」。この間、前を通った時に中を見てきたけれど、まあ、それなりに北アフリカの雰囲気を醸し出した上に、そこそこの高級感もあるレストラン。
まあでも、そこはやっぱり、非フランス料理レストラン。当日の夜9時過ぎの飛び込み客である私たちにも用意できる席がある。これがフランス料理レストランだったら、すぐ側の「バース」のように、連日連夜満員御礼な状況のはずなのにね。
ニンジンやオリーヴのマリネをつついた後に、「鳩のパスティーヤ」を半分こ。サクサクのパイ生地の中に、あっさり目に味付けした鳩の挽肉。パイ生地の上には、アーモンドの甘いパウダーが降られている。ちょっぴり甘すぎるきらいもあるが、パイ生地の焼き加減といい、中の具といい、これはそれなりに美味しい。
プラは「アニョー(仔羊)のタジン、プルーンとアーモンド添え」と「鶏肉のクスクス」を取る。甘く柔らかく煮込まれたアニョーのタジンは、モロッコ料理の花形。どこかの新聞に、《このレストランは、タジンの美味しさで星を取った》と書かれていた。
でも今夜は、アニョーの美味しさよりも、クスクスのブイヨンの美味しさが一際光っていた。クスクスのスープって、本来は上出来のブイヨンなんだよね、って改めて確認してしまうような、アニョーの香りたっぷりの極上スープに、とろけるように煮込まれた野菜が入ったこのスープは、本当に絶品。いつも行っているクスクスやさんで出てくるブイヨンとは、似て非なるものだと言うのが、はっきりと分かる。これは美味しい。これは確かに、「ミシュラン」で星を取るだけのことはあるかも、、、。しきりに感心しながら、クスクスをパクパク。結果として、お腹の中でクスクスがふくれ、最後には大変な胃の状態になってしまった。
デセールもカフェもパス。苦しいお腹を抱えて、もう一度プラザ・アテネに戻り、みんなに挨拶しながら、来週の火曜日のために再度「ルレ・プラザ」を予約。「大丈夫!僕がちゃんとやっておくからねっ!」太鼓判を押すたれ目のクリストフに多いに不安を感じ、後から出て来てくれたディディエとパトリスに改めて念押し。
「4日の火曜日ね?ダコー。ちゃんと僕らが入れておくから」ようやくホッと、安心の溜息。
「デセールだけでも食べていかない?」本当に優しいパトリスが笑顔で聞いてくる。
「ううん。迷惑駆けたくないし。また火曜日に来るしね」
「そう?分かった、じゃあ火曜日ね。絶対だよ!?向こうのバーでアペリティフ、ルレで食事、そしてこっちでデセールね?オーケー?」もちろんオーケーですとも。なんら彼らには責任のない今夜のハプニングだったのに、あくまでも優しくいろいろときを使ってくれるパトリスとディディエ。本当にありがとうね、いつもいつも。心を込めてみんなとビズーして、ありがとうの言葉を残して、プラザ・アテネの回転ドアをくぐる。
来週の火曜日は4月4日。パトリスのお誕生日だ。何回目だか知らないけど。多分、45回目あたりかな?可愛い花束を持って、パトリスに「ボナニヴェルセール!」を言いに来よう。我等が敬愛するダヴィッドさん的なディデェエは、2ヶ月上も前のお誕生日だったから、ちょっと遅すぎ。また来年ね。
そんなこんなで、「ルレ・プラザ」でスープを楽しむはずが、何故かモロッコ料理な夕べになってしまった、3月最後の木曜日。やれやれ参ったね。万が一のために、やっぱり当日のコンファメーションは、どんなレストランでも必ずしよう、と、心に決めた夜でした。
jeu.30 mars 2000